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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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第三話:屋敷よりも高価なお菓子

 朝にアルノルトの領地を出て、港町エクラバにたどり着いたのは日が暮れるころだった。

 エクラバに出店の許可をもらっているが、この距離はどうしてもネックになる。


 馬車以上に速い移動手段があればいいのだが……

 移動のことだけを考えれば魔力で強化して走ったほうが早いとはいえ、そうなると運べる商品の少なさはどうしようもない。


「お嬢様、クルト様、屋敷が見えてきました」


 御者をしているファルノの執事、ヴォルグがフェルナンデの屋敷への到着を教えてくれた。


「今回は無事についたか」


 俺は苦笑する。

 前回は来る途中で山賊に襲われて散々だった。アルノルトから見れば、それを出しに出店の許可と関税の撤廃を頂いたので利益に繋がっているが、それでも何もないに越したことはない。


「あれから、再発しないように徹底的に調査していますからね。それに私もいます。私が共にいると知って、それでも襲いかかるものはなかなかいません」


 ヴォルグの発言はただの強がりではない。

 ヴォルグは魔力持ちかつ、技能持ちであり、人知を超える力をもっている。

 先の戦争でも数々の武勲をあげており、ファルノの執事をしているほうがおかしい人材だ。


「だな、ヴォルグの腕は嫌になるほど知っているさ」

「クルト様だけですよ。私の腕を知っているなんて言えるのは。なにせ、私が全力を見せたのは、今のところあなただけだ」


 毎朝のように、彼に師事している。

 今はまだ、ヴォルグの強さに追いつけていない。だが、あと少しで追いつける確信がある。


「男同士っていいですわね」

「はい、クルト様楽しそうです」


 俺とヴォルグの会話を、ファルノとティナがうらやましそうに見ていた。


「そんなにいいものでもないさ。それより、ファルノ。久しぶりの故郷だ。懐かしくないか?」

「ええ、ほんのちょっぴり懐かしいですわ。行きつけの書店や、カフェ。顔を出したくなりますわね」


 ファルノは外を見ながら、感慨深げにつぶやく。


「迎えがくるのは二日後だろ? 久しぶりの故郷をしっかりと楽しんでくれ」


 悔しいがアルノルト領は、エクラバと比べるのもはばかられるほどの田舎だ。

 ずっと、ここで住んでいたファルノを満足させることはできないだろう。


「そんな暇がないですわ。クルト様のために食材を集めないといけませんもの」

「すまない。だが、力を借りるよ」

「クルト様の力になれること。婚約者として誇りに思いますわ」


 ファルノの目は、言葉のとおりやる気に満ちていた。

 なじみの書店やカフェに行くことよりも俺の力になれることのほうが嬉しいと言ってくれるのはありがたい。

 そうして、ファルノの実家である、フェルナンデ辺境伯の屋敷にたどり着いた。


 ◇


 フェルナンデの屋敷に着くと、待ってましたとばかりにフェルナンデ辺境伯からの呼び出しを受ける。

 水で汗を流し、身だしなみを整えてから、彼の執務室に来るようにということだ。


 ファルノはついて来ていない。

 彼女はすでに、俺が希望した食材の手配に入っている。

 かなり量も種類も多く時間がかかる。


 彼女に頼んでいるものは、アルノルトでは到底手が届かない、超高級食材の他に、各種ハーブ類だ。港街だからこそ、世界中から多種多様なハーブが手に入る。

 前回来たときに、俺の知識と整合させ手に入れたいハーブ類をまとめておいた。

 これがあるのとないのとでは、料理の奥行きが全然違ってくる。


「クルト・アルノルト様、こちらへ」


 目の前を、フェルナンデの使用人たちが先導してくれている。

 そして、使用人は扉をノックし、主人の返事を待ってから俺を部屋に招き入れた。

 広い執務室だ。

 部屋の奥にはフェルナンデ辺境伯の執務机、中央には立派なテーブルと、軟らかそうなソファーがある。


「よく来てくれたね」

「ご無沙汰しております。フェルナンデ辺境伯」


 俺は深々と頭を下げる。ファルノの婚約者になったとは言え、本来直接会話することすらはばかられる身分差だ。


「顔を上げてくれ。君の領地は随分と調子がいいようだね。ハチミツの生産量を見て目を疑ったよ。まるで魔法だ」


 俺の領地でやっているのは近代養蜂。この世界の原始的な養蜂とは、とれるハチミツの量も質も桁違いになって当然と言える。


「おかげさまで、なんとかやれています」

「謙遜はいい。君の力量だ。もっとも、君の力は、以前から見せてもらっていたがね。君から教えてもらった有機肥料の作り方等、我が領地で取り入れたが、想像以上の成果が出ていて驚いている。そして、君には感謝している。あの子はずいぶん楽しそうに君のことを手紙に書く。心の底から今の生活を楽しんでいるのだろう」

「こちらこそ、ファルノ様には随分と助けられています。彼女は優秀だ」


 わずか三か月ばかりだが、その短い間に彼女は開拓村になくてはならない存在になりつつあった。


「ファルノのことを褒めてもらえると親として鼻が高い。……そんな、クルトくんに迷惑をかけてしまい。本当に申し訳ない。まさか、ここまで大事になるとは予想していなかった」


 フェルナンデ辺境伯が立ち上がり、頭を下げる。

 この人は、いい意味で貴族らしくなく自分の非を認められる人だ。


「いえ、フェルナンデ辺境伯のせいではありません。そもそも、私自身、名を売る機会だと言う欲がありました」


 公爵家に認められる。その看板が欲しかった。

 その結果が裏目に出たからと言って、フェルナンデ辺境伯を責めたりはできない。


「そう言ってもらえると助かるよ。座ってくれ」


 俺は彼に勧められるままに部屋の中央のソファーに腰かける。

 いいソファーだ。柔らかく座り心地がいい。

 フェルナンデ辺境伯も俺の正面に座った。


「ファルノから、聞いているかね」

「ええ、レナリール公爵から、九日後の四大公爵が集まる食事会で、お菓子を振る舞えという話ですよね」


 俺たちの国には、東西南北を司る四人の公爵が存在する。大公が王家の血筋のものがもつ、お飾りの肩書であり政治に口を出さない。実質上、四人の公爵が王に次ぐこの国のトップだ。

 レナリール公爵は東を司っており、フェルナンデ辺境伯も、もちろんアルノルト準男爵も彼女に従う必要がある。


「その通りだよ。そこで、”誰も見たことがない最高の食事会”をとのご命令だ。断ろうとしたが、結局押し切られてしまった」


 フェルナンデ辺境伯が、口惜しそうに表情をゆがめた。


「心中お察しします。ただ、その言い方に気になるところが一つあります。私が作らなければならないのは、誰も口にしたことがないお菓子なのでしょうか? それとも、誰も口にしたことがないコースなのでしょうか?」


 フェルナンデ辺境伯は、微苦笑を浮かべる。

 そして、口を開いた。


「非常に残念なことに、コースだ」


 覚悟をしていたとはいえ、直接聞くと動揺が大きい。

 前世で菓子職人として働いていたレストランでは、お客様が最後に食し、もっとも記憶に残るデザートを担当するパティシエは店で一番腕が立つもの、さらにコースとの相性がいいデザートを作るためには店の料理すべてを知り尽くている必要があるという考えから、すべての料理を極めていた。技能面では問題ない

 だが、こちらに来てからお菓子以外の料理はあまりしていないので、勘が鈍っていないかが気になる。


「もちろん、私も君にすべてを押し付けるつもりはない。うちでもっともすぐれたコックにサポートさせる。彼は非常に腕が立つ」


 フェルナンデ辺境伯がサポートにつけてくれるコックは役に立つだろう。フェルナンデ辺境伯お抱えということは、天才的な腕がないと務まらない。


「なら、料理はそちらの方に任せ。私はお菓子に注力できるというわけですね?」

「いや、あくまで彼にできるのはサポートだ。彼に限らず、このエクラバで超一流のコックというのは、おおよそレナリール公爵領にあるレストランで修業を受けているものばかりだ。はっきり言おう、彼らにレナリール公爵の知らない新しい料理なんてものは作れない」


 道理だ。

 王都から遠くなるほど、流行の先端から遅れる。それでも、腕のいいサポートがつくことはありがたい。


「なるほど……なら、私の手足として使わせていただきます。でも、いいんですか? 私を信用して。生まれも育ちも田舎育ちの世間知らずですよ?」


 俺がそう言うと、彼はにやりと笑う。


「そのことは理解している。だが、君はやれるだろう? 君は村の運営も、農業も、産業も、お菓子の手法すら、未開の土地に居ながら、最先端を超えるものを見せてくれた。私は君の力を信じるよ」


 そこまで言われれば、その期待を裏切るわけにはいかない。

 この仕事を乗り切らないと。


「ただ、あまりにも急ですね。せめて一月あれば入念に準備ができるのに」


 料理の仕込みというのは、下手をすれば数か月以上かかるものもある。

 仕込みの時間が一週間程度しかないという時点で、とてつもない制約を受けているのも同然だ。


「ひどいことだとは私も思う。だが、彼女の焦る気持ちも理解できてしまうんだ」


 フェルナンデ辺境伯が苦笑した。


「理解ですか? てっきりただの意地の張り合いかと思っていました」

「あの人は、ただの意地で人を振り回したりしないさ。……今、この国の貴族たちは、王国派と貴族派に真っ二つにわかれていてね。若干、貴族派に傾きつつある。王国派の彼女としては、少しでも発言力を増して置きたいのだろう。四大公爵が集まる食事会で、力を誇示することは有効な手段だ」

 正直、ピンと来ない。

 そういった政治の話だけは、さすがにその場の空気を知らないとどうしようもない。


「フェルナンデ辺境伯はどちらに所属してるのですか?」

「限りなく、王国派に近い中立かな」

「なるほど、王国への敬意と忠誠心というわけですね」

「そういうわけではないよ。単に主張の違いだ。王国派は今の領地をより豊かにし、力をつけることを主張し、貴族派は他国を侵略し、略奪し、力をつけることを主張している。貴族派の連中は新しい領地が欲しいのさ。さらに力をつけるために。今ある領地を育てるより手っ取り早い」


 フェルナンデ辺境伯は、俺にわかるように簡単に説明してくれた。


「そういうことですか。ただ、気になるのはフェルナンデ辺境伯が戦争を避ける理由はなんですか? むしろ、あなたの力があれば名をあげる機会ではないかと」


 背筋がぞくりとする。

 フェルナンデ辺境伯の目に暗い光が宿った。

 それはどこまでも深い闇。


「簡単だよ。そうなったら勝てないからだ。……先の戦争を経験したものなら、前線に立って戦ったものなら、みんなわかっている。東で最大の軍事力を持つ私がこんなことを言ってはダメなんだがね。こちらから攻めるなんてとんでもない。兵を無駄に殺すだけだ。さすがに攻め込まれた際に、地の利を活かして迎撃することは容易いがね。こちらから攻めて、いたずらに消耗すればそれすらも怪しくなるよ」


 彼は過度に敵を過大評価も過小評価もしない。

 その彼が、そう言うのであれば間違いない。


「クルトくん、だから私個人の感情だけで言うなら、君の力でレナリール公爵を助けてやってほしい。お菓子の力だけで戦争を止めることはできないことはわかっている。だが、王国派であるレナリール公爵の発言力を高めることで。戦争を止める力の一つにはなる」

「そういうことですか。わかりました。全力を尽くしましょう。本音を言いますと、いけすかないヒステリーを起こした女のわがままに巻き込まれたと思いモチベーションがあがりませんでした。ですが、理由があるのであれば協力します」


 胸の奥から力が湧き上がる。。

 そして、その勢いのまま俺は口を開く。


「第一、戦争になれば必ず俺は前線に出る羽目になる。そうなればお菓子を作る時間もありませんからね。敵兵を料理してまわるぐらいなら、公爵のために料理をしたほうがまだマシだ」


 俺のジョークがツボに入ったのか、フェルナンデ辺境伯が声を出して笑う。

 そんなときだった、扉が勢いよく開かれる。


「クルト様、無事手に入れて参りました。クルト様が最重要と言っていた、アレが!」


 現れたのはファルノだ。

 手には、布袋が。じゃらじゃらと豆同士がこすれる音がする。


「ファルノ、はしたない。クルトくんも驚いているよ」

「申し訳ございません。お父様。……でも、居ても立っても居られなくて」


 ファルノが頭を下げてからこちらに来る。

 そして、俺の前で、布袋を開いた。芳醇な香り、懐かしい、夢にまで見た香り。

 俺は目を見開き、袋の中に手を入れる。手には茶褐色の長細い粒が。


「ありがとう、ファルノ。よく手に入れたな」

「ええ、苦労しました。でも、クルト様。これ、本当にすごい値段でしたわね。この袋一つで、大きな家が一つ買えますわ」

「その価値はあるよ。……フェルナンデ辺境伯、これを見たことは?」

「見たことだけはある。だが、食したことはないな」


 安心した。港町を拠点とし、海の向こうからの商品と触れる機会が多いフェルナンデ辺境伯ですらそうだ。

 間違いなく、レナリール公爵は初めて目にするだろう。

 この大陸ではけして栽培することはできず、海の向こうからやってきた黄金以上の値段がするそれの正体。それは……。


「これはカカオといいます。これを使って最高のケーキを作って見せますよ」


 チョコレートケーキの王と呼ばれるケーキにアレンジを加えたレストラン時代のスペシャリテ。

 海外からわざわざ、俺のケーキを食べるために客が来ることすらあった自慢のケーキをコースの〆として俺は作るのだ。

 

  

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