第四話:お菓子のような甘い夢
「お菓子、お菓子、美味しいお菓子♪」
ティナがクッキーを山盛りにしたお皿をもってくるくる回り、テーブルの上にお皿を置いた。
テーブルの上にあるのは水の入った木製のコップと、皿にもられたクッキー、あとは干し肉と、山菜にクルミのソースをかけたサラダだ。
貧乏村なので、ご飯を食べたあとにデザートにクッキーというわけにはいかない。今日の主食はパンの代わりにクッキーだ。
俺は上機嫌なティナを見ていた。彼女を見ているとそれだけで幸せな気持ちになれる。
「では、クルト様」
「そうだな」
俺とティナは並んで座る。
こうなるまで紆余曲折があった。
本村の屋敷に居た頃は、共に食事をすることはできなかった。主人は主人、使用人は使用人で食事をとっていたからだ。
この村に来てから一緒に食べようと誘ったが、ティナが使用人である自分と主人である俺が一緒に食事、それも同じものを食べるなんてとんでもないとごねた。説得により一緒に食事をするようになるまで三ヶ月かかった。
そして、向い合って座って食事をするようになったが、ある日ティナが真っ赤な顔で、隣に座っていいですか? そっちのほうがクルト様を近く感じますと、甘えた声で言ってきた。
それ以来こうして隣あって座っている。たしかに、こちらのほうが彼女を近く感じる。
「どうしました、クルト様?」
いつまで経っても、食事の挨拶をしない俺にティナが問いかける。小柄な彼女が座って俺の顔を見ようとすると、自然に上目遣いになり、大変可愛らしい。
「なんでもないよ……。ちょっと昔のことを思い出していただけだ」
俺は胸の前で手を会わせる。
「今日の糧を得られたことを、森と神に感謝します」
ティナも同じように手を合わせて祈る。
これは、フェデラル帝国の国教である、フランゲッティ教の決まりだ。この国に住んでいるものなら、たいいの者は食事の前に祈る。
数秒祈ったあと、食事が始まった。
「今回作って頂いたお菓子はどんなお菓子なんですか?」
「名前はクッキー。どんなお菓子かは食べてみてからのお楽しみ」
ティナが、期待に満ちた表情でクッキーに手を伸ばす。
しっかりとクッキーをつまんで口に入れいた。
「んんんっ! んんん!!」
両手を頬にそえて、唸りながら足をばたばたとさせる。尻尾も盛大に振られる。
彼女が、最高に美味しいものを食べたときの反応だ。
そんな彼女を見ると、心の底から作って良かったと思える。
パティシエに必要なのは、料理を作れる環境と、最高の材料、何よりもお菓子を食べて喜んでくれる人だ。
愛情が最高の調味料というのは、半分間違っていて半分正しい。
愛情があるから美味しくなるわけじゃない。食べてくれる誰かに喜んでもらいたい。その気持が本物なら、最大限の努力をする。だから美味しくなるのだ。
「さっくりして、口の中でほろほろ崩れてすっごく甘くて! 甘いだけじゃなくて、バターのしっかりした味がして、それでも後味がすっきりで、こんな幸せな食べ物初めてです!」
ティナは、二つ目に手を伸ばす。
そして幸せそうに目を細めて咀嚼する。
さくさくと小気味よい音があたりに響く。
俺もクッキーを摘んで食べてみる。
口の中に蜂蜜の甘さと風味、バターのコクが広がる。
歯ごたえも後味も抜群。
強いていうなら、もう少しいいバターを使えると良かったし、小麦もグルテンの少ないもののほうがいい。
だが、それは無いものねだりだ。今あるものでのベストは尽くせた。
今後、村が豊かになってきたら、少しずつ色んな物を集めていきたい。蜂蜜以外にも必要な物はたくさんある。
「クッキーは、小麦にバターと蜂蜜を混ぜて焼いただけの簡単なお菓子だよ。甘くてさくさくした食感が特徴だ。クルミを混ぜたり色々と応用も利く素敵なお菓子だ」
「クッキー、可愛い名前です。それに、これ、あとを引いて手がとまらないです」
「どんどん、お食べ」
「はい、はむはむ、おいひいでひゅ」
ティナは我を忘れて、クッキーの虜になっている。俺の前では背伸びをして上品に振る舞うのに、それを忘れて口の中にものを頬張ったまましゃべっている。こんなティナは久しぶりだ。
ティナはクッキーをどんどん頬張る。
そして、クッキーがなくなった。
「あっ」
ティナはクッキーがなくなった途端、俺の顔を見て申し訳無さそうな顔をした。
「ごめんなさい……クルト様、あんまり美味しくて、夢中になって、クルト様の分まで食べちゃって……」
「いいよ。それだけ俺のお菓子を楽しんでくれたんだから。ちゃんと、俺もニ、三枚は食べたしね」
「ううう、本当にごめんなさい。私にできることなら何でもします」
ティナが土下座しそうな勢いで謝る。クッキーを食べすぎたことぐらいで怒りはしない。
「気にしないでいいよ。俺はティナに救われているんだから」
領主を継げる見込みがなく、誰からも愛されていない俺をティナだけが好きだたと言ってくれた。
本村から出るとき、俺に村なんて作れるはずがないと誰もが反対した。だが、ティナは出来ると信じて、こんな過酷な環境についてきてくれた。
今年になるまでまったく成果のでない養蜂に文句を言わずに、根気強く付き合ってくれた。
どれだけ感謝してもしたりない。ティナが居なければ俺は夢を諦めていたかもしれない。
「そんな、恐れおおいです。そんなことを言うなら、クルト様が助けてくれたから、私は今、生きているんです。クルト様が居なければ、あのとき野垂れ死んでました」
「なら、俺はティナに救われたし、ティナは俺が救った。それでいいだろう。だいたい、クッキーなんて、食べたいときに自分で作るさ。そうだ、村の皆に振る舞っているパン。クッキーにしようか。さすがに毎回は無理だけど一月に一度ぐらいは開拓村のみんなに贅沢をさせてあげるのもいいと思うんだ」
「それ、いいかもしれません。きっと、みんな喜ぶと思います! こんなに美味しいんですから! 私が今まで食べたなかで一番美味しい食べ物でした」
「そうだと嬉しいね。そこまで喜んでもらえるとパティシエ冥利につきる」
「パティシエ?」
ティナが不思議そうな顔を浮かべた。
そうか、パティシエなんて単語は知らないか。
「お菓子作りが上手い人のことをパティシエって言うんだよ」
「そうなんですか。なら、クルト様は世界一のパティシエです!!」
一瞬、俺はほうけてしまった。
ティナが放った言葉は、俺がずっと求めてやまない夢そのものだったから。
「さすがにそれはないな。大きな街に行けばいくらでも、今の俺よりずっとお菓子作りが上手い人が居るよ。だけど……そうだね。なりたいな。いつか、世界一のパティシエに」
「大丈夫です、クルト様なら絶対! だって、クルト様のお菓子、こんなに私を幸せにしてくれるんですから」
ティナが笑う。
その笑顔はいつも、俺に自信をくれる。
「ティナが言うと出来そうな気がするよ。さっそく村の皆のためのクッキー、頑張って作ろうか。……だけど、ティナ、俺の分を食べるのはいいけど、皆の分を食べるとさすがに怒るよ」
冗談めかして俺がそう言うと、ティナは顔を真赤にして、キツネ耳をピンと立てる。
「もう、私を一体なんだと思っているんですか!」
こうして、俺がこの世界で作った、本当の甘いお菓子のお披露目は大成功に終わった。
まだまだ、作りたいお菓子が山程ある。俺の夢ははじまったばかりだ。