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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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第十七話:クルト・アルノルトの信念

 食事会のあとの懇親会で、レナリール公爵にダンスを誘われた。

 俺はその申し出を引き受け、彼女の手を取り踊り始めた。

 こうして手を触れ、向かい合うと彼女がまだ一〇代後半の少女であることを実感する。

 この小さな肩にどれだけの重責を背負っているのだろうか。


「あなたの手は大きいのね。それに、力強くて硬いわね。こんな硬い手をした男の人初めて」


 彼女が握ったことがあるのは貴族の手ばかりだろう。彼らの手は労働を知らず柔らかい。俺の手は労働者特有の筋張って固い手だ。


「不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」

「そんなことないわ。働き者の手。むしろ、素敵よ。でも、驚きね。この手から繊細なお菓子が生まれるなんて」


 レナリール公爵の手に力が入る。俺の手の感触を確かめるように。

 少しくすぐったい。


菓子職人パティシエはみんな魔法つかいですから」


 そう、魔法だ。思いもよらない材料と、思いもよらない技法で、人を笑顔にさせるお菓子を作り上げていく。


「ふふ、魔力を持つ本当の魔法使いのあなたがそう言うと面白いわね。改めて言わせてもらうわ。ありがとう。今日の食事会で私の発言力も高まったわ」

「力になれて何よりです。戦争は俺も望むことではありませんから」

「槍のアルノルトに、あなたのような人が生まれたのは驚きだわ」


 今までアルノルト家は戦争で武勲をあげることで発展してきた。

 本来なら、戦争は武勲をあげるチャンスと考え喜んだだろう。


「これからのアルノルトは、戦いじゃなくてお菓子と特産品で発展してく予定です。だから、戦争なんて邪魔なだけですよ」


 そう俺が決めた。みんなを笑顔にしながら豊かになっていく。


「ねえ、今の領地を捨てるつもりはないかしら? 私の領地の近くに、今の領地よりも広くて豊かな領地を用意するわ。爵位だって、侯爵のものを用意する。確か、弟が居たわね。今の領地は弟に任せるといいわ」


 その提案は、ひどく魅力的だ。大出世と言っていい。

 だけど……。


「大変申し訳ございませんが、その提案を断らせていただきます。アルノルトでないとできないこともたくさんありますし。俺は今の領地が好きですから。あの土地が今の俺を作ってくれた」


 俺がそういうと、レナリール公爵が驚いた顔をした。


「まさか、振られるとは思わなかったわ。……でも、あなたらしいわね。いいわ、好きになさい。だけど、またあなたの力が必要になったら力を貸してくれるかしら?」


 その問いの答えは決まっている。

 もともと想定していたのだ。今回、力を見せたことで、今後俺の力が頼りにされることは。


「レナリール公爵の志が変わらなければ力を貸しましょう」

「ええ、よろしく頼むわ」


 それで会話は終わり、曲が終わるまでダンスを続けた。


 ◇


 曲が鳴りやみダンスが終わった。

 さすがに慣れないダンスを二連続で踊ったので、休みたい。


 幸い、休憩時間に入り次の曲が始まるまでに時間があるので、今の隙にこの場を離れることに決めた。

 この場いると、ほかの貴族令嬢たちにダンスを申し込まれてしまう。


 使用人たちが酒と料理の補充を運んでくる。

 今回の料理は、俺のサポートをしてくれたレナリール家の料理人たちが作っているのだが、俺の知らない技法や食材も多くなかなか刺激になっていた。


「レナリール公爵、あのような使用人はいましたか?」


 ふと、気になった。ここ数日は、給仕を担当してくれる使用人たちと接点が多く、ほとんどの使用人の顔を覚えたが、彼らに見覚えはない。


「わからないわ。使用人の顔、すべてを覚えているわけではないもの」


 それもそうか……俺が妙に気になったのは何も見知らぬ顔だったというだけではない。その足運びだ。

 素人のものではない。一定の訓練を積んだもの特有の無駄がなく静かな足運び。


 ただの使用人がそんなものを身に着けていることはありえない。それも一人じゃない。三人全員がだ。

 それにさりげなく、レナリール公爵の位置を確認する仕草を見せた。

 使用人たちはこちらに近づいてくる。


「レナリール公爵、少し夜風にあたりませんか」


 彼女の手を引き、テラスに向かう。自然にこの場を離れるためだ。

 いきなりだったせいか、彼女は顔を赤く染めた。


「なんのつもりかしら」

「杞憂だったらいいのですが、彼らは」


 そこまで言いかけた瞬間だった。

 使用人たちが音もなく走りだした。

 見事な体さばきで器用に人の波をかき分けている。

 その向かう先は俺たちのほう、いやレナリール公爵だ。


「俺の後ろに」


 彼女をかばう立ち位置に移動する。

 ケーキナイフを取り出す。身体チェックはあったが、レナリール公爵の口利きで、菓子職人パティシエならということで持ち込めたものだ。

 ケーキナイフを構えた。本来ならケーキナイフなんて武器になりえない。だが、俺には剣技能がある。

 剣を持つだけで、身体能力が上昇し、各動作が鋭く、強くなる。

 さらに、魔力で体を強化する。

【技能】と魔力の両方を扱える。それが、俺が最強のアルノルトたる証だ。


「そこの使用人、とまれ!」


 俺の叫びを無視して、使用人たちは突っ込んでくる。

 やはりか。止まってくれることを期待したわけではない。俺の制止を無視したという事実がほしかった。


 使用人たちのうち二人は俺を足止めし、もう一人がレナリール公爵をしとめるつもりだろう。


 彼らは、隠し持っていた大型ナイフを引き抜いていた。俺のケーキナイフとは違う、本物の凶器。

 警戒しないと。

 そうして、意識をナイフに向けた瞬間だった。


「……やってくれる」


 男の一人が口から、鋭い針を打ち出した。

 それはレナリール公爵の首筋を狙ったもの。それをケーキナイフでたたき落とした。


 ナイフに注意を向けた上での不意打ち。魔力で強化された反応速度でなければ、防げなかった。

 その動作で体勢を崩したところに、二人が襲い掛かってくる。

 普通なら、どうあがいても防げない状況だ。


「遅い!」


 だが、俺は普通じゃない。

 二種の強化によって、その動きは人間の常識なんて軽く置き去りにする。

 住んでいる時間軸が違うのだ。


 姿勢を低くして距離を詰めてくる使用人の一人目の顎をピンポイントでけり抜き。そのまま振り上げた足で、もう一人の後頭部にかかと落としを叩き込む。

 直接レナリール公爵を狙った使用人は、俺の横をすり抜けていった。


 動きが速い。魔力の匂いがする。

 このままでは追いつけない。


 舌打ちし、振り向きながらケーキナイフを投擲する。直接的に調理器具を凶器にするのはためらわれる。そんなことを言っている暇はない。

 せめてもの救いは、ファルノからもらったものではなくレナリール公爵家から借りているものであることだ。


 矢のような勢いで放たれたケーキナイフは相手の右胸を貫き、使用人が崩れ落ちる。

 これで、当面の脅威は過ぎ去った。

 だが、問題はここからだだ。


「きゃあああああ!」

「襲撃者だぁぁあ」

「いったい、ここの警備はどうなっている!」


 四大公爵が一同に集っていることもあり、警備は厳重だった。

 にもかかわらず、暗殺者の侵入を許してしまった。

 このことは少なからずレナリール公爵の評判を下げてしまう。


「落ち着きたまえ!」


 そんななか、よく響く美声が響き渡った。

 貴族派の筆頭、ヘルトリング公爵だ。

 彼の一声で、静寂が戻る。


「名誉ある帝国貴族である我々が、この程度のことで動じてどうする。各自、信頼できるものと固まれ」


 さすがは四大公爵の一人、あっという間に場を鎮めて見せた。

 彼がこちらに歩いてくる。


「ご無事でしたか? レナリール公爵」

「ええ、私は大丈夫よ。アルノルト次期準男爵が守ってくれたわ」


 動転していたレナリール公爵もようやく平静さを取り戻した。


「無事でよかった。あなたはこの国の至宝だ。失うわけにはいかない。これは提案になりますが、この状況でパーティを続けることは困難でしょう。パーティは閉幕にしましょう」


 そうするしかないだろう。特に王族派の貴族たちは危険を感じているはずだ。


「ええ、そうね」


 レナリール公爵は頷き、そして声をあげる。


「皆さま、今日のパーティはこれにて閉幕とさせていただくわ。……このようなことになり申し訳ございません。可能な限り警備を強化することを約束します。今すぐ警備のものを呼びますので、彼らとともに部屋に戻ってください」


 そうして、貴族たちが去っていく。今日は部屋に引き篭もるだろう。

 レナリール公爵は気丈に振る舞っているが、かなり辛そうだ。

 無理もない。自分の命が狙われ、うまくいきかけたパーティが最後の最後に力技でぶち壊された。

 この警備を抜かれた以上、確実に内通者もいる。頭の中はぐちゃぐちゃだろう。


 俺はそっと彼女の手を握った。

 命を救った俺が隣に居れば、少しは気が楽になるだろう。

 彼女は一瞬目を見開き……。


「ありがとう」


 そう、小さくつぶやいた。

 そんな俺たちを見てヘルトリング公爵は薄く微笑み口を開いた。


「レナリール公爵を襲ったのは、おそらく隣国のハルトバッファ公国のものだろうね。この顔つき、そして独特な香水の匂い間違いない」

 

 わざと周囲に聞かせるようにヘルトリング公爵は声を張り上げた。

 あたりの貴族たちは、自分の身が危険に晒された怒りと、屈辱から次々にハルトバッファ公国を罵り始める。

 場が温まったタイミングで彼は俺に話しかけてくる。


「アルノルト次期準男爵。菓子職人パティシエとしてもすごかったが、武のほうも素晴らしい。まさか、おもちゃのようなナイフだけで、一流の暗殺者を瞬殺するとはね。私にはわかるが一人は魔力持ちだった。それを苦にしないとは!! さすがは最強のアルノルトだ!!」


 笑顔なのに、どこか薄気味悪い。

 俺が警戒していることを知ってか知らずか、饒舌に言葉を続ける。


「彼のような、強者が居れば戦争だって勝ってしまえそうだ。君の才能を料理に使うなんてもったいない。そうだ、前大戦の英雄、漆黒のヴォルグと二人で組めば、ハルトバッファ公国の名立たる魔法騎士相手だって打ち破ることができるだろう!」


 彼の言葉で周囲が沸き立つ。

 戦争のほうに意識が傾く。

 ここに来て、半ば確信した。

 彼が、あの暗殺者たちを引き込んだ。


 目的はレナリール公爵のパーティをぶち壊しにすること。

 暗殺が成功していれば、レナリール公爵という王国派の筆頭が居なくなり、貴族派の思うがまま、そして失敗したときもこうして、俺の強さをアピールすることで戦争に勝てると思わせる二段構え。


 やってくれる。

 だからこそ、ここで俺の意思をアピールしないといけない。


「ヘルトリング公爵、俺は菓子職人です。兵士じゃない」

「これだけの力を持っているのに? 貴族にはこの国に貢献する義務がある。君が戦わないのは、国に対する裏切りだよ」


 その言葉は一見正しそうに聞こえる。

 だけど、認めるわけにはいかない。


「確かに俺は強い。戦場に出れば何人もの敵兵を屠ることができるでしょう。ですが、それをして何になるんですか?」

「君が殺せば殺すほど、味方の損害が減る」

「味方の損害を減らしたくないなら、そもそも戦争しなければいい」

「戦争に勝てば、隣国の土地も金も手に入る。この国を豊かにするには必要なことだよ」


 その言葉を待っていた。


「たとえ、勝てたとしても戦いで失われた命は戻ってこない。血を流さずとも、国を豊かにする方法はある。それがある以上、そんな道を選ぶべきではない。俺は、そう考えるレナリール公爵に協力します」


 内側から国を豊かにする王国派であることを明言する。

 ほんの一瞬だが、ヘルトリング公爵は不快そうな表情を浮かべた。


「その一環として、俺は、俺の力でこの国中に俺のお菓子を広めます。あなたたちが今日、俺のお菓子を食べた感動を、どんどん広げてみせる。俺はその道を選ぶ。そちらのほうがたくさんの人間を幸せにする道だと信じているからです」

「……詭弁だ」

「いえ、信念です。そして、レナリール公爵には、俺の信念を叶える力がある。新たな土地なんてなくても、人の生活はもっと豊かになれる」


 そう、まだまだ無駄が多い。

 戦争なんて非効率な手段をとらなくても、もっと楽に人は豊かになれる。


「青臭い考えだ。こちらが攻めなければ、向こうから攻められるだけだよ」

「それをさせないのが、外交であり、貴族の仕事では?」

「ふふ、面白いことを言うね。だが、起こるときは起こる」

「……その可能性は否定しません。そうなってしまったときは、平和のために槍をふるいましょう。だが、今じゃない」


 ヘルトリング公爵の眼光が俺を貫いた。

 そして、両手をあげて背を向けた。


「君を納得させるのは無理だとわかったよ……”言葉では”ね。では、僕は帰るよ。君の料理、本当に美味しかった。また、どこかで口にすることを楽しみにしている」


 彼が去ると、いっせいに人が引いていく。

 彼の捨て際の言葉が気になる。

 ”言葉では”を妙に強調していた。

 何を企んでいるかわかったものではない。


「アルノルト次期準男爵、助かったわ」

「あなたを守るのは俺の役目ですから、気にしないでください」

「本当に欲がないわね。ここは恩を着せて、報酬をふんだくるところよ?」

「あなたに対しては、こっちのほうがより強く恩を感じてもらえると思ったので」

「ふふ、まったく敵わないわ。今日は後始末で身動きが取れない……あした少し時間をもらえないかしら? お礼と少し、お話をしたいの」

「ええ、喜んで」


 そうして、波乱のうちにパーティは終了した。

 今回の件ですべてが終わった。……とはとてもそうは思えなかった。


 だが、ここから先は政治の世界だ。

 俺にできることは少ない。今はまず、お腹を空かせているティナとクロエに料理を振る舞うことを考えよう。

 俺たちだけのささやかな食事会だ。

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