第十七話:森の恵みのクルミ油
結局、あれから三十分も立たないうちに山芋を二本もティナは見つけた。
二本もあれば十分お菓子作りには事足りるので、一つは家で食べられるだろう。
ティナは嬉しそうに俺が掘り起こした山芋を担いでいる。
「よっこらふぉっくす、こんこんこん♪」
よほど上機嫌なのか、変な歌を口ずさむぐらいだ。
「しっぽをふりふり、こんこんこん♪」
歌に合わせてティナの尻尾が揺れて可愛らしい。
「耳の先だけ くっろいぞ♪」
変な歌だが、なかなか心地いい。
今度、静かな場所でゆっくりと聞かせてもらおう。
◇
「ここ、懐かしいですね」
「冬に来て以来かな」
ティナと二人で、森の中にある小さな洞窟に入っていた。
洞窟と言っても、入って一分もあるけば行き止まりの小さなものだ。
洞窟の中にはまだ雪が残っている。
ここは俺とティナの保冷庫だ。
冬の間に積もった雪を、可能な限りこの洞窟に放り込んでおくと春の終わりぐらいまでは雪が溶けずに残っている。
この洞窟に秋の間に採ったものを入れておくと、長期間の保存が可能だ。
洞窟の中に置いてあるツボの一つを見る。そこには秋の終わりに採取してあったクルミがぎっしりと入っていた。
クルミは、冷蔵すれば半年もつのだ。栄養たっぷりなクルミは、森の恵みがとれない冬や、冬明けで食料が少なく、ささいな不作で食料がなくなってしまう春の食糧不足に備えて、備蓄してある非常食だ。
五十人程度の村なので、ここにあるクルミだけで、節約すればしばらく生きながらえることができる。
「ティナ、二人で採ったクルミをお菓子作りの材料にしたいと思っている。構わないか?」
ここにあるのは、ティナと二人で採ったものだから、彼女の了承なしに使うわけにはいかない。
「いいです。……でも、ちょっぴり残念です」
ティナは少し落胆しているようだ。
毎年、非常食のクルミを使うような不幸がなかったことに感謝して春の終わりから、二人で楽しんだり、村のみんなに差し入れをしていた。
クルミは俺たちの村のごちそうで、きっとティナも楽しみにしていただろう。
「ごめんね。ティナ」
「……一つだけ、わがままを聞いてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ」
「今日のご飯、クルミを使った素敵な料理を振る舞ってください」
「わかったよ。腕によりをかけてクルミを使った料理をつくる」
「楽しみにしてます!」
いじらしいティナのお願いだ。
応えないわけにはいかない。とびっきりのクルミ料理を用意しよう。
その前に……。
クルミの殻を握力で握りつぶし、白い実を取り出してティナの小さな口に放り込む。
少し食べるぐらいなら十分構わない。
ティナは少し驚いた顔をしてから、しっかりとクルミの実を噛み砕いて、幸せそうな顔を浮かべた。
◇
それから、二人でサルナシの実やノビルやウドといった山菜をたっぷり採取して家に戻ってきた。
デートはこれで終わり、ティナと二人で山を歩いてすっかり心の疲れがとれた。
いや、まだ一つ残っている。ティナのためにとびきり素敵なディーナーを作らないと。
俺は台所に入り、クルミを広げる。
「クルト様、何を作られるのですか?」
「クルミ油。クルミの油を絞りとるんだ。バターのように使えて便利なんだ。今日の夕御飯と、明日のお菓子の両方で使うよ」
実を言うと、明日のお菓子作りにあたり小麦よりもバターの不足のほうが深刻だった。
俺の開拓村の家畜は数少ないヤギのみ。
到底、二百人分のお菓子に必要なバターなんて用意できない。
だから、クルミ油を使う。
クルミでとった油は、ほのかな甘味があり、豊かなコクがある。クルミ油はバターの代用品ではなく、立派なライバルだ。使い方しだいではバターを使うよりも美味しい菓子が作れる。
「クルミで油なんか出来るんですね」
「うん、とっても美味しいよ。クルミ油を使った今日の夕御飯楽しみにしておいて」
俺は微笑み、机の上に可能な限りクルミを広げる。
手には愛用の石包丁。
そして……
「すごい、あんなに硬いクルミの殻が真っ二つに」
包丁で一刀両断。
剣技能Ⅲのおかげで、斬撃が強化されている。おかげで、いつもは苦労するクルミの殻割りもあっという間にできる。
「ティナ、二つに割れたクルミの白い実を取り出して一箇所に集めてもらっていいかな?」
「お安い御用です!」
ティナがフォークを使って、ひとつひとつクルミの実を取り出していく。
それを横目で見ながら、俺は次々とクルミを殻ごと真っ二つにしていった。
◇
「クルト様、たくさんクルミの実が集まりましたね」
「ああ、ティナのおかげで捗ったよ」
木のボウルにぎっしりクルミの実が詰まっている。
俺はそれを目の荒い布で包む。
そして、クルミを包んだ布を包丁の腹で叩く。
クルミが中で粉々になった。
それをギュッと、しぼる。魔力で限界まで身体能力を強化するのを忘れない。
「わああ、油が布からにじみだしてます」
布から滴る油は、桶が受け止めている。
琥珀色の油がどんどん底に溜まっていく。
「本当に油ができちゃいました。びっくりです」
「これが、クルミ油だよ。じつは、この油はそのまま食べても美味しい。試して見るか?」
「いいんですか? では」
ティナがクルミ油をぺろりと舐める。
「あっ、美味しい。クルミの味がします。コクがあって、ふわりとして、甘くて」
「そうだろ? これを使ってお菓子を作ると素敵な気がしないか」
「はい、楽しみです!」
明日振る舞うお菓子の材料は、フェルナンデ辺境伯がもってきてくれる卵、この村で収穫した小麦に、山で採れたクルミの油と、俺が掘ってきた山芋、それにハチミツと、今日収穫したサルナシ……緑色で五センチほどのキウイフルーツの自生種だ。
卵以外は、すべてこの村と森のもの。どれも素晴らしい素材だし、同じ森で採れた材料同士なので相性もいい。森の生命力をたっぷり受けた素材たちを一〇〇%活かしつつ、卵の旨味を際立たせるお菓子を俺は作る。
俺が作るのは黄金色のお菓子。
名前を考えないと、黄金色のお菓子に相応しい名前を。
「さて、十分油は採れた。これでお菓子の材料は揃ったよ。明日はティナにも俺のとっておきのお菓子を食べてもらうから楽しみにしておいて」
「そんな、生殺しです。明日まで待つなんて」
ティナが恨めしそうな顔をしながら、俺を見つめてくる。
俺は苦笑しながら、クルミ油の瓶詰めを行った。
俺はこの作業をしながら笑みを浮かべる。
洋菓子には四つの材料が重要視される。曲がりなりにもこれで全てが揃った。
小麦粉……村で収穫した小麦と山芋
卵……フェルナンデ辺境伯からいただく鶏が産んでくれる
バター……村のヤギのバターとクルミ油
砂糖……蜂蜜
この四つがあれば、満足に腕が振るえる。明日から楽しみだ。
「まあ、お菓子は明日だけど、約束したとおり今日はクルミを使った素敵なディナーを楽しんでもらうからそれで許してくれ」
「いったい、何を作るんですか?」
ティナが期待を込めた目で俺を見てくる。
「シカ肉とクルミを使ったご馳走ってことだけ教えてあげる。後は出来てからのお楽しみ、美味しいだけじゃなくて縁起の良い料理だよ」
俺は頭の中に料理のイメージを浮かべる。
たんぱくな肉を、際立たせるクルミのコク。さらに特性ソースをかけたそれはきっと、ティナを喜ばせてくれるだろう。