第四話:竜車
フェルナンデ辺境伯との会話が終わり、割り当てられた部屋に戻ると、銀髪のキツネ耳美少女のティナと金髪美少女エルフのクロエが言いあいをしていた。
「ティナずるいよ。わたしもクルトと一緒がいい」
「そんなこと言ってもだめです。用意された部屋に帰ってください」
最近、ちょくちょく見るようになった二人のじゃれ合い。
ティナにとって、気軽口喧嘩できる対等な立場の相手は居なかったので、俺は少し喜んでいる。
こうしていると、ティナの年相応で可愛らしい部分が見られるのだ。
「どうしたんだ、二人とも」
俺が声をかけると、二人ともこちらを向いた。
「クルト様、クロエがわがままを言うんです」
「だって、一人だけ仲間はずれって寂しいよ」
根気よく二人の話を聞いてみると、どうやら部屋割りでもめていたらしい。
俺とティナはこの前来たときも使わせてもらった夫婦用の広い部屋を割り当てられており、クロエのほうは一人用の部屋のようだ。
なるほど、だから冒頭のようなセリフがでるのか。
「なら、クロエもこっちに来るか? ベッドは二つしかないけど、俺とティナはいつも一緒に寝ているから余るし」
「……クルト、ちょっと待って」
クロエが急に無表情になって、まっすぐに俺を見つめる。
「クルトとティナって一緒に寝てるの?」
どこか、動揺しつつ、顔を赤くしてクロエが聞いてくる。
「いつも一緒に寝てるよ」
クロエが我が家に泊まっても気づかなかったのは彼女に客間を貸していたからだ。あの日もいつもと同じようにティナと眠っている。
ティナを抱きしめると、気持よく眠れるのだ。
「もう、二人は男女の関係なんだ」
クロエは俺とティナを交互に見て、顔を赤らめる。
どうやら、勘違いさせてしまったようだ。
「そうじゃないよ。ただ、一緒に寝ているだけだ。文字通りね。ティナは昔、ひどく寂しがり屋だったんだ。夜が怖いって言うからそうして、今もそれが続いている」
そのときのティナを思い出して、微笑ましい気持ちになる。
ティナは恥ずかしそうに顔を伏せていた。
「ふう、びっくりした。もうとっくに大人の階段登ったのかと思ったよ」
「いきなり、変なこと言わないでください! こっちこそびっくりしました」
ティナはキツネ耳をぴんと立てながら、大きな声を出した。
ただ、俺としてはそろそろそういうことをしたいが、まあ、ゆっくり焦らず機会をうかがおう。
無理やり、そういうことをしてティナとの関係が悪くなったら目も当てられない。
「というわけで、一人が嫌ならとなりのベッドを使っていい。喧嘩することはないよ」
「ありがと! じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「少しは遠慮してくれてもいいのに」
クロエが喜び、ティナが少しがっかりした様子だ。
そろそろ、本題に入ろう。
「二人共、聞いてくれ。さっきまでフェルナンデ辺境伯のところで話をしていたんだけど、やっぱりお菓子だけじゃなくて食事会全てを任されることになりそうだ」
二人がごくりと喉を鳴らす。
彼女たちにもことの深刻さがわかったようだ。
「俺も全力で頑張るけど、二人の力を借りたい。頼らせてもらっていいか」
「もちろんだよクルト!」
「言われるまでもありません、クルト様!」
二人共やる来満々だ。
クロエの水魔術も、ティナの火の魔術もしっかりと頼りにさせてもらおう。
両方共大きなアドバンテージになる。
「じゃあ、まずは明日は料理の仕込みを手伝ってもらおうかな。一週間熟成が必要なものも中にはあってね。明日から仕込んでようやく完成だ」
俺が作るのはメインディッシュの肉料理に使うソースだ。その仕込みだけはここでやっておきたい。
それにチョコレート作りも。
本来、チョコレートは作り終えてから三週間~四週間の熟成期間を必要とする。だが、熟成においては【回復】の力で促進が可能だ。人間の代謝を高めて癒す。その応用ができる。
そうして、明日の手順の説明をしているうちに夜が更けるまで話し込んだ。
寝る直前になって、俺たちの布団に入り込もうとするクロエと、それを防ぐティナの苛烈な攻防戦があったが、基本的には平和な夜だった。
◇
フェルナンデ辺境伯に来てから二日経った。
ティナやクロエはもちろん、フェルナンデ辺境伯のコックたちの力も借り、仕込めるものはすべて仕込んでおいた。
午後からレナリール公爵領に出発する。すでに身支度は済んでいた。とくに大事なカカオで作ったチョコレートと、メインデッシュに使う特製ソースを詰めた土瓶は何度も確認している。
俺が望んでいた材料は全て手に入っている。
ただ、あともう一つ何かがほしい。それは、レナリール公爵の領地の市場を回って見つけるつもりだ。
そして、とうとう迎えが来た。
それは空からやってきた。
「壮観ですね」
「ああ、いつか我が領地でも取り入れたいものだ」
フェルナンデ辺境伯と二人、空を見上げる。
そこに居たのは竜だ。
東洋の細長い竜ではなく、西洋のドラゴン。
竜車と呼ばれる世界でもっとも、贅沢な移動手段。
竜に気球を引かせることで、スピードと安定性を得ている。
あれを使えば、馬車で半月以上かかるレナリール公爵領へ、半日も必要ない。
レナリール公爵領で、世界で唯一竜の飼育及び、調教に成功している村がある。そうして育てたドラゴンを移動や輸送に使っているのだ。
「フェルナンデ辺境伯なら、購入できるのではないですか?」
「金銭的には、まあ、なんとかなる」
世界有数の金持ちである、彼がなんとかと言うほどだから天文学的な金額であることは間違いないだろう。
「クルトくん。問題は、順番待ちなんだよ。熟練の飼育者が幼体から二十年かけて育てあげないと使い物にならない。幼体のうちからでないと、人になつかせるのが不可能らしいし、そもそも竜の幼体を手に入れるのも大変だ。竜は五十年に一度程度しか卵を産まない」
それは、気の長い話だ。
竜車の需要は山ほどある。すべてをさばききるのは不可能だろう。
「なるほど。それより、あの竜が引かせている気球。あれも気になりますね」
気球と表現したが、けして安っぽいものではない。飛空艇と行ってもいいぐらいのものだ。
「あれの作り方も秘密らしいよ。私はなにかしらの魔法だと思っているのだがね」
通常、気球は比重が軽いガスで浮かせるのだが、この世界の技術ではなかなか難しい。
原始的なものであれば、熱で空気を暖めて浮かすのだが、それも違うようだ。動作が安定しすぎている。
同じように空を見上げていたクロエが口を開く。
「あれは風の魔術だよ。間違いない。エルフって魔法に敏感だからわかるんだ」
「あの規模を浮かせるって相当だぞ。それも継続的になんて、人にできるのか?」
「……ちゃんと種も仕掛けもあるよ。でも、言いたくないな。ちょっと、嫌だな。ああいうの。気持ち悪い」
クロエは険しい顔で気球を見つめていた。何か思うところがあるようだ。
気球と竜が降りてくる。
すると、レナリール公爵の配下らしき男たちがこちらに向かってやってきた。
長身で細身の男と、背は低いが筋肉の塊のような男。
服装を見るかぎり、平民ではないようだ。
「迎えに参りました。フェルナンデ辺境伯。次期アルノルト准男爵」
俺とフェルナンデ辺境伯は軽く会釈する。
「荷物等があれば、私共が積み込みますのでご支持を」
「それには及ばないよ。取り扱いに気を使うものが多いので、私の配下にさせよう。その立会いを頼みたい」
「かしこまりましたフェルナンデ辺境伯。では、そのように」
そうして、次々に荷物が積み込まれ、俺たちは気球に乗り込んだ。
竜が羽ばたき、気球が浮き上がり、空の旅が始まった。




