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第二十一話:葛と出会いと

 早朝から俺たちは出発した。

 朝食はピナルの実を食べた。あれを食べると元気がでる。

 一度、昼食を挟み、今度は俺のお手製のインスタントスープの元をお湯に溶かしたもので、乾パンをゆでたものを振る舞った。クロエにはなかなか好評だった。


 戦争などで、保存食の需要が高まる傾向がある。お菓子と一緒に商品にならないかを検討しよう。

 そして、クロエの言った通り夕方になる前に目的地についた。


「ここが精霊の里か」


 精霊の里は森の奥深くの開けた場所にあった。

 木の柵に囲まれて、木造の家が並び村の側には果樹園が生い茂っている。

 特徴的なのは、見事な水路に清流が流れており、水路の周りには葉っぱの大きな青々とした草が生い茂っていた。

 その草はつるを伸ばし、周囲の柵や木に巻き付き、甘い匂いが漂う薄桃色の花を咲かせている。

 もしかして……淡い期待をこめて手にとってみる。


「やっぱり葛か、そんなものまで育ててるんだな。それによく育ってる。よほどいい水がないとこうはならない」


 立派な葛だ。

 葛はお菓子とは切っても切り離せない関係がある。

 和菓子の材料としては古来から有名だが、最近になってその素晴らしさが認知され洋菓子でも使用されるようになった。

 寒天やゼラチンは「固まる」「固まらない」の2択だが、葛粉は葛粉と水のバランスによって微妙に固さを変化させていくことが出来る。水餅やゴマ豆腐のような、もちもちした食感から、ゼリーのように柔らかく滑らかな食感まで自由自在。それに味が濁らない。

 さらに、ケーキを作るときに小麦粉の代わりに使うこともできる。これを使うと非常に面白い食感になるのだ。


「うん? あの雑草のこと? たまに水路の水がせき止められるから、定期的に抜いてるんだ。綺麗な花で、いい匂いがするけど、基本的に邪魔で勝手に生えてきているから困ってるんだよ」


 しかし、俺のはしゃぎようとは対照的に、エルフのクロエは不思議そうに首をかしげる。


「葛が邪魔だと!?」


 葛は食用のほかにも、薬にも、そして馬やヤギなどの餌にもなる非常に有用な植物だ。

 アルノルト領に持ち帰って育てたいぐらいだというのに。

 ……いや、無理か。あれを育てるには大量の綺麗な水がいる。アルノルトでは枯らすのがおちだ。


「人間って変わってるね。あんなのを欲しがるなんて、好きなだけ引き抜いて持って帰っていいよ」

「それはありがたいな」


 帰り際に、できるだけ持って帰ろうと決める。

 あれだけ立派な葛だと、根からいい葛粉ができるだろう。大量に葛粉をこの里で作ってからもって帰ろう。生の葛だとかさばって仕方ない。


「じゃあ、今からコルトおじさ……ごほんっ、長のところに連れていくよ。少し気難しい人だから注意してね」


 そうして、俺たちはクロエについて里の中に入ってきた。


 ◇


「クロエ、無事だったのか!」

「人間の村に行くなんていうから心配してたのよ」


 クロエが里の中に入ると、エルフや様々な獣人たちが次々に声をかけてくる。

 かなり彼女は人気者らしい。


「みんな心配かけてごめんね。でも、その甲斐があって人間のお医者様を連れてきたから」


 彼女がそう言うと、俺のほうに視線が集まる。

 あまりに注目されすぎて居心地が悪い。


「医者としてきた、クルトだ。しばらく厄介になる」


 そう挨拶するが、どこか距離を感じる。

 おそらく、人間はあまり歓迎されていないのだろう。

 事前に聞かされていたのであまり落胆はしない。


「みんな、せっかく来てくれた人間のお医者さんなんだから、そんな顔しないで」


 クロエが必死に取り繕うが周りの反応は変わらない。


「でも、クロエ、連れてきたの人間だろ」

「人間に関わっちゃいけないって長老が」

「そうだよ。今だって里の祈祷師たちが病気の回復を祈ってるからそっちを待ったほうが」


 口々に精霊の里の民は反論を言う。

 そんな人たちを見てクロエは怒気を孕んだ声をあげる。


「何を言ってるの! わたしたちでどうしようもないなら、人間に頼るしかないじゃない。それに呪いじゃないよ。病気だよ。祈ってもなんにも変わらないよ! そんなことする暇があるなら、元気がでる食べ物つくったり、病気の人を励まそうよ」


 しごくもっともなことをいうが、その言葉は伝わってない。

 俺はクロエの肩をぽんっと叩く。


「俺は気にしてないからいいよ。それより早く長のところに行こうか」

「ごめん、せっかく来てくれたのに」

「だいたい予想通りだからいいさ」


 そうして、遠巻きな視線を受けながら俺たちは歩く。

 気になるのは、俺とは違った種類の視線をティナが浴び続けていること。

 村人たちの視線は、驚きや懐かしさや喜び。

 彼らはティナに声をかけたそうにしているが、ティナが俺の後ろで身を小さくし、服の裾を握っていることから躊躇している。

 いったい、ティナの母親はこの里でどのような存在だったのだろうか。


 ◇


 村の中で、一際大きな木の建物に案内された。

 どうやら、ここが長の建物らしい。


「コルトおじさ……ごほんっ、長はここに住んでるんだ。ちょっと待っててね」


 クロエがとんとんと扉を叩く。

 すると、扉が開いた。エルフの女性が居た。年頃は二十代半ばに見える。


「クロエ、今日はどんなようで来たの」

「ファリナさん。長に会わせたい人が二人居るの。呼んでもらっていいかな」

「それは構わないけど」


 そういいながらエルフの女性は俺を見て軽い悲鳴をあげる。

 さらに、後ろのティナを見て目を見開く。


 そして慌てて屋敷の中に戻っていった。

 数十秒後、どたんどたんと、かなり勢いのいい足音が聞こえてくる。

 現れたのは三十半ばに見える、銀色のキツネ耳の男性だ。

 がっしりした体つきで、妙に貫禄がある。

 ティナを見た瞬間、笑顔を浮かべ涙を流した。


「クルリナ、帰ってきてくれたのか、クルリナ」


 そして、ティナのほうに向かって突進してくる。

 ティナは、ひっと短く言うと俺の背中に隠れた。

 しかし、その男は止まらない。


「寂しかった、寂しかったよ。ようやくパパのところに帰ってきてくれたんだね。里を出て辛かったんだろう。今はゆっくりとお休み」


 ティナではなく、俺を抱きしめて号泣する。

 かなり気持ち悪い。


「よっぽど苦労したんだね、こんなに筋肉質になって……いや、いくらなんでも、これは」


 しばらくしてようやく、抱きしめたのがティナではないことに気づいたらしい。


「あの、はじめまして。俺は人間でクルトだ。クロエに呼ばれて来た」


 そう告げると、目の前の男が抱擁を解く。

 そして、恐ろしく落胆した顔をしたあと、真顔になる。


「これは失礼したな。人間……いやクルト。話はあとだ。先に大事な用事がある」


 てっきり逆ぎれすると思ったが、意外に目の前の男は冷静だ。

 再びティナをロックオンする。


「クルリナぁぁぁぁぁ」


 そして再びの突進。

 今度は、クロエが両手を広げてティナの前に立ちはだかる。


「コルトおじさんストップ、この子、クルリナ姉様にそっくりだけど別人だよ」


 それを聞いたコルトは急ブレイキをかける。

 表情は凛としてるが、よほどショックだったのか銀色のキツネ耳がペタンと倒れている。

 落ち込んだ時のティナと同じで、すこし笑みがこぼれそうになる。


「だが、どう見ても」

「彼女はティナ、クルリナ姉様の娘だよ」


 クロエの言葉を聞いた瞬間、落胆したような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべる。


「そうか、クルリナではないのか。だが、娘か。……もうそれだけの時間が経ったのだな」


 吐き出した言葉は、苦渋に満ちていた。

 ここまでの流れで彼が何者かはわかった。

 ティナと同じ銀色のキツネ耳。そしてクルリナに向ける愛情と帰ってきてくれたという言葉。


 おそらく、彼はティナの祖父だ。

 見た目は三十代半ばだが、獣人たちの見た目年齢は当てにならない。


 一五、一六までの成長は人間よりもかなり早く、その後は一気に成長が緩やかにになる。寿命は人と変わらず、若々しいまま死ぬというのが獣人の特徴だ。実際、ティナの祖父は五〇近いのにかなり若々しい。


「改めて自己紹介をさせていただきます。俺はクルト。クロエに乞われて、流行病を癒すために精霊の里にやってきた医者だ。そしてこの子はティナ。俺の助手をしてくれている」


 状況が落ち着いたので自己紹介をする。

 ティナの祖父であるコルトは少し深呼吸して気を落ち着かせてから口を開いた。


「わしはコルト、精霊の里の長だ。わざわざ来てくれてありがとう。そして、孫を連れてきてくれたことを感謝する。少し中で話そう。いろいろと話を聞きたい」


 そうして、俺たちは精霊の里の長にして、ティナの祖父の家に招かれた。

 

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