第十三話:奇跡と対価
俺達は慌てて飛び出していった少年を追いかけてきた。
「これは、ひどい」
一人の十歳ぐらいの女の子が全身あざだらけで血を流しながら倒れていた。
おそらく、複数人にめった打ちにされたのだろう。
その周りには数人の子どもたちが集まって声をかけている。
さきほど、ファルノの財布をすった少年も居た。
「おい、起きろよミル! ミルってば!」
あざだらけの少女を少年が必死に揺する。
俺は彼の背後に近づき、揺らすのをやめさせる。
「何をするんだよ、おっさん!」
「誰がおっさんだ! 俺はまだ十五歳だ!」
「おっさんじゃん!」
まだ十歳ぐらいの子供にはそう見えてもしかないか。
「そんなことはどうでもいい。殴られて頭を打ってるかもしれない。揺するな、悪化するぞ」
有無を言わせない俺の口調に少年は言葉を失い後退る。
「そっ、そんな、おい、あんた、医者なのか」
「医者じゃないけど、その心得はあるよ」
医学書をかなり読み込んでいるし、開拓村では医者が居なかったため、代わりに俺が治療しかなりの経験を積んでいる。
「お願いだ、ミルを、ミルを助けてやってくれ」
「そのつもりだよ。だから、こうして見てる。子供が死ぬのは後味がわるいんだ」
俺は少女の上体を起こしつつ、診察を続ける。
はっきり言って最悪だ。
肋骨は折れて肺に突き刺さっている。さらに全身のいたるところが骨折しており、内臓の出血もみられる。
「おい、どうなんだ、治せるのか」
「普通の方法なら、手遅れだ」
応急処置をしながら俺は答える。どんな名医もここまでひどい状況になったら治せない。死を待つばかりだろう。
俺の言葉を聞いて少年の顔は青ざめた。
「なんでだよ、なんで、ミルが死なないといけないんだ」
「それはおまえが一番知っているんじゃないか」
俺は少年の慟哭に対して聞き返す。
「……何を言って」
「身から出たサビではないかと聞いているんだ」
「そっ、それは、でも俺たちが生きるためには」
一通りの応急措置、普通の医療の知識があるものとして最善を尽くした。
ここから先は魔法でも使わないとどうしようもない。
「一応、俺が出来ることはやったよ」
「そのことはお礼をいう、ミルの顔色が多少良くなった」
「礼を言うことはない。俺は助けたわけじゃない。ましな状態にしただけだ。放っておけば死ぬ」
悲しいがこれが限界だ。
「それでも、ありがとう。少しでも、こいつのためにあんたが頑張ってくれたことが嬉しい」
少年は拳を握りしめた。
「なあ、あんた」
少年は、すがるような瞳で俺を見る。
「さっきは、普通の方法じゃ治せないって言ったな。普通じゃない方法があるんじゃないか?」
ほう、俺が言った言葉をあの状況の中でよく覚えていた。
確かに、俺には少女を癒やす方法がある。
「確かに、俺ならできる」
「なら、助けてやってくれ。なんでもする、俺に出来ることならなんでもだ。ただ働きをしろって言うならする。金が欲しいなら、時間がかかるが、欲しいだけ集める、だから、ミルを助けてやってくれ」
そう言って、土下座した。
他の少年、少女たちも合わせて頭を下げる。
俺はため息をする。
俺は甘い。ここで彼らを見捨てるだけの心の強さがない。
「助けるための判断をする前に、一つ聞いていいか。どうして彼女はこんなことになった」
まず、そこを問いかける。
「ミルは……いや、俺達はとある、知り合いの依頼で薬を売ってる」
「麻薬か?」
「ああ、そうだ。ミルは薬を持ち運んでるカバンをなくしてる。たぶんだけど、薬を買う金がなくなった中毒者に襲われて、無理やり薬を奪われた。抵抗したせいでああなった。薬が奪われたら、あの人達に殺されるから必死に抵抗したんだと思う」
「おまえは、スリで、この少女は薬の売人か……。いったいなぜ?」
無意味な質問だとわかっていて俺は問いかける。
そんなものは決まっている。
「生きるためだよ。俺たちは全員孤児なんだ。俺は、身寄りのない連中を集めて、仕事をもらって、こうして生きてるんだ」
やっぱりそうか。
スリや薬の売人。おそらく、この子どもたちを利用している大人が後ろに居る。
「そんな、ありえないですわ。この街にはちゃんとした孤児院が。こんなことをしないといけない子どもたちなんて」
ファルノが口を挟んできた。
「そんなもん、信じられねえ、あんなところに居たら殺される……俺たちの中にはあそこから逃げてきた連中も多いんだよ! 飯も食えない、殴られる、もっとひどいことだって」
「でも、こんな生活をするよりましなはずですわ」
「こっちの生活のがマシだから逃げだして、孤児院に戻らないんだよ!」
ファルノの言葉を遮るようにして、少年は叫んだ。
いつの時代もこういったことはある。補助金目当てで孤児院を開き、子供に重労働を課したり、玩具にしたりする。
ある意味定番だ。
「ファルノ、現実だ。受け入れろ。信じられないなら、あとでこの子たちから、彼らが居た孤児院を聞いて、あとで密偵を出せ。それで全てがはっきりする」
それが一番だろう。
そのあとどうするかはファルノの勝手だ。
「ええ、そうしますわ。私は真実が知りたいのです」
俺は一つの決断を迫られている。
みんなが幸せになるほうほうがあるのだ。
「おまえに問う」
「おまえじゃない。ヨハンだ」
「わかった。ヨハン、おまえは、子どもたちのリーダーでいいか?」
「ああ、全員俺の言うことを聞く」
「おまえらは全員、スリや薬の売り買いをしているんだな」
「そのとおりだよ。それしか生きる術がない」
後ろめたいと思いながら少年は頷いた。
なら、更生の余地はある。
「ファルノ、一つ聞いていいか? 俺は、開拓村の人員の募集をこの街でする予定だった」
「もしかしてクルト様!?」
ファルノが驚きで目を見開く。
「この子たちを俺の村に連れて行っていいか? そのことをフェルナンデ辺境伯は許してくれるか?」
移民をする際にはある程度の手続きが居る。
身寄りのない子どもたちの移民をどうしていいのか正直わからない。
俺の村に引き取るのは責任をとるためだ。
たとえ、この場で怪我を治したとしてもいずれ彼らは命を失う。
一度手を差し伸べたなら最後まで面倒をみないといけない。
「……それは難しい。いえ、私が父に認めさせますわ」
「そうか、なら安心した」
今の言葉で、法の問題は解決した。そして、ファルノの意志も。
なら、あとは俺がどうしたいか。そして、こいつらがどうしたいかだ。
「ヨハン、この少女を助ける条件は、おまえがリーダーになって集めている子どもたち全員が、俺が治めている村に移住し、そこで労働することだ」
子どもたちが全員息を飲む。
彼らにとっては、俺が奴隷商人に見えているだろう。
「そこで、無理やり働かされるのか」
「働かせはする。だが、酷使するつもりはないよ。今、村に居る人と同じぐらいの仕事はしてもらうし、同じぐらいの食事は振る舞う。貧乏な村だが、食うには困らせない。今よりましな生活は約束する」
「嘘だろ、子供なんて壊してもいい、部品ぐらいにしか思ってないんだ。きっと、死ぬまでこき使われて……なあ、俺だけで許してくれないか、俺はどんな仕事だって耐えるし、何人分だってちゃんと働く。だから、ミルを助けてくれ、こいつらはかんべんしてくれ」
すでに土下座していたヨハンは、さらに低く、地面に額をつけるぐらいに土下座をする。
俺は少しこの少年に好感をもった。
仲間のためにここまでできる人間は少ない。小さいが、いい男だ。
「駄目だ。全員だ。そもそも、リーダーのおまえが抜けて、うまくこいつらは生きていけるのか? こんな生活を続けて、ミルみたいな子供がまたでるぞ。なら、新しい生活をはじめたほうがよくないか」
俺の問いかけに、ヨハンは迷う。
今の生活のままで良い訳がない。それぐらいは彼も気づいている。
「ヨハン、俺も行くよ。一人でなんて行かせない」
「私も行く。どんな地獄だってヨハンと一緒なら」
「僕だって、怖いけど、みんな一緒だよ」
子どもたちが変なテンションで騒いでいる。
そんな彼らを見てヨハンの覚悟は決まったようだ。
「わかった、おまえら、みんなで地獄に行こう!」
「うん」
「はい!」
「おお」
わいわいと盛り上がる子どもたち。
そんな彼らを見てすごく怒っている人が一人いる。
そう、それは俺の後ろに。
「なんて、言い方するんですか! クルト様はそんな人じゃないです! クルト様は絶対に嘘なんてつきません! ちゃんと、みんな幸せにしてくれます!」
怒ったのはティナだ。
もふもふの尻尾の毛を逆立て、怒鳴る。
「あんたに俺達の気持ちなんて、わからない」
「そうだ、そうだ」
「そんな綺麗な服を着といて!」
子どもたちはこれ幸いと反撃する。きっとティナがお嬢さまか何かに見えているのだ。
「わかります! だって、私も孤児だったから! クルト様は、私を拾って、幸せにしてくれました! そんなクルト様を悪くいうなんて、許せません」
「それは、姉ちゃんが綺麗だから」
「そうだよ。愛人てやつだよ」
「体目当てだ」
最近の子供たちは妙にませているようだ。
「そんなことはありません! だってクルト様、えっちなこと、全然してくれないですもん! キスだってしてくれません! それなのに私を大事にしてくれて、だから、クルト様は優しい人です!」
ティナが全力で叫ぶ。
そして、叫んでからかぁっと顔を真っ赤にした。
まったく、ドジだ。でもそんなティナが愛らしい。
「ティナの言うことはともかく、俺の村は純粋に人手が足りないんだ。熱心に働いてくれる人は大歓迎だし成果にたいして報酬も出す。だから、それを踏まえて決めてくれ」
「……答えはさっき言ったよ。俺たちは行く。でも、いやいやじゃない。今のねーちゃんの言葉で、ミルのことがなくても行きたくなった」
答えはそれで十分だ。
俺は深呼吸をする。
そして、バッグの中から一粒の黒い塊を取り出す。
「兄ちゃん、それは」
「これは、どんな病気も、怪我も一瞬で治してしまう伝説の薬だ」
「そんなものあるわけないじゃん」
「あるんだよ。今から、ミルに使う。みてれば本物だとわかるよ」
俺は真面目な表情を作り、震える手でミルの口元に黒い塊をもっていく。
「兄ちゃん、手が震えてるぞ」
「まあね、正直。かなり躊躇している。これは伝説の薬だ。たぶん二度と手に入らない。誰でも一瞬で怪我や病気を治せる薬なんだ。その価値ははかりしれない。普通に売れば一生遊んで暮らせる金になるんだ」
この場に居る全員が息を呑んだ。
まあ、そんなものが本当にあれば一生遊んで暮らせるだろう。
実際は真っ赤なウソだ。これはただの黒砂糖の塊。
俺のヒールを人に知られるわけにはいかない。特にファルノが居る前では。
だから、こうして芝居をうってる。
「俺達のために、そんな貴重な薬を」
「それぐらいするさ。俺の村の新しい仲間になるんだからな」
「あんた、いい人なんだな」
子どもたちが泣いている。
まあ、いい機会だ。恩を感じてもらおう。
ミルの口に黒い塊を入れる。それとどうじにヒールをかけた。
ミルの傷を癒やしていく。もちろん、魔力持ちにはしない。
少女がゆっくりと目を覚ます。
「あれ、わたし、たくさん、殴られて、死んじゃって」
少女が体を起こす。
すると、ヨハンが涙を浮かべて飛びかかった。
「ミル、良かった、死ななくて、良かった」
そして彼女を抱きしめて、わんわんと泣き始めた。
他の子どもたちも釣られて泣き始める。
彼らは俺の村の仲間になる。
彼らの絆はきっと、俺の村の発展のために役立つだろう。