第七話:盗賊
馬車は軽快に目的地に向かって進む。
今のところ、問題は起きていない。
ただ、気になるのが目の前の男の動きだ。窓の外に向かって何か合図を送ったように思える。
このまま、何事もなければいいのだが。
「ヒヒヒィン!」
しかし、その考えは甘かったようだ。
馬が悲鳴を上げ馬車が揺れる。
「銀閃を渡せ!」
短く叫ぶが、俺の叫びを無視して、男は銀閃をもったまま馬車を飛び出した。
なるほど、これが狙いか。
「ティナは馬車の中で待っていてくれ」
「クルト様、どうかご無事で」
ティナは俺の手をぎゅっと握って俺の顔を見る。
一緒に外に出たいと顔にあったが、俺の邪魔になるということがわかっている彼女は、その言葉を飲み込んだ。
俺は彼女の頭をなでてから口を開く。
「ああ、行ってくるよ」
ティナを安心させるためにも早急に片付けよう。
◇
外に出ると、盗賊らしき一団に馬車が取り囲まれていた。
銀閃を抱えた男は盗賊たちのほうに向かってまっすぐ走っている。
「一番、わかりやすい罠のはめかただな」
俺は苦笑する。
はじめから、この男と盗賊はぐるだったのだ。
状況を確認する。馬を操っていた従者は矢を足に受けてうずくまり、馬は死んでいる。
盗賊たちのほとんどは弓装備しており、俺の姿を見た瞬間。弓を引き絞りはじめた。
「放て! やつは丸腰だ。いかにアルノルトと言えども、槍がなければただの人間だ」
銀閃を抱えた男が叫ぶ。
そうか、そこまで知っている相手か。
代々のアルノルトが、槍を構えていれば常人では発揮できない力をもっていることは一部では有名だ。
だが、盗賊ごときが知っている情報ではない。誰か、裏にいることは間違いないだろう。
盗賊たちが矢を放った。
雨のように降り注ぐ矢。
俺は上着の内側のポケット入れいていたケーキナイフを取り出し構える。だが、刃を包む保護布ははずさない。
人を幸せにする菓子を作るための道具を血に染めるわけにはいかない。
思考が加速する。力がみなぎる。
剣技能Ⅲが発揮されていた。そう、技能を発揮するだけで十分だ。
強化された反射神経と思考は矢の軌道を見定める。そして直撃するものだけを、ケーキナイフをもたない左手の手刀で弾く。
矢尻を避けて弾けば手は傷めない。
盗賊らしき男たちは呆然としている。
「嘘だ、槍がないなら、ただの一般人のはずじゃ!?」
「悪いな、俺は普通のアルノルトじゃない」
全力で踏み込む。その瞬間、轟音がなって地面が俺の足の形にえぐれた。ロケットのような勢いで俺は跳ぶ。
魔力による強化と技能を掛けあわせたことによる圧倒的な身体能力。これこそが俺の全力。ヴォルグとの特訓で得た力だ。
今の俺はかつての俺とは比べ物にならない力を持つ。
一人の盗賊に肉薄する。
左手の掌底で顎を打ち抜き、一瞬にして意識を刈り取る。
悲鳴をあげる暇すら与えない。
盗賊の一人が倒れるころになって、ようやく残りの盗賊たちが俺の動きに気がつく。
住んでいる時間軸が違う。彼らは俺の動きを認識すら出来ない。
盗賊たちの多いほうに突っ込む。間を駆け抜けながら次々と意識を刈り取る。顎や首筋を、掌底や手刀で狙い最小限の動きで無力化しているのだ。
「おい、聞いてないぞ。槍さえ失えば、ただの一般人だって」
「こんなの人間の動きじゃね」
「なんなんだよ、これは」
悲鳴が交じる。悲鳴ごと刈り取る。
そして、一分もしない間に二人を残して全滅させた。
残したのは、銀閃を抱えて逃げた男と、一人の盗賊だ。
「さて、話をきかせてもらおうか、そのために起きてもらっていたんだ」
俺は最後の一人になった盗賊に向かって凄む。
装備や盗賊たちの視線の動きでこいつが盗賊の頭領だとはわかっていた。
「てめえ、ふざけやがって」
「俺はふざけてなんていないさ」
激高して襲いかかってきた盗賊を転倒させ、地面に組み伏せ、両肩と股の関節を外し、完全に無力化する。
悲鳴をあげるが気にしない。会話ができさえすれば問題無いだろう。
「そして、おまえも逃げるな。盗賊の仲間なんだろう?」
俺はフェルナンデ辺境伯の使用人に微笑みかける。
「ちっ、違う」
「嘘をつくな」
「本当に、俺は関係ない、関係ないんだ。信じてくれ、信じてください」
涙目になって、両手を振って違うと強弁する。
だが、そんな嘘は通じない。
俺はフェルナンデ辺境伯の使用人の肩に手をかけ、無理やり肩の関節を外す。
「ぎゃっ、ぎゃあああああああああ」
豚のような悲鳴があたりに響き渡った。
「なあ、舐めているのか? そんな嘘が通じるわけがないだろう。おまえは、アルノルトの力を知っていた。知っていたから、俺と銀閃を引き離そうとした。銀閃がなければ、俺がただの人だと思ったからだ。あれだけわざとらしくされればバカでも気付く」
この男は強引で杜撰だった。
おそらく、田舎貴族の俺を舐めていたのだろう。
「それに、俺はおまえが銀閃を預かった後、外に合図したのも知っていたよ。あえて気付かないふりをした。その後に盗賊が来たんだ。これは偶然か?」
左肩も手にかける。
だが、一つ安心したことがある。この件にフェルナンデ辺境伯自身は関係していない。
俺の適性は槍ではなく剣であることはあの人も知らないが、俺が魔力持ちであることは知っている。魔力持ち相手にあの程度の戦力で挑むことはありえない。
今回の襲撃は、槍の技能だけをもっている人間を相手にする前提のものだった。故に、フェルナンデ辺境伯は白だろう。
あの人に裏切られたら、俺は人間不信になっていた。
「ひっ、ひっ、ちっ、ちがう、ちが」
「何が違うんだ?」
俺は有無を言わせない口調で静かに問いかける。
「本当に、俺は、違うんだ。関係ない、関係ないんだ」
「なら、確認しよう」
俺は盗賊のほうに歩いて行く。
ケーキナイフを上着に戻し、そのへんに落ちていた樹の枝を拾い、折って尖端をとがらせる。
「そこの盗賊、この男はおまえらの仲間、もしくは協力者で合っているか。嘘をついていれば目を抉る」
盗賊は失禁する。
抵抗したくても、両手両足が動かずになすがままにされていた。
「はっ、はい、そうです。その男が槍を奪ったら、あなたを襲う手はずになっていました。槍さえなければ、ただの人間だって、聞いていて、金になるから襲いました。その男は協力者です」
「うっ、嘘だ、そんなのデタラメだ!」
フェルナンデ辺境伯の使者が騒ぎ立てる。
「と、あの男は言っているが嘘なのか? なら今から目を抉る」
「本当です。俺たちは、金をもらって……」
盗賊は信じてくれと連呼する。
まあ、そうだろうな。本当かどうかは目を見ればわかる。
「だっ、そうだ。この男の必死さを見れば、嘘じゃないことはわかる。だが、おまえはどうだ。まだ嘘をつくようなら、地獄を見てもらうしかない。ここで本当のことを話せば、命は助けてやる」
樹の枝をちらつかせると、男はぽつりぽつりと真実を語り始めた。
◇
それから盗賊たちのリーダーと、盗賊に協力した使用人を縄で縛ってから荷台に乗せてフェルナンデ辺境伯の居るエクラバに向かって出発した。
この二人が居れば必要な情報は得られる。残りの盗賊は邪魔なので木にくくりつけてある。彼らをどうするかは、フェルナンデ辺境伯に任せるつもりだ。
怪我を負った従者は無関係の被害者なので、その場で可能な限り治療しティナと一緒に馬車の中で休んでもらっている。
馬は俺が走らせていた。
死んだ馬の代わりは盗賊の馬を拝借した。
盗賊の割にいい馬を持っている。ぜひ、このまま村に持ち帰りたいぐらいだ。
◇
従者の案内どおりに走り、フェルナンデ辺境伯の屋敷に辿り着いた。
俺たちがつくと、使用人たちが快く出迎えてくれる。
ただ、使用人が裏切ったこと、そして盗賊に襲われたことを伝えると慌てて、使用人たちが屋敷に駆け戻っていった。
しばらくして、使用人を引き連れたフェルナンデ辺境伯が現れる。
「よく来てくれた。クルトくん。……そしてこの度は迷惑をかけてしまい申し訳ない」
圧倒的に高い身分でありながら、フェルナンデ辺境伯は俺に向かって頭を下げた。この人は器が大きい。大貴族にありがちな傲慢さがない。
「顔をあげてください。フェルナンデ辺境伯も被害者です。従者を傷つけられ、馬を失ったのですから」
「私は今、盗賊に襲われたことと、ラッセが手引をしたことだけ聞いたのだが、事情を教えてほしい」
ラッセというのは裏切りものの使用人の名前だ。
「はい。私が聞き出した限りですと、ラッセという男は、とある貴族の使いと名乗るものに大金を掴まされ、私を暗殺しようとしたとのことです。どうやら、私がファルノ様と婚約することを快く思っていない貴族がいる様子」
「それは、由々しき事態だね。それにしてもよりにもよって、君に喧嘩を売るとは、命知らずな」
「アルノルトである私は槍さえなければ怖くない。槍を奪った上で盗賊に襲撃させれば殺せると、吹きこまれたのでしょう」
「なんと愚かな……君を襲おうとしたものも、金のためにそんな提案を受けたラッセも」
今回の件は貴族の嫉妬だ。
俺のような三流貴族の子供が、フェルナンデ辺境伯の後ろ盾を得ることも、美しいファルノを手に入れることも憎かったのだろう。
もしかしたら、その後釜に座ることを狙っていたかもしれない。
「私としては事を荒立てるつもりはありませんので、後のことはフェルナンデ辺境伯に任せます。盗賊のリーダーらしき男と、ラッセは生かしてありますのでご自由に」
それは、きっちり情報を引き出して落とし前をつけろという意味だ。
フェルナンデ辺境伯なら己の威信にかけて黒幕を見つけ出すだろう。
「もちろんだ。私に任せてくれ。きっちりと始末をつけよう」
此処から先は、彼らの領分。
俺が言うことはないだろう。
「クルトくん、この償いはきっちりとさせてもらう。私の使用人が君に迷惑をかけてしまったことには変わりない。君が帰るまでに用意をさせてもらおう」
「お心遣い感謝します」
ここで遠慮をするのは、フェルナンデ辺境伯の顔に泥を塗ることになるし、アルノルト家が謝罪を受け入れないという意思表示にもなりかねない。
俺は、おとなしくフェルナンデ辺境伯の好意に甘えることにした。




