第十二話:キャベツと、剣と、特訓と
「ティナ、これから俺の本気を見せるよ」
台所に俺の声が響き渡る。
手には包丁、目の前にはまな板とキャベツ。
技能を得るためには熟練度をあげる必要がある。
なら、熟練度とは何か?
熟練度とは、技能に該当する行動を起こした際に得られる経験値。
俺の適性は、剣適性と魔術適性。この二つがSであり、次点で弓と料理と鍛冶がAだ。その他は特筆するものがない。せいぜいBがいくつで残りはC以下となる。常人の場合は、ほとんどの技能がD以下、一つ、二つCがあるかどうかというのを考えると、かなり恵まれている。
料理にも技能があることは驚いた。そして、俺は料理技能Ⅱを所持している。
料理技能は無条件に料理を美味しくするわけではなく、手先が器用になるのと、食材の状態と味を見抜く能力に補正がかかるだけだ。あくまで調理を補助するだけの技能だが、そのことが嬉しい。
スキルで不自然に料理がうまくなっても嬉しくない。
「俺は今から剣を極める。槍だとヨルグに勝てない」
「剣ですか?」
鍛えあげるのは汎用性が高い剣技能にした。剣技を使えるといろいろ役に立つ。
「あの、クルト様、今から剣を鍛えるんですよね」
「当然」
俺がそう言うと、ティナは俺が持つ包丁を見つめて首をかしげる。
剣の熟練度をあげるには剣を振るうしかない。
そして、回復の副産物の全ての見通す目が細かい条件を教えてくれた。
本人が剣だと思っているものを装備していることを前提に、切る対象ごとに熟練度の上がり幅が変わり、一定以上の強い感情を持ってアクションを起こすことで熟練度があがる。感情の強さによってはプラス補正がある。
例えば、木刀を持って素振りをしていても、木刀を剣だと思わず木の棒だと思っていれば一切熟練度はあがらない。
そして、素振りよりも何かを実際に切ったほうが圧倒的に熟練度のあがり幅がよく、さらに切るのが有機物であれば、無機物に比べてあがり幅が二倍近くになる。だが、感情値が一定値以下だと効果がないし、逆に感情値が高いと効果が高くなる。
「ティナ、剣で強くなるために手っ取り早い方法は真剣での斬り合いだ」
真剣勝負での斬り合いは熟練度上げには最適だ。
真剣を使えば、否応なしに剣だと認識し、相手を斬りつける以上間違いなく切る対象は有機物。さらに命のやり取りなら大きく感情が動く。
「でも、クルト様、今台所で、手に持っているの包丁ですよ? 真剣勝負なんてできるんですか?」
「真剣での斬り合いは正攻法の場合だね。俺の場合、真剣勝負なんて無理だから別の方法をとる」
「別の方法ですか? 剣すらなしに?」
「ちゃんと剣はあるよ。料理人にとって包丁は剣、鍋は盾だ」
手に持つ包丁を心の底から、剣だと思い込む。
見通す目が教えてくれる。俺はしっかりと包丁を剣と認識した。
そして、キャベツを選んだのにも理由がある。
「見ていてくれ、俺の剣舞を。ハアアアアアアアア!」
たんたんたんと小気味のいい音が鳴り続ける。
俺の前世は高級レストランに勤めるパティシエでコースを締めくくるデザートを担当していた。
俺の勤めていたレストランはデザートを最重要視していた。
コースの最後に出され、一番お客様の印象に残るデザートを担当するパティシエ。そんなパティシエになれるのは店でもっとも腕の立つものではないといけない。
また、店の料理を理解しないと、料理に合う最適なデザートは作れない。故にパティシエは店の全ての料理を完璧に作れないといけない決まりがあった。
だからこそ、俺はお菓子以外にも通常の料理も極めている。
転生しても俺の腕は変わらない。魂に刻んだ動きを、こちらの肉体に何度も反復し刻みこんだ。
「すごい、クルト様、なんて速さ。包丁が目で見えない」
ティナが目を丸くしている。
キャベツの千切りなら、一秒に三回は包丁を振るえる。
さらに、料理技能が俺の動きを精密にし、加速させ、一秒五回にまで加速させていた。
「これが俺の力だよ」
熟練度のシステムのおさらいをしよう。素振りより何かを切ったほうが熟練度はあがる。さらに対象が有機物なら効率が跳ね上がる。
その圧倒的な効率である有機物の切断を秒間五回の速さで繰り返している。つまり、二十秒で百回。一時間で一万八千回だ。
これを俺なら二時間続けられる。つまり、三万六千回。
剣の素振りなんて、通常一日百回程度。その十倍近い効率の有機物の切断を三万六千回するということは、たった一日で、常人の一年分に匹敵する修行ができるということだ。
ましてや、俺の剣適性はS。さらに、愚者の一念でワンランク適性が押し上げられ、Sすらも超越している。
技能など、得られて当然だ。
それに加え、俺には回復がある。疲れたのなら回復すればいい。この一年分の鍛錬を何セットでも繰り返すことができるのだ。
「あの、クルト様、すごいです。すごいんですけど、これで強くなれるんですか?」
「もちろんだ。今もがんがん、剣の腕を極めつつある……でも」
「でも?」
「ちょっと、感情値が足りない。熱さがないんだ」
「それは、キャベツを切っているだけですし……」
問題は発生した。感情値が低く、熟練度があがるラインと、あがらないラインを行き来している。これでは効率が悪くて仕方ない。なんとかしないと。
冷静に考えてみると、これで強くなるなら主婦や料理人たちががんがん剣技能をあげているはずだ。そうならないのは、彼らが包丁を剣だと思っていないというのもあるが、主婦たちの感情値が低く熟練度があがるラインに届いていなかったからだろう。
キャベツの千切りに、たぎる熱い感情が必要だ。
一つ、いいことを思いついた。
「キャァァベツゥゥゥゥウ! 死ねええええええええ!」
キャベツの千切りに殺意をのせる。キャベツを切るのではなく、殺す。その意識で千切りをする。
「くっ、くるとさま?」
ティナが恐ろしく困惑した顔で俺を見る。彼女のこんな顔は初めて見た。
「やはり、ダメか」
感情値は多少あがったが、殺意が持続しない。
そもそも、俺は料理人だ。材料に殺意を向けることに抵抗がある。
考えろ、考えるんだ。
そうだ、強い感情であれば、なんでもいいのだ。食材に向けるのは殺意じゃない。愛のはずだろう。
食べてもらう人のために俺は料理をつくる。
ティナの笑顔を頭に浮かべる。
感情値があがる。ティナのために美味しい料理を作る。それで燃えないはずがない。
……だが、まだ感情値が足りない。熟練度があがるラインには到達したが、プラス補正がかかるには遠い。
さきほどの殺意を乗せるという発想は駄目だったが、声を出すのは良かった。愛を込めて、声を出そう。
「美味しくなれ! 美味しくなれ!」
うん、声に出すことで、感情はさらに高まった。
ティナのために。もっと、もっと愛情を込めるんだ。
高まる感情は、熟練度の上昇を助ける。
「あっ、あのクルト様、聞こえてますか? クルト様。今日のクルト様、ちょっとおかし…」
「美味しくなれ! 美味しくなれ!」
一心不乱に声をだし、包丁を振るう! ティナが横で何かを言っているがもう、声が聴こえないほどの集中をしていた。
だが、もう一歩足りない。最高効率まであと一歩。
もっと、高ぶれ、俺のティナへの愛情はこんなものか!
そうか、笑顔を浮かべるだけじゃだめなんだ。
漠然とした感情じゃだめだ。ちゃんと気持ちを明確化するんだ。そうして初めて想いは形作られる。
ティナ、俺は君のことを、どう思っている?
「美味しくなれ! 美味しくなれ!」
俺は彼女の可憐な容姿、整っていながらもどこか、優しさを感じさせる顔つき、もふもふのしっぽ、美しいピンとたったキツネ耳、そんな外見がたまらなく気に入ってる。
強がって、大人ぶって、それでも甘えん坊で、そんな彼女の内面が愛おしい。
俺のことが誰より大好きで、俺を支えようとしてくれる。いつも最高の笑顔を見せてくれるティナの仕草にいつも救われている。
そうだ、そんな彼女だから、俺はティナのことが大好きなんだ!
「美味しくなれ! 美味しくなれ!」
ティナに対する思いが限界まで膨れ上がり、感情値がついに上限にたどり着く。最高効率。真剣での殺し合い。その域を超えるほどの熱い感情で俺はキャベツを千切る。
「美味しくなれ! 美味しくなれ!」
そして、二時間後。ついに腕が動かなくなった。
限界が来たのだ。
汗が噴き出る。最高に密度が高い二時間だった。
さっさと回復で披露を抜いて、もう一セットやろう。
「さて、こんなものか……ティナ?」
俺はふと隣にいるティナを見つめた。
彼女は俺のほうをみて、なぜか口元を両手で押さえて、涙を流していた。
「クルト様、クルト様の心が壊れてしまわれた……ごめんなさい。こんなになるまで、気付いてあげられなくて……、いつか、クルト様が元に戻るまでずっとそばに居て、守ります。だから、安心してください。クルト様」
いったい、ティナは何を言っているのだろう。
まるで、俺が廃人にでもなってしまったような口ぶりだ。
この特訓によって、俺はしっかりと剣技能を得たというのに。……俺はたった二時間で俺は剣技能Ⅰを得ていた。
愛の力はやはり偉大だ。
ただ、一つ問題があった。
この山積みにされているキャベツをどうするか。
……いいことを思いついた。特訓が一段落したら開拓村の皆のところに差し入れにいこう。
このキャベツを使って、とっておきのおやつを作るのだ。
腕がなる。きっと、みんな喜んでくれるだろう。