第十五話:ファルノとの再会
早朝、俺は全力で疾走していた。
正真正銘の全力疾走だ。すなわち、技能も、魔力も使った。限界の性能を引き出していることを意味する。
その疾走に追随する影。ファルノの執事にして俺の師匠であるヴォルグだ。
相変わらず、鍛えぬかれた身体を執事服に包んでいる。
彼は手に短剣をもち、木の幹から幹へ飛び移っている。
「ハッ!」
そして、枝を蹴りこちらに向かって反転、そのまま飛びかかってくる。
彼を迎撃するために、足をとめ、全力で俺の相棒である銀閃を振る。しかし、彼はその動きを読んでいたかのように空中で体をひねり、懐に入ってくる。
慌てずに、銀閃の柄を下から救い上げるように振るう。
懐に飛び込んでくるヴォルグに対するカウンターだ。
彼はそれを短剣で受け止め、そのまま後ろに飛ぶ、必中のカウンターの衝撃を完全に流された。
そして、そのまま距離を取られ、影を見失う。
俺は目つぶり全神経を集中する。
ここは森の中。遮蔽物はいくらでもある。
葉が揺れた音がした。そちらに意識を向けると、なにもない、おそらく石か何かを投げたのだろう。
そうなると、意識を向けさせたい逆に、ヴォルグは居るはずだ。
そちらを向く、低い姿勢。地をはうようにヴォルグが忍び寄ってきた。
再びの迎撃。今度はヴォルグは銀閃を受け止め流し滑らせさらに距離を詰めてくる。
そしてその勢いのまま繰り出す二連撃目。それを銀閃の腹で受けた。
追撃が来る前に腹を蹴り飛ばし、追撃の連続突き。
短剣でさばくヴォルグ。そうして森に幾重にも剣戟の音が重なった。
◇
「ヴォルグ、ありがとう。おかげでだいぶ、体が動くようになってきた」
朝の鍛錬が終わり、水を飲みながら、俺はヴォルグに礼を言う。
「いえ、私自身もあなたのおかげで成長出来ています。まったく恐ろしい成長速度です。今日はかろうじて勝ちましたが、あなたと会った日の私であれば負けています。………おそらくそう遠くない未来、私はあなたに負けるでしょう」
ヴォルグが薄く微笑む。
俺はその言葉を否定しない。
そうなると、わかってしまうのだ。俺もヴォルグも。
「一日でもそうなる日がはやまるように頑張るよ」
「私はそうならないように、努力しますよ。やはり負けると悔しい」
ヴォルグと拳をぶつけあう。
この男からはたくさんのものを得た。彼は師匠であり、俺のライバルだ。
「そういえば、予定では今日はファルノが来る日だな」
「ようやくですね。今日、お嬢様がいらっしゃいます。やっと私の本業ができますよ。大工仕事ばかりで、自分が執事であるということを忘れそうになっていました」
やっと、屋敷完成してファルノが来る。
まあ、いろいろと問題も起きそうだが、楽しみではあった。
「お嬢様を任せるのは、私よりも強い人と昔は冗談で言っていたのですが、冗談じゃなくなってしまった」
「まだ、婚約だ。あとのことはわからないよ」
そう言って俺は苦笑する。
ファルノとの約束は一年間の間にファルノが俺を振り向かせたら結婚、そうでないなら婚約解消というものだ。
これからどうなるかは誰もわからない。
◇。
俺の村にフェルナンデの紋章が入った馬車が来るのはもはや日常となっていた。
それは屋敷の素材だったり、大工たちの生活用品の輸送だったり様々だ。
だが、屋敷が完成し大工たちはみんな帰りファルノと使用人たちだけになった今、その頻度は激減するだろう。
俺とティナは、ファルノを出迎える準備をしていた。相手が相手だけにいろいろと準備が必要だ。
予定ではそろそろ来る頃だが……。
そして、それは来た。
フェルナンデ辺境伯の紋章が刻まれた馬車が街道から現れて、俺たちの家の前でとまると、扉が勢い良く開かれた。
中から出てきたのはファルノだ。
「やっと、こちらに来ることができましたわ。お会いしとうございました、クルト様!」
勢い良くファルノが飛びついてくる。
そんなファルノを俺は受け止める。
「その、なんだ、はしたないぞ、ファルノ」
一応たしなめておこう。
嫁入り前の女性がすることじゃない。
「そんなこと言っても仕方ありませんわ、ずっと離れ離れでしたもの」
俺から離れてファルノが頬をふくらませる。
「……その、なんだ。これからよろしく」
俺は右手を差し出す。
すると、ファルノは俺の右手をつかんだ。
「こちらこそ、よろしくおねがいしますわ。クルト様!」
そう言った。
◇
ファルノと一緒に村を見まわる。
これから生活する村のことを知ってもらうためだ。最低限のことは知っておかないと住みづらいだろう。
雑談を交えながらの見回りで、ファルノは俺との会話を楽しんでいた。
一段落ついたので、大事な話を切り出す。
「実を言うと、ファルノのために、お菓子を作る準備をしてあるんだ」
俺は彼女を歓迎するのはお菓子しかないと思って特別なお菓子を用意していた。
「それは嬉しいですわ! さっそく、クルト様の家に」
「それもいいんだけど、一つお願いがある。できればなんだが、ファルノのためだけじゃなくて、俺の村の新しい仲間たちを祝うお菓子にしたい。ファルノの屋敷で、子どもたちも呼んで振る舞いたいんだ。ダメかな? 俺の家だとせますぎる」
女の子は特別が好きだ。新しい仲間を喜ぶよりも、自分だけを祝ってほしいだろう。
だが、あえて俺はそう言った。子どもたちを心配していたファルノならあるいは……と。
「そんなの……いいに決まっています。みんなで食べたほうが美味しいですわ! それにあの子たちのことずっと気になっていましたの。お菓子を食べながらお話ができれば素敵ですわ!」
「ありがとう。なら腕によりをかけて作ろう。新しく俺の村にきてくれた。ファルノや、子どもたちのために、俺たちの新しい未来を祝うお菓子を」
今回の主役はラズベリー。
ちょうど、季節が変わって赤い実をつけてくれた。
それを、子どもたちに収穫してもらった。
子どもたちも今から自分が育てるものを食べたほうがやる気もでるだろう。
腕によりをかけてお菓子を作ろう。




