第四話:ヨルグとの距離
ヴォルグたちが来て屋敷を建てはじめて数日たった。
今のところ、彼らの存在はアルノルト領にとってプラスになっている。
彼らの生活用品を運ぶために行商は活発になっているし、騒音などの迷惑料や、土地の代金として受け取っているお金のおかげで予算の問題で諦めていたことが始められる。
養蜂を行っているラズベリーの花畑で、弟であるヨルグのことを考えていた。
決闘の日のあと、ヨルグの見舞いに行ったが、傷が深く、意識を失っていて話をすることができなかった。
しばらく、間を置いて、ヨルグが意識を取り戻したころに、もう一度見舞いに行くと決めている。そろそろ大丈夫だろう。
いろいろとヨルグとは話したいことがある。
弟との間に出来た溝を少しでも埋めたい。それはヨルグのためでもあるし俺のためでもある。
俺たち兄弟に相応しいお菓子を作ってもっていこうと思う。
「クルト様のいったとおり、蜂の巣に白い液がたまっているところがあります」
「うん、うまくいってよかった。その液の中にあたらしい女王蜂になる幼虫が居るんだ」
今はティナと二人で蜂の巣箱の掃除をしながら、新たな作業をしていた。
蜂を増やすための作業だ。
蜂という生き物は、女王蜂しか卵を生まない。そして巣に一匹しか女王蜂は存在できない。だから、一つの巣では蜂が増えるペースにも、数にも限界がある。
逆に言えば、女王蜂を作って別の巣に移せば、その女王蜂を中心に新たな巣ができ、蜂の数を効率よく増やすことができる。
「でも、不思議ですね。意図的に女王蜂を産み出せるなんて」
「人間の知恵だね」
女王蜂と普通の蜂との違いは幼虫のときに食べてきた餌の違いだけだ。
ローヤルゼリーという、白い液体を与えられたものだけが大きく、強く、産卵能力を持つ女王蜂に成長する。
普通は、女王蜂候補として何匹かの幼虫にローヤルゼリーを与え、そのうちの一匹が無事女王蜂にまで成長すれば蜂たちは他の女王蜂候補の幼虫を殺してしまい、女王蜂が衰えるまでは新たな女王蜂を作ろうとしない。
だが、女王蜂を人為的に生ませることはできる。
巣の一部に細工することで、その中にいる幼虫にローヤルゼリーを運ばせることができるのだ。蜂たちは王台という特殊な形をした巣の一角にいる幼虫にローヤルゼリーを与える習性をもっている。なら、王台を作ってしまえばいい。
そして、それを食べれば女王蜂になってしまうほどの栄養を持つローヤルゼリーは、高級な薬にもできる。いずれ、採取して売り出したいと考えていた。
「ちゃんと、俺たちが仕込んだ王台の中の幼虫は女王蜂に成長しつつあるあるね。どこかで何匹かの働き蜂と雄蜂と一緒に別の巣に移そう。そしたらあとは勝手に卵を産んで蜂が増えるよ」
これでまた新たな蜂の巣ができる。
今は巣箱が十個しかないが、来年までに五十個にするのが目標だ。
巣箱などは、お金に余裕が出来たおかげで、材料を購入し少しずつ数を増やしている。
「クルト様、確かに蜂と巣を増やすことはできますが……世話が追いつかないですよ」
「それは考えてあるよ」
ティナの言うことはもっともだ。
もともと開拓村は開拓に手一杯で余剰人員がいない。
その上で、最近ニワトリを追加して世話に人をとられ人員不足が加速している。
そんななかで、蜂の世話を見れる人間なんて存在しない。
俺とティナの二人では今の十個の巣箱が精一杯だ。五十個なんて到底面倒が見きれないだろう。
「他の村から人を連れてくるんですか?」
「それもあるね、俺の村は一番新しい村だから開拓に忙しいけど、他の村だったら、子供が増えすぎているところもあるし、たぶん募集すれば集まるんじゃないかな。今回はできるだけ最低限にして、急ぎ他の手を打つけどね」
開拓した土地の一部は、領民たちに与えることにしているが、開拓のペースの問題や子供の数の問題で土地が継げない領民たちもいる。次男や、三男。そう言った人材のスカウトを行う。
そうすれば、他の村は余った人が居なくなり喜び、人出が足りない俺の村は喜ぶ。
だが、今回においてはなるべく避けたい手法ではある。
なにせ、五十箱での大規模な養蜂が成功すればほかの村でも同じことをさせるつもりだ。そのときになれば、今人が余っている村でも人員が必要になってしまう。
「他にも何かするつもりなんですか?」
「フェルナンデ辺境伯のところに公爵家に贈るお菓子を作りに行くんだけど、そのときに開拓村への移民の募集をしようかなって考えている。向こうは、俺達の領地よりもずっと安定しているし、領地の開拓も行き詰まっているから、人余りが激しいんだ。アルノルト領自体の人口をもっと増やしたいっていうのが本音だよ」
「それは素敵です! 今より領地が豊かになります!」
「そうだね。でも、実は結構厳しいんだ。来てくれるかどうかは別問題だし、人が増えた分稼ぎが増えないと話にならない。今より生活が豊かになると思ってもらえないと誰も来てくれない」
「アルノルトは貧乏で有名だから来てくれないかもしれないです」
ティナが心配そうにつぶやくので俺は苦笑する。
「今はね。たしかに今回はダメかもしれないけど、蜂蜜の商売がうまくいけば、すぐにそんなイメージを吹き飛ばせるさ。なにせ、ここのハチミツはフェルナンデ辺境伯も認めてくれる美味しさだから、商売を始めればあっという間に豊かな村にできるよ」
ハチミツはきっと、莫大な富をもたらしてくれるだろう。
まあ、そのための人員が足りないことが問題だが。
現実的には今回はダメ元で募集して、ダメなら他の村から人を借りて間に合わせ、小規模でも商売を初めてから、再度募集するという流れになるだろう。
そんなことを考えながら、蜂の増産のための作業を行っていく。
しばらくは新しい蜂を養うのに、どんどん溜め込んだ蜜を蜂たちが使うから、ハチミツはあまりとれない。だがこれは未来への投資だ。
来年、いまよりずっとずっとたくさんのハチミツがとるための。
◇
一仕事を終えた俺は台所に居た。
ヨルグのためのお菓子作りをするためだ。
思えば、あいつのためにお菓子を作るのは初めてだ。
そう思うと俺もおかしかったかもしれない。
一番近くに居たあいつのために、お菓子を作ってやる。それが兄としてやるべきことだった。
ちゃんと、あいつを見て、愛してやれば俺達の関係はきっともっと違ったものになっただろう。
過ぎたことはどうしようもない。だけど、未来を変えることはできる。
そのために俺は特別なお菓子を作り始めた。
ヨルグとの絆を紡ぎ直し、彼を新たな舞台に送り出すためのお菓子を。