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第二十二話:命とルールと

 ティナの祖父である銀色の狐耳をもつ男性、コルトの屋敷に案内される。

 彼の屋敷はどこか和をイメージさせる内装だ。

 やはり人の町とは文化が違う。


「ここが客間だ。くつろいでくれ」


 机と椅子の文化ではないようで、畳のようなものの上にコルトは正座する。その横にはエルフのクロエも居た。

 それにならって、俺とティナも座る。

 そこに先ほどのエルフの女性がお茶を持ってきてくれた。おそらくお手伝いさんなんだろう。

 落ち着いたころを見計らってコルトが話し合いを始めた。


「まずはクルト、病気が蔓延していると聞いているにも拘らず、命がけで精霊の里に来てくれたことを感謝する」


 コルトは頭を下げた。

 少し、驚く。

 排他的な種族だと聞いていたから、話も聞かずに出て行けと言われることを覚悟していた。


「頭を上げてください。まだ、俺の力で治せるかはわからないので」

「それでも、命がけで来てくれたことに感謝を伝えたい。そして、わしの孫を連れてきてくれたことについても感謝している」


 コルトはティナを見つめる。

 その目には、慈愛の感情が満ちていた。

 ティナもそれに気づいたようで、少し警戒心を解いていた。

 ティナが口を開く。


「はじめまして。私はティナです。その、あなたは、私のお爺様なんですか?」

「ティナがクルリナの娘であれば。わしの孫だ」

「……なら、私はあなたの孫です」

「そうか、ティナ。会えて嬉しい。本当によくクルリナに似ている」

「私は母様と駆け落ちした父様の娘でもあります。嫌わないんですか?」


 コルトは驚いた顔をする。

 そして、微笑んだ。


「クルリナの娘を嫌ったりするものか。わしは今でもあの子を愛している。それにあの男にも悪感情はない。クルリナを連れて行ったことは根に持っているが、あの子が惚れたのも理解できる。奴はいい男だった」

「なら、どうして精霊の里から追い出したんですか!?」


 ティナが声を荒げる。

 彼女は戸惑っている。もっと、人間を毛嫌いして両親を追い出した悪の権化のはずなのに、目の前の男がそんな様子を見せないからだ。


「それがこの里のルールだからだ。この里に人が暮らすことは許されない。そもそも、人間に住処を追われたり、食い物にされた者たちが集まり、作り上げた安住の地がここだ。人間に悪感情をもっている民も多い。長であるわしが率先してルールを破ることはできん」


 その気持ちはわかる。

 統治者がルールを守らなければ誰もついてこない。


「でも、結局、父様とのことを許せなかったってことじゃ……」


 コルトは首を振り、諭すような口調になった。


「許すも許さないもない。クルリナは選んだだけだ。人間と共に外で暮らすか。人間と別れてこの地で暮らすかを。クルリナは自分の意志で、里にいるよりも愛する人と共にあることを選んだ。わしはクルリナの意志を尊重したし、応援もした。それがクルリナの幸せにつながると思ったからだ。それに、いつでも戻ってきていいと伝えてある」


 たんたんとコルトは告げる。

 厳しいことを言っているようだが、理には適っている。


「そんな……そんな」

「当時のわしもクルリナも納得済の結論だった。おそらく、無理にこの里で人間と共に暮らそうとしても、クルリナも里の民も無理に気を使って互いに不幸になっただろう」


 ティナが黙り込む。

 きっと頭では理解できても、心が納得できなかったのだろう。

 そんなティナに、コルトが問いかけをしようとしている。


「一つ、教えてほしい。クルリナは元気でやっているか」

「母様は、父様と一緒にはやり病で死にました」

「……そうか。里を出てからの生活が幸せであれば救われるのだが」

「それは間違いないです」


 コルトは一瞬目元を隠した。

 涙が一筋だけ流れる。だが、数十秒後には手を放し、その表情は平静としているように見えた。


「ティナ、クルリナが死んで生活に不自由はないか」

「大丈夫です。クルト様に面倒を見ていただいています」


 ティナがそういうと、コルトがこちらを見てくる。


「俺は医者であると同時に、一つの領地を預かる貴族です。両親を失って路頭に迷ったティナを使用人として雇いました。今では、ただの使用人という枠を超えて、助手として助けていただいています」


 孫の安否は気になるだろう。

 ありのままを正直に伝える。


「クルトがティナを救ってくれたのか。重ね重ね感謝する。そして、ティナ。ティナが良ければ、精霊の里に……いや、忘れてほしい」


 コルトがティナに帰ってくるように言って途中でやめた。

 それはティナに悪感情があるわけではないのだろう。


 病が蔓延している、この里に帰ってくることがティナの幸せにならないからだ。

 彼の目を見るとそれぐらいわかる。

 しばらく、息苦しい沈黙があたりを包んだ。


「わしの個人的な話をしてすまない。本題に入ろうか。クルトは里を救うために来てくれた医者ということだが……申し訳ない。帰ってくれないだろうか?」


 俺は息をのむ。

 このタイミングでその言葉をぶつけられるとは思っていなかった。


「ちょっ、コルトおじさん! なんてこと言うの」

「クロエ、これは長としての判断だ。黙っていろ」

「でも! せっかくみんなが助かるかもしれないのに!」

「これ以上、騒ぐようならこの場から退場してもらう」


 騒ぎたてるクロエをコルトがいさめる。

 まずい流れだ。


「それは俺の力が信用できないからですか?」

「それ以前の問題だ。精霊の里は人と関わらずに生きていくと決めている。それだけのことだ。クルトが来てくれたことに感謝するし、クルトの勇気と優しさに報いるだけのものは出そう。だが、人間の力は借りない」


 決まりか。

 そういうルールだというのもわかる。

 だが……。


「その結論はあなた一人で出すものではないと俺は考えます」


 俺は、自然と反論を口にしていた。


「わしは長だ。この里の方針を決める義務がある」

「確かにそうでしょう。ですが、今は緊急事態です。クルリナは幸せになるために人間と共に里を出るか、一人で里に残るかを決めることができた。なぜ、その選択を里のものにさせてやらないのでしょうか?」


 半ば言いがかりのような言葉。

 だが、その言葉が間違っているとは思っていない。


「クルト、わかるように言ってほしい」

「里には人間に頼らないルールがあるというのは理解しました。ですが、病気で苦しんでいる人に問いかけてやる必要があると考えます。このまま人間の力を借りずに死んでいくか。人間の力で命を救われる代わりに、ルールを破ってこの里を出るか」


 極論を言えばこうなる。

 死ぬか、里のルールを破ったことで追放されるか。


 死にたい奴は死ねばいい。だが、死なずに済む人を見殺しにする理由もない。

 もし、俺ならばその道を選ぶだろう。


「クルトの言うことも一理あるな。仮にこの里を出てどうなる。この里の外のことを何も知らないものたちばかりだぞ」

「俺の領地で面倒を見てもいいです。幸いなことに俺の領地は未だに人手不足だ。そして、ティナという前例がいる。人間以外も迎え入れる土壌があります」

「人間は、我々を食い物にする」

「ティナを見て、俺がそういう人間だと思いますか?」


 ティナがぎゅっと俺の裾を掴んでいた。

 彼女が俺を信頼していることは、たぶんコルトにも伝わっている。


「……まったく、口がたつ男だ。だが、正論だ。そうだな。確かに生きたいものもいるだろう」


 コルトは苦笑し、そして俺の目をまっすぐに見つめて口を開く。


「対価に何を求める。クルトもただ働きをするつもりはないだろう」


 直接、そこに来たか。だが、まあいい。


「もともとはこの里を救えば、この里でとれるピナルの実とパプルの一割を毎年受け取りたいと考えておりました」

「そんなものでいいのか?」


 きょとんとした顔で、コルトが問いかけてきた。


「クロエに食べさせてもらったピナルの実は大変素晴らしいものでした。病を癒す対価としては十分なほどに」

「随分と良心的なのだな。人間はもっと貪欲だと思っていた」

「十分、貪欲ですよ。俺の夢のためには絶対に必要なものです」


 クロエの言っていたとおり、豊かな精霊の里では、この程度痛くもかゆくもないのか。

 交易先もなければ、食べきれずに捨てるしかないのだろう。

 しかし、アルノルトにとっては捨てるしかない果実も宝石の価値がある。ここのピナルの実があれば、お菓子の輸出で間違いなく大儲けできる。


「ですが状況が変わりました、里全体に対してではそれでよかったのですが、各個人ごとに救済を行うのであれば、ピナルと、パプルの苗木。そして、この里を追い出されたものたちが俺の領地に来てくれること。それで手を打ちます。俺の村で果物を育ててもらうつもりです」


 収穫までに時間はかかるが、将来の収穫と労働力が手に入るのは俺にとってけして悪い条件じゃない。


「報酬じたいはなんら問題ない。だが、里のものを連れだしていいかは即答しかねるな。そもそも、病気が治せる前提の話だ。まず、実際に病人を診ていただき、クルトが対処できるものかを確認してから続きを話そう。二階に病人が居る」


 コルトは立ち上がり俺たちについてこいと合図を送る。

 おそらく、病人のもとに連れていくつもりだろう。


「ティナと、クロエはここで留守番を頼む。病気に感染するかもしれない人をいたずらに増やすのはよくない」


 病人と会う以上、感染の危険性がある。

 危険に身をさらすのは俺だけでいいだろう。


「ううん、わたしもついていく。その人は、わたしのお母さんだし! ずっと一緒にいたから、今更だよ!」

「わかった。クロエもついてきてくれ」


 そうして、ティナを残して三人で患者の下に向かった。

 言葉にしなかったが、一つ悪い予感があった。

 その予感があたっていれば、今言ったような対処を行ったところで、この里はすぐに滅びてしまうだろう。

 俺は予感が外れることを祈りながら立ち上がった。

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