第十四話:翡翠鴨のロースト
使用人たちによって突如運ばれてきたドラム缶。
それこそが、今回のメインディッシュだ。
そして今回はドラム缶と一緒にティナがついてきている。
仕上げに彼女の力を借りる必要がある。
「目の前で料理を完成させるか。その意味はあるんだろうね」
ヘルトリング公爵が興味深そうにドラム缶を眺めていた。
「当然です」
意味のないことはしない主義だ。
最大限に料理を楽しんでもらおう。
料理で大事なのは味ももちろんだが、それ以外の要素も非常に大きい、見た目、香り、そして演出。
そのどれもが本来の味以上に料理を楽しませる効果がある。もちろん、その逆も。
だからこそ、メインディッシュである肉料理は、それらすべての要素で限界まで輝かせるのだ。
俺はドラム缶から鉄串に突き刺さった、カモのローストを取り出す。
一匹まるまる、きつね色に焼けたカモは食欲をそそる。
ドラム缶を使用することで、まんべんなく火を通してある。
「メインディッシュがただの丸焼きかね。少々興ざめだ」
さきほどから妙に突っかかってくる貴族派の恰幅のいい中年、南のアイヒホルン公爵が野次を飛ばす。
「アイヒホルン、少し黙ってくれたまえ。今までの料理を思い出せば、この料理人がただの丸焼きなんてものを出すわけがないとわかるじゃろう」
北の初老のオルトレップ公爵がアイヒホルン公爵をたしなめた。
その通り。
これはただの丸焼きじゃない。
内臓を抜き、変わりにとあるものをパンパンに腹に詰めて、縫って蓋をしている。
鉄串に刺さったカモを深皿の上に掲げる。
そして、包丁で縫い目を切り裂く。
すると……、鮮やかな翡翠色の液体がカモの中から一気に吹き出て深皿にたまる。
猛烈に湯気が噴き出た。
「おおう、なんとかぐわしい香りだ」
「香ばしい肉汁。それにこの安らぐ香りはなんだ」
香りの爆弾二発目。鴨の肉汁と森のやさしさを体現するような香りが混じり合い広がっていく。この香りを味わってもらうためにあえてこの場で仕上げた。
肉を切り分け皿に盛り、さらに今カモの腹からあふれ出した翡翠色の液体をフライパンに注ぎ、ティナの力を借りてこの場で煮詰める。
酒と調味料を加え、ソースを作り上げ、たっぷりと肉にかけた。
これで完成。
「本日のメインディッシュ。翡翠鴨のローストです。ぜひ、お楽しみください」
料理を配膳したとたん、待ちきれないとばかりに手を付け始めた。
無理もない。今までの料理でさんざん食欲を刺激されたあげく、この香りをかがされたのだ。我慢の限界だろう。
「これは。なんて豊かな味だ。パサつきがちなカモ肉がソースと絡んでしっとりして。この翡翠色のソースの正体はいったい?」
「旨すぎる。優しさと力強さを兼ね備えた旨み、経験したことがないぞ」
「ふむ、肉料理も極上。最近わしは歳のせいか食が細くなっていたが……すべての料理を食べきったのはいつ以来じゃろう。このようなコースなら毎日でも食べたいのう」
「ええ、私も満足しましたわ。……でも、ちょっと食べたりないわね」
最後に提供した翡翠鴨のロースト。
その調理法は単純だ。基本的にはドラム缶でじっくりと火を通すだけ。
ただ、特製の調味料を仕込んでいる。それは俺の故郷であるアルノルトの山に自生していたピスタチオ。
そのピスタチオをにクルミを加えてすりつぶし、チーズを混ぜて乳酸発酵をさせたものだ。
ナッツの中でも特上の旨みを持つピスタチオにチーズを加えて、旨みを重ねると共に味を引き締め、乳酸発酵させることによって味がまろやかかつ深くなる。
その調味料を、内臓を抜いた鴨の中にたっぷりと詰め込み、ドラム缶でローストする。
すると、腹の中のピスタチオの調味料が肉になじむと同時に、逆に鴨の脂と肉汁がたぷっりと溶け込んだ旨みたっぷりのソースが腹の中にできる。
鴨の縫い目を切ったときに出てきたのがそれだ。それをソースに使うことで最高の料理が出来上がるのだ。
今回のコースで唯一脂肪分を加えた料理。だからこそ、よりいっそう美味しく感じられる。
そして、俺の計算ではここが腹八分目。
若干物足りないと感じる段階だ。
デザートを食べるには最高の腹具合。
「ふう、堪能したよ。デザートで締めだね。いいコースだった」
「ここまでされては、もう難癖もつけられん……いい料理人に恵まれたなレナリール。コースを食べ終わって、こんなに心地よいのは初めてだな。いつもはメインが終わったあとは、胃もたれがして苦しいぐらいなのに。それがあたりまえだと思っていたが目から鱗だ。これが本当にコースを楽しむということか」
すっかり、コースは終わった。
デザートなんてただのおまけ。
そんな空気があたりに流れている。
まったく、何を勘違いしているのだろう。
本番はこれからだ。
「皆さま、ではこれより。真のメインディッシュを提供させていただきます」
俺の言葉に四人が驚き……そして期待を浮かべた表情をする。
「あとはデザートだけだと思うが」
「ええ、皆様がデザートを最高に楽しめる腹具合になるようにコースの計算をしております。なぜなら、デザートこそが私がもっとも自信をもってだせる最高のメニューです」
力強く言い切る。
それは俺のアイデンティティーだ。料理はそれを活かすための道具に過ぎない。濃厚なチョコレートケーキを百パーセント楽しんでもらうには、今日のような工夫を凝らした料理が必要だった。
油は控え、薬膳の知識でむしろ食事前より胃の調子を整え、豪華絢爛な料理では不足しがちなビタミンをたっぷりと摂取してもらう。今日のコースは食べる薬でもあるのだ。
自信満々に言い切った俺を見て、レナリール公爵がくすりと笑い。口を開いた。
「今回のコース料理をとりしきった、クルト・アルノルト次期準男爵は料理人ではないのよ。料理は無理を言って頼んだの」
その言葉に、他の公爵がさきほどまで以上の驚きをもって俺を見る。
「レナリール公爵、これほどの料理を振るまえる人間が料理人ではない……なら、いったいなにかね? 彼の正体は」
「彼の正体は菓子職人よ。次のデザートこそ、彼の真骨頂だわ」
ごくり、誰かの生唾を飲む声が聞こえた。
おぜん立ては整った。なら、俺の全力を出すだけだ。
「では、最後にして、最高のメニューをお出しします。本日出させていただくのは、至高のチョコレートケーキ、ザッハ・トルテ。それを私が改良した、インペリアル・トルテでございます」
チョコレートという聞きなれない言葉に、四大公爵全てが未知への期待を目に宿す。
インペリアルとは帝国を意味する。つまり皇帝に捧ぐお菓子だ。
その看板に偽りがあれば、心証が悪くなるどころか不敬罪になってしまうだろう。
しかし、俺のケーキはその看板に値する。
前世の知識、そして今日まで出会ってきた素晴らしい食材。その二つを使った、俺にしか作れないケーキ。
さあ、思う存分味わってもらおうか。
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