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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:誓いと黄金のマドレーヌ・アルノルト
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第五話:とある夜のお話

「クルト様、ロウソクもってきました!」


 ようやく、来月以降の開拓計画と予算の算出が終わった頃、寝間着に着替えたティナが蜜蝋をもって現れる。


 蜜蝋は、蜂の巣で出来ている。巣箱の中には、十枚の巣板がはいっておりそこにハチたちが巣を作っている。だが、ハチたちが巣を大きく作りすぎることがある。

 そんなときにはナイフで巣を削り落とす。そして、削り落とした巣が蜜蝋の材料になる。

 そうでもないと、俺のような貧乏人がロウソクなんて使えない。

 ロウソクは高いのだ。


「助かる。もう少しでロウソクが切れるところだった」


 俺は分厚い本を開きまっさらな紙に書き写していた。

 俺がやっているのは写本だ。


 写本作製の依頼主は、南に行った所にあるフェデラル帝国でも随一の商業都市リングラータ。そこにある書店からの依頼だ。


 アルノルト准男爵領に一月に一度、各村を回る行商人が来る。その行商人を通して写本をしてほしい本が届けられる。

 次の月までに写本を終わらせ、原本と一緒に行商に預けるということをニ年前からずっとやっていった。


 商業都市リングラーデは、様々な国や都市からの書物が届くので、使っている言語もばらばら、魔術書になると独自の暗号を仕込んでいたりもする。


 それを翻訳し、相手が望む言語で記すところまでが俺の仕事だ。写本はいい収入になる。俺の写本は評判がよく、辺鄙なところに住んでいるせいで時間がかかるにも関わらず、幸いなことに仕事が途切れない。


 この仕事を得たのは非常に運が良かった。父と共に、南部全ての貴族のまとめ役であり商業都市リングラーデを本拠地とするフェルナンデ辺境伯に挨拶に行った時に、ひょんなことから、彼と二人で話す機会に恵まれた。そこで彼に行きつけの書店を紹介してもらい、書店の店長と意気投合し今に至る。


 ……その頃はまだ、俺は期待されていた。だからこそ、辺境伯に紹介してもらえた。


「クルト様は無理をしすぎです。朝に槍の鍛錬をして、昼は開拓、それが終わったら蜂たちの世話をして、家に戻ったら開拓村の書類仕事。それが終わったら写本のお仕事なんて。いつか倒れちゃいます」

「好きでやってることだ。それに俺は今まで倒れたことがない。だから大丈夫だよ。自由に使えるお金は欲しいしね」


 俺がそういった瞬間、ティナが頬を膨らます。

 彼女が怒っている証拠に、銀色のキツネ耳がピンと立つ。


「嘘ばっかり! 領地のみんなのために、毎日用意してるお昼ごはんだって、村で取れる小麦だけじゃ足りないから買ってるし、みんなが怪我や病気をしたときのお薬や包帯だってそうです。全部、クルト様が写本で稼いでいるお金じゃないですか!」

「まあ、それもあるけどね」


 アルトノルトは貧乏貴族なのだ。

 差し入れをするための予算も、薬を買う予算も足りない。養蜂の道具だってお金がかかる。村を開拓するための予算はもらっているが、本当に微々たるものだ。

 だから、こうして写本で得たお金を使っている。


「クルト様ばっかり頑張ってるのはおかしいです!」

「それは違うよ。頑張ってるわけじゃない。趣味が第一だ。俺が欲しくても買えない高価な本を読めてお金までもらえる。写本を依頼されるような高価な書物はね、たいてい俺が読みたい本と一致するんだ。経営学、医術書、魔道書、歴史書。どれもこれも、読めるだけで幸せになれる。写本をすると、中身を覚えちゃうしね。そのついでにもらったお金で、みんなを幸せにできるって素敵だろう」

「ううう、それはそうですけど。でも、クルト様は人を幸せにするばっかりで、幸せにしてもらってないじゃないですか! あんなに頑張ってるのに、こんなに素敵な才能をいっぱいもってるのに! 誰も認めてくれなくて、なんで、なんで!?」


 ティナが泣いてくれた。

 俺のために。


「ティナ、おいで」


 俺はティナを手招きする。

 すると彼女は椅子に座っている俺の足の間にちょこんと座った。

 つい最近まで彼女は歳相応の子供らしさがあった。よく寂しがりやな彼女は甘えてきた。

 そんなときは、写本の作業をしながら、こうして抱きしめて話を聞いてあげていた。これなら作業を止めずにティナを甘えさせてやれる。

 ティナが俺に体重をかけてくる。


「こうしてもらうのは久しぶりです。クルト様、また大きくなった」

「まだ成長期からね。さすがにティナほどの成長はないけど」


 まだ一五歳だ。もっと筋肉と身長がほしい。


「そういう意味じゃないんですよ。どんどん、素敵になっていきます」

「可愛い女の子の前だと、男はみんなかっこをつけるんだ」

「違います。こんな素敵な人、クルト様以外にいるわけがないです」


 俺は照れくさくなって、何も言えなくなった。

 羽ペンを走らせる音だけが響く。

 会話がないことによる気まずさはない。

 不思議と、暖かな気持ちになれる。

 そうして夜が更けていく。そろそろ今日の作業を終わりにしよう。


 俺は、気がついたら俺の腕の中でぐっすり眠っていたティナを抱きかかえて、ベッドに行き彼女をだきまくらにして眠った。

 彼女を抱いていると優しい気持ちになる。

 この村に来て以来、俺達はこうして抱き合って眠っている。

 ティナのもふもふな尻尾をたっぷりと楽しんでから、その日は眠りについた。


 ◇


 目が覚める。

 今日は日課になっている槍の稽古はしない。稽古は夜に回す。早朝から出ないと本村に戻れない。

 今日は月に一度、本村に戻り父であるアルノルト准男爵に開拓の進み具合を報告、そして収穫が出来る麦の量を報告し、税を決める日だ。

 その他にも、俺か弟、どちらが領主になるのか、それについても触れられるだろう。

 アルノルト家はしきたりで、男児が二人以上産まれたときに成人したあと、そのどちらが領主にふさわしいかを選定の儀で決めることになっている。

 その決定には、人格も、力量も、民からの人望も、実績も、なに一つ関係ない。

 たった一つのことで決められる。


 ティナを起こさないように、こっそりと布団をぬけ出す。

 彼女は置いていくことにした。行っても不快な目に会うだけだ。


「なに、一人で行こうとしているんですか」


 だが、甘かったらしい。

 俺の裾を小さな手がしっかり掴んでおり、恨めしげな目で俺を見ている。


「おはよう、ティナ」

「私も行きます」

「……あんまり、いい思いはしないと思うよ」

「クルト様を一人であんなところに行かせたくないです」


 まったく、この子は。

 俺はティナの頭をぽんぽんと優しく叩く。


「その言葉に甘えさせてもらうよ。急いで支度してくれ」

「はい、クルト様!」


 元気よく返事をしたティナは、布団から飛び起き外の井戸に顔を洗いに行った。

 しかし、参ったな。

 ティナが一緒に来るなら、かっこ悪いところは見せられないじゃないか。

 

 

 

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