第十八話:シカ肉とクルミの特別料理
日常会ラスト。次からガンガン進めるよ
夕食の材料をとりに家の裏の倉庫にいく。
ティナのリクエストのクルミを使ったごちそうを作るためだ。
倉庫の中に入る。
そこには、内臓を抜き下処理がされたシカの肉が吊るされていた。これは、明日の選定の儀に行く際に本村に差し出す献上品で、二週間前から熟成させていたものだ。
本村だって、二百人近くがあつまる祭りの全ての食料を負担することはできない。そのため各村に食料の提供を要求してくるのだ。
献上品のために、村人に負担をかけるわけにはいかない。だから俺は一人で森に入り、魔力での身体能力強化を駆使してシカが狩った。シカまるまる一匹だとかなり食いでがあり父も納得するだろう。
「いい香りだ。よく熟してる」
肉はこうして熟成したほうがずっとうまい。
ちょうど今が食べごろ。熟成したシカ肉を俺とティナの分だけ切り分ける。けして盗み食いではない。きっちり熟成ができているか確認、言わば味見だ。
……一番うまいロース肉の上等な部分なのはただの偶然なのだ。
◇
肉をもって台所に戻ると、ティナが駆け寄ってきた
「ティナ、今から料理をつくる、手伝ってくれないか?」
「はい、クルト様!」
なかなか、干肉じゃない生の肉を食べる機会は少ないティナは、シカ肉を見て、目を輝かせていた。
たまの贅沢だ。是非楽しんでもらおう。
「強火をお願いしていいかな」
「わかりました!」
薪も入れてないかまどに炎が吹き上がる。
最近は、ティナの炎の魔術で料理を作っている。
なにせ、薪がいらない、かまどが汚れない、火加減の調整が楽、という便利な魔術で、今ではティナなしでの料理が考えられない。
強火、中火、弱火、その加減をしっかりティナは覚えているので、大雑把な指示で火加減をばっちり調整してくれる。
俺はかまどのうえに、フライパンを置く。
このフライパンは、土の魔術で集めた砂鉄を使って、二人で作り上げたものだ。
やはり、鉄の調理器具は良い。血がたぎる。
フライパンを温めている間に下ごしらえだ。
シカのロース肉の筋を切って口当たりを柔らかくする。
そして、水と少量の小麦粉を混ぜつつ、作り置きのパンを包丁で刻んで粉にする。
シカ肉に塩を揉み込んで、水と小麦粉を混ぜたものにつけ、パン粉をまぶした。これで下ごしらえは完了。
「クルト様、フライパンが温まって来ましたよ」
「ありがとう」
フライパンの前に戻り、フライパンにクルミ油を引く。
すると、クルミ油の甘い香りがあたり一面に広がった。
クルミ油は火を通すと、こうして蠱惑的な香りが広がる。
「うわぁ、いい匂い」
「まだまだ、これからだよ。ティナ、中火にして」
「はい、クルト様!」
俺はさきほど下拵えしたシカ肉を二枚、クルミ油をひいたフライパンにのせる。
ジュウウという音がなる。
「ね、これからだっていった意味がわかっただろ?」
「はい、もうこの匂いだけで満足しそうです」
シカ肉の油が溶ける匂いと、クルミ油の匂いが交じり合って、より甘美な匂いがあたりに響く。
俺が作っているのは、シカ肉のカツレツ、クルミ風味だ。
シカ肉はたんぱくで繊細だ。動物性の油を使うと風味が殺される。だが、クルミの優しい風味ならシカの風味を殺さずに旨味を補強できるのだ。
片面が焼き揚げられてきたので、肉をひっくり返す。
「うわぁ、綺麗な色です」
ティナが感嘆の声をあげる、シカ肉のカツレツは綺麗なキツネ色になっていた。
あっという間に火が通って完成。
シカ肉はあえて一センチほどの薄さにしてある。衣のサックリ感と肉の歯ごたえの調和がとれるベストな薄さだ。
「よし、出来上がり。あとは仕上げだ」
シカ肉のカツレツを二枚皿に盛った。
仕上げのソースを作る。クルミ油をとったあとのクルミの実をすりつぶし、そこに今日採ってきたサルナシ……キウイフルーツの自生種の絞り汁、ハチミツを加えてかき混ぜる。
真っ白なソースの出来上がりだ。
そのソースをさっとかける。キツネ色のカツレツに白いソースが良く映えていた。
「出来たよ。シカのカツレツのクルミソースがけ」
あっさりしたシカ肉の旨味をクルミ油とクルミのペーストで補い、甘酸っぱくコクのある特性ソースをかけた特製料理だ。
「うわぁ、美味しそうです。すぐに食べましょう」
「だね。頼んでた、むかごは茹で終わってるかな?」
「クルト様がお肉を取りに行っている間に終わらせて置きました!」
「上出来! さあ、食べようか」
「はい!」
そして、俺達は食卓につく。
◇
「今日の糧を得られたことを、森と神に感謝します」
二人でいつもの祈りをしたあと、食事を始める。
食卓には、俺の作ったカツレツと、茹でて塩を振ったむかご。それに、干肉のスープが並んでいる。
いつもより豪華な食卓だ。
「では、さっそくいただきますね」
「うん、食べてくれ」
カツレツは既に切り分けられている。その一切れをティナが口にいれる。
さくっ、そんな音が響いた。
ティナは大きく目を見開いて、咀嚼する。
ごくりっ、彼女の喉が大きく鳴った。
「うわぁ、こんなの初めてです。シカ肉って、いつも油が足りなくて物足りないって思ってましたが、こんなに豊かな味がするなんて」
ティナがカツレツに夢中になる。
「シカ肉と、クルミは相性がいいからね」
あっさりした肉とクルミはよく合う。例えば豚肉になんてクルミのソースをかけたら豚とクルミが喧嘩して悲惨な味になるのだ。
たんぱくなシカだからこそ、クルミの渋みとコクを受け止めることができる。
「それに、このソースの酸っぱさがどんどん後を引きます」
サルナシは、キウイフルーツの野生種で甘みはわずかで非常に酸味が強い。
生で食べるのには向かないが、酸味を加えるのは最適だ。
いくら、あっさりしたシカ肉だと言っても、油物はもたれる。それをサルナシの酸味がすっきりさせる。明日のお菓子でも活躍してくれるだろう。
「なによりもちゃんと、クルミの味がするのが素敵です! こんなに美味しいクルミ、はじめてです」
「この料理はクルミを美味しく食べさせる料理だからね、衣とソース、その両方にクルミの存在感があるように作ったんだ。満足してくれたかな?」
「はい、こんな素敵なクルミ料理を食べられるなら、春の終わりのお楽しみは我慢できます!」
ティナが喜んでくれてよかった。
俺も一切れ、カツレツに手をつける。我ながらいいできだ。さらに、茹でたむかごに手をのばすした。芋と栗の中間のような優しい味、これとシカのカツレツがよく合う。
自然と箸が進んでいた。
「ふう、ごちそうさまです」
ティナが、あっという間に自分の分を食べ終えた。
にへらと緩んだ顔を見せている。
「お粗末様」
俺はティナの幸せそうな顔を見て、自分が幸せな気持ちになった。
明日の決闘に向けて、心の疲れが全て癒えた気がする。
俺もティナに遅れて自分の分を食べ終えた。
我ながら良い料理だった。
そして、このカツレツはクルミの味を最大限楽しめる料理というだけで今日作ったわけじゃない。
縁起物だ。
敵にカツ。まあ、気休めだが、こういうのも悪く無い。
その後、はゆっくりとティナとおしゃべりして、彼女を抱きしめて眠った。
全てがきまる決戦の前夜。
不安と緊張で押しつぶされてもおかしくない状況。それなのに、ティナのおかげでぐっすりと眠ることができた。腕の中のぬくもりが俺に力をくれていたのだ。