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第二十三話:この人を死なせたくないと思ったんだ

 屋敷の二階にある寝室に案内された。

 そこでは一人の美しいエルフの女性がベッドに横たわっている。

 そんな彼女を痛ましそうな目で銀色の狐耳をもった壮年コルトが見下ろし口を開く。


「彼女はクロエの母親でわしの妹だ。二週間ほど前から倦怠感を訴え、食欲もなく、血が混じるほどにひどくせき込んでいる。何よりすさまじい量の汗をかく」


 コルトと、このエルフの女性のように違う種族の兄妹というのはこの世界では珍しくない。

 異種族間の子供は、完璧にどちらかの種族の特徴を受け継いでうまれてくるからだ。


「症状を教えていただきありがとうございます。では、診察しましょう」


 俺は額に手を当て、【回復ヒール】の前段階の術式を起動する。

 【回復】は、対象を癒すための前段階として、対象のすべてを教えてくれる。

 そして、わかったのは感染症を患っていること。

 しかも人がけして抗体を持ちえないたぐいの細菌に感染していた。

 肺がやられている。自然治癒は絶望的。おそらく一月持たずに息絶える。

 さらにこの細菌は空気感染してしまうものだ。


 この感染症を通常の手段で治すことはほぼ不可能だ。肺結核に酷似したきわめて困難な病。

 肺結核は地球ではつい最近まで、不治の病と言われていた。この世界の設備ではどうしようもない。

 だが、俺なら【回復ヒール】で癒せる。


「病気の正体がわかりました」

「額に手を当てただけでわかるというのか」

「ええ、俺は魔法持ちです。人を癒す魔法を使えますから」


 俺の言葉を聞いて、コルトは絶句する。

 なぜなら、魔法持ちであることは極力隠すものだからだ。

 その希少性ゆえに人に知られることには危険が付きまとう。

 ましてや、俺の【回復】は非常に強力かつ利用価値が高く、人に話していい類のものではない。


「それを話していいのか」

「ええ、そうするしかないからです。この病は洒落になってない。ためらっている時間も、なりふり構っている余裕もありません。このままでは里が滅びます。それに俺はあなたのことを信じられると思っているので」


 ティナの母親もティナのことも愛しているコルトだからこそ俺は信じて秘密を話した。


「悪いことをしてしまったようだ。クルトにそこまでさせる病気の正体はなんだ。少し詳しくて教えてくれないか?」


 コルトの手が震えている。現実を突きつけられるのが怖いのだろう。


「まず、この病はけして自然治癒はしません。とある細菌……病気の元が肺に住み着き、人の体ではその病気の元に抵抗するすべがありません。そして、病気の元を殺す薬もこの世に存在しない。病気の元は増え続け、どんどん病は深刻になり死に至る。繰り返しますが、自然治癒はありえません」


 その事実を告げられて、コルトの顔が苦痛にゆがむ。

 いつか病が癒えることを期待していたのだろう。


「続きがあります」

「これ以上、悪い話があるのか」

「ええ、この病にかかった病人の中で増えた病気の元は、咳にのって空気にのります。そしてその空気を吸ったものの中で、さらに病気の元が増えます。今、無事な人もやがて一定以上、病気の元が増えれば発症します。そして、病気の元をまき散らす」


 このままでは病が広がる続けることは必至だろう。

 俺の村にクロエが来たとき、病気を運んできていないかをチェックしたが、彼女はまだ無事だった。だが、今発症していない里の民たちのかなりの数がすでに、細菌に感染し倒れるのは時間の問題だろう。


「……恐ろしいことをいうのだな。それではまるで」

「一度病気にかかった者はけして癒えずに、病気にかかる人は増え続けます。それも時間がたつほど、増える勢いが増すでしょう」


 一切の配慮を取り除き、ただ事実を伝える。

 ここで躊躇していれば被害は増える。


「それが本当なら……もう、この里は終わりだ」

「もし俺を頼ってくれるなら、俺ならすべての病人を魔法で治せます。今発症していない人たちも含めて、全員魔法で治療しましょう。付け加えるなら、一度治療したところで再発の恐れがある。定期的に検診に来ましょう」


 それが、現実的にとれる回答だ。

 こうすればすべてが解決する。

 コルトの返事がないので、俺は言葉を続ける。


「俺の力に頼らずにこの里を救おうと思うなら、今すぐ病を発症したもの全員を隔離することをすすめます。病人の近くにいるだけで被害が増える。いや、殺してしまったほうがいい。どうせ、死ぬまで苦しむだけだ。今後、病を発症した人間もそうする必要がある。……そうして片っ端から病を患った人を隔離すれば、やがて被害が収まるでしょう」


 あまりにも非人道的な行い。

 だが、それが必要な状況だ。


「……大事な里の仲間を隔離なんてできん。ましてや殺すなど」

「なら、俺を頼ってください。癒して見せましょう」

「人間の力を借りることもできない」

「なら、里が滅びる。それだけです」


 コルトが黙り込む。

 彼は必死に頭を回転させている。長としての責務と、人としての両親が激しくせめぎあっている。


「話を戻しましょう。病にかかり、助かりたい人だけを助け、掟を破り里を追い出されれば俺の領地で面倒を見ると言ったさきほどの言葉、それを実行してもいいと思います。里を追放されても生きたいという思いをもった人は助かるでしょう……ですが、一人でも病人がこの里に残っていれば、この里のものはやがて全員死にます。そのことを理解したうえで、長としての決断をお願いします」


 俺は彼を突き放した。

 彼の言ったとおり、ここは精霊の里で、俺は部外者。ティナのために、この里を救いたいと思う。

 全力で力を貸そう。状況が状況だ、もはや【回復】を隠そうなんて思わない。

 そうだとしても結局は、コルトの決定しだいでは何もできない。

 じっと、俺たちの会話を見ていたクロエが俺の前に立った。

 そして、コルトをにらみつけてる。


「何を迷ってるの。コルトおじさん!」

「……クロエ」

「助けてもらおうよ。里の掟って命より大事なことなの!? わたしはそんなものより、みんなの命が大事だよ。コルトおじさんが結論を出さないなら、病気のみんなを一人ひとり説得して回るよ。それで、母さんと、病気を治してもらったみんなと、生き残りたい人たちを連れて、クルトの村に行く!」


 少し、驚いた。

 クロエは冷静だ。冷静に母だけではなく多くの人を救うための方法を考え出した。

 現状、もっとも多くの人を救うための方法だろう。


「わしは……、わしは……。決めたぞ。クルト、これを受け取ってくれ」


 コルトは俺の手のひらに何かを握らせた。

 手のひらを開くと、そこにあるのは美しい翡翠色の宝石。


「翡翠の宝玉と呼ばれている。死んだエルフの心臓は宝石になる。母の形見だ。エルフには、死に際に大事な人に翡翠の宝玉を渡す風習がある。かつてはそれを求めて人間はエルフを狩っていた。美しいだけではなく、魔力を高める効果がある」

「翡翠の宝玉のことは知っています。もっとも、おとぎ話の中でだけですが」


 手のひらの宝石からは魔力を感じる。

 そして、魂ごと吸い込まれそうなほど透き通り、魅力的な翡翠色。

 おそらく、この宝石一つでアルノルトの領地すべてよりも価値がある。


「それをクルトにプレゼントしよう。治療費の前払いだ。クロエのことを助けてやってくれないか? まずは、妹を癒してほしい」


 こんなものをもらっておいて断る理由がない。

 それより気になったのが……


「これの材料がエルフの心臓だと言ってしまってよかったのですか? もし、俺が欲に狩られれば」

「人間をたくさん引き連れて、この里を襲いに来る。だろう? クルトはそんなことはしない。自分の魔法を明かしてくれたことに対する返礼だ」


 薄くコルトが笑った。

 そこまで言われたら絶対に裏切れない。

 翡翠の宝玉を握りしめる。自然に魔力が高まる。


「では、癒します……【回復ヒール】」


 俺の魔法が発動する。

 あたたかな光がエルフの女性を包み、そして病が癒えた。

 そして、苦しそうな寝顔が穏やかになり、呼吸が安定し汗が引いていく。

 クロエが笑顔を浮かべて膝をつき、エルフの女性の手を両手で握った。


「コルトおじさん、母さんが、母さんが、楽そうだよ。こんな安らかな顔、病気になってからはじめてだよ」

「そうだな。なんてすさまじい力だ。こんな短期間で癒してしまうなんて」


 驚くのも無理もない。

 俺の【回復ヒール》はそれほどまでに異常な力だからだ。


「クロエ、クルト。わしは決めたよ。救えるものだけを救ってほしい。本当を言うと、こんな事態だルールを捻じ曲げて、全員を癒してほしい。だが、必ず人間を拒絶する民は現れる。その心を変えることはできない。そして、クルトの話では一人でも病にかかった人間がいれば、病はいくらでも広がっていくのだろう。完全に手詰まりだ。せめて、外で生きられるものだけでも助けてやってほしい」


 コルトは覚悟を決めたもの特有の目をしていた。

 それはあまりにも悲しい覚悟だ。


「あなたはどうするつもりですか?」

「わしは、この里の最後を見届ける。長としてな。最後まで一人でも多く救えるようにあがいてやる。なんとか、クルトの言った隔離も、穏便な形で実行してみせるさ」


 俺は考える。

 もし、自分が領主になり、やがてアルノルトの崩壊が避けられない状況でここまで冷静でいられるか?

 そして、自分が死ぬ直前まで民のことを考えていられるのか? 


 コルトは自分の命のことだけを考えるならクロエと共に俺の領地にくればいいとわかっているはずだ。

 それでも一人でも多くの民を救うと決めた。

 こんな男になりたいと思った。

 だからこそ、死なせたくない。

 なら、行動に移せ。【回復ヒール】なんて便利な力だけじゃない。クルト・アルノルトのすべての力を絞り出すんだ。


「お断りします。こんな石ころ一つで、面倒を見切れない」

「ふむ、そうか。いいだろう、わしが用意できるものなら、なんでも用意しよう。この里中の翡翠の宝玉を集めてもいい」


 どこか、失望したような目で俺をコルトは見る。

 彼の目が言っている、所詮こいつも欲に取りつかれた人間だったと。


「俺がほしいのは最高の果物だ。この里がなくなっては困る」


 しかし、次の一言で失望は驚きに変わる。


「翡翠の宝玉より、果物だと?」

「ええ、医者であり、領主であり、そして俺は菓子職人パティシエだ。どんな宝石よりもうまい果物のほうが輝いて見える」


 そう言い切った俺を見て、コルトは笑った。


「ははは、急に何を言い出すかと思えば。面白い男だな。クルトは」

「笑いごとじゃない。俺は本気です。コルトさんは言いましたよね。【こんな事態だルールを捻じ曲げて、全員を癒してほしい。だが、必ず人間を拒絶する民は現れる。その心を変えることはできない】。なら、俺が説得して見せますよ」

「それは、無理だ。クルトが思っている以上に、人間に対する拒否感が大きい民が多い。たとえ、クルトが医者で病気を癒せるとわかっていも、説得なんて不可能だ」


 確かにそうだろう。

 医者の言葉じゃ届かないかもしれない。

 だけど、それでも。


「俺はお菓子職人パティシエです。美味しいお菓子に人種の壁はない。きっと心に届きます」


 俺は、俺のプライドにかけて、俺のお菓子で頑なな心の壁をとり壊してやる。

 そう、決意した。 

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