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第九話:白薔薇と黒薔薇のクッキー

 さっそく調理を始める。

 最初に手をつけるのは、今届いたばかりのしぼりたての牛乳から水分を飛ばした生クリーム。


「クルト様、何をつくっているんですか?」


 ティナが興味津々と行った様子で俺の手元を覗き込んでいる.


「バターだよ。そういえば、バターを作るところは見せたことがなかったね」


 俺は金属製ボールに生クリームをいれて泡立て機でかき混ぜている。

 ティナに魔術で氷を作ってもらって、氷水につけながらだ。


 そうすると、脂肪分が固まってバターになる。

 クッキーを作るには塩をまったく使わない無塩バターがベストだ。塩が入っていると味が濁る。

 だが、塩を入れないので非常に腐りやすく、なかなか普段の生活では使えない贅沢品だ。

 しかも、無塩バターは鮮度の高いものほどうまいという特徴がある。


 朝しぼりたての牛乳を、この場でバターにする。最高のバターにならないはずがない。


「すごい、ほんとうに、白いぷかぷかができて、バターになっちゃった。魔法みたい」

「料理は魔法だよ。食べてみて、出来立てのバターは最高なんだ」


 作りたてのバターをスプーンですくって、ティナの口に持って行くと、ティナがぱくりと、スプーンをしゃぶった。

 ティナは幸せそうな顔を浮かべる。


「うわぁ、さらって口で溶けて、まろやかです」


 作りたてのバターは、軽やかで、それでいてしっかりとしたコクがある。これをパンに乗せて食べるだけでも最高の朝食になる。

 作ってから三十分以内のバターは別次元のうまさがある。


「バターが出来たし、クッキーの生地作りに入るよ」

「クルト様、今回はクッキーですよね。どうしてボウルを四つも?」

「薔薇の花を咲かせるためには、四種類の生地が必要なんだ」


 フェルナンデ辺境伯に用意してもらったアーモンドを粉にしたものに、薔薇を漬け込んだウイスキー、卵、バター、黒砂糖を入れた、焼きあがると黒くなる味わい深くしっとりとした生地……こちらは配合を変えて二種類。 


 さらに、小麦粉、薔薇を漬け込んだはちみつ、そして村から持ち込んだ胡桃油を練り込んだ、焼きあがると白色になる軽やかでさっくりとした生地。卵はあえて入れずに限界まで爽やかにする。……これも配合を変えて二種類。


 合計四種類の生地が出来上がる。


「白い生地と黒い生地の対比が面白いです」

「まだまだ、これからだよ」


 練り上げた生地を幾つかに分けて、それぞれ薄く伸ばす。

 白い生地も、黒い生地も、薄さが違う長方形の生地がいくつも出来た。


「ティナ、生地を全部凍らせて。ゆっくりとね」

「はい、クルト様」


 ティナの手によって生地が凍る。

 そして凍らせた生地をカットする。


「じゃあ、仕上げに入ろうか」


 薄い長方形の生地をいくつも、いくつも重ねていく。白の生地と黒の生地が幾重にも折り重なり円形になる。

 それをひときわ大きく白い生地でくるりと巻いて完成。


「クルト様、これなんですか」

「見てればわかるよ」


 俺は幾重にも層が重なり筒状になった生地を、等間隔にケーキナイフで縦に切った。そうしたものは丸いクッキーの形になる。


「これは、薔薇ですか」


 ティナが筒状の生地を切って出来上がったクッキーを見て驚いた声をあげる。


「そうだよ。薔薇だ」

「断面が薔薇の絵になってます! こんなことができるんですね。でも潰れてます。そこが少し残念です」

「大丈夫だよ。まだ、薔薇は咲いてない。焼いて初めて花が咲くんだ」


 切り分けたクッキーを敷き詰めてオーブンに入れる。

 そして焼いている間に同じようにして、また幾重にも生地を重ねて最後に、こんどは黒くて薄い生地に巻いた。


「さっきのは、白いキャンバスに黒い薔薇を描いてましたが、今回は黒いキャンバスに白い薔薇です! こっちも綺麗」


 そう、生地を分けて作ったのは伊達や酔狂じゃない。

 白と黒の生地を薄くしたものを積み重ねることで薔薇の絵を描くためだ。

 金太郎飴と同じ手法だ。長方形の具を積み重ねて丸めることで一枚の絵にする。こうするとどこを切っても同じ絵が浮かび上がるのだ。


「でも、なんで生地が四種類なんですか? 二つでも薔薇の絵は描けますよね」

「それじゃダメだ。このクッキーの美味しさはね、白い生地と黒い生地のハーモニーなんだ。白い薔薇を描くのと、黒い薔薇を描くのじゃ、黒と白の割合が変わる。どの材料をどれだけ混ぜるのか、その最適解が違う。だから、白い薔薇を使うときの生地と、黒い薔薇の生地を作るときの生地は同じ色でもちゃんと分けているんだよ」

「そこまでするんですね……」

「そこまでするから最高のお菓子になるんだ」


 俺は微笑む。

 お菓子は見た目も大事だが、味も大事だ。その両方を満たしてことのパティシエ。妥協は許されない。


「もうすぐ、焼きあがるね。さっきティナは薔薇が潰れてカッコ悪いって言ったよね」

「ごっ、ごめんなさい。その、綺麗ではあるんですが、やっぱり絵のようにはいかないって思いました」

「いいよ、その感想は正しい。だけどね。俺のクッキーには魔法が仕掛けられているんだ。焼き上がりを見れば、魔法がわかるよ」


 俺は竈からクッキーを取り出す。煙が噴きでて、バターの香りと薔薇の香りが広がる。


「クルト様、薔薇のいい香りがします」

「匂いは合格だね。次は見た目だ。さあ、このクッキーを見てくれ。もう、不格好なんて言わせないから」


 煙が晴れ、中から出てきたのは……。


「綺麗な薔薇の絵! こんがりキツネ色な背景に、黒いバラ! 全然潰れていないです! 一流の画家さんが描いた絵みたい!」


「クッキーは焼くと変形するんだ。焼いたときに生地がどう変化するのか、形と色の変化を予想して生地を作ったんだよ」


 それこそが俺の薔薇のクッキーの魔法。

 細工クッキーには必須の技能だ。


「どうして、焼いたあとのことまでわかるんですか?」

「積み上げた経験と、勘だね。見た目をすごく褒めてくれたけど、このクッキーは味にも自信があるんだ」


 ティナが目を輝かせて俺を見ている。

 全身で、クッキー食べたいって語っていた。


「ティナ、両方が焼き上がったら、お茶にしようか」

「そんな、こんなに美味しそうなのにお預けなんて……」


 本気でしょんぼりしてキツネ耳をペタンとしたティナを見て、俺は苦笑した。

 でも、待たせるだけの価値はあるお菓子だ。きっと彼女は喜んでくれる。


 ◇


 数分後、二種類の薔薇のクッキー、白薔薇のクッキーと黒薔薇のクッキーが完成した。

 ティナと二人で味見をする。

 俺の評価も、ティナの評価も大成功。

 あとは、このお菓子をフェルナンデ辺境伯が気に入ってくれるかだ。


 フェルナンデ辺境伯の使用人に公爵家に贈るお菓子の完成を伝えると、すぐに味見をしたいという連絡が来た。

 さあ、ここからが本当の勝負だ。

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