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第十一話:心を写すクロカンブッシュ

 そして、ついに婚約発表の日が来た。

 フェルナンデ辺境伯の屋敷の庭で盛大にパーティを行う。

 ファルノが戻ってくるのはぎりぎりで、直接パーティの場に顔をだすらしい。


 フェルナンデ辺境伯から、パーティでは壇上にあがり、自己紹介をしてくれと言われた俺は、どうせならと菓子を一つ作らせてくれと頼んだ。そちらのほうが俺という人間がどんな人間が伝わると考えたからだ。だからこそ、昨日のうちにとあるお菓子を作って置いた。


 六時間かけて作り上げた超大作。

 パーティにはぴったりのお菓子。きっとみんな驚いてくれるだろう。


「クルト様、すごくお似合いですよ!」

「ありがとう、少し照れるよ」


 俺とティナは貸し出されている部屋に居た。

 俺の格好は上等なタキシードだ。

 一応、アルノルトが所有している中では一番仕立てのいい礼服を持っていたが、フェルナンデ辺境伯のパーティには服の格が足りなかったらしい。


 フェルナンデ辺境伯が、俺のために服を用意してくれたものを着ている。

 話を聞いてみると、若き日にフェルナンデ辺境伯が着ていた服を、使用人たちが仕立て直したものらしい。

 彼はこんなことは普通ならしないらしく、特別な意味があると使用人が話していた。


「服に着られていないといいけどね。ここまでいい服だと少し気恥ずかしいよ」

「全然そんなことないです! 完璧に着こなしていますよ!」


 ティナの言葉はお世辞ではないと、彼女の興奮した様子を見れば伝わってくる。

 そういうティナのほうも、フェルナンデの使用人服を着ていた。

 どこかメイド服のようで、ティナの可愛らしさを引き出している。


「ティナも可愛いよ。その服をもらえるように頼んでみようか」

「そんな、恐れ多いです」

「言えば、ぽんっとくれそうだな。あの人なら」


 ダメ元で聞いてみよう。

 可愛いティナを今後も楽しむためだ。


 ◇


 パーティが始まるので会場に来る。

 すると凄まじく豪華な顔ぶれが居た。


 候爵、伯爵といった大物が何人も普通にいる。

 本来なら、話しかけるどころか、同じパーティにでることすら憚れる。


 当然彼らには、年頃の息子も居て、ファルノを息子の妻に迎えて、フェルナンデ辺境伯とのつながりを強くしたいと考えているだろう。

 この中の誰が、俺を殺そうとしたとしても驚かない。

 それほどまでに俺とファルノの婚約は異常なことだ。


「クルト様、よくお越し下さりました!」


 ファルノが使用人を引き連れて現れた。

 その周囲には、貴族の息子や娘の取り巻きができている。


 だが、彼らはファルノに話しかけない。

 目下のものが自分から目上のものに話しかけるのは、こういったパーティではご法度だ。

 みんな、ファルノに話しかけられるのを待っている。


「いえ、こちらこそ。厚かましくおじゃまになってしまって申し訳ない」

「そんなことぜんぜんないですわ! お父様ったらひどいんですよ! クルト様が作ってくださった薔薇のクッキー。公爵様に送る分以外全部食べてしまいましたの。私の分をとっておいてくれなかったのです! そのくせにどれだけ素晴らしいお菓子だったって自慢して! ひどいとは思いませんか!?」


 頬を膨らませてファルノが怒る。

 そんな彼女を見て俺は苦笑する。


「私のお菓子を楽しみにしてくれていたんですね。なら、帰る前にもう一度作りますよ。まだ材料はありますから」


 そう言うと、ファルノは、嬉しそうに微笑んでから恥ずかしそうにした。


「そっ、そのすごく嬉しいのですが、私、催促したわけではありませんからね。そんなはしたない女ではないのですよ?」

「ええ、わかってます。私があなたのために作りたいのです。素敵な女性のためにお菓子を作る。お菓子職人としてこれ以上の喜びはありませんよ」


 ファルノがこんどこそ顔を真っ赤にした。

 ファルノを取り巻く貴族の男は、俺を睨みつけ、貴族の女たちは、このやりとりに顔を赤らめてきゃあきゃあとはしゃいだ。

 少し疲れる。こういう場の空気にはなれない。


 ◇


 ひとしきり話した後、俺とファルノは二人で挨拶まわりを行う。

 有力者たちにはきっちりと挨拶をしないといけない。


 誰に話しかけるべきかはファルノに任せてある。もとより俺は准男爵の息子でしかない。この中に自分から話しかけていい人間はそうそう居ない。


 俺と話す貴族たちの特徴は三パターンに別れる。一つはファルノに媚を売るために俺を褒めるもの。二つは、それとなく嫌味を言うもの。三つは、槍の名手として有名を馳せたアルノルトの末裔であることに驚き興味をもつもの。

 どれも予想通りの反応だ。


 一段落つき、やっと周りを見る余裕が出来た。

 このパーティは、フェルナンデ辺境伯の主催だけあって豪華なパーティだ。

 俺の領地でやるものとは比べ物にならない。

 旨い料理と旨い酒、それらは舌が肥えた貴族たちをも唸らせて次々に消えていく。


 パーティも終盤になるころ、ようやく主催者であるフェルナンデ辺境伯が顔を出した。


「今日は我が娘、ファルノの婚約パーティに出席いただき感謝する。皆様方に喜んでいただくために、全力を注いだこのパーティ。楽しんでいただけているかな?」


 さすがに、相手は貴族だ。ここで掛け声などあげはしない。

 だが、にこやかな表情が、フェルナンデ辺境伯の主催したパーティが良いパーティだと語っている。


「楽しんでいただけているようで何よりだ。そろそろ、このパーティの主賓を紹介しよう。壇上に来てくれないか、クルトくん、ファルノ」


 俺とファルノは二人でフェルナンデ辺境伯のもとに向かう。

 進行ルートに居た人だかりがぱっと別れる。


「まず、私から紹介させてもらおう。彼はアルノルト准男爵の次代当主であるクルト・アルノルトくんだ」


 一斉に俺のもとに視線が集まる。


「クルトくんは非常に優秀な若者で、この年で一つの開拓村を作り上げた。それだけではない。クルトくんは歴代で最強のアルノルトだ」


 最強のアルノルト。

 それは、最強の槍使いを意味する。魔力を使わない槍のみの腕を褒め称える言葉。


「そして、類まれなる魔力を持つ。アルノルトでありながら、強力な魔力をもっているのだ」


 周りの俺を見る目が一気に変わった。

 特定の武器を使えれば人間離れをし、さらに魔力を使える。その価値は計り知れない。それならばと、辺境伯が娘を嫁がせても不思議ではないとほとんどのものが納得し始めた。


「優秀な領主であり、槍のアルノルトで魔力持ち。これが今までの私の説明だが、クルトくんにはさらにもうひとつの魅力がある。いや、違うな。それこそがクルトくんの最大の魅力だ」


 どよめきが貴族たちから漏れ始めた。

 まだ何かあるのか? 驚き、恐れ、そして期待が集まる。

 そして、場を限界まで温め、ハードルをあげるだけあげたフェルナンデ辺境伯は俺の方を見る。

 ここから、自分で挨拶をしろと言っているのだ。

 めちゃくちゃだ。

 だが、やるしかないだろう。


「ご紹介に預かりました。クルト・アルノルトです。この度は私とファルノ様の婚約祝いに集まっていただきありがとうございます」


 まずは礼を。


「フェルナンデ辺境伯が言いかけた私の最大の魅力について語りましょう。それは、お菓子作りの腕です」


 そういった瞬間、貴族たちの期待が落胆に変わる。

 こいつは何を言っているんだと、疑いの目で見てくる。

 フェルナンデ辺境伯は、にやにやと笑ったままだ。まったく人が悪い。


「言葉よりも、お菓子で。それが私の信念です。だからこそ、お菓子で自己紹介をさせていただきましょう。これが、今日という日のために私が作り上げたお菓子です」


 そう告げると、フェルナンデの使用人たちが、机を押してやってきた。

 机の上には大きなツリーが出来あがっている。

 そう、ツリーだ。固めに焼いたさっくりとした皮のプチシュークリームを飴でくっつけて作り上げた、俺の身長よりも巨大なツリー。別名をクロカンブッシュと言う。


 地球では祝いごとで出される定番の一つ。

 観衆たちは、そのあまりにも巨大なお菓子に目を奪われる。プチシュークリームのツリーは壇上の前でとまる。


「驚かせてしまい、申し訳ございません。このようなお菓子ははじめてでしょう。そして、このお菓子はまだ完成しておりません。今から仕上げを」


 俺がそう言うと、ティナが鍋を持ってやってきた。

 そこには溶けた砂糖があった。

 それと専用の道具。


「見ていてください。金色の雪を降らせましょう」


 壇上から、俺は飴がけ用に作った器具を振り上げる。

 すると溶けた砂糖は金色の糸になり、プチシュークリームのタワーにふりそそぐ。

 それは、幾重にも重なり何本もの金色の糸が、プチシュークリームタワーを包み込む。いわゆる飴細工だ。


「きれい」


 それは誰かの呆然とした呟きだった。

 きらきらと重なる金色の糸は、プチシュークリームタワーを美しく華やかに色どった。


「これで、完成です。みなさま、私のお菓子を楽しみください。このお菓子こそが私の自己紹介ですから」


 それで俺の挨拶は終わりだ。

 何人かの貴族たちが、好奇心に耐えきれずにプチシュークリームタワーに近づいてきた。そして、その実を一つ摘み口に入れる。


「これはパンか、違う。もっとカリッとして、おおう、なかはふんわり、そして中にはたっぷりのクリームが……面白い、こんな食感ははじめてだ。ふわっとして、風のように軽いクリームが。これは、なんという爽やかさ、いくらでも食べられそうだ」


 彼が食べたのは、極限まで軽やかに仕上げたホイップクリームのシュークリーム。甘味づけは優しい甘みのハチミツ。爽やかさを求め、隠し味にレモンの果汁を気付かないぐらいにほんの少しだけ入れている。


「おおう、なんと濃厚な味。これはたまりませんな。卵の味がするクリーム、それに酒か、小さいのに、なんと絢爛な味だ」


 彼が食べたのは、旨みに旨みを重ねたカスタードクリームのシュークリーム。甘み付けはカスタードに負けない強さの黒糖。さらに丹念に作ったカスタードクリームにラム酒を混ぜ込んで旨みを増している。


「濃厚、何を言っている。この清々しい後味の爽やかなお菓子を食べておいて」

「そちらこそ何を言っている、これだけの奥深い旨みがある素晴らしいお菓子を、そのように表現するなど」

「「もしかして、二種類ある?」」


 二人は再び、別のシュークリームに手を付け始めた。

 一人が手をつけ始めると次々に人が集まってくる。

 二種類の味があると知ると両方とも食べようと、いくつもツリーからシュークリームをもっていく。


 黒薔薇と白薔薇と同じ発想の、濃厚なシュークレームとさわやかなシュークリームのコラボレーションで飽きさせない工夫。


 あれだけ大きかったタワーがあっという間に消えてしまった。

 当然全て、みんなの胃袋の中。

 上品なはずの貴族たちの口元には、クリームがついている。 

 みんな、お互いの顔をみて自分の口元を確かめて、微笑する。

 我を忘れるほどお菓子に夢中になってくれたようだ。


「さて、私のお菓子を楽しんでいただけましたか? これが私です。ありふれた材料でありながら、味わい深く、軽やかでありながら奥深い二面性。それが私という人間です」


 頭をさげる。

 すると、心地よい笑い声と拍手が響いた。

 喜んでもらえてなによりだ。

 目線でファルノに次は君の番だと伝える。


 すると、ファルのは一歩前に出た。

 ファルノは笑顔を浮かべているが、なぜか怖い。


「皆様、私の婚約者であるクルト様を気に入っていただけて光栄です。私も婚約者として鼻が高いですわ」


 声が笑っていない。


「クルト様は素敵な人です。父が言っていることは何一つ間違いありません。ですが、どうしても許せないことが一つあるのですわ」


 俺は冷や汗を流す。いったい何が彼女を怒らせた。


「私に、自慢のお菓子を食べさせてくれない! 今日のお菓子の前に、薔薇の素敵なクッキーを作ったのに、お父様にだけ食べさせて、今度は素敵なクリームのお菓子を作ったのに、皆様だけに食べさせて、なんてひどい人でしょう? みなさんもそう思いませんか?」


 そして、いたずらじみた笑顔を浮かべる。

 彼女が言い終わった瞬間、貴族たちが大笑いする。

 まったく、何をこいつは言い出すのか。

 ファルノと目があった。

 ファルノも声に出して笑う。それに釣られるように俺も大笑いした。

 ここまで、笑顔に包まれた婚約パーティは他にはないだろう。大成功のうちに婚約パーティは終了した。

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