第二十六話:たとえ嘘をついてでも
朝食を終えた俺は再び厨房に来ていた。
長であるコルトに付き合ってクロエはすでに設営の準備に入っている。
今日の昼過ぎから病の終息を願った祈祷をするという名目で村人たちを集めるための準備で大忙しだ。
俺のほうはお菓子の数量チェック。何せ、やく二百人分作らないといけない。
淡雪のシルクレープは、石の型に流し込むので一度に大量に作れる。
実をいうとこれは、今回薬として振る舞うだけではなく、フェルナンデ辺境伯領で売り出すことも考えて作ったお菓子だ。
大量生産に向き、誰も見たことがない葛という素材を使った圧倒的な目新しさとうまさ。売れないわけがない。
ただ、日持ちはしないので用意してもらった店に俺が行きその場で作る必要はある。通常メニューとしてではなく、月に一回の限定メニュー。そういった売り方もありかもしれない。
「クルト様、たくさんもって来ましたよ」
「ありがとう。ティナ」
ティナに頼んでもってきてもらったのは笹だ。
「笹なんて、なんに使うんですか?」
「お皿の代わりにね。さすがに二百人分の皿なんてないだろうし、手渡しするのもだめだろ」
笹を水で洗い、そのうちに淡雪のシルクレープを載せる。
「きれいです。笹の葉に載せるとお皿に載せるより美味しそう」
「透明感があるお菓子と笹は見た目のバランスがいいんだ。それに香りも喧嘩しない。しかも笹って、腐りにくくしたり、悪い病気のもとを倒す効果があるんだよ」
日本では餅や寿司を笹に包む文化があるが、それは見た目や利便性のほかにも、食べ物を長持ちさせる効能があるからだ。
そうして、土魔術で作ったトレイのうえに笹の葉を並べて一つ一つ、淡雪のシルクレープをのせていく。
「クルト様、私も手伝います」
ティナが手伝ってくれはじめた。
ティナが笹を洗って、トレイに並べてくれるので俺はそこに淡雪のシルクレープを置くだけに集中できる。
「みんな、クルト様のお菓子を食べてくれるといいですね」
「そうだな。そう信じてるよ」
そうして二人でもくもくと作業を続けていた。
◇
一通り準備を終えたあと、俺たちはトレイをもって厨房を出た。
お菓子を運び込むためだ。
あらかじめ、コルトに教えてもらっていたお菓子の保管場所に行く途中、里の中央に設置されていた祭壇が目に入った。
キャンプファイヤーを思わせるような、木の枠にまきが並べられている。
おそらく、火を使うのだろう。
そんなものを後目に、俺たちは広場から少し離れた建物にお菓子を運び込んだ。
湿った布をかけて日の光が当たらないようにし。
近くにたっぷりと氷を入れた水瓶を置いておく。
これで乾燥を防ぎ、冷たいまま保存できる。
何往復かしてすべてのお菓子を運び込んだ俺たちは、コルトたちと合流し、最後の意識合わせを行った。
◇
昼過ぎになって、祈祷の時間が来る。
里中の者たちが里の中央にある広場に集まっている。
俺とティナは二人で広場の隅のほうで様子を見ていた。
壇上に立った、コルトが病の広がり具合を説明し、そして祈祷を始めることを告げた。
広場の中央に用意された祭壇で、濛々と炎があがる。その周囲を年配のエルフたちが、白袴を着て念仏のようなものを唱えていた。
彼らを取り囲むようにして、今病気にかかっていない里中の人たちが祈っている。
みんな真剣な顔だった。
おそらく、祈って病が収まるなんて本気では思っていないだろう。
それでも、そこにすがるしかない。それほどまでに追い込まれているのだ。
「クルト様」
ティナがぎゅっと俺の手を握った。。
彼女はこのただならぬ空気に不安とやるせなさを感じている。
「大丈夫だよ。俺がなんとかするから」
ティナの手を優しく握り返す。
すると、ティナが微笑んだ。
この祈祷が終わればいよいよ俺の出番。
ティナのためにも、コルトのためにも、クロエのためにも、絶対に失敗はできない。
◇
しばらくして祈祷が終わる。
再び、壇上にコルトがあがった。
「皆の者、忙しいなか時間を作ってくれてありがとう。皆の祈りが届くことをわしも願っている」
コルトの声があたりに響く。
彼の声には真摯な願いが込められていた。その気持ちは里の者たちにも伝わったようで、みな神妙な顔をしている。
「こんな場だが、皆に伝えたいことがある。もう、何人か知っていると思うが、人間と共に里を出た我が娘クルリナは死んだ。病に倒れたそうだ。クルリナを連れて行った人間も同じ病に倒れた」
その言葉を聞いた里のものたちが、動揺し、表情を暗くした。
ティナの母親は、この里でも有名人でよく愛されていたのだろう。
「そして、クルリナには子供が出来ていた。わしの孫だ。ティナという娘だ。狐獣人に生まれ、クルリナによく似ている。そのティナが里に来てくれた。この場で紹介させてもらおう。もう一人の来訪者と共に」
里の民たちのざわめきが大きくなった。
そして、俺とティナは壇上にあがる。
あたりから、クルリナ様に似ている。まるで生き写しだ。っとそんな声があがっている。
まずは、ティナが口を開いた。
「はじめまして、私はティナと申します。母様の故郷に来ることができたことをうれしく思います。母様は私によく、精霊の里のことを話してくれました。いつも楽しそうに、いいところだって。そんな素敵な里が、病気で大変なことになっているのが悲しいです」
ティナは顔を伏せる。
彼女は本気で悲しんでいる。そして、本気だからこそ里の民たちにその気持ちは伝わる。
十分に間を置いてからティナが口を開いた。
「実はこの里に来たのは、母様の故郷にくること自体が目的じゃないんです。クロエが里を救うために人間の医者の力を借りるために里を出て、出会ったのが隣にいるクルト様です。クルト様は両親を失って路頭に迷っていた私を拾って、使用人として雇ってくれました。そんな、クルト様の助手として私はこの里にやってきました」
話の筋がかわり、里の民たちが困惑する。
そんななかティナは会話を続ける。
「クルト様はこの里の病を治すためにこの村に来たのです。だけど、人間の力は借りれないと治療を断られてしまいました。クルト様なら、この病を治せます。どうか、クルト様の治療を受けてください。お願いします」
ティナが頭を下げる。
しかし、民たちの反応は悪い。
魔力で聴覚を強化して声を拾う。
『人間の医者?』
『病気が治せるってほんとなら、それがほんとなら……』
『嘘に決まってるだろ。里の誰一人、どうしようもなかったんだぜ』
『人間の力を借りるなんてありえないだろう』
『そうだそうだ。誇りを捨てるぐらいなら死を選ぶ』
『でも、もし姉ちゃんが助かるなら、人間にだって』
否定的な意見と、俺を疑う声が半分以上を占めている。ごくまれにたとえ人間が相手でも助かるなら力を借りたいという声。
まあ、それは予想通り。正攻法で治療を受けてもらうのは難しい。
だが、これでいい。こうして声をあげるのが大事だ。俺が病を治すために来て、本気であることをティナは伝えてくれた。
「ティナ、もういいよ」
俺はティナの肩に手をかけて、そういった。
「クルト様」
「大丈夫、あとは任せて」
ティナは十分に役割を果たした。ここからは俺の仕事だ。
「はじめまして、俺はクルト・アルノルト。人間の医者だ。クロエに乞われてこの里に来た。はじめに言っておこう。ティナも言ったとおり、俺ならこの病を治せる」
強く言い切る。
さきほどよりよほど大きなどよめき。そして一気に関心が俺に集まった。
「だが、残念なことに人間の力は借りれないと言われてしまい手が出せないんだ。ルールを守って里を追放される覚悟があるものなら、治療してもいいと言われている。このあと、そのつもりがあるなら声をかけてくれ。里を追い出されたあとも心配しなくてもいい。人間の村にだが、住む場所と働く場所も用意する。このことは長であるコルトの許可ももらっている」
これは、お菓子が失敗したときの予防線だ。
もし、お菓子でみんなを説得できない場合に、最低限は救えるようにこう告げた。
「俺は命を救いたい。だが、救わせてもらえない。正直、かなり心が苦しい。……助ける力があるのに、この里の人たちを見殺しにするのが情けなくて、やるせない」
ティナがしたように俺も本心をさらけ出す。
少しでも信じてもらえるように。
「だから、せめて、この里の人たちのために、できることをしたいと思ったんだ。俺は医者でありお菓子職人でもある。この里の材料を使ってみんなが見たこともないお菓子を作った。それを贈らせてほしい。このお菓子を贈れば、里の掟を破って追放されることになっても治療を願うものと、この里をでる。こんなことしかできなくてすまない」
頭を下げる。
里の民たちは、複雑な表情で俺を見ている。
多少は警戒を解いてくれたようだ。
「みんな、クルトのお菓子は本当に美味しいよ。だから、ちゃんと食べてね」
場違いな明るい声が響く。クロエだ。
突然壇上に現れる。手には笹に載った淡雪のシルクレープ。
振動でぷるぷる震えている。
それにクロエがスプーンを入れる、スプーンが柔らかく沈みこみ、それを口に運んだ。あっというまに咀嚼してしまい。両ほほに手をあて、幸せそうな表情を浮かべた。
「うーん、やっぱり美味しい♪ こんなお菓子生まれて初めてだよ」
クロエが全身で美味しさを表現していた。
里の人たちがごくりと唾を飲み込んだ。
「ねえ、みんな。いつ、病気になるかわからないんだしさ。こんな最高のお菓子を食べるチャンス無駄にすることはないと思うよ。お菓子をもらうぐらいなら里の決まりに触れないよ。ねっ、コルトおじさん」
「ああ、そうだな。それなら掟には触れない」
「ね? あっ、でも食べないならみんなのぶん、全部食べるよ」
クロエの茶化すような言葉、それで里のみんなの心の踏ん切りがついた。
「俺たちも食うぞ」
「そんなうまそうなものクロエにだけ食わせるな」
そして、こちらに来る。
俺は苦笑し、舞台を降りてトレイに載せた淡雪のシルクレープをもってくる。
それを用意しておいた机の上に置き、配り始めた。
「はい、どうぞ」
「お兄ちゃん、ありがとう」
一人ひとり、確実に淡雪のシルクレープを渡しながら、こっそりヒールをかけていく。
最初は遠慮がちだった里の民も多かったが、口につけるものが増え始めると、どんどん警戒心がほどけ次々に、里の民は俺のお菓子を口に含んでいく。そして、その評判でさらに勢いがます。
「みんな、ちゃんと並んで」
「ここが最後尾です」
クロエとティナが人を並ばせてくれている。
かなり、助かる。
百人を超えたころ、脂汗が出始めた。
今日、この場にいるのは百五十人程度。ここまでの連続【回復】ははじめてだ。
だが、耐えるしかない。全員にかけることに意味がある。
意識が飛びかける。
もう、だめだ。
そう思ったとき、背中にあたたかい感触があった。
ティナの手だ。彼女が支えてくれた。
それだけで、もう少し頑張れる。そんな気がした。
彼女は、列がはけてきて、クロエ一人でさばけるようになったのでこちらに来てくれたのだろう。
あと、少し。最後まで走り抜けよう。
◇
しばらくしてようやく、淡雪のシルクレープを配り終わった。
「なんだこれ、ぷるぷるして」
「ぬめぬめしてぷりぷりして口の中にくっつくわ」
「でも、ぜんぜんべたつかないよ。歯を入れるとぷっちり切れて気持ちいい」
「食感だけじゃないな、味もいい。ピナルってこんなにうまかったんだ」
「パプルの味もする。それに酒も」
「はじめて食べるのに、なんて懐かしい味」
「この透明な皮ってどうやって作るんだろう。教えてほしいな」
精霊の里の民たちが次々に感嘆の声をあげていく。
小さなお菓子だという事もあるが次々と、淡雪のシルクレープが消えていく。
ごくわずか未だ手を付けてないものたちも、ついにあまりに美味しそうに食べる周りの姿に我慢できずに口を付け始めた。
全員、淡雪のシルクレープを食べ終わってしまった。
これで第一関門は突破した。
俺は壇上にあがる。さあ、爆弾を投げよう。
「みんな、俺の作ったお菓子、美味しそうに食べてくれてありがとう。これでこそ作った甲斐がある」
俺の問いかけにノリよく、うまかった、ありがとう。そう言った言葉が返ってくる。
「その言葉が聞けてうれしいよ。このお菓子は、淡雪のシルクレープというお菓子なんだ。親愛を込めて作った」
そこで、一度言葉を切る。
限界まで注目が集まったタイミングで口を開く。
「そして、俺はみんなに謝らないといけないことがある。このお菓子はただのお菓子じゃない。薬だ。俺はこのお菓子で、この場にいる全員治療した。掟を破らせてすまない」
一瞬、あたりが沈黙に包まれ。
そして、喧騒があたりを支配した。




