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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:誓いと黄金のマドレーヌ・アルノルト
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第一話:お菓子作りをするための一歩

 昼下がりになった。

 俺は領民たちに交じり開拓作業を進めていた。

 こうして、一緒に作業をすれば一人分の労働力になるし、トラブルがあったときにその場で対処しやすい。


「みなさん、お昼ごはんをもってきました!!」


 ティナが銀色の髪とキツネ耳を風に揺らしながら、領民の女性たちと一緒に現れる。

 彼らの手にはたっぷりパンが入ったバスケットがあった。


「みんな、昼食だ。これを食ったら、もう少し働こう!」

「「「おおおう!!!!!」」」


 領民たちが、女達の方に走っていく。

 これだけの肉体労働だ。当然腹が減る。

 彼らは塩味が効いた質素なパンと、干しブルーベリーを貪るように食べる。

 質素だが、きっちり手間暇かけて作ったパンは美味しい。

 これで午後からも頑張ってくれるだろう。


 ◇


「坊っちゃん、また明日!」

「坊っちゃん、今日もありがとうございました!」

「いや、クルト様が来てから開拓は順調だし、けが人が出ても安心だし、飯まで食えて、感謝しきれないぜ!」


 口々に別れの言葉を言う領民たちに向かって手を振る。

 まだ三時ぐらいだが今日の仕事はこれで終わりだ。開拓をしているということは、将来の食事を増やすために労力を割いているということだ。女子供の育てた麦だけなら領民たちは飢えてしまう。

 だからこうして、早めに切り上げ、山や川で狩りや採取をする時間を与える。この当たりの自然は豊かだ。この村のみんなの腹を満たすだけの恵みはある。


 もっとも、早めに切り上げるためには効率のいい開拓が必要だ。みんながよくやってくれているからこそこの時間に切り上げられる。

 隣の村はもともと、開拓の進捗がどこの村よりも進んでいたが、うちの村に抜かれてから、首位を取り戻すために、ひたすら開拓ばかりさせているが、領民たちは満足に食事もできず却って作業が遅れていると聞いている。


「お疲れ様です。クルト様」


 ティナが駆け寄り、冷たい水をくれた。ありがたくいただく。

 いつもより、水が美味しい。少し酸味を感じた。これが美味しさの原因か。


「美味しいね。このお水」

「クルト様にって、村の女性の方からコケモモを頂いたので、絞って混ぜてみました。この村のみんな、クルト様のことを本当に尊敬してますし、感謝しています。クルト様のメイドとして誇らしいです」

「最初は酷いものだったけどね」


 俺がこの開拓村を治めるようになって三年目だ。

 最初は、アルノルト家の長男が箔をつけるためにお飾りとしてこの村の名主になったと陰口を叩かれたものだ。


「全部、クルト様のがんばりのおかげです!」


 少し照れてしまう。三年間の俺の働きでようやく認めてもらえるようになった。

 他のどの村よりも開拓が順調に進んでいるのは俺の自慢だ。


「ありがとうティナ。あと、無理に俺に付き合わなくていいんだぞ? お前はアルノルト家の使用人だ。開拓のアシストは業務外だ。家で家事だけしとけばいい。それに本村の屋敷に戻ってもいいんだぞ? この開拓村は不便だろう」

「嫌です。私はクルト様にお仕えしているんです。アルノルト家に仕えているわけじゃありません。クルト様のいる場所、そこが私の居場所です」


 そういうなり、ティナは腕を組んでくる。

 俺はその手をとった。

 准男爵の長男。立場だけで言えば、俺は魅力的だろう。

 だが、爵位はどうせ弟のヨルグが継ぐことになっている。

 ”とある才能”が俺にはまったく存在しないからだ。

 他の使用人たちは弟に媚を売るのに必死で俺に関わってこない。

 俺に積極的に関わるものはティナぐらいなものだ。


「俺よりも弟のヨルグに媚を売ったほうがいいんじゃないか?」

「嫌です。私はクルト様が好きなんです」

「俺は近い将来、この家を追い出されるか、一生、ヨルグの補佐をするかの二択だぞ。俺にくっついてきてもいい目を見ないんじゃないかな」


 貴族の家で爵位を継げるのは一人だけ。爵位を継げないものの未来は明るくない。一応そうならないように手回しをしているが、危ない立場であることは間違いない。


「そんなの関係ないです。アルノルトじゃなくなっても、クルト様はクルト様です。クルト様がアルノルト家を追い出されたら、二人で街に行きましょう! そこで第二の人生を始めるんです! 今までのお給金全部手付かずで残してます。クルト様一人ぐらい養って見せますよ」


 声色でわかる。

 ティナは一〇〇%本気だ。

 まったく……。


「バカなことを言うな。……でも、まあ、街に出て普通に働くのも、ティナと一緒なら楽しそうだな。」


 少しだけ想像してしまった。

 全部捨てて、クルト・アルノルトではなく、ただのクルトになってティナと二人で暮らす未来を。


「きっと楽しいです」

「でも、駄目だ。せっかくあれをあそこまで育てたし。俺には夢がある。夢を叶えるために、ここにいないといけない。大丈夫、たとえ領主を継げなくても、この村を自由に出来るように手回しはしてるんだ」

 

 それにまだ領主になることを諦めたわけじゃない。最後の最後まで足掻くつもりだ。


「確かにクルト様の夢はここでないと叶わない。……でも、クルト様が、この村に居られると聞いて安心しました。早速、いつもの場所に行きましょう。ほら、私たちの秘密の場所に。いよいよ、収穫ですよね」

「ああ、そうだな。行こう。俺の夢を叶えるための第一歩だ」


 ティナがにっこりと笑う。

 釣られて俺も笑う。

 俺には三つの秘密がある。

 一つ目は、俺が日本に産まれ世界一の菓子職人を目指していた頃の記憶をもっていること。

 二つ目は、この世界でも世界一の菓子職人を目指していること。

 三つ目は、俺の夢のためにティナと二人で秘密基地を作っていること。

 俺たちは森を抜けて、開けた場所にでた。

 そこは一面の花畑。

 そして、それこそが俺の夢を叶えるための秘密基地だ。

 素敵なお菓子を作るには素敵な材料がないといけない。

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