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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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第十八話:安らぎの時間と明るい未来

 襲撃によるパーティの中断のあと、襲撃犯のことについていろいろと話を聞かれて解放されたころには深夜になっていた。

 ひどく疲れたし、随分と遅くなったが、ここからは楽しい時間が待っている。


「ううう、クルト、お腹すいたよー」


 身内だけの食事会に使うために取り置きしていた食材の調理を終えて、ティナとクロエの待つ休憩室に入ると、ぐったりとしたクロエが机に突っ伏しながら口を開いた。


「クロエ、はしたないです。もっとちゃんとしないと、あっ」


 そんなクロエをティナが注意するが、お腹の音がなって全部台無しだ。

 無理もない。もう深夜と言ってもいい時間帯だ。


「ティナもお腹ぺこぺこじゃん」

「確かにお腹はすいていますが、それを表に出すかは別です。クロエもクルト様の使用人としての自覚というものをですね」

「お腹の音鳴らすほうが恥ずかしいよ」

「ううう」


 ティナが顔を赤くしながら、反論するがいまいち締まらない。

 このままだとさらに食事が遅れてしまいそうなので、割り込むことにした。


「二人とも、先に何か食べていて良かったのに」


 料理と四大公爵の相手を終えたあと、すぐにダンスパーティに参加し、挨拶とダンスでろくに食事をとる余裕なんてなかった俺と違い、二人は食事の時間があったはずだ。


「だって、もったいないよ。せっかくクルトが一生に一度あるかないかって贅沢な食材を使った最高の料理を作ってくれるんだから、お腹がすいた状態で食べたいし」

「私も同じ意見です。クルト様が本気で作った料理、精一杯味わいたいです」


 嬉しいことを言ってくれる。料理人冥利に尽きる。

 菓子職人パティシエの俺が料理人冥利と言うのはおかしいが、そんな気分になった。


「二人とも、腕によりをかけたんだ。是非楽しんでくれ。……そして俺も楽しもう。じつは俺も二人に負けないぐらいお腹ぺこぺこだ」


 目の前に料理が並んでいるのに手をつける暇もない貴族のダンスパーティは苦手だ。


 今回の襲撃がなくても、あれだけ贅を凝らし手間をかけた料理のほとんどが余って捨てられてしまっただろう。もったいない。


 もし、俺がダンスパーティを主催するなら、なんとかして、みんなが料理を食べながら楽しめるものにしたいと思う。


「さあ、食べようか」


 善意で手伝ってくれた、本日限定の部下である料理人たちが大皿に乗った料理を運んできてくれる。

 さすがに、一皿一皿順番にというのは、三人で食べるには大げさだし時間がかかる。


 大皿に乗った各料理を全て机に並べた。

 さすがに、ウナギのパイ包みはティーカップで提供する料理なので一人一人個別に提供する。


 部下たちが去っていった。彼らも残り食材で今日のメニューを別の場所で楽しむはずだ。


 彼らの場合は単に自分が楽しむだけではなく、勉強のためという意味合いが強い。

 出会いはあまり好ましいものじゃなかったが、一緒に仕事をし、料理に取り込む姿勢を知ってから、彼らのことが嫌いじゃなくなった。


「うわー、クルト様、どれも美味しそうです」

「じゅるり、ううう、クルト意地悪だよ。いつまで待たせるつもりなの」


 二人が、目を輝かせて料理を見つめていた。

 俺は苦笑する。


「じゃあ、食べようか」

「はい、クルト様!」

「待ってました!」


 三人で両手を合わせる。

 この世界にはもともと存在しない食事のまえの作法。俺がするのをいまでは当たり前のように二人は真似ていた。


「「「いただきます」」


 そうして、三人だけの心休まる食事会が始まった。


 ◇


 数十分後、全ての料理が空になっていた。

 うん、満足の行く出来だ。


 途中なんども味見をしたが、食事として、最初から最後までしっかりとコースを楽しむ機会はなかったので、また違う感動を味わっている。

 自分で作っておいてなんだが、これほど贅沢な料理は下手すると一生食べられないかもしれない。


「はうぅ、美味しすぎて、幸せすぎて、死んじゃいそうです」


 ティナがうっとりした顔でにへらと笑っていた。食べ終わったというのに、銀色のもふもふ尻尾が今もゆっくりと揺れている。

 ここまで無防備な彼女はなかなか見られない。


「本当に、本当に、最高だった。こんなものが食べられるなんて、本当に精霊の里を飛び出して良かった。クルトについてきて大正解だったよ」


 クロエも大変満足そうだ。エルフの里の料理は素材が素晴らしく、料理法もシンプルだが素材の味を引き出す優れたものだ。だが、派手さはない。こういった豪華で技巧を凝らした料理の経験がない分、余計に美味しく感じるのだろう。


「クロエは、どの料理が一番美味しかったですか?」

「うーん、私はやっぱり、お肉かな。ジューシーでしっとりして、でも森の香りがした。食べなれた鴨があんな味になるなんて、もう感動。里の皆にも食べさせてあげたいよ。ティナは?」

「私はお魚料理です。ティーカップのパイ生地を破った瞬間の、食欲を刺激する匂い、それにウナギってお魚、生まれて初めてでしたが、ぷりぷりして、肉厚で、甘くて、それが辛いスープと一緒になって、思い出しただけでよだれが出てきます」


 二人は幸せそうに料理の感想を言いあっていた。

 こんなに喜んでくれるなら、なんとか、また作ってみたい。


 メインの翡翠鴨のローストのほうは、いくつか高価なハーブを代用品に置き換えればつくれるが、問題はティナの気に入ってくれたウナギのパイ包みだ。ウナギの代用魚っていうのがそもそも思い浮かばないし、高価で希少なスパイスが多すぎて、似たものを安価で作ることは不可能だ。余ったスパイス類は、レナリール公爵のご厚意で土産にもって帰らせてもらうが、微々たるものだ。なんとか仕入れルートを開拓したい。


 ティナのためだけじゃない。

 領地に戻ったら、本格的にフェルナンデ辺境伯の街で店を開くつもりだが、今からいろいろと伝手を作っておかないと……。やはり、お菓子には無数の食材が必要だ。


 そんなことを考えていると、二人がいつのまにか俺の顔を覗き込んでいた。


「クルト様、またお仕事のこと考えているんですね」

「大きなお仕事が終わったばっかりなのに、すぐに次なんて忙しいね」


 二人はどこか呆れていて、それでいて微笑ましそうな顔で俺の顔を見てくる。


「時間がないしね。なるべく早く領地を軌道に乗せたいんだ。それに、店を開くのはずっと夢だったんだ。交易都市の一等地に大きな店を開く。これに燃えない菓子職人パティシエはいないよ」


 俺の村で作っているハチミツをただ売るだけでも、立派な収入になるが、やはり加工品を売ったほうが圧倒的に儲かる。

 今回の件で、フェルナンデ辺境伯だけではなく、レナリール公爵の後ろ盾も得た。

 宣伝効果としてはこれ以上のものはない。宣伝が十分であればあとは味の問題だけ。

 俺が作る以上、そこに問題はない。


「クルト様はいったいどんなお店を作るつもりですか?」


 ティナが興味深そうに聞いてくる。


「そうだね、基本的には大衆的なお店かな。ハチミツを使ったお菓子を安い値段で売る。コストも手間もかからないし、日持ちがして廃棄が少ないクッキーとスコーンをメインにたくさん用意する。高くしても売れるだろうけど、なるべくたくさんの人にお菓子を楽しんでもらいたいからね」


 この時代、砂糖は海を渡ってやってくる超高級品。ハチミツも近代養蜂ではなく、いちいち巣を潰してしまうやり方で、手間暇かかる上に生産量が低いので高価になっている。

 甘いものは高級品。それが常識だ。

 だからこそ、安くて甘いものを提供する。

 

「クルトって優しいね。お金だけ考えるなら、貴族だけを相手に、高級なお菓子を売ればいいのに」

「そっちは、俺の趣味で気が向いたらやるよ。高いお菓子を作るのもそれはそれで楽しいしね。それにさ、貴族相手の商売は俺じゃないとできない。それはアルノルトの特産品じゃない。いずれ俺が居なくなったときでも、アルノルトが成長していけるようにしないと」

「クルト様、アルノルトを出ていかれるんですか!?」


 いきなりティナが目の色を変えて問い詰めてくる。


「そういうわけじゃないよ。ただ、病気になるかもしれない。もしかしたら殺されちゃうかもしれない。あるいは、上からの命令で無理やり別の領地へ……」


 俺の言葉にティナの顔がどんどん険しくなっていく。

 一度言葉を切り、ティナの頭に手を置く。


「そんなに真剣に考えなくていいよ。可能性があるってだけだから。俺はティナを置いてなんていかない」


 頭を撫でてやると、ティナが少し表情を柔らかくした。


「クルト様、絶対ですからね」

「ああ、絶対だ」


 俺はティナに笑いかける。

 こうは言っても、常に危険は消えない。特に”使える貴族”であり、”明確に王族派”なんてことが周知されてしまったのだから。そのことを踏まえたうえで気を付けていこう。


 いちゃついている俺とティナをクロエはジト目で見ていた。

 俺はティナと離れて彼女のほうを向くと、クロエが口を開いた。


「それで、クルトは基本的にはって言ったよね。他にも何かするの?」

「一応、数量限定で生菓子も取り扱おうかと思ってる。その日の市場を見て、手に入る食材で一番美味しいお菓子を即興で作るんだ。そっちはさすがに高いお金を取るけど、それだけの価値をあるものを作るよ」


 これは儲けのためというより、俺の趣味だ。

 基本的に領地を頻繁に留守にできない俺は、店の運営は誰かに任せるつもりだ。だが、数日に一度ハチミツ等の補充を兼ねて視察にくる。その際に市場を回って商品をチェックしつつ、新しいお菓子に挑戦する。


 限定品という目玉が出来つつ、俺の腕が鍛えられる。一石二鳥だ。


「クルト様、毎回新しいお菓子を作るわけですね」

「そうだよ。お客様を飽きさせないための工夫だね」

「その、クルト様、できれば」

「わかってる。ちゃんと、毎回味見してもらうから」

「やった」

「わたしも味見していいよね」

「いいよ。二人とも食いしん坊だな」


 そのあと、俺たち三人はどんな店を開くか話し合った。

 ティナもクロエも、俺とは別の視点で素敵な意見を出してくれた。

 ただでさえ楽しみだった開店が、もっと楽しみになった。

 無事にアルノルトに戻ってはやく準備を始めたい。

 そんな想いを膨らませながら、夜は更けていった。


 本来の予定では明日、レナリール公爵と謁見してから帰路につくが、少しだけ不安が頭によぎっていた。 

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