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第十九話:精霊の里へ

 金髪碧眼のエルフの少女はティナをクルリナ様と呼んだ。 

 それはティナの母親の名前らしい。


「それは、この子の母親の名前だよ。君はクルリナさんを知っているのか?」


 俺はエルフの少女に問いかける。

 どうしても聞いておきたかった。もしかしたらティナの肉親が精霊の里とやらにいるかもしれない。


「うん、たくさん優しくしてくれたよ。私にとってお姉ちゃんみたいな人だった。でも、まさか子供が生まれてるなんて」


 エルフの少女はティナをまじまじと見る。

 そして、何かに気づいたようではっとした表情を見せる。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は精霊の里のクロエ。エルフだよ」


 彼女の視線は俺と……ティナに向いていた。


「俺はクルトだ。この村の長をしている」

「私は、ティナです。クルト様の使用人です」


 俺たちの自己紹介を聞いたエルフの少女のクロエは小さく、ティナの名前をかみしめるようにつぶやいた。


「ねえ、ティナ。クルリナ姉様は元気? 一三年前に里を出てから一度も連絡がなくて心配だったの」


 その問いを聞いて、ティナは一瞬悲しげな顔を見せてから口を開く。


「母様は四年前に死にました。流行病です」


 クロエは絶句する。

 それは親しい人が死んでいたこと、そしてその死因が今里を襲っている流行病ということの二つだ。

 さすがに、違う種類の病だろうが。何か思うところはある。


「……そうなんだ、クルリナ姉様の嘘つき。絶対幸せになるって言って里を出たのに。だから、止めなかったのに」


 クロエの目に涙が流れた。

 それを見て、彼女に対する警戒心が少し解けた。

 ティナの母親のために泣いてくれる人が悪い人なわけがない。


「ティナ、ティナは精霊の里を知っているのか?」

「母様の話で聞いたことがあるぐらいで一度も行ったことがないです。でも、精霊の里のことを話すときは、いつも母様は楽しそうでした。すごく豊かな里で、たくさんの果物が実って、みんなが笑顔でお腹いっぱいだって」

「そうか、それなのに里を飛び出したのか」


 ティナの話では、彼女の母親は人間であるティナの父親と一緒になるために、人との交わりが禁止されている精霊の里を抜け出したらしい。


 きっと、初めて外を出たティナの母親にとって、苦難の連続だったのだろう。

 エルフのクロエは顔をしかめている。


「クルリナ姉様は馬鹿だ。里を出なかったら、今も里で幸せに暮らしてたのに。外になんて出るから不幸になったんだ」


 その言葉を聞いたティナは首を振る。


「その言葉を取り下げてください。母様は里にいた頃は楽しかったし、里を出てから苦労はたくさんしたけど、父様と私が居る今のほうが幸せだって言ってました。死ぬ直前でも」


 真っ直ぐなティナの視線がクロエを貫く。


「そうなんだ。ごめん。ティナ。そっか、そうだったんだ」


 どこか安堵したような、悔しそうな不思議な表情でクロエは言葉を絞り出す。

 少し変な空気になったが話を進めないといけない。


「クロエ、残念だけど……この村には精霊の里を救える薬なんてものは存在しない」

「そう、そうだよね。そんな都合のいいものないよね」


 クロエは半ば覚悟をしていたのだろう、唇を噛み締めながら俺の言葉を受け入れた。


「ここから先のことだけどね。選択肢は二つ。一つは精霊の里に戻ること。もう一つは、ここから馬車で丸一日走ったところにある、この村よりもずっと大きな人の街に行くこと」


 クロエの顔が少し明るくなる。

 もしかしたら、もっと大きな街になら自分を助けてくれるものがあると思っているのかもしれない。


「人の街にいくことはおすすめできない。おそらく、その断片的な情報だけで精霊の里の流行病を突き止めて、特効薬なんて出せる医者は大きな街にもいない。……そして、仮に居たとしても、クロエは世間知らずすぎる。たどり着くまでに誰かに騙されて食い物にされる。人間のほとんどは優しくないよ」


 世間知らずな美少女エルフが大きな街で自分の弱みを見せながら動き回っているなんて自殺行為もいいところだ。


「そんな、やっぱり、ダメなんだね。どうしようもないんだ」


 確かに、どうしようもない。

 だが、俺なら救えるかもしれない。


「ティナ、一つ聞きたいことがある。おまえは自分の母親が生まれた里をどう思う? 母親を掟で追い出した里が憎いか?」


 ティナの母親は、もし里で暮らすことを許されていれば死なずに済んだかもしれない。

 恨んでいても不思議じゃない。


「ううん、そんなこと思ってないです。母様は里を出たあとも里が好きだったから……だから、私は母様が好きだった場所がなくなってほしくないです」


 そうか、ならやることは決まった。


「クロエ、話に聞いただけなら無理かもしれないけど、直接患者を診たら俺なら救えるかもしれない」

「それはほんとなの!?」

「かもしれないだけだ。診てどうしようもないという判断になるかもしれないよ。ただ、診ないと始まらない。俺に賭けてくれるなら精霊の里に行くよ」


 この村で唯一の医者としてかなりの知識をもっているし実地経験もある。

 それに、万が一。医学でどうしようもないと判断をしたときには【回復ヒール】がある。


 可能であれば、【回復ヒール】をひと目に晒したくない。医学でどうにかしたいが望みうすだろう。


「それでも、ありがとう! このままじゃ絶対にダメだった。でも、ダメが絶対じゃなくなった」


 俺の手を両手で包み、クロエはありがとうと繰り返した。

 そんな俺にさきほどまで黙っていたファルノが問いかけてくる。


「精霊の里に行くのは、ティナさんのためにですの? 仮にも一つの領地を持つ人間が、私情で長期間留守にするのは問題がありますわ。そして、あなたが自身が感染する可能性もあります。あなたが死ねば、この領地がどうなるか。そのことに考えが至らないわけではありませんよね? 長として、あまりにも軽率ではありませんか?」


 ファルノの言葉はきついようだが、至極当然だ。


「ちゃんと、利益になるよ。エルフの育てた果物に興味がある。緑の民が育てる作物は、天上の味だって物語で聞くぐらいだからね。安定して仕入れられると強い武器になるよ。お菓子を武器に発展しようとしているアルノルトは特にね。そのために、命をかける価値がある。それに理由は言えないが、『俺とティナは絶対に病気になることはないし、感染した病をもって帰ることもありえない』」


 俺がそう言うと、くすくすとファルノが笑った。


「こういうときまでお菓子ですの。でもすごくクルト様らしいですわ。そして、あなたの秘密。気になりますが、それはいつかの楽しみにとっておきます」


 半ば強引な理由づけだが、嘘ではない。

 美味しいお菓子を作るためならなんだって俺はできる。

 

「みんな、俺は精霊の里を救いに行くことに決めた。ティナは俺の助手として一緒に来て欲しい」


 俺がそう言うと、ティナは力強く頷き、ファルノは頬を膨らませた。


「私も行きますわ」

「それはダメだ。流行病が蔓延している里らしいからね。ファルノをそんなものに感染させたら、俺が処罰されるだけじゃすまない。さっきいった通り、俺とティナはその心配はないが、ファルノはそうじゃない。連れていけないよ」


 ファルノが感染しても、俺の回復ヒールで癒すこと自体は可能だ。

 だが、そんな場所に連れて行ったと彼女の父親に情報が伝わった時点でまずい。

 

「でも、クルト様がその病気を解決できれば、大丈夫ですわ」

「それができるかわからないからね……。悪いが、留守番を頼む。ファルノが残ってくれると心強い」

「わかりましたわ。ご武運を」


 そこまでいうと、ようやくファルノは頷いた。


「ヨハン、俺とティナが留守中は、ハチの世話とラズベリーの世話は全部おまえが取り仕切ること。できるな?」


 俺たちを取り囲んでいた子どもたちの中からヨハンが一歩前に出てきた。

 ヨハンなら子どもたちをうまくまとめてくれるだろう。


「おう、任せとけクルトの兄貴!」

「任せた。あと、ファルノ。俺が不在にすることを、ソルトに伝えておいてくれ。そうすればあいつならうまくまとめてくれる」

「ええ、わかりましたわ」


 ソルトは開拓村のリーダー格の大男で非常に頼りになる。

 これで俺の不在時にはなんとかなる。

 あとは、エルフの里に行くだけだ。


「クロエ、エルフの里への案内を頼む。俺とティナは一度家に戻って旅支度を整えたらすぐに出発する。体調に不安があるなら一晩休むが?」

「大丈夫だよ! すぐに行ける! エルフは身体が丈夫なんだ!」


 倒れたばかりだというのに元気なことだ。

 これなら心配することもないだろう。

 そうして、俺とティナの精霊の里への出発が決まった。

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