第十四話:新たな仲間
「まったく、君には驚かされたよ。まさか、孤児たちを村に引き取るなんてね」
ついに出発のときがやってきた。俺の村に帰るのだ。
フェルナンデの屋敷の前でフェルナンデ辺境伯が見送ってくれている。
「申し訳ございません。せっかく移民の募集の手配をしてくださったのに、急に枠を減らしてほしいとわがままを言ってしまって」
孤児たちを受け入れたことで必要な人員数が減った。移民が多すぎても受け入れきれない。
土壇場で募集枠の変更はフェルナンデ辺境伯に迷惑をかけることになっていた。
「それはいいよ。聞けばうちのファルノのせいじゃないか。でも、君も変わっているね。私に任せていれば、ちゃんと農業経験があって、体力もある大人を招く事ができたのに。孤児たちを助けるために引き取るなんて。君は人格者でもあるようだ」
俺は笑って首を振る。
「ちゃんと理があって決めたことです。若いほうが吸収力が高い。それに彼らには絆があります。そこから生まれるチームワークは、多少の経験不足や体力を補ってあまりある」
ヨハンを中心にした二〇人の子どもたち。
彼らはきっちりと統率が取れている。ヨハンにまかせていれば、うまく指揮をとってくれるだろう。
移民を招く際の最大の問題は、いろんな出身地から人が集まるせいで統率がとれないし、やれ、誰が優遇されているだの、やれ、きつい仕事ばかり回される。いろいろな不満が出てくる。
それに、移民の大半は結局前の村が良かったと帰りたがったりすることも多い。それはどれだけいい暮らしをしてもだ。
その点、この子たちにはその心配はない。
「なるほど、そういうことか」
「それに、他の村の人達は幸せになれる場所がある。この子たちは他に居場所がない。どうせなら、居場所がない人に居場所を与えたいじゃないですか」
俺はけして、博愛主義者じゃない。
だが、利益との兼ね合いがとれる限りで、みんなを幸せにしたいとも思っている。
「クルト様、私、今回の一件で、クルト様に余計に惚れてしまいましたわ。一人の少女のために、あんな貴重な薬を使うなんて、それだけじゃなくて、子どもたちを一時的にではなく、その人生まるごと救ってしまう。さすがわ、私の未来の夫ですわ」
ファルノの目が恋する乙女のようで苦笑いするしかない。
これは予想外だ。まさか、俺の嘘を信じるとは。
ファルノは本当に、伝説の霊薬で孤児の少女を癒やしたと思っている。
フェルナンデ辺境伯は苦笑している。おそらく彼は、俺が魔法で癒やしたことまでは気付いていないが、なにかしらの手品であることは見破っているのだろう。
「クルトの兄貴、こっちの準備はいいぜ」
「おつかれ、ヨハン!」
子どもたちのリーダーであるヨハンが子どもたちを馬車にのせてくれた。
あれからいろいろな話をしている彼とは打ち解けた。ヨハンは子どもたちのリーダーを務めていただけあって、頭の回転が早く、いい意味で世間慣れしている。
頼りになる子だ。いずれは俺の右腕になってくれるかもしれない。
これであとは帰るだけだ。
「それでは、フェルナンデ辺境伯、ファルノ様、長い間お世話になりました」
「こちらこそ、君が居てくれて楽しかったよ」
「クルト様、私も来週にはそちらに行きますから! それと孤児院の件、責任をもってしっかり調べますわ!」
ファルノは孤児院の件がよほどショックだったらしく、子どもたちから徹底的に話を聞いて問題がありそうなところを調べることにしたらしい。
そして、子どもたちに薬を売らせていた連中のことも探ると言っていた。
彼女ならうまくやるだろう。
そうして、俺たちは自分たちの村に向かって出発した。
◇
長時間の馬車に揺られて懐かしの我が村についた。
馬車を降りると次々に子どもたちが駆け下りていく。
「クルトの兄貴、ここが今日から俺たちの村なんだな」
「そうだ、しっかりと働いてもらうから覚悟しろよ」
「もちろん、そのつもりだぜ。な、みんな」
ヨハンが子どもたちに問いかけると、みんなから勢い良く返事をしてくれる。
「おっ、坊っちゃん帰ってきたんだな」
そこにソルトがやってきた。俺の居ない間、この村を任せていた頼りになる大男だ。
「これはまた、大勢連れてきたな」
「ソルト、紹介する。この子たちが、この村の新しい移住者たちだ。この前に話した養蜂を専任でやってもらう」
「おう、わかったぜ。移民が来ることは聞いていたから、適当に住む場所は用意しておいたぜ。だが、足りるかな……こんな大人数が来るとは思ってなかったからな」
「なんとかするさ」
この村で受け入れる移民は五家族ほどを予定していた。
いつでも移民を増やすことは考えており掘っ建て小屋をご家族分用意してある。
「ヨハン、みんなを連れて来てくれ、君達を家に案内する」
「わかったぜ、クルトの兄貴」
そうして俺は、子どもたちを彼らの家に連れて行った。
◇
「ここに並んでいる、5つの家がおまえたちの家だ。どこにどう住むかは任せる」
そう言うなり子どもたちはわいわいと話し合い、あっという間に家の割り振りが決まった。
さすがに身を寄せあって生きてきただけあって、チームワークがいい。
「すごいよ、ヨハン、一人一つの毛布がある」
「天井に穴があいてないし、虫も湧いてない」
「ちゃんとかまどがあるよ」
「風が吹き込まないし、木が腐ってない」
すごく低次元の喜び方をしている。
よほど今までひどい環境に住んでいたのだろう。
「月に一度、食料を支給するから、それでやりくりすること。たくさん働けば、その分色はつけるからね」
俺の言葉に合わせるように、村人たちが食料を運んできた。
小麦に、各種野菜、それに干肉等。
他にも服など。最低限生きていくのに必要なものだ。
「ヨハン、一応確認するが、自炊はできるだろうな」
「おい、兄ちゃん出来なきゃ、とっくにくたばってるよ。俺たちは子供だけで生きてたんだぜ。一ヶ月でこんな量の食材、ほんとうにいいのか、こんなにもらって?」
ヨハンが一月分の食料を見てわなわなと震える。
「もちろん、いい気に決まってる。あと、腐りやすいものや、狩人が獲った肉は、その都度もってくるよ。あと、これは一月分だぞ、わかっているのか? なくなったからって泣きついても知らないぞ」
「わかってらい。これだけあれば、腹は減らないさ。ミル、料理番長はおまえだ、任せた、きっちり計算して献立を作れよ」
「わかってるよ、うん、こんなにあったら二ヶ月は持つよ!」
俺が怪我を治した女の子だ。
利発そうな子だから、それはきっちりと考えたうえでの発言だろう。
「じゃあ、明日から仕事を覚えてもらう。今日中に住処を整えて身体を休めること。ティナ、教育係はおまえだ。蜂の世話の仕方を教えられるな。まずはヨハンにしっかり教えて、その後はヨハンがみんなに教えられるようにしてくれ」
「わかりましたクルト様、ばっちり叩き込みます! この村の生活もちゃんと教えるので安心してください」
ティナが両手にぎゅっと力を込める。
俺は苦笑する。
この子どもたちを助けるとき、ティナはファルノよりも助けたいと強く願っていたぐらいだ。
同じ孤児という境遇もあるのだろう。
子どもたちとティナの労働力があれば、蜂が増えても大丈夫だ。
一気に蜂蜜の生産量があがる。
蜂が増えると、こんどはラズベリー園を増やすこともしないと。
仕事はたくさん。でも、それをこなせる人員がいる。
今後、ますますこの村は豊かになっていく。
子どもたちの笑顔を見ると。
そんな確信が出来た。これからも頑張っていこう