第六話:コックとしてのクルト・アルノルト
食事をするために用意された部屋も当たり前のように豪華絢爛。
そこに俺たちは招かれていた。
さすがに、ヴォルグは使用人なのでこの場には呼ばれていなかった。彼は、ティナやクロエと共に、別室で食事を用意されているらしい。
この場に居るのは、レナリール公爵、フェルナンデ辺境伯、ファルノ、俺、そしてもう一人は公爵家の料理長らしい。不機嫌そうに俺の顔を睨んでいる。
「この場で、我がレナリール公爵家にできる最高のコースを楽しんでもらうわ。これは試験であると同時に、あなたが本番でコースを振る舞うときの参考になると思います」
確かにその通りだ。
この世界でちゃんとしたコース料理を食べた経験はない。
俺の見知っているものとの違いはきっちりと確かめておきたい。
「では、始めるわ」
レナリール公爵が指を鳴らす。
すると、最初の料理が並べられた。
「まずは、前菜よ。あといい忘れていたけど、必ず食べるのは半分までにすること」
白い皿に並べられたのは、チーズに透き通るように薄い生ハムを載せたものに、ホタテのような貝のソテーにソースをかけたものだ。
さっそくいただく。
素材はいい。チーズはしっかり熟成して食べごろ、生ハムは塩加減がよく、ホタテも鮮度がいい今日とれたばかりのものだ。
「どうかしら?」
「素材はいいですが、料理法に疑問がありますね」
「具体的には?」
「チーズと生ハムとの調和が取れてないし、前菜にしてはクドすぎます。チーズの厚さをもう半分にしたほうがいいでしょう。そして、貝は火を通しすぎだ。これでは貝の旨みが台無し。前菜として出すなら、焼くのではなく蒸したほうがいいかと。それにソースが脂っぽくて強すぎる。貝の旨みを活かすためにはこの甘味があり脂のあるソースは向きません」
「そう、わかったわ。今から厨房に行って、指摘した点を改善した料理をつくってきなさい」
「なっ」
さすがに面食らう。
試験と言ったのはこのことか。もし、適当なことを言っていれば、この場で即座に恥をかく。
それに、半分しか食べるなと言ったのは、俺が作りなおした料理を食べることを見越しての話しだろう。
「いいでしょう。少し席を外します」
◇
「おまたせしました」
案内された厨房で料理を仕上げて、戻ってきた。
厨房に入るなり、突き刺さるような視線をいくつも感じた。
まあ、当然だろう。レナリール公爵は、料理人たちにたいして、おまえらが不甲斐ないから外様のコックを呼んだと言われているようなものだ。
「随分と早いのね」
「手のかからない料理ですから」
なにせ、生ハムとチーズは薄く切るだけだ。
ホタテに似たものは、細心の注意を払ってぎりぎり火が通るように蒸しあげて、ビネガーとハーブ、塩そして少量の酒を混ぜたソースを使っただけ。
「言うだけのことがあるわね。特に、この貝がいいわ。貝自身のお汁がじゅっとでて、酸味のあるソースが甘みを強調する。素敵ね。前菜なら、間違いなくこちらだわ」
「バターを使ったソテーも、調理法として悪くありません。ただ、どうしても貝の旨みが逃げますし、前菜としては強すぎます。その点、蒸し焼きは一滴たりとも貝の旨みを逃しません。これほどいい貝なら、貝の甘さで勝負するべきです」
レナリール公爵が頷く。
「ベナリッタ料理長はどう思ったかしら?」
「……この小僧の言うことを否定できませんな。確かに前菜としてなら、この坊主が作ったほうがうまい」
相変わらず、不機嫌そうだがそれでも料理を認められる分、器が大きい男らしい。
次に運ばれてきたのはスープだ。
牛骨と野菜で出汁をとっているのがわかる。
「アルノルト准男爵、こちらは?」
「いいスープです。ただ、臭みを取るためとはいえ、ハーブを使いすぎかと。あと、灰汁の取り方が雑ですね。味が濁っている……一応言っておきますが、短時間でスープの作り直しはできませんよ」
半日以上煮込まないと同じスープは作れない。さすがにこれは俺でも無理だ。
「わかったわ。料理長、今度の発言はどうかしら?」
「間違ってませんね。ちょっと、香りがきつすぎる。それに……すまねえ、これは俺のミスだ。たぶん、担当が手を抜いた。クビにしておく」
「そうしてくださるかしら? 私は本物の食事会でだすつもりと指示を出したわ。その本番で手抜きをするような、コック。必要ありません」
厳しいことだが、正論ではある。
「では、次に行きましょう」
◇
そうして、口休めであるグラニテを挟んだあとは、魚料理と肉料理が運ばれてきた。
両方共、問題点を指摘して、改善案を出した。
俺の出した料理に、レナリール公爵は満足し、料理長はよりいっそう不機嫌になっていた。
デザートはないらしい。
そこについては、俺の腕を疑っておらず、試験をする意味もないとのことだ。
「あなたの腕、見せていただいたわ。即興で次々に問題点を改善していくその手腕。恐れいったわ。あなたが手直ししたコースをそのまま出すのもいいかもしれないと考えてしまうわね」
レナリール公爵は俺が期待以上の腕をもっていたので機嫌がいいようだ。
「それは止めたほうがいいかと。これはコースとして根本的に間違っています。少々改善したところで最高のコースになりえない」
「面白いことを言うのね、何が問題だったのかしら?」
「最後の牛テールのシチューと、その前のマグロのムニエル。あの並びは頂けない」
「どうしてかしら?」
「両方共、旨みが強すぎるんです。魚料理を軽くするべきかと。牛テールのシチューが控えているなら、魚料理はもっとさっぱりしたものがいいかと思います。それに、このあとがデザートがあり、なおかつ今度の食事会では、重めのデザートを用意するのでなおさら」
最初に、脂の乗ったトロをムニエルにしたものを出されたときは面食らった。
ムニエルという料理法は、脂がのった魚には向かない。
俺は赤身で作り直したが、それでもまだ重く感じる。
「勉強になるわね。なら、コースは一から考えないと」
そこまでレナリール公爵が言ったあと、がたんと音がした。
「いい加減にしてくれ!」
料理長が立ち上がって、俺を睨みつける。
「あんたの腕は認めるよ。舌も、知識も、すごいさ。だがな、あんたがやったのは俺たちの料理のアラ探しだけだ。あんたは何一つ、自分の腕を見せてない」
「確かにそのとおりですね。今日はその機会が与えられませんでしたので、いずれは、私自身の料理を味わってもらいましょう」
同じ、料理に携わるものとして彼の気持ちはわからなくもない。
どんな料理にも欠点がある、それをちょこちょこ直して、自分より上だと言われたらたまらない。
どの料理にもきっちり、彼らの工夫が見て取れた。良い料理人だからこそ俺を許せない。
「ベナリッタ料理長は、彼が次の食事会を担当するのは認められないかしら?」
「今日の試験だけではね」
「そう、なら、こういうのはどうかしら? 料理を改善するだけでは認められない料理長。既存コースはコースそのものを変えないとダメだと思っているアルノルト次期准男爵。それなら、魚料理をアルノルト次期准男爵の好きなように作って、それがコースをよりよくするものなら合格と言うのは。材料はまだありますよね? それができれば、彼は本物よ」
料理長は黙って頷く。
まったく、簡単に言ってくれる。
この場で、余った材料だけで即座にレシピを考えろなんて。
「いいでしょう。すぐに作ってきますよ。俺自身の料理を作ってみせましょう」
俺は即答した。
どうやら俺は思った以上に負けず嫌いなようだ。




