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第二十七話:ちょっとした逃げ道

 俺が放った爆弾発言で、悲鳴や怒号があがる。

 剣呑な視線がいくつも俺に突き刺さる。

 今にも殴りかかってきそうだ。

 おおむね、想定どおり。


「静まれ!」


 コルトが叫んだ。騒ぎが始まると同時に俺の隣に来てくれた。クロエも一緒だ。

 それだけで、静けさが戻る。


「だが、長、こいつは俺たちをだまして!」

「そうだそうだ! こんなこと許せない」

「美味しいお菓子だって言ったから」

「だいたい、長は知っていたのかよ」


 一瞬でまた騒ぎが再燃する。

 だが、コルトはひるまない。


「ああ、知っていた。知ったうえで協力した。この中に、まだ軽度だが、病を患っていたものたちもいたはずだ。どうだ、体の調子は」


 里の民たちはお互いに顔を見合わす。

 すでに病を発症していても寝たきりになるほどひどい状況じゃないものたちはこの場に居る。

 そのうちの一人、狐耳をした一人の女性が口を開く。


「体が軽くなってるわ。今まで苦しかったのが嘘みたい」

「俺もだ。立ってるのがやっとだったのに」

「僕も僕も」


 次々に、自分も治ったという言葉を放つものが現れる。


「そうだろう。クルトの力は本物だ。だから、わしは頼んだ。来てくれアロエ」


 コルトの言葉で、一人の美しいエルフが現れる。

 彼女はクロエの母親で、この里で最初に俺が癒したエルフだ。


「お久しぶりです。私は重度の病に苦しみ、ほとんど寝たきりになっていたのは皆様も知ってのことだと思います。ですが、今は見ての通りぴんぴんしています。……一足先にクルトさんに癒してもらったからです」


 その言葉は衝撃としてあたりに伝播した。

 俺は病を癒せると言ったが、言葉だけでは説得力がない。こうして治った例を見せるのがいい。

 それも、この場にいる軽度ではなく死の淵に居たアロエのような患者がこのましい。


「それだけじゃないです。病の詳細を聞いて震えました。この病は私たちが考えていたものより、よほど危ないものだったのです」


 アロエが俺のほうを見た。

 俺に説明しろということだろう。

 俺はその場で、病について説明した。


 1.けして自然治癒しない。 

 2.治せる薬は俺以外作れない。 

 3.潜伏期間が長く、今自覚なくても全員が高確率でいずれ発症する 

 4.咳にのって周りに広がる 

 5.一人でも病人が居れば病は広まり続ける


 あたりが絶望に包まれる。今俺の言葉を完全に信じてくれたようだ。

 里の民が理解するのを待って、コルトが口を開く。


「だからこそ、多少強引だがクルトのお菓子を皆に食べてもらった。……そして、これから病で寝込んでいるものたちにも食べてもらう。里が滅びるかどうかの瀬戸際なのだ。しきたりは大事だ。だが、そんなことを言っている場合じゃない。一人でも病人が居れば、里が滅びてしまう」


 里が滅びるという言葉で、全員が恐怖を感じていた。

 おそらく、誰もがいつかはこの病が収まる。そう思い込んでいたのだ。

 いつのまにか、クロエも壇上にあがっていた。母親であるアロエと並ぶ。


「ねえ、みんな。人間の力に頼らないってそんなに大事? 里のしきたりって命より重いの? わたしはそうは思わないよ。母さんの命が大事、みんなの命が大事。……わたしはしきたりを破ってクルトの力を借りた。だから、この里を出てクルトの村で暮らす。そっちのほうが幸せだから」


 クロエが涙を目に浮かべて叫ぶ。


「ねえ、目を覚ましてよ。もう一回言うよ。一人でも病気の人が居れば、この里は滅びるんだよ。人間の力を借りてでも生きたいっていう人も死ぬんだよ。まだ、病気じゃない人も死ぬんだよ。クルトが治してくれるのに、自分だけじゃなくて里のみんなも助かるのに……ねえ、本気で考えて」


 クロエと里の民を交互に見る。

 少しずつだが、俺の力を借りる方向に気持ちが流れていく。

 大きいのは他人を巻きもむという点だ。


 自分の意地で、仲間を殺す。その事実は重いだろう。

 最後のひと押しをしよう。


「俺はこの里のものじゃないから、掟の重さを理解できない。だけど、それでも命の重さはわかる。みんなの命は精霊の里の誇りと秤にかけていいものか? その誇りは、あなたたちの伴侶より、子供より、兄弟より、恋人より、友人より大事なものか?」


 そんなはずはない。

 みんな、大事なものはある。俺がティナを何より大事に思っているように。


「もし、それでも踏ん切りがつかないなら。こう考えてはどうだろう。治療してもらったと思うから、そうやって話が難しくなる。美味しいお菓子を食べたら、たまたま病気が治った。美味しいお菓子だから、この場に来れない病気の人たちにも食べてほしいと思った。そういうことにしてくれ」


 はあ? そんな声が聞こえそうな視線が俺に集まる。


「お菓子は美味しかっただろう?」


 その問いに対して誰も首を横に振らない。


「なら、今病気の人たちにも食べてほしいと思わないか? あれは病人でも食べられるようにあっさりしたお菓子だ」


 葛も桃も消化にいい。病人でも美味しく食べられるだろう。

 里の民たちは、お互いに顔を見合わす。


 そもそも、彼らはすでに治療は受けてしまった。

 この大人数が掟を破ったことになれば、里から人が居なくなる。

 そして、正論を聞き、逃げ道まで用意した。


「俺が、病人にお菓子を食べさせに行くことを許してくれないか?」


 あとは、もう。


「「「よろしくお願いします」」」

 こうなるだけだ。


 ◇



 あのあと、少しだけ仮眠をとり魔力を回復させてから、一件一件病人が居る家を回った。

 そうして、淡雪のシルクレープを渡して、【回復ヒール】をかけるという作業を繰り返した。

 日が沈むころ、ようやくすべての家を回り切った。

 ひどく疲れた。

 一生分の【回復ヒール】を使った気分だ。

 だけど、俺の力でだれかの命が助かる。そして、お菓子を美味しいと喜んでもらえるのはうれしかった。

 借りている部屋に戻った俺はベッドにたどり着く前に倒れこむ」


「お疲れさまです。クルト様。今はお休みなさい」


 そんな俺をティナが受け止めてくれた。

 ティナの胸に顔をうずめる。

 ひどく安らかな気持ちになる。俺は安らかな気持ちのままゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

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