第二十四話:葛粉と特別なお酒
お菓子の力で精霊の里の民を説得すると大見得を切った俺は二つのことをコルトに頼んだ。
一つ目は、病を患ったもの以外の全員を集めてもらう場を用意してもらうこと。そこで俺はお菓子を振る舞う。
二つ目は、調理ができる部屋を一室貸してもらうことだ。
今日一日を準備に費やして、明日、説得とお菓子のお披露目を行う。
クロエの母親を癒したあと、少しだけみんなで作戦会議をした。
少し騙す形になるが、一人ひとりにお菓子を手渡すようにして、お菓子を手渡すタイミングでこっそり【回復】の魔法をかけることで、魔法の存在を隠しながら、まだ発症していないものたちを治療する。そしてみんながお菓子を食べ終わってから、お菓子が病に対する特効薬だっとネタ晴らしする。
そのあと病人にも食べさせるように説得力する。という手順を考えた。
これは、ティナのアイディアだ。こうすれば俺の魔法がばれずに済む。俺はもともとお菓子を披露することで信頼を得ることしか考えていなかった。
だが、いい案だ。幸い精霊の里の人口は二百人にも満たないので十分実現可能だ。
あとは、誰もが手に取り、病人でもおいしく食べられるお菓子を作るだけ。
◇
「クルト様、いつでもいいですよ!」
「ああ、行こうか。ティナ」
泊まる部屋を案内してもらったあと、荷物を下ろした俺たちは外にでた。
明日、振る舞うお菓子の材料を確保するためだ。
今回の主役は、桃のようなピナルの実。そしてもう一つは……
「クルト様、たくさん生えてますね。取り放題ですよ」
「だね、いっきに行こうか」
そう、水路のそばに生い茂っている葛だ。
葛の根から、葛粉を作ることができる。あれだけ立派な葛だ。立派な根がついているだろう。
ピナルと葛粉を使った水菓子。それが明日のお菓子だ。
「土よ」
俺はしゃがんで地面に手を当てる。
俺の適応属性は土。その力を使う。土が盛り上がり、葛の根を地面に押し出す。
葛の根は、ティナの太ももぐらいに太く、大きなものだと一メートルほどの大きさになっていた。
「うわぁ、すごく大きいです。まるで山芋みたいです」
「栄養をたっぷり吸ってるね。たぶん、精霊の里の水と土がいいおかげだ。きっと、いいお菓子の材料になるよ」
根にたっぷりとでんぷんをため込む冬の直前が葛粉を作るのには適しているが、これだけよく育っているなら問題ないだろう。
「ティナ、根を水で洗って紐でしばってくれ。たっぷりもって帰ろう」
「はい、クルト様」
ティナは素早く水路で葛の根を洗ってからしばって一括りにしていく。
俺も必要な分だけ掘り終えてからはその作業に混じる。
そうして積みあがった、葛の根を身体能力を強化してひょいっと持ち上げる。
「ただの木の根にしか見えないのに、これがお菓子になるんですね」
ティナが持てるだけもったところで話かけてきた。
「そうだよ。ちょっと手間がかかるけど、葛の根から作られる葛粉は最高のお菓子の材料になるんだ」
まともに作ろうとすると、葛粉は三日はかかってしまう。
だが、今回は少し妥協して、質が悪くなる代わりに一晩でしあげるつもりだ。
◇
借りている部屋に戻った俺は、水瓶にたっぷりと水を張った。
そして、土魔術で作った石の板に葛の根を置く。
さらに石の板を重ねた。
土魔術を使う。石が動き出し、葛の根が叩きつぶされて繊維状になる。
そうして、叩き潰された根を水瓶につけた。
今度は、小石を水の中にいれる。さらに土魔術を起動。石によって、葛の根が揉みつぶされ、でんぷん質を含んだ汁が流れ出る。
葛の根を叩き潰すのも、さらに搾り取るのも本来なら重労働だ。しかし、魔術のおかげでだいぶ楽できている。
後ろで人の気配がする。エルフのクロエがやってきたのだ。背中に大きな籠を背負っていて、たくさんの桃……ピナルの実、そしてぶどうのようなパプルが入っていた。お菓子に使うために収穫を頼んでいたのだ。
そして作業中の俺を見て、少し驚いた顔をして口を開く。
「あっ、本当にあの草を使うつもりなんだ」
彼女たちにとって葛はただの邪魔な雑草だ。
それをお菓子にするというのは、かなり奇妙に思えるのだろう。
だからこそ、それを使うことに意味がある。
「もちろん、とは言っても使うのは草じゃなくて、根の部分だけどね。それと、お疲れ、ピナルの実とパプルを採ってきてくれてありがとう」
「ちゃんと、ピナルの実は食べごろのおいしいやつばっかり選んで来たから安心してね。あと、言われたとおりパプルのほうはできるだけすっぱいのを選んだよ」
モモに似たピナルの実のほかに、今回はぶどうに似たパプルの実も今回は使う。
「それは、うれしいよ。こっちの作業ももうすぐ終わりそうだ」
一通り、絞り終わって汁が出切った根を抜き取る。
水瓶の中には茶色くなった水だけが残った。
さらに、その水をざるで濾して砕かれた木の根と、小石を取り除く。
「ふうん、たたいた根を水の中で絞ったんだ。それで次はどうするの」
「一晩放っておくんだ。底のほうが真っ白い液体になって、上のほうが真っ黒になるんだ。俺が欲しいのは白い液体だけだから、上のほうのは捨てる」
いわゆる灰汁抜きだ。
灰汁は水にとけ上に溜まり、下には葛のでんぷんが沈殿する。そして沈殿したものを固めると葛粉になる。
本当は一日目の段階ではまだ不純物がまじっており、二、三回同じことを繰り返して純度をあげるのだが、その時間がない。
多少質が悪い葛粉になるが、妥協するかしかないだろう。
「そうなんだ。これ、灰汁抜きだよね。わたしたちも山菜でいつもやってる」
「それと一緒だよ」
詳細には違うがやっていることは同じだ。
「なら、力になれるかも」
クロエがこちらにやってきて、水瓶の中をのぞく。
顔が近くてどきりとする。
「えい」
クロエが水瓶に手をかざすと、水が波打った。
「いったい、何をしているんだ」
「水に働きかけてね、溶ける力を強くしたんだ」
「そんな便利なことできるんだ」
「簡単だよ。水さんにがんばってって言えばいいだけだから」
クロエの言葉のとおり、すごい勢いで茶色い水は黒ずんでいく。
上に灰汁がたまり、底にでんぷんが沈む。
本来は一晩かかる工程が一瞬で終わっていた。
「驚いたな、水の魔術はそんなことまでできるのか。これなら、妥協しないで済む」
素早く、上のほうの黒ずんだ水を捨てる、茶色がかかった白い液体だけが残る、それを濾して不純物を取り除く。
クロエが居なければ、この液体を乾かして葛粉にするが、クロエの魔術がある今、同じことを繰り返して純度をあげることができる。
妥協する必要なんてないのだ。
綺麗な水を足して準備は万端。
「クロエ、もう一回頼めるか」
「うん、任せて」
クロエが再び、水の魔術を起動した。
また、上のほうが黒く染まる。
あとは一緒だ。黒く染まった上のほうの水を捨てる。先ほどまで茶色ががかっていた白い液体がより白くなる。
それを三回繰り返すと完璧な純白の液体が出来上がった。
「へえ、綺麗だね。こんなのがあの草からとれるなんて驚きだよ」
「この真っ白な液体から水分を飛ばすと、白い塊になるんだ。それを砕くと葛粉っていう粉になる。最高のお菓子の材料になるんだ」
「随分手間をかけるんだね」
「普通なら三日ぐらいかかるんだけど。その価値はあるよ。もっともクロエのおかげで一晩でできそうだ」
「うーん、その一晩をもう少し短くしようか。あとは水分を飛ばすだけだよね」
「そうだけど?」
「なら、純粋な水さんにだけ、どいてもらうよ」
そう言うなり、水魔術を起動した。白い液体から水分がすべてなくなり、白い塊だけ残った。少し甘い香りがする。触ると滑らかな手触り。
端を砕いてみる。砂糖よりもずっと細かな粒子に変わる。
完璧だ。……これが俺の作りたかった葛粉だ。
こんな短時間で葛粉が作れるなんて、前の世界の職人が聞いたら泣きそうだ。
「最高のできだよ。ありがとうクロエ。本当に助かった。ここまで質のいい葛粉は初めてみたよ」
彼女の手をぎゅっと握って俺は感謝の言葉を伝えた。
精霊の里の水と土の恵みをたっぷりと受け、水魔術のおかげで最高純度に引き上げられた葛粉。
これほどの素材を見せられると料理人としての血が騒ぐ。
「まっ、まあね、これからは、わたしもたくさんお手伝いするから頼りにしてよ。クルトは母さんの命の恩人だし、それに掟を破ったわたしはクルトの村でお世話になるし」
クロエは顔を赤くして、すこしはにかみながら返事をした。
そのあとにクロエが言った、俺の村に来るという言葉は、一度は遠慮したが精霊の里との橋渡しにぜったいに自分が居たほうがいいと彼女が言ったので言葉に甘えることにしていた。
彼女はこの病が解決すれば俺の村に来る。
「さて、クロエのおかげで予定より早く葛粉ができたし、少し雑談をしようか。今回みんなに振る舞うお菓子にはね、絶対に守らないといけない条件が二つある。ティナ、クロエ、それがわかるかな?」
俺の問いかけを受けて、二人が考え込む。
そして、まずティナが口を開いた。
「美味しいことですか?」
「それも大事だけど、ほしい答えとは違うかな」
美味しいのはただの大前提だ。
それはこの状況でなくても必須だろう。
「あっ、わかりました。みんなが食べたことがないものです」
「正解。じゃあ、その理由は?」
「お薬って言って出すものなら、みんなが知らないものじゃないと説得力がありません」
「あたりだよ。だから葛を使ったんだ。葛なんて、この里の人たちは食べたことがないし。これを使うと誰も見たことがないような不思議なお菓子が作れる。それと葛はすごく体にいいしね。薬っていうのもあながち嘘じゃないよ。」
「やった、大正解です!」
ティナが小さくガッツポーズをした。
珍しさと見た目のインパクト。それらを演出するために葛を使うと決めたのだ。
実際に葛はいい薬になりさまざまな効能がある。血液中の老廃物の排泄、血行促進、体を温める、免疫機能を高める、自律神経を安定させる、内分泌機能を高める、老化防止。
古くから日本や中国では、万能薬としてもてはやされていた。
「ティナ、すごいね。正解しちゃった。わたしも正解しないと……んんん、わかった! 食べやすいことだね。病人が食べられるぐらい優しいお菓子じゃないと、薬にならない」
「大正解だよ。俺が作らないといけないのは、だれも食べたことがない珍しいお菓子で、なおかつ病人が食べられる優しいもの」
かなりの難易度だ。
珍しいお菓子というのは作りにくいし、美味しいお菓子というのは、基本的にどれも脂肪分がたくさんでくどい。
「クルト様、そんなの作れるんですか?」
「うん、作れるよ。この葛があればね」
「それは楽しみだね。はやく食べたいよ」
俺が作るのは、和菓子の技法で作られる洋菓子。得意なお菓子の一つで、これで留学時代にコンクールで優勝した。
精霊の里の誰もが、味わったことがない食感と美しい見た目が楽しめる。
「それと、クロエ頼んでいたもう一つのものはあったかな?」
「あっ、忘れてた。はい、これ。精霊の里で作ってるお酒だよ。お菓子にお酒を使うなんて、初めて聞いたよ」
クロエが背中の籠から瓶詰にされたお酒を取り出す。
今回のお菓子には必須だった。
できるだけ、強い酒がほしいと頼んでいたが、どうだろうか。
少し試してみる。
封を切ると、穀物の特徴があるのに、どこか果実めいた華やかな香り。
俺は見開く。これは。
「米で作った酒じゃないか」
思わず口に含む。
懐かしい味で涙が出そうだった。どこか日本酒に似た味。それも大吟醸のように心地よい甘さが舌を包む。
「米? これはラママで作ったお酒だよ」
「ラママ? それは白くて小さい粒がいっぱいの穀物だったりしないか」
「うん、そう。精霊の里の主食なんだ」
どう聞いても米だ。
なんだ、精霊の里は楽園か?
ますます滅ぼすわけにはいかなくなった。久しぶりに米を食べたい。
「でっ、一番強いお酒を選んだけど使えそう。コルトおじさんの秘蔵のお酒を持ち出してきたんだ」
「ああ、十分だ。これなら最高のお菓子を作れるよ」
頭の中で組み立てていたレシピを急遽変更する。
そして完成形が浮かび上がった。
俺が最初考えていたものよりも、ずっと素晴らしいお菓子ができるだろう。