第二十三話:祭り
完成したお菓子をもって俺とティナは屋敷の台所から祭りの会場に向かう。
マドレーヌはバスケットにつめて、卵黄で作ったオランデーズソースは土鍋に入れてもっていく。
二人では持ちきれないので屋敷の使用人たちに手伝ってもらっている。特に要請をしたわけでもないのに、使用人たちは何か手伝えることがないかと気をきかせてくれた。
今までは弟がアルノルト家を継ぐと思い、俺には無関心だった使用人たちが急に愛想が良くて逆に気持ち悪い。
俺が領主になったことで慌てて媚を売っているのだろう。
正直、複雑な気持ちはあるが彼らを責めるつもりはない。彼らだって自分たちの生活を守るのに必死なのだ。
◇
会場につくと、祭りがはじまる寸前だった。
ぎりぎりだったが、なんとか二百人分のお菓子作りが間に合った。
会場となる広場には、机がところせましと並べられて、ご馳走が並んでいる。
アルノルト領は貧乏だが、次代の当主を祝うために贅沢をするぐらいの甲斐性はある。
たまにしか贅沢できない領民たちは目を輝かせていた。
「やっと来たね、クルトくん。そのバスケットの中が噂のお菓子かな?」
会場についた俺に真っ先に声をかけてきたのはフェルナンデ辺境伯だった。
父と、ファエルナンデ辺境伯の娘のファルノも居た。
無事、父は祭りに参加してくれているようで嬉しい。これで俺のお菓子と気持ちを父に伝えることができる。
「はい、渾身の力を込めて作りました。フェルナンデ辺境伯に頂いた卵が素晴らしいものだったので、期待以上のものが完成しております」
「それは楽しみだ」
「祭りの終わりに出させていただきますので、もうしばらくお待ちを」
マドレーヌ・アルノルトは温度で味がかわるお菓子。
祭りの締めくくりに、バスケットを各テーブルに配り、ティナにあたためてもらったオンデーズソースを食べる直前にかけてもらう手はずになっている。
「あと、クルトくん、この祭りが終わってから大事な話があるんだ。少し時間をもらえるかな?」
「かしこまりました。そちらにうかがわせて頂きます」
おそらくは、次期当主としての挨拶等だろう。
気を引き締めていかないと。
そんなことを考えていると、父が口を開いた。
「フェルナンデ辺境伯、申し訳ございません。そろそろ祭りの開始の挨拶をさせていただきますので、一度、この場を離れるのでご容赦を。クルトも連れていきますので、以後の案内は、ロゴリーにさせます」
「うん、いいよ」
父の言葉に辺境伯は頷いた。
ロゴリーは壮年の男で父の右腕で、アルノルト家の経理を一手に引き受ける従者で忠義の熱い男だ。彼に任せれば問題無いだろう。
「それでは、辺境伯。またのちほど。クルト、私について来なさい」
父が頭をさげ、俺たちはこの場を離れた。
◇
俺と父は壇上にあがった。
父は一度大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「親愛なる領民たちよ。これより、アルノルト家の次期当主の決定を祝う祭りを開催する」
その声に領民たちが沸き上がる。
もうそろそろ、ご馳走のお預けは限界なようだ。
「まずは感謝の言葉を送らせていただく。各村々からの協力で、たくさんのご馳走を用意出来た。ありがとう。今日は盛大に食べて、飲んで、騒いでくれ」
屋敷の使用人たちが、瓶に入ったさけを各テーブルに運んでくる。
領民たちは満面の笑みを浮かべていた。この領地では酒は貴重品だ。大奮発と言っていいだろう。
ハチミツの増産に成功したら蜂蜜酒を作ってみたいと思っている。今の生産量だとなかなかそこまでは手が出せない。
俺は使用人たちがもってきた酒を見て、首をかしげる。
おかしい。使用人たちがもってきたのは比較的安い麦酒ではなくぶどうを使ったワイン。
こんなものを、アルノルト家で用意できるとは思えない。
使用人たちが瓶をあけて、領民たちのコップに注いでいるのだが、漂ってくる匂いだけで、ワインの中でも、それが上等なものだとわかる。
領民たちは初めて見た上等な酒に生唾を飲んでいる。
「この酒は、フェルナンデ辺境伯からの祝いの品だ。先日、我が息子クルトが辺境伯にさまざまな知識を提供して、褒美として鶏と卵を得た。しかし、クルトの知識は想像よりすばらしいものだったらしい。辺境伯の部下からの進言で、これだけの利益を得ておきながら鶏と卵だけでは辺境伯の威信に傷がつくとあったそうだ。そのため、追加の報奨として酒を用意してくださった。フェルナンデ辺境伯、そしてクルトに感謝して今日の酒を楽しんでもらいたい」
父の言葉を聞いた瞬間、領民たちがいっせいに俺のほうを見る、その眼差しには尊敬の感情があった。
あまりの不意打ちに顔が赤くなってしまう。
フェルナンデ辺境伯のほうをみると、にやにやと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
俺を驚かせるために、あえて黙っていたようだ。
……この一件だけで領民たちの気持ちを掴めた。今後の領地経営がやりやすくなるだろう。ありがたいことだが、してやられたと思ってしまう。この恩と借りはいつか返そうと決めた。
興奮がさめやらぬまま、父は言葉を続ける。
「皆も知っての通り、選定の儀によって次期当主はクルトに決まった。クルトが次期当主になればアルノルト領はより豊かになる。それは、今回の酒の一件でも、クルトが三年前から作り上げた開拓村を見てもわかる。噂で聞いているものもいるかもしれないが、クルトの村は来年にはこの領地一番豊かな村になる。その恩恵を今後は他の村も受けることができるだろう」
領民たちが騒ぎ始める。やはり、領民たちにとって一番重要なのは明日の自分の生活だ。
おそらく、父の言葉だけでは前向きに考えられなかったが、フェルナンデ辺境伯のサプライズが、領民たちに俺のことをすごい人物だと思い込ませていた。
みんな明るい未来を思い描き、となりにいる仲間たちと語り合う。
そこには希望があった。
「これで私からの挨拶は終わりにする。クルト、領民たちに言葉を送り乾杯の挨拶を頼む」
父の言葉を受けて、俺は一歩前に出る。
俺の言葉を一言一句逃すまいと、領民たちは押し黙る。
「この場で、俺の言葉を伝えられることを感謝する。俺はクルト・アルノルト。このアルノルト領の次期当主になる男だ」
この言葉を発して、ようやく次期領主になれたと実感する。
「俺はこの領地を豊かにしたいと思う。ただ、言葉だけでは伝えきれないものがある。今日は、一切れのお菓子を作った。甘いお菓子だ。そのお菓子に俺の描く未来を込めた。そのお菓子を食べてから改めて俺の決意を伝えさせてほしい」
甘いお菓子と聞いた領民の反応は、ワインと聞いたときと同じく期待に満ちていた。
砂糖が貴重なこの世界では、甘いお菓子は暴力的なまでに魅力がある。
「では、まずコップを掲げてくれ」
一斉に領民たちがワインの入ったコップを掲げた。
「乾杯!」
コップ同士が、ぶつかり合って宴がはじまった。




