第十六話:お菓子の材料集め
ついに選定の儀の前日になった。
俺は朝の鍛錬をしている。
手にあるのはティナと二人で作り上げた薙刀。
薙刀は、槍の先端に日本刀の刃がついたもので、俺のは比較的反りが少ないタイプのものだ。反りを大きくすれば、斬撃がしやすく、反りが小さければ突きやすい。俺のはどちらかというと突きに主眼を置いている。
剣技能はⅢに至りもう十分だ。今は新たな武器に慣れることのほうが重要なので身体に動きを刻みこんでいく。
「はっ!」
突きの連撃から斬撃のコンビネーションを試す。
淀みなく体が動いて、風切音が聞こえる。
薙刀のベースとなった槍が十年来の相棒であり、グリップの感触と重心をなるべく変えないように細心の注意を払って薙刀に変形しただけあって、よく体に馴染んでいる。
最後に、先ほどの逆で斬撃からの突きのコンビネーション。
突きをかわされたことを想定し、不十分な体勢の相手に追い討ちをかけることを想定した動き。
頭の中にイメージした仮想敵を切り裂く。
「ふぅぅぅぅ」
動きをとめ、大きく深呼吸し目をつぶる。
今日の鍛錬を頭の中で再現し、問題点とそれに対する改善点を考察する。
一番の問題は、剣技能により想定よりも自らの動きが速くなっており、そのアジャストが不十分なことだ。自らの動きのイメージを上方修正する。
そして、目を見開き改善した型を試す。
うん、いい感じだ。少しはマシになった。
今日の鍛錬はここまでにしよう。
「クルト様! お疲れ様です!」
ティナが駆け寄ってくる。
彼女から布を受け取り汗を拭く。
「ありがとう、ティナ」
「どんどん、動きがなめらかに、そして速くなっていきますね」
「うん、自分でも実感があるよ。ただ、ちょっと体が速く動きすぎて御しきれてないかな。まるで暴れ馬を操っているようだ。今の型も全力じゃないんだ。まだ俺の全力を発揮できない」
突然、全ての動きが数倍の速さに引き上げられたようなものなので違和感が大きい。そのため制御できる範囲に力を抑えてある。
「クルト様なら、大丈夫ですよ! すぐにものにします」
「さすがの俺も、一朝一夕では無理かな。でも、ヨルグに勝つぐらいはできるよ。六割程度に加減すれば問題なく力を振るえる」
俺の体に染み付いた武技が発揮するためには、それぐらいまで力を抑える必要がある。
ただ、何も考えずに渾身の一撃を放つぐらいなら全力を出すこともできるだろう。
「もったいないです」
「そうだね。いずれ全力で力を出しても、大丈夫なように鍛錬していくよ」
お菓子職人をめざすのに、強さはあまり必要ないかもしれない。
だが、領主として民を守る力、大事な人を助けられる力、どちらも欲しい。
「私もかげながらお手伝いしますね」
「ティナのお手伝いは、かげながらなんて謙遜は必要ないぐらいだよ。この薙刀だって、ティナのおかげで作れた。そうだ、俺とティナで生まれ変わらせたこいつは、言うならば俺とティナの子供になるね」
「クルト様と、私の子供……」
ティナが頬を赤くして、ぼうっとした顔で俺の薙刀を見る。
「こいつに名前を付けようと思う。ティナをイメージした名前を付けたいと思っていたんだ。銀色の輝き。銀閃。それをこいつの名前にしたい。ティナは構わないか?」
ティナを頭に浮かべるとき、彼女の髪と尻尾の銀色をイメージする。
彼女は俺にとって光だ。銀色の彼女の輝き、故に銀閃と俺は決めた。
「……クルト様と、私の子供」
ティナがへにゃっとした顔で自分の世界に入っている。
現実に引き戻そう。
彼女の頭にぽんっと手を置く。
それではまだ自分の世界から出てこないのでキツネ耳を軽く摘んでみる。
「くっ、くると様!?」
やっと現実に戻ってきたらしい。
「ティナをイメージした銀閃という名前、俺の相棒につけていいか」
「もちろんです! 是非、つけてください!」
「ありがとう。ティナと一緒に戦っている気持ちになれるよ」
ティナが俺の顔を見上げて微笑む。
「私もクルト様といつも一緒な気持ちになって嬉しいです。クルト様の薙刀……いえ、銀閃ちゃんに私の思いを注入しておきますね!」
ティナが薙刀の刃に手を触れて、ぐぬぬぬと念を込める。
よほど力を入れてるのか、銀色のキツネ耳がピンと立って、長くてもふもふな尻尾が天に向かって伸びる。
「たくさん、力を込めたのでクルト様を助けてくれるはずです!」
ティナが鼻息を荒くする。
ここまで本気だと冗談に聞こえない。
俺は苦笑しつつ、ティナの頭を撫でる。ティナが目を細めた。
「クルト様、今日はこれからどうなされるんですか?」
「今日は、明日の選定の儀の準備と、休憩かな」
「特訓はもういいんですか?」
「ああ、もうやれることはやった。あとは万全の状態に体を整えるだけだ。身体はもちろん、心のほうもね」
回復で体の疲れは完璧に抜ける。
実際、俺は薙刀……銀閃を手に入れた日は不眠不休で振るい続けて体に慣らした。
回復を使えば、睡眠をとる必要すらない。
だが、あえて昨晩は数時間眠り、今日も休憩をとるのは心の疲れをとるためだ。心の疲れをとるには睡眠と遊びが必要になる。
「よし、ティナ。今日はデートしよう。俺に付き合ってくれないかお姫様」
銀閃を壁に立てかけ、俺はうやうやしくティナに手を差し伸べる。
「どこへなりと、王子様」
ティナがはにかんで、俺の手をとる。
ノリがいい。俺の冗談に即座に合わせてくれた。
俺はティナの手をしっかり握って森のほうに歩き出した。
◇
「クルト様、山芋の蔦、見つけました」
「ティナ、お手柄だ」
俺とティナは森の恵みを集めていた。
デートとは言っても、山を二人でのんびり歩きながら食べられるものを集めているだけ。
それでも俺たちは楽しんでいた。
こういうのも悪くない。
それに実は明日振る舞うお菓子づくりの材料を集めるのも大きな目的の一つだ。
「ティナはムカゴの実を頼む。俺は山芋を担当する」
「ムカゴの実は任せてください!」
意外に知られていないが、山芋は蔦を近くにある木に巻き付け、さらに小さな紫色の実をつける。
山芋の実はむかごといい、茹でて塩をつけて食べるのだが、芋のようにほくほくして、ほのかに栗のような味がする。非常に美味な食べ物だ。
しばらくはパンの代わりに主食にしよう。小麦粉が節約できる。
ティナがせっせとムカゴの実をつんで手に持っているバスケットに入れていた。
「さて、俺もやるか」
山芋の蔦をたどって地面を掘れば、当然そこには山芋がある。
ただ、山芋を掘るのにはすさまじい根気が必要だ。
なにせ、山芋のサイズは長いものになれば一メートルを超える。
つまり、それだけの深さを掘らないといけない。無理に引き抜こうとすればぽきりと折れてしまうのがオチだ。しかも、芋の周囲を掘るのだが芋を折らないようにするのにかなり気を使う。
「クルト様、蔦が結構太いので、きっと大物ですよ」
「だね。掘り起こすのが楽しみだ」
だいたい、葉と蔦を見れば、地下の山芋の大きさは想像できる。
この山芋は大当たりだ。それは掘り起こすのに非常に苦労することを意味する。
「スコップをもってこなくて良かったんですか?」
「必要ない」
俺には土の魔術がある。
土の精霊に働きかける。地下の山芋、その周辺の土の様子まで手にとるようにわかる。
『たのむ、どいてくれないか?』
土に問いかけると、土が動き始める。
山芋の周辺の土がよけられて、丸裸になった芋がぽつりと穴の中にあった。
ムカゴの実を集めていたティナが、こちらを見て目を輝かせる。
「すごい、クルト様の土の魔術便利ですね! これなら山芋が掘り放題です!」
「ああ、地味に便利だ」
一〇〇センチ以上の大物、普通なら二時間以上かかっていた。
「山芋は、どうします? スープの具にします? すりおろしておかずにします? ああ、それから、それから」
山芋が好きなティナは、次々に料理の方法を口にする。
「ティナ、ごめん。これは俺たちの分じゃないんだ。選定の儀が終わった後に、新しい領主としての挨拶と一緒にお菓子を振る舞いたいって思ってる。そのお菓子の材料にしたい」
選定の儀のあとに、祭りが行われる。
そこには、各村の人々や、フェルナンデ辺境伯とそのお付き、合計二百人が現れる。
フェルナンデ辺境伯は卵を持ってきてくれるが、それ以外は自前で材料を揃える必要がある。
さすがに、手持ちの材料では足りない。
山芋を使えば、使う小麦の量を三分の一にできる。
山芋と小麦を2:1の割合にすればしっとりした生地を作ることができるのだ。
父に頼えば、材料を融通してもらえるかもしれないが、それは嫌だ。俺の力で材料を集めたい。
「ううう、残念です」
ティナがしょんぼりしていた。俺はそんな彼女を見て苦笑する。
「なら、もう少し山芋を探そう。たくさんとれれば、俺達が食べる分も確保できるかもね」
「はい、がんばります!」
ティナがキツネ耳をぴくぴくさせて、耳をすます。
他に山芋がないか、真剣に探しだしたようだ。
「ただ、あんまり時間がないよ。山芋以外にもお菓子に必要な材料を森で探すから」
「大丈夫です! すぐに見つけます」
張り切って、前を歩くティナを俺は、苦笑して追いかけた。
さて、最高のデザートを作るための材料は、まだまだある。
頑張って探そう。