第十話:ブイヨン・ド・レギュームと澄し汁
いよいよ、四大公爵の集まる食事会の二日前になっていた。
レナリールの屋敷全体が慌ただしい。
四大公爵の食事会には公爵本人だけではなく、彼らの部下、その使用人まで来るので来客数は百人近くになる。
明日から、順次客が到着する。
そして、相手が相手だけに最大限のもてなしが必要なので、この慌ただしさも納得だ。
「クルト料理長! 下ごしらえはこのような形でよろしいでしょうか?」
「出汁がとり終わりました。味見をお願いします」
俺は今、厨房に居た。
そこれでレナリール家の料理人たちに指導を行っている。
なにせ、人数が人数だ。俺一人では全員の料理を作り切るのは無理だ。さすがに、来客の使用人たちには料理を振る舞うことはないが、四大公爵の部下だけで三〇人ほどはいる。
自分で作るだけではなく、部下に手伝わせる以上、作り方を叩きこまないといけない。
さすがに、この場に居る料理人は料理の腕は一級品だ。なにせ、フェルナンデ辺境伯が俺のサポートのために領地から連れてきた選りすぐりの精鋭に、レナリール公爵自慢のお抱え料理人たち。要領がよくすぐに覚えていく。
ただ、四大公爵が食べる分だけは俺が全て直々に作る。
そこは最上のものを用意したい。
加えてデザートの俺のスペシャリテのチョコレートケーキ。あれは難易度的な問題があって、俺以外作れないので全て自分で作らないといけない。
ケーキは生菓子であり一日置けば、味が落ちる。
本当なら、当日に全員分作りたいがその時間はない。だから、四大公爵が食べる分以外全てを前日に作っておくことにした。それを考えると、事実上他の料理人に技術を叩きこむのが今日がリミット。なかなかきつい。
数日前から、ずっと指導しており、ようやく形になってきた。
「よし、魚の仕込みはそれでいい。スープのほうは……うん、野菜の甘さが良く出てる。だが、ハーブブーケ。もう少し改善が必要だ。パルメを少し多めに」
この調子なら、当日の料理はうまくいくだろう。
俺はレシピを書いた紙を広げる。
1.前菜 マグロのタルタルステーキと鹿レバーのたたき
2.サラダ 蒸し貝とトマトのサラダ。特製ソースかけ
3.スープ シカの薬膳スープ
4.魚料理 ウナギのパイ包みスープ
5.肉料理 翡翠鴨のロースト
6.デザート 特製チョコレートケーキ
全体的に、脂肪分をいかに抑えるつつ食欲を増進させるかに主眼をおいている。
この時代の料理は、美味さが脂肪分の強さとイコールだ。
だからこそ、あえて脂肪分には頼らない。
脂ぎった料理に慣れ親しんでいるからこそ、旨さで勝負する。
そんなコース料理は四大公爵たちにとっても未知のはず。
素材の味を生かした繊細な料理と、客を驚かせる大胆な仕込み、それこそが俺の料理の強みだ。
「よし、全員集まってくれ。スープの味見をしよう」
今回のスープはかなり手間暇かけて作っている。
さまざまな野菜とハーブを山ほど入れて、まる一日かけて出汁をとる。
ブイヨン・ド・レギューム。最新のフランス料理でもてはやされる技法。野菜だけで出汁を取る技法。
ハーブには、味だけじゃなく貴族たちの連日の豪華な食事に疲れた胃を癒し、消化促進や整腸作用と言った、この後に出てくる料理を美味しくさせるための効果があるものを選び調合してある。
このスープは美味しく食べられる薬だ。
コースにおけるスープの役目は単体の美味さではない。あとに続く料理をいかにうまく食べさせるか。
この野菜のスープだけでも十分すぎるほど美味い。
だが、ここにもう一工夫ある。
「一般的に、スープは丁寧に長時間煮込むが、それだけが正解じゃない」
西洋のスープは、ここと煮込んでしっかりとした重いスープを取るのが一般的だ。
そのセオリーに従い野菜だけを長時間似た。
だが、これは鹿のスープ。ここからが本番だ。
「見ていてくれ。極東のスープの技法だ」
俺は持参してきた鹿節をナイフで透けるほど薄く削る。
鹿節は、鹿の肉でももっともうまい後ろ足、それを乾燥し熟成させた鰹節のようなもの。
熟成により、生の時よりも圧倒的に増した鰹節の旨みの強さは、西洋でも認められているがどうしても魚臭さが気になって受け入れられなかった。
その対策として出来たのが鹿節だ。
くせがなく、旨みが強い鹿節はどんな料理にでも合う。
俺は、野菜のスープを小さな鍋に注ぎ火にかける。
そして、透けるほど薄く削った鹿節をさっと入れ、数十秒後には取り出す。
これで十分。
いわゆる澄し汁の技法。これで十分旨みがでるし、短時間なら肉の臭みがでず、くどくならない。鹿節は煮込んだ瞬間、どうしても獣臭さがでてしまうのだ。
これならどこまでも透明感のあるスープができる。
野菜はしっかりと煮込んで旨み全てを引き出す必要があるが、肉のほうはこうして旨みだけを得て生臭さやくどさは要らない。
西洋と和の合わせ技で出来たスープだ。
「飲んでくれ」
俺の言葉を聞いた周りの料理人たちが困惑する。
常識の外にある調理法で、理解が追いついていないのだ。
「わしが試させてもらおう」
ベナリッタ料理長が一歩前に出て俺の出した小皿を受け取り、スープを味わった。
「……美味い。なるほどな。野菜の甘味と肉の旨みだけでここまでの味が出せるのか。たっぷりと煮込んだ野菜の甘味が土台になり、その上で鋭い肉の旨みが花開き調和する。いっさいの獣臭さがないのは、煮込まない技法だからか。素晴らしい。こんなスープ、創造すらしていなかった。感動すら覚える。おまえたち、何をぼうっとしている! 早く飲め。いい勉強になる」
その言葉で料理人たちが我先にと集まってスープを飲み始めた。
「こんな味があるなんて。なんて澄み切った味だ」
「たった数十秒でこれほど肉の味が出るのか」
「バターや油なしでこんなにうまいものが」
料理人同士で感想を言いあった。
いい傾向だ。
今回作ったスープは反則そのものだ。
フランス料理の最新技法であるブイヨン・ド・レギューム。最新素材鹿節、それに和の澄まし汁の技法に、薬膳の知識の合わせ技。
この時代の料理人では到底作れないスープだ。
「やれやれ、お主が何を作ろうと驚かないと思ったが、度肝を抜かれた。他の料理も、全部驚きが隠されているんだろ?」
「ええ、もちろん。これはあくまでメインを輝かせるためのスープであり、前座です」
ほかの料理も全力で工夫を凝らしたものだ。
だが、純粋な驚きで言えば、このスープが一番だろう。完全に異質だ。
これを振る舞ったのは、今後俺のいう事を聞いてもらいやすくするためだ。
こうやって、固定概念を吹き飛ばす料理を作れば、料理人たちの頭が一気に柔らかくなる。
そうなれば俺の指示する料理法へ疑問を持つことがなくなる。
これで、今後の作業はうまく行くだろう。
「みんな、時間がない。どんどん仕込んでいくぞ!」
俺の掛け声に……。
「おおう!」
この場にいる全員が、勢いよく応えた。
そして、次々に料理の指導と本番に向けた仕込みが進んでいく。
このペースなら本番までになんとか準備が終わるだろう。




