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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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プロローグ:公爵家からのお誘い

 精霊の里で流行病を癒した俺たちは帰路についていた。

 一週間にも満たない間だったが精霊の里への旅はかなり実りのあるものだった。


「もうすぐ、クルトの村だね」

「そうだな。俺たちの村だ。留守にしたのは短い間だったけど、懐かしく感じるよ」


 精霊の里で得たもっとも大きなものの一つに、この少女があげられる。

 彼女はクロエ……精霊の里で暮らしていた金髪美少女のエルフだ。

 気持ちいい性格をしているし、精霊の里で果物を育てていたので、果物に関する知識が豊富。それに、水魔術を使える。

 水魔術は農業に転用すればかなり有用だ。

 彼女の他にも数人のエルフと狐耳獣人ルナールが来てくれている。精霊の里の長であるコルトの話では全員属性魔術が使えるようだ。


「クルト、本当にありがとう。クルトが来てくれなければ精霊の里は終わってたよ」


 クロエが俺の左腕に抱き着いてくる。

 それなりにある胸が手にあたる。


「クロエ、くっつきすぎです」


 それを見たティナ……銀髪でキツネ耳をもった美少女が口を開く。

 俺の大事なパートナーだ。


「いいじゃない。減るものじゃないし」

「減ります。乙女の清らかさとか、クルト様の理性とかいろいろ」


 ティナは面白くなさそうに右腕にくっついて俺の腕をひっぱる。

 たぶん、彼女は俺がクロエに取られると思っているのだろう。

 そんな心配する必要はないのに。


「二人とも落ち着いて。今はたくさん荷物もあるしね」

「ううう、ごめんなさい。クルト様」

「やーい、怒られた」


 ティナをからかう、クロエに軽くデコピンする。


「ティナをあんまりからかわないように」


 クロエがわざとらしく額を手で押さえて、少しすねた口調になる。


「ううう、わかったよ」


 ティナがいい気味だと鼻を鳴らした。

 そんな俺たちを見て、後ろを歩いていたエルフや狐獣人たちがくすくすと笑う。

 彼らは、精霊の里から果物を運んで来てくれている。

 精霊の里で得られたのは、非常に美味な果実。

 毎年、精霊の里でとれた果物の一割がもらえることになった。俺たちでは全然持ちきれないので人手を貸してもらっている。

 もっとも、人手を借りても持ちきれないので必要になる都度とりに行かせてもらう。

 今から、精霊の里の果物でお菓子を作るのが楽しみだ。


 ◇


 しばらく、歩いて俺の村についた。

 当然、一週間ではあまり変わった様子は見受けられない。

 俺の家を目指して歩いていると、ヴォルグと目があった。

 彼は、俺の婚約者にして、この地方の取りまとめ役となっている大貴族、フェルナンデ辺境伯の愛娘、ファルノの執事だ。

 ファルノの護衛も兼ねているため、非常に腕がたち俺の師匠でもある。


「クルト様、やっと戻られたのですね」

「ああ、ただいま。その慌てよう何があったのか」


 ヴォルグが取り乱すのは珍しい。

 というより、初めて見たぐらいだ。


「大変な事態が起きました。今すぐ、私どもの屋敷に来ていただけないですか? 下手をすれば、アルノルト準男爵家は取り潰し。フェルナンデ辺境伯もただではすまない自体になりかねません」

「それは、まずいな……」


 そこまでの事態は少し想像がつかない。

 おそらく、ファルノが詳しく事情を知っているはずだ。

 まずは話を聞いて見ないとどうしようもないだろう。


「ティナ、俺は今からファルノのところに行く。ソルトに帰還したことを伝えて、クロエを空き家に案内してやれ。あと、果物を運んでくださった皆さんにくつろいでもらうように」

「わかりました。クルト様。あとでお話を聞かせてください」

「もちろんだよ」


 そうして、ティナにクロエたちの世話を任せて俺はヴォルグと共にファルノの屋敷に向かった。

 開拓村のリーダー格のソルトとティナの二人がいればクロエたちのことはうまくやってくれるだろう。


 ◇


 ファルノの屋敷は俺の村にある。

 彼女の婚約と同時に新築された。

 材料をすべて、フェルナンデ辺境伯領から持ち込んだだけあって、貧乏な開拓村に似つかわしくないほど立派な建物だ。

 屋敷に入るなり、使用人たちに出迎えられる。

 彼女たちは、俺ではなくフェルナンデ辺境伯に雇われている。


「ようこそいらっしゃいました、旦那様。すぐにファルノ様に帰還をお伝えしますので少々お待ちください」


 使用人たちは俺を旦那様と呼ぶ。少々気が早い。

 駆け足で奥に消えていき、すぐに戻ってきた。


「お待たせしました。クルト様、こちらに」

 そうしてファルノの待つ応接間に案内された。


 ◇


「おかえりなせいませ。クルト様」

「ただいま。ファルノ」


 ファルノは俺を笑顔で出迎える。

 彼女は、俺の婚約者だ。年齢は十六歳、桃色のふわふわの髪でおっとりした印象をもつ。そして、女性的な魅力にあふれた体つきをしている。


「その顔を見る限り、精霊の里の病は無事に解決できたのですね。さすが、私の未来の旦那様ですわ」

「たまたま、知っている病だったからね。手持ちの材料で特効薬を作れた」


 真相は話さず、表向きの説明をする。

 ファルノを信頼していないわけではないが、彼女はフェルナンデだ。弱みとなる俺の魔法の正体は明かせない。


「無事で帰ってきてくださってうれしいです」


 ファルノがほっとした顔で胸をなでおろす。

 本気で俺のことを心配してくれていたのだろう。

 その気持ちはありがたい。


「俺もファルノの顔をまた見れてうれしいよ」


 俺とファルノは顔を見合わせてわらう。

 優しい時間が流れる。

 そして、ごほんとファルノが咳払いした。


「帰ってきてそうそう申し訳ございませんが、クルト様。大変なことが起こっていますわ」

「そのことも聞いてるよ。いったい何があったんだ?」


 アルノルトどころか、フェルナンデまで危ないなんてただごとではない。


「それがですね。クルト様がレナリール公爵への贈り物として作ってくださった薔薇のクッキーが問題になっているのですわ」


 心臓が嫌な音が鳴る。

 かつて、フェルナンデ辺境伯がレナリール公爵に贈り物をする際に、俺のお菓子を推薦してくれたのだ。


 レナリール公爵が無類の薔薇好きと聞いて、薔薇の香りと味、そして見た目を楽しめる薔薇のクッキーを作り上げた。

 レナリール公爵が俺のクッキーに満足しなかった?


 それどころか、ひどく心証を悪くしフェルナンデ辺境伯の面目が丸つぶれ、責任を取らせるためにアルノルトを取り潰そうとまでしているのだろうか?

 公爵の不興を買えば、それぐらいのことはありえる。


「俺のお菓子は通用しなかったのか。フェルナンデ辺境伯には迷惑をかけた。もちろん、ファルノにも。本当にすまない」


 震える声で俺は言った。強く手を握りすぎて血がでる。

 お菓子には自信があった。だが、所詮田舎で調子に乗っているだけで、贅を知り尽くした公爵にとっては満足のいくものではなかったか……。

 しかし、ファルノはきょとんっと首をかしげる。


「えっと、クルト様。クルト様は勘違いされておりますわ」

「どういうことかな?」

「その、レナリール公爵はクルト様の薔薇のクッキーをひどく気に入ってくださいました。これほどまでのお菓子は人生で初めてだと。気にっただけではなく、帝国の四大公爵が集まる伝統ある定例の食事会で、薔薇のクッキーを披露して我が領地ではこれほどのお菓子があると見せつけたという話まで聞いております」

「そうか、俺のお菓子が受け入れられなかったわけじゃないんだな」

「たいそう喜んでくださってお父様も鼻が高いと言っておりましたわ」


 ひとまず、安堵した。

 しかし、その安堵がすぐに吹き飛ぶ。

 今の話でどんな展開になったのか、だいたい想像がつくからだ。これはまずいな。


「……ただ、ちょっと気に入りすぎましたわ。ちょっと、過剰にアピールしすぎたみたいで、その場でさんざん自慢しただけじゃなくて、前回のホストだったラナレッタ公爵の食事会で出されたお菓子を貶して、しかも薔薇のクッキーはほんの一例で、もっと素敵なお菓子を作れるなんて言ったそうです」


 頭が痛くなってきた。

 貴族の見得。

 ……まあ、貴族の見得というのはある程度実益も兼ねている。

 自分の領地の文化水準の高さを見せつけることで、相手へのけん制になるし、発言力もあがる。

 四大公爵同士ではなおさら意地の張り合いは熾烈になる。


 公爵を四人も集めての定期の食事会なら、おそらく日常的にそういった武力ではない腹の探りあいがされているのだろう。

 そして、この薔薇のクッキーが実力の一端というのも、適当に言ったわけではないはずだ。薔薇のクッキーを作れるパティシエなら、当然それ以上のお菓子は作れるはずだと確信をもって言っている。


「ファルノ、フェルナンデ辺境伯に要請が来てるんだろう?」

「やっぱり、わかっちゃいますわよね……。お父様のところに使者が来ました。薔薇のクッキーを作ったお菓子職人を自らの城に招きたいとのことですわ。一応、お父様は、クルト様が一つの領地をあずかる身であり、長期の不在はできず遠く離れたレナリール領にでかけることはできないと言ったのですが……。聞き入れられなくて」

「いや、無理もないよ。相手が公爵なら断れるはずがない」


 俺たちのいる国の身分は王が頂点にたち、王族に連なるものがなる大公。そして上から公爵、辺境伯、侯爵、伯爵、子爵、男爵となる。


 王家を除けばもっとも位が高い。

 フェルナンデ辺境伯は、貿易都市を抑え、広大な領地をもつことから、経済力・軍事力の実益面は公爵家すら凌ぐが、純粋な権力であれば及びもつかない。


「もちろん、会うだけじゃすまないよな」

「はい、次の定例の食事会がレナリール公爵の番だそうで、四大公爵相手に最高の食事会にすると言っているらしいです。その場でクルト様に存分に腕前を披露しろとのことですわ。”美味しいだけでは不十分、公爵の誰一人が経験していない未知のものを用意しろ”。それができれば多大な報奨を出すとのことです」


 経験していないもの。

 まあ、当然だろう。公爵ともなるとうまいものなんて食い飽きている。

 それに、文化力を他の公爵に見せつけるなら、未経験のものは必須だ。

 公爵がわざわざ報奨をはずむと言っているのだから、かなり期待していいだろう。

 だがもし……。


「期待を裏切ったりしたらどうなるかな」

「ほかの四大公爵の前で、赤っ恥をかかせることになりますからね。クルト様の命とアルノルトの取り潰しで収まったら、奇跡といったところですわ」


 予想通りの返答。

 それが公爵を相手どるということだ。

 だが、楽しみだ。

 この国の様々な美食を極めた、公爵連中に俺の料理がどれだけ通用するか。

 血がたぎる。


「状況は理解した。どっちみち拒否権なんてない。行くよ。レナリール公爵領に」


 そうして、俺の新しい目標が決まった。

 リスクは非常に高いが得られるものも非常に大きい。

 公爵から頂けるであろう褒美も、そして四大公爵すべてに名前を売れるというのも。


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【そのおっさん、異世界で二周目プレイを満喫中】
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