第一話:ファルノの執事
ファルノの執事のキャラが、作品の雰囲気にあってなかったので修正しました
魔力持ちになった鶏が森へ消えていくのを見届けてから俺は家に戻る。
家につく直前、立ち止まってしまった。
「ティナと、あれは誰だ?」
扉の前でティナと誰かが話していた。
細身ながらしっかりと引き締まった体つきの男。
執事服を着ているが、使用人というよりも武人としての風格が見える。
「私はヴォルグと申します。今日からこちらの村で世話になります。アルノルト准男爵領の次期領主であり、この村の名主でもある、クルト・アルノルト様に挨拶をしに参りました。こちらがフェルナンデ辺境伯からの紹介状となります」
丁寧な物腰だ。整った風貌もあり非常に様になる。だが、妙な威圧感があり、ティナは怯えている。可哀想に耳がぺたっと倒れ尻尾の毛まで縮こまっていた。
「その、クルト様は、今お出かけ中です」
「いつ戻ってこられる予定でしょうか?」
「それは、わからないです」
「それでは、家の中で待たせていただいてよろしいでしょうか? お嬢様からクルト様への預かり物があります」
「それは、その……」
「はっきりとした返事を頂いてもかまいませんか?」
ティナがびくりとして、後退る。
おそらく家であの男と二人きりになるのが怖いのだろう。かと言って相手の立場を考えると断ることもできないはずだ。
追い詰められ過ぎて、ティナが涙目になっている。
俺は駆け足で二人のもとへ行く。
「すみません、遅くなりました」
「クルト様!」
俺が現れた瞬間ティナは、ぱっと笑顔を浮かべて俺の背中に隠れる。
俺は苦笑してしまう。今後、ティナは外の人間と会う機会が多くなるだろう、人見知りを直していかなければならない。
そんな俺を見て、執事服の男が口を開く。
「あなたがクルト・アルノルト様で間違いないでしょうか?」
「ええ、私がクルト・アルノルトです。以後、お見知り置きを」
「これはご丁寧に。私はヴォルグ。平民なので性はありません」
そこまで言ってからヴォルグはにこりと微笑む。
「そして、クルト様。私相手に敬語を使う必要はございません。私はただの使用人です。そして、貴方様はやがて、准男爵となられるお方であり、我が主の夫になられるお方です」
そして礼をする。
こういう扱いはめったにされないのでこそばゆい。
「分かった、話しやすいようにさせてもらおう。わざわざ、挨拶に来てもらって悪い」
「いえ、こちらこそ。こんな時間に押しかけてしまい申し訳ございません。どうしても、この村に来たその日にクルト様に挨拶をして置きたかったのです。以後は私がクルト様の窓口になりますので、我ら一同に関する用件があれば、なんなりと申し付けください」
「わかった。そうさせてもらう。あなたが来ること自体はフェルナンデ辺境伯から聞いていた」
「感謝します。クルト様」
そう言うなり、ヴォルグは俺の身体を隅から隅まで観察する。
それは、血に増えた獣を思わせる目つきだ。
「……ほう、ファルノ様から聞いたときには眉唾だと思いましたが、確かにいい武士です。血が滾る」
ヴォルグから凄まじい闘気がぶつけられる。
俺の後ろに居たティナはたまったものではなく、俺にしがみついていた。
「ああ、すみません。つい悪い癖が。あなたのような方を見ると昔の血が騒ぐのです」
ヴォルグは穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。さきほどまでの闘気は消えていた。
「いえ、その、怯えてしまってごめんなさい。私が悪いんです。ごめんなさい。私、クルト様の使用人なのに、ちゃんと応対できなくて」
ティナが頭を下げ返す。目の前の男に対する警戒心が薄れている。根はいい人だというのが伝わってきたからだろう。
「俺からも謝罪をさせてもらおう。私の使用人が失礼をした」
この場にいる全員が頭を下げた状況だ。顔をあげるとヴォルグと目があった。お互い今の状況がおかしくて笑ってしまう。
「いえ、女性や子供に恐れられてるのは慣れています。私の配慮が足りませんでした……これ以上、謝りあっても時間の無駄でしょう。この件はお互いに謝罪して終わりにしていただけると助かります」
「そう言ってもらえると助かる。ちょうど夕食時、俺の家で食事をしながら話すというのはどうだ?」
「私は使用人でしかありません。貴族たるクルト様と同じ食卓に並ぶことは許されません」
「それは、そちらの領地のルールだ。少なくとも俺の村でそのようなルールはない。共に食卓を囲めば円滑に意思疎通ができる。これから、長い付き合いになる。腹を割ってゆっくり話しておきたい」
ヴォルグが俺と話したいと思っているように、俺もヴォルグを通して少しでもフェルナンデ辺境伯やファルノの思惑を知りたい。
「なるほど、そいうことであれば。是非、ご相伴に預らせていただきましょう」
ティナが俺の服の裾をぎゅっと握った。
そんな彼女の顔を見ると、涙目で頷いてみせた。どうやら、覚悟を決めたようだ。
「お嬢さん、そんなに警戒しなくていいですよ」
ヴォルグがそんなティナに対して、微笑みかける。
「あっ、あの、はい」
ティナが彼の意図がわからずに曖昧な返事をした。
「私はあなたに襲いかかったりしません。女性には興味ありませんから」
ティナは首をかしげたが、とりあえず少しは安心したようだ。
逆に俺の方は、警戒心を深めたが……。
とにかく、中に入ってもらおう。話はそれからだ。
「入ってくれ。せまい家だが気に入っている」
そして、俺の家にはじめて別の領地の人間を招き入れた。
◇
「質素な家ですが手入れが行き届いています。いい家ですね」
ヴォルグは居間に通すと、感心した声をあげた。
「うちのティナのおかげだ。彼女の仕事は丁寧で的確だ」
ティナの家事のスキルは非常に高い。今まで一度足りとも手を抜かずに、やり続けた結果だ。ただ繰り返すだけではなく創意工夫も忘れない。
「うちの使用人たちにも見習わせたいぐらいです」
からからからとヴォルグは笑う。
「どうして、この村に? ファルノ様の執事なら、彼女と一緒に来るのが普通では?」
「そういうわけにはいきません。お嬢様が住まわれる屋敷、一切の手抜き・妥協がないように監視せねばなりません。私がここにいることで最高の屋敷を作ることができる。……そして私は魔力が使える。一人で数十人分の働きができるのです」
「なるほど、見たところただの執事というわけではないはずだ。ファルノ様の護衛も兼ねているのでは?」
「その通りです。だが、それは部下に任せてあります。そしてこの仕事は私にしかできません。また、あなたとの窓口を私なら円滑に行えると、フェルナンデ辺境伯に指名して頂きました」
実を言うと、遠目に見た時から気付いていたが、この男は強力な魔力持ちだ。ここまでの強大な魔力を持った男は見たことがない。おそらく俺と同程度。
それなら、下手な重機並の働きはできる。
そして、全てを見通す目はこの男がもつ高度な技能を見通していた。
技能だけでなく武の心得もある。何気ない動作が洗練され隙がない。
「納得した。俺は料理を作ってくるので、そちらの部屋で待っていてくれ」
「お菓子作りが得意とお嬢様から聞いておりましたが、料理まで嗜まれるとは。旦那様とお嬢様を唸らせた腕前、実に楽しみです」
「ご期待に添えるようにがんばるよ」
俺は微笑んで台所に向かった。
◇
「ティナ、俺は今から料理を作るからお茶を淹れて持って行ってくれないか。お茶を届けたあとは、しばらく彼の話し相手になって欲しい」
「はっ、はい、クルト様」
引きつった顔でティナが頷く。
ヴォルグは悪い人ではないと気がついていても、本能的な恐怖はある。
だが、ここは心を鬼にする。これは彼女が人見知りを直す良い訓練になるだろう。
「さて、待たせても悪いし。手早く作れるものにしようか」
俺はレシピを考える。
作りおきのパンはない。今からパンを普通に焼けば時間がかかりすぎる。主食はパンではなく、手軽に作れるものにしないといけない。
となると、短時間で焼きあがるクレープのようなものがいいだろう。
小麦と山芋があるしなんとかなる。
それに合わせる……メイン料理は……
「あれがあったか」
俺は棚から、材料は秋の終わりに仕込んだ特製のイノシシのバラ肉を使ったベーコンを取り出す。
脂身がぎっしりで分厚い肉だ。特製のタレに漬け込み、カエデのチップで燻製にした極上の逸品。特別なときのご馳走にしようと隠し持っておいたのだ。
それだけじゃ寂しいので今日拾ってきた卵を使おう。
付け合せは、まだまだ余っているキャベツ。
これだけ、あればあれが作れる。
気に入ってもらえるといいが……。
そう考えながら、竈に火を灯した。