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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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第二話:出発

 夜遅くまで奮闘してなんとか準備を終わらせた。

 その際には、ティナたちにも手伝ってもらった。一人ではどうしようもなかっただろう。


「クルト様、ピナルのコンポートとハチミツ漬け終わりました」

「クルト、こっちも一通り終わったよ」


 彼女たちにお願いしていたのは、ピナルのハチミツ漬けとコンポート。

 ピナルは桃に似た果実で腐りやすい。

 今後、ピナルを使ったお菓子を特産品として売り出すことを考えた場合、輸送にかかる時間、売れるまでの時間、売れてから食べるまでの時間などを考えると、とても生で売ることはできない。


 だからこそ、ハチミツ漬けやコンポート(酒で煮込む)といった手法で長持ちさせる。

 両方とも長期に保存が可能で、二か月以上もつ。


「ありがとう。これで俺たちが帰ってきたら、ピナルが全滅していたなんてことは避けられそうだ」


 他にもブドウに似たパプルはジャムにしている。

 これらの作業は今回の食事会のためではなく、せっかくクロエたちがもってきてくれた果実を無駄にしないための作業だ。


「せっかく、来てくれたのにいきなり働かせて悪いなクロエ」

「気にしないで。えっと、クルトが居ない間、他のみんなは、さっき紹介してもらったソルトさんの言うことに従えばいいんだよね」

「ああ、ソルトに話は通している。水魔術を使えるエルフたちには、特に力を借りることになると思う。俺たちは、水魔術を使うことがどれだけ負担になるかわからないから、苦しいと思ったら正直に言ってくれ」

「りょーかい。ナルタナたちにはよく言っておく」


 ナルタナというのはクロエと一緒に来たエルフだ。

 いや、ちょっと、待て。今の話はおかしくないか? まるでクロエは公爵家に一緒にいくような口ぶりだ。


「クロエ、お前はここに残るよな?」

「あはは、何言ってるの? クルトについていくに決まってるじゃない」


 クロエがからからと笑う。


「クロエ、俺が公爵領に行く理由は教えたよな」

「うん、ちゃんと覚えてる」


 俺はティナとクロエに、明日から公爵の主催する食事会で料理を振る舞うために出発すると伝えている。

 そして、それが非常に名誉あることであると同時に、機嫌を損なえば、即破滅の危険なものであることも。

 仮に、公爵のお墨付きをもらえれば、辺境伯家、公爵家御用達という看板で商売できる。その価値ははかりしれない。

 だが、失敗すれば家の取り潰しは確実。それ以上のダメージを受ける。


「ちゃんとわかってるよ。でも、葛のときみたいにわたしの魔術が役立つと思うし、それに果物を見る目には自信があるよ。連れて行きなよ。役に立つから」


 彼女のいう事も一理ある。

 水魔術を利用すれば、もしかしたらスープなどの煮込みも短時間でできるかもしれない。

 それに黒砂糖を加工して……。


「まだまだ、メリットがあるよ。わたし、精霊の里でも強いほうだよ。荒事になったら頼りになる。それに、人間の街って水が淀んでるんだよね? エルフの魔術で作った水って美味しいんだ。それだけでも、連れていく価値があるはず!」


 どんどん、俺の気持ちが傾いていく。

 エルフの魔術で作った水は美味しい。そのことは精霊の里で実感した。淡雪のシルクレープはエルフの水がなければ、あれほどのうまさにはならなかっただろう。

 エルフの里の作物も、酒も、何もかも美味いのはその水を使うっていうのが大きい。

 いい水は、喉から手が出るほど欲しい。


 それに、実は今さっきまで作っていたはちみつ漬けやコンポートといったもので一つ実験をしていた。

 俺の村の水と、クロエの魔術で作った水で味が変わるかをだ。

 その結果はクロエの魔術で作った水を使ったほうが美味いというものだった。


「……わかった。力を借りるよクロエ。でも、正直に言うとエルフを人里に連れていくのは危険だから避けたいんだ」


 エルフという種族は歩く宝石と言われるぐらいに貴重な種族で、いつ狙われてもおかしくない。


「心配ありがと。でも、大丈夫。わたしは強いから。それにクルトが守ってくれるんでしょ」


 そう言って、クロエが抱き着いてくる。

 この子には抱き着き癖があるのかもしれない。


「わかった。わかった。離れてくれ。明日は早いから先に眠ってくれ」


 クロエを引きはがす。

 俺のほうは、もう少し作業が残っている。

 そっちは食事会のためというよりも、俺が不在にしている間の村の運営についてだ。ソルトに方針を伝える必要があるし、そのための資料作りをしないといけない。


 俺が居ない間は基本的にはソルトに任せれば問題ないが、ここまで外出が続くとなると、根本的な手を打ったほういいだろう。それはしっかり考えておこう。


「あの、クルト様」


 少しためらいがちに、上目遣いのティナが声をかけてくる。

 不安のせいか、銀色のもふもふ尻尾が若干しぼんでいる。


「なんだい、ティナ」

「私もついて行っていいですか! クロエほど役に立てないかもしれないけど精一杯がんばりますから!」


 必死にティナが声を張り上げる。

 そんな彼女を見て、俺は微苦笑する。


「ティナ、そんなの当たり前だろ。初めから連れていくつもりだよ」

「クルト様!」


 目を輝かせてティナが抱き着いてくる。いつもはこんなことをしないが、クロエに触発されたのだろう。

 ティナの頭をなでる。キツネ耳の感触が心地よい。


「ティナは俺の大事なパートナーだからね。居てくれないと困るよ」


 彼女の火属性の魔術は便利だ。炎も氷も思いのまま。

 ずっと俺の助手をしてくれていたから、料理の技能も高い。

 だが、そんなことより彼女の存在自体が俺に勇気をくれる。ティナの前でかっこ悪いところは見せられない。

 

「かなわないなぁ」


 俺とティナの姿を見て、クロエが小声でぼそりとつぶやいた。

 きっとその声はティナには届いてないだろう。


 ◇


 翌朝、一通りの準備を終えて俺たちは出発する。クロエも一緒だ。昨日は俺の家に泊まってもらった。


 早朝に抜け出してソルトに資料を渡して打ち合わせをした。

 嫌な顔一つせずに彼は俺の話を聞いて、送り出してくれた。彼にはいつも助けられている。


 食材をかなり詰め込んだだけあって、結構な荷物になっている。

 家を出たところで、ちょうど馬車の駆ける音が聞こえていた。


「クルト様、お迎えにあがりました」


 ファルノが自慢の馬車でやってきた。ヴォルグが御者をしているようだ。

 今回はファルノとその執事兼護衛であるヴォルグも同行する。

 フェルナンデの命運もかかっているので当然と言えば当然だ。


「ありがとう。アルノルトからは、俺、ティナ、そして昨日からこの村で過ごすことになったクロエの三人が出る」

「クルト様とティナさんはわかりますが、そちらの女性もですか?」


 ファルノがいぶかし気にクロエのほうを見る。

 クロエもファルノのほうを見て口を開く。


「えっと、初めてこの村に来たときにいじわるをした人だね」

「その覚え方は心外ですわ」


 確かに、ファルノはクロエがこの村に来たとき、俺が精霊の里を救いに行くことに反対した。だが、極めて正論だったので意地悪というのは間違いだ。


「うん、ちょっと言い方が悪かったね。あなたは間違ってなかったよ。改めて自己紹介。わたしはクロエ。精霊の里を助けてもらったお礼に、クルトのものになったんだ。よろしく!」

「「なっ!?」」


 ファルノとティナが同時に、驚いた声をあげて俺はむせる。


「クロエ、そういう冗談はやめてくれ。……ファルノ。今回の一件で精霊の里と長期的に取引をすることになったんだ。彼女はその窓口だよ。あとは、水の魔術を含めて、いろいろと力になってくれるから連れていく」


 俺の言葉を聞いて、ファルノが冷静さを取り戻す。

 ティナのほうもほっとした顔だ。


「ごほんっ、そういうことですのね。クロエさん、改めて自己紹介させていただきますわ。私はファルノ・フェルナンデ。フェルナンデ辺境伯の三女にして、クルト様の婚約者です。よろしくお願いしますわ」

「うん、よろしく」


 二人の間で微妙に火花が走った。

 だが、特に不安はない。

 なぜか、この二人は息が合いそう。そんな予感がした。


「フェルナンデ側はファルノとヴォルグだけか?」

「はい、フェルナンデ側で公爵家に伺うのは私、そして執事兼護衛のヴォルグ。そして向こうで合流するお父様、それに、料理人が数名。フェルナンデ領でもっともすぐれた料理人をクルト様の助手にお父様が手配しておりますわ」


 貴族の遠出にしてはかなり人数が少ない。

 だが、これでいい。大人数で言っても煩わしいだけだ。

 荷物を詰め込みフェルナンデ辺境伯の屋敷に向かって出発した。

 公爵家から”世界でもっとも高価で高速な移動法で迎えにくる”。実は少しだけ楽しみだったりする。

 おそらく、あれを経験できることはもう二度とないだろう。

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