第十五話:新たな武器とティナとの誓い
「ティナ、今日のサンドイッチは美味しいね。魚を使ったサンドイッチなんて珍しい」
「はい、本村に行ったときに干し肉と、お魚の燻製を交換してもらえました」
「塩気のある魚と、ソースがばっちりあってる」
ティナの作ったサンドイッチはパンにバターを塗って、俺が刻んだキャベツ、そして赤身の魚の燻製を挟んだものに、お手製のソースを塗ったものだ。
魚の燻製は水につけて柔らかくすると同時に塩を適度に抜いてある。
おかげでいい塩梅だし、くず野菜や肉の欠片で作ったティナのお手製ソースは甘辛くて食欲をそそる。
「このソース、いつもより美味しいね。そうか、蜂蜜を使ったんだ」
「昨日クルト様に作っていただいた、もんじゃ焼きを食べて、ソースにもう少し甘みがあれば美味しくなるって思って試してみたんです。大当たりでした」
塩辛い魚の燻製に甘辛いソースはよく合う。
「また、作ってもらえるかい?」
「もちろんです! クルト様」
ティナが嬉しそうに微笑む。そんなティナを見るとよりいっそうご飯が美味しく感じた。
そうして、幸せな昼食は過ぎていく。
◇
昼食後、俺は槍をしっかり握りしめていた。
これから槍を新たな武器に作り変える。
土魔術は鉱石に干渉できる。鉄の形態変化をするのだ。
「応えろ。土の精」
属性魔術は、自然に満ちる力を利用する。
土の精の力を借りて槍に力を加える。
だが……
「さすがに、鉄はこのままじゃ無理か」
苦労して手に入れた土の属性魔術だが、さすがに覚えたての土の属性魔術で鉄の形態変化は俺にはできないようだ。
金属操作は今の俺には早い。
魔術を鍛えて技能をあげる必要がある。さすがにこればかりは地道にやらないといけない。
「クルト様、駄目なんですか」
「鉄はちょっと荷が重かったみたいだ。もう少し柔らかければ、なんとかなりそうなんだけど」
「柔らかければいいんですね……それならなんとかなるかもしれません」
ティナが思いつめた顔をする。
「クルト様、クルト様の大事な槍を私に任せてもらっていいですか? 駄目にするかもしれませんが、柔らかくできる方法を思いついたんです」
ティナは俺の目をまっすぐに見て問いかけてくる。
この槍は、今まで俺以外に触らせたことがない。
だが、ティナになら構わない。それに、駄目にするかもしれないと言うのも彼女が相手なら許せる。
「どっちみち、今のままじゃ駄目なんだ。ティナに賭けるよ」
「クルト様の槍。確かに預かりました」
ティナは両手で俺の槍を受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
いったい、何をするのか。
ティナを見ていると、魔力の大きな高まりを感じる。
柄を両手で持ち、彼女が目を閉じた。
「クルト様の槍、私の炎で温めます」
炎が吹き上がり、槍に吸い込まれる。
鉄の槍が赤熱する。あたりの空気が歪む。
ティナの炎が鉄を溶ける寸前まで熱していた。
属性魔術は、大気に満ちる精霊の力を借りる魔術。よほどティナは炎の精霊に愛されているのだろう。技能はもっていないはずなのにすさまじい力。
溶けかけた鉄なら俺の土魔術でも変形させられるだろう。
「ありがとうティナ」
炎の属性をもたない俺は赤熱した槍を直接もつことができない。
だから、ティナの手の上に自分の手を重ねる。
「炎で熱せられて柔らかくなった槍なら、俺の力で変形させられる。まったく、ティナにはいつも驚かされる。愛してるよ」
「クルト様、その、今はそういうのやめてください。嬉しすぎて、力が抜けそうです」
顔は見えないが、後ろから見えるうなじは赤く染まっていた。
「始めるよ。ティナ、炎は今の強さで続けて」
「はい、クルト様!」
土の精霊に力を借りて、土魔術を行使し槍に働きかける。
すると、ぐねぐねと赤熱した槍が動き始める。
俺は新たな形をイメージする。
俺のイメージに沿って槍が変形していく。
さらに、形を変えるだけじゃない。圧力かけて鍛え直す、さらに不純物を取り除き、粘りと、鋭さを与える。せっかく、ティナが溶かしてくれたんだ。この機会に基本性能を向上させる。
槍が生まれ変わる。生まれ変わった俺と共に。
相棒……これからも力を貸してくれ。そう願い、一切の妥協なしに作業を進めていく。
「ティナ、もういいよ。槍をゆっくり冷やして」
炎の属性魔術は熱量操作。温度を高めるだけではなく冷やすこともできる。
「はい、クルト様」
急激に冷やすと鉄にダメージを与えるため、慎重さが求められる
ティナは脂汗を流しながら、少しずつ熱を取り除く。
そして、遂に完成した。俺の新たな相棒が。
「ありがとう。ティナ、出来たよ。俺の新しい槍」
「それが、クルト様の新しい槍……。って、槍のままでいいんですか」
「うん、きっと大丈夫。これは槍であり、剣。二つの顔を持つ武器なんだ」
実際に試してみよう。
新しい姿に生まれ変わった槍を構え、そして振るう。
槍が加速する。この世界の理不尽な力、【剣技能】の力が十全に働いている。
良かった。これは槍であると同時に剣として認めらている。
「すごい、こんなに鋭い一撃、初めてみました。今までのクルト様より、ヨルダ様より。……そして、一度だけ見たことがある、クルト様のお父様よりも速い一撃です」
「俺もそう思う」
槍を振るう威力は、技能スキルと自らの持つ武技の足し算ではなく、掛け算。
技能がなければどうにもならないが、武技の意味がないわけじゃない。
もともとの技がするどいほど、技能によって強化された一撃は威力と速さを増す。
俺の十年の鍛錬を剣技能Ⅲで加速すれば、こうなる。
「でも、クルト様、槍では勝てないって」
「だから、これを作った。これは槍であって槍じゃないんだ」
俺はティナの前に新たな形に変化した俺の槍を見せる。
「先端に反った刃が……、これは槍なのに斬撃を目的としている武器ですか?」
「そう、これは薙刀。別名を長刀という」
槍を変化させたのは剣ではない。薙刀だ。
槍とは違い、先端に日本刀のような刃がついている。つまり、リーチが長く、槍のように突け、刀のように切れる。
おそらく、近接武器の中ではもっとも優れている物の一つ。
「槍のように見えるのですが、剣なんですね」
「正確に言うと、剣と槍、両方の顔をもっている。だから、今まで積み重ねてきた槍の技術と、新たに目覚めた剣の才能、その両方を活かせる。そんな武器だ」
形が変わった。俺の槍。
相変わらずに手に馴染む。
これなら、ゼロから新たに剣の技術を鍛える必要はない。今までの槍にさらに斬撃を付け加えればいい。
「これで、きっと勝てますね!」
「そうだな。きっと勝てる」
俺は勝利を確信していた。理不尽な力を与える剣技能と、今までの十年の鍛錬、その両方を活かせる武器が揃った。負けるはずがない。
「それと、ティナ。ありがとう。ティナは最高だ」
俺はティナの手をぎゅっと握る。
「くっ、くると様」
ティナが顔を真っ赤にして狼狽した声をあげる。
「この薙刀は、ティナが居なければ作れなかった。本当にありがとう。また、ティナに助けられた。ティナは俺の幸運の女神だ」
いつも、道に迷ったとき、一人で超えられない壁が出来たとき、ティナが助けてくれる。
ここまで来ると、オカルトじみたものを信じたくなってくる。
ティナは俺の幸運の女神で、運命の人だと本気で思えてしまうのだ。
「そっ、そんなクルト様、私はただ、クルト様の役に立ちたかっただけで。クルト様が私に魔力をくれたから、炎が使えるようになったおかげです。でも、クルト様のお役に立てるならこの力、ずっと、ずっとクルト様のために使います」
しどろもどろになりながら、ティナが力強い答えをくれる。
ずっとか、なんて素敵なんだろう。
今回は薙刀を作ったが、いずれ泡立て機や、ケーキナイフ、いろんなお菓子に必要な道具を二人で作りたい。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ティナ。俺もティナとずっと一緒がいい」
ティナがはにかんで、俺が握った手を握り返す。
それは炎属性魔術が使えるからだけじゃない。
純粋にティナという少女が好きだというのもある。
「何かお礼がしたいんだけど何がいいかな?」
ティナはしばらく考えこむ仕草をする。
そして、おずおずと口を開いた。
「それなら、クルト様のお菓子を……その、私だけの特別なお菓子が欲しいです。私とクルト様だけが知ってる、そんな特別が欲しいです」
俺は苦笑する。
なんて、難しいお願いだ。
ティナのためだけのお菓子か、生半可なものを作るわけにはいかない。
頭にイメージを浮かべる、ティナをイメージしたお菓子だ。銀色で、暖かな、いくつもの薄いベールが重なってその中心に宝石があるような、そんなお菓子がいい。
「わかった。ティナのためだけのお菓子を作る。俺の全力……いや、それ以上の力で。ただ、少し時間が欲しい。ティナにふさわしいと思えるお菓子となると、時間がかかる。直感で浮かべたティナをイメージするお菓子をベースにして、満足ができるまで磨き上げたい」
ティナがぱっと、花が咲くような笑みを浮かべる。
「はい、待ちます! 十年だって、二十年だって待ってみせます!」
「さすがにそこまでは待たせないさ。この場で誓うよ。俺はティナのためだけの、世界で一つだけのお菓子を作る」
それは、地球のレシピをもってくるなんて手抜きはしない。
俺だけのレシピを、どれだけ時間がかかっても最高のお菓子をティナに贈る。
小指を差し出す。
「クルト様、ぜったいのぜったいですよ」
「わかってる。絶対の絶対だ」
感激したように何度もティナは頷いて、自分の小指を俺の小指に絡めた。
これはこの世界の誓約のおまじない。
俺とティナは笑い合って指をほどいた。