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第十八話:旅立ちの決意

「はむ、はふはふ、もぐもぐ」


 さっきまで生き倒れていたエルフの女性は、ティナにもってきてもらったパンのミルク粥を必死に食べている。

 ミルク粥は、温めたヤギの乳にハチミツを加え。そこにパンをちぎって入れたもの。甘く、栄養たっぷりで消化がよく病人にはぴったりな料理だ。

 子どもたちが羨ましそうに見ている。


 俺の検診でも、本人の自己申告でも、倒れたのはただの空腹で一歩も動けないというものだ。


「それで、どうして倒れていたんだ」

「はむ、もぐぅ。それはれふね」

「いや、答えなくていい。食べ終わってからもういっかい聞くから」


 俺はいろんなことを諦めて、ただエルフの女性が食べ終わるのを待つことにした。

 

 ◇


「はふう、美味しかった。生き返ったよ」


 エルフの女性は、口元をミルクで白くしながら、満足気につぶやいた。

 金髪碧眼の美形なのにすごく台無し感がある。

 さきほどまで倒れていたとは思えないほど元気そうにしている。これなら話を聞けるだろう。 


「もう一度聞こうか、どうしてここで倒れていたんだ」


 俺が問いかけると、少しエルフの女性は考える仕草をしてから口を開いた。


「わたし、精霊の里から人間の国を目指して旅をしていたの。でも、どこまで行っても人間の国なんて見つからなくて、手持ちのご飯もつきて、狩りにも失敗して、空腹で倒れちゃったの。親切な人、ごはんを食べさせてくれてありがとう。おかげで生き返ったよ」


 エルフの女性は申し訳無さそうに語る。


「まあ、それはいいけど。そもそもどうして人の国を目指したんだ」


 エルフは排他的な種族で、自給自足で暮らし他の村と交わらず、生涯を自らが生まれた里と森とで終えると聞いている。

 だから、エルフという存在が居るということは話に聞いても、エルフそのものを見たことがある人間は極めて少ない。


「今、精霊の里が大変なの……流行病が蔓延して、みんな倒れちゃって。まだ、無事な私が、お薬を買いに出発したの。エルフのお薬が全然効かなくて。でも、人間なら治せる薬をもっているかもって思って」


 なるほど、それなら精霊の里の外に救いを求めるのは理にかなっている。

 閉鎖的な村よりも人間の街のほうが医学は発達している。


「でも、こうして人間の国にたどり着けてよかったよ。ねえ、見たところお医者様みたいだけどあなたなら、みんなの病気を治せる?」


 真剣な眼差しでエルフの少女は俺を見つめてくる。

 どうやら、診察したときの対応や周りの反応から俺がこの村で医者をやっていることに気づいたらしい。


「病状を聞かないとなんとも、病気によって、治せるものと治せないものもあるし、効果がある薬も違う。そもそも薬以外の方法でしか治せない病気もあるしね。できるだけ、詳しい話を聞かせてほしい」


 嫌な予感がする。

 想像以上にエルフは世間知らずかも。病気を特定することが必要という認識すら無い。いい薬というのは何にでも効く薬だと思っているような口ぶりだ。


「えっと、咳き込んで、倒れて、熱がすごくて。食欲がなくなるの。体力の弱い人なら、一月ほどで亡くなっちゃう。そんな、ひどい病気!」


 精一杯の言葉でエルフの少女は病気を説明する。


「だめだ。漠然としすぎてる。それだと俺にはわからないし……たぶん、他の人にもわからない。熱止めの薬とかなら、調合できるけど。それで治せるって断言できない。さっきも言ったけど病気ごとに適切な薬があるし薬じゃ治せない病気も多い」

「そんなぁ、じゃあ、私はなんのために。このままじゃ精霊の里が」


 エルフが住んでいる里が滅びるほどの流行病。

 そんなものが人間の街で蔓延していれば今頃大きな話題になっているはずだ。アルノルト領でもフェルナンデ辺境伯領でも、最近はそんな話は聞いたことはない。


 おそらく、未知の病だ。特効薬なんて便利なものはない。


「クルトの兄貴なら、治せるんじゃないか、ほら、ミルを助けてくれた、なんでも治せる黒い薬があるじゃないか!」


 ヨハンが横から口をはさむ。

 俺はかつて、回復ヒールの力を隠すための方便として、なんでも治せる黒い薬というものを使った。


「そんなものが!? お願い! どうか、その薬をわけて。私、個人だけじゃなく、エルフ全てのもてるかぎり全ての力で恩は返すよ。エルフは誓約の民、けして嘘はつかない。信じて!」


 ヨハンの言葉を聞いたエルフの女性は頭を深々とさげる。

 俺はそんなことできないというタイミングを見失った。

 悩む。


 俺は、エルフたちを助けられるのだ。

 それを、回復ヒールの秘密を守るためだけに見殺しにする? こんな必死な少女を絶望に突き落としていいのか。

 だが、一つの里を救ってしまうほど派手なことをして俺の秘密が守れるかはわからない。俺の回復ヒールは他者にばれれば即破滅を覚悟するほど危険なものだ。利用価値が高すぎる。


「お願い!」


 エルフの少女が再び懇願する。

 俺が答えを返せずに言葉につまっていると、俺の顔色をうかがおうとして少女が顔をあげる。

 そして大きく目を見開いた。

 その先に居るのはティナだ。


「クルリナ姉様?」


 ティナを、知らない名前で少女は呼ぶ。


「クルリナ姉様、どうしてこんなところに。クルリナ姉様からもお願いして。里が、里が、滅んじゃう、みんな死んじゃうんだよ」


 エルフの少女はティナの肩をもって必死に訴えかける。

 ティナは、狼狽している。

 それは、クルリナという名前を知らない故の反応ではない。


「ティナ、クルリナって言う人を知っているのか」


 俺の問いかけにティナは頷き、そしてゆっくりと口を開いた。


「私の、母様の名前です」


 その一言は、この場に居る全員を驚かせるのに十分な一言だった。

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