第十二話:ファルノとのデートとエクラバの闇
婚約パーティが大盛況のうちに終わり、その後はフェルナンデの屋敷でゆっくりと休ませてもらった。
夕食の場では、フェルナンデ辺境伯に頼み、アルノルト領への移民の募集をかけさせてもらう手はずになった。
おそらく一ヶ月もしないうちに人が集まるだろう。
これでアルノルト領はより、大きく発展していく。
フェルナンデ辺境伯、ファルノと話し彼女が俺の領地に来るのは一週間後になった。それまでには今俺の村で作っている屋敷も完成する見込みだとファルノが嬉しそうに言っていた。
きっと今でもヴォルグが頑張って指揮をとり、屋敷を作っているのだろう。
「クルト様、デートなのですからもっと楽しげにしてくださいな」
「申し訳ございません。ファルノ様」
これからまた一週間会えないということもあり、ファルノとエクラバの街に出かけていた。
「本当に、私がついてきてよかったのですか? クルト様、ファルノ様?」
俺の後ろを歩くティナが申し訳なさそうに問いかける。
「私がいいと言ったのよ。クルト様は、あなたを置いていくと楽しめないもの。一緒に居てもらったほうがいいですわ」
はじめはティナは留守番の予定だった。
だが、ファルノがついてくるように言ったのだ。
彼女の弁では正々堂々、俺を寝取るらしく、姑息な手段は使わないらしい。
なんて男らしい発想だ。
「ファルノ様、あなたをエスコートしたいのですが、残念ながらこの街の土地勘がなく。どこにファルノ様を連れて行けば喜んでもらえるかわかりません」
「任せてください、クルト様、ここは私の庭のようなもの、素敵な場所に案内いたしますわ」
ファルノが俺の手を取り先導する。
随分と頼もしい。
「それとクルト様、その話し方はやめてくださいませ。あなたは私の夫になる人です。そして、それが公に認められました。これからは、ティナさんに話しかけるみたいにしてください」
まだ、形だけの婚約で本当に結婚するかは決まっていないが、ファルのはわかっていて、そう表現したのだろう。
「ですが、身分が」
「私は辺境伯の娘である以前に、あなたの婚約者ですわ。だから、あなたのほうが偉いのです」
「………わかった。話しやすいようにさせてもらおう」
そう言うと、ファルノがにんまり笑った。
「ええ、その話し方のほうがあなたは魅力的に見えますもの。是非そうしてくださいな。さあ、向こうにお気に入りの芝居小屋がありますの、今回の演目は、伝説の英雄のパーティ、【魔剣の尻尾】を描いた物語、楽しみですわ」
「それは面白そうだ」
ファルノが浮かれている。
まあ、いいだろう。これで喜んでもらえるなら安いものだ。
そんなことを考えいてると、ファルノが小柄な男の子とぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
ファルノはよろめき、そして男の子を心配そうに見たあと口を開く。
「気になさらないでください。怪我はないですか?」
「……なんともないよ。俺は行くんで」
男の子は短く謝って消えていく。
「ファルノ、大丈夫か」
「ええ、私は大丈夫。少し浮かれすぎましたわ」
ファルノは恥ずかしそうにはにかむ。
「浮かれるのはいいけど、前には気をつけないとね」
「そうですわね………あっ」
ファルノが顔を青くする。
「なにかあったのか?」
「たぶんですが、今の子はスリですわ。財布をとられてしまいました」
「そうだったのか」
ぶつかったあと、やけにそそくさと離れていったと思ったがそういうわけか。
あの一瞬で財布をすったとしたらかなりのてだれだ。間違いなく常習犯だろう。
「ティナ、ファルノを頼む、俺はあの子を追いかけてみるよ」
「わかりました。ファルノ様を任せてください」
魔力を使えるティナがついているなら、安心できる。
「クルト様、お願いしますわ。お金自体はいいのですが、あのお財布はお父様からもらった大事なもの」
「わかった、行って来るよ」
俺は急いで男の子の駆け抜けていったほうを目指す。俺は記憶力には自身がある。
おそらく見つけられるだろう。
◇
全力疾走をして、なんとか、さきほどファルノにぶつかった男の子をみつけた。
俺に気づいた少年は必死に逃げようとするが、人気のない路地裏に入ったところで、あっさり捕まった。
「離せ、離せよ」
「さっきとった財布を返してくれたら離すよ」
「んなもん、しらねえよ」
あくまでしらを切るつもりだ。
苦笑してから、彼のポケットをさぐりファルノが使っていた財布を見つけ出すことができた。
「これは俺の連れのものだ。返してもらう」
「あっ」
ものが出てきては反論できないと思ったのか少年は顔を伏せる。
「クルト様!」
そんなところにティナが来た。
後ろにはファルノが居る。
「ティナ、どうしてここに?」
「ファルノ様に追いかけてくれって頼まれて……クルト様の匂いをたどってきました」
ティナは嗅覚がするどい。よく知っている俺の匂いならかなり遠くからでも追えるのだろう。
「なら、しょうがないな。ファルノ、財布を取り戻したよ」
少年を解放してファルノのもとに向かい財布を手渡す。
「ありがとうございます。クルト様、大事な財布、取り返してくれて」
ファルノが財布をぎゅっと抱きしめる。
そんな俺たちを少年は憎々しげな目で見ている。
「俺を、自警団に突き出さないのか」
「そういう、トラブル事はゴメンだ。好きに逃げてくれ」
抵抗する彼を無理やり引きずっていくのも、事情聴取などで時間をとられるのも避けたい。
「そうかい、じゃあ、ここらで俺は」
そう少年が言いかけたとき、何人かの少年、少女が現れた。
「おい、ヨハン! ミルが、ミルがやられた、ひどい怪我だ、すぐ来てくれ!」
「血だらけで、このままじゃ死んじゃう!」
「怖い人に、たくさん殴られて、アレを取られちゃったの!」
少年、少女に次々に話しかけられている少年は顔を真っ青にする。
「ミルが!? くそっ、すぐに行く!」
そして迎えに来た少年たちと駆け出していった。
だいたい、この子たちの風貌や、行動からこの子たちがどんな存在で何をしているかはわかる。
孤児たちの集まりで、食い扶持を稼ぐためにスリなどの犯罪に手を染めており、そのせいで仲間の一人がひどい目にあった。
自業自得、助ける義理はない。
しかし……。
「クルト様」
ファルノがまっすぐに俺を見ている。
おそらく、彼らを追いかけ、ミルという子を助けて欲しいと思っているのだろう。
俺は苦笑する。
「はっきり言って嫌な予感しかしないんだが」
「それでもです。私の街で何が起きてるのか知る必要がありますの」
決意の込められた眼差し。
何を言っても無駄だろう。
「わかった。追いかける。ティナ!」
「クルト様、大丈夫です。匂いは覚えました」
俺だけなら、楽に追いつけるがファルノが居る。ここはティナに匂いを覚えてもらって確実に追いかけよう。
戦えないファルノを連れていくことは気が進まないが、俺とティナが居れば大丈夫だろう。