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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:王に捧げるトリュフ・トルテ
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エピローグ:お菓子職人の成り上がり

今回で最終回、二年間お付き合いありがとうございました!

~二年後~


 あれから、二年経った。

 この二年間は本当に忙しかった。


 ファルノとの約束の期限が来た日、正式にファルノとの婚約破棄を行った。

 フェルナンデ辺境伯は激怒した。謝罪し、いくつかの技術・権利の譲渡を提案しても怒りは収まらなかった。

 父が仲裁、なによりファルノ自身が俺をかばってくれたおかげで前のようにはいかないまでも、今でもなんとかやっている。


 アルノルトはこの二年で人口が三倍になった。

 その要因はいろいろとある。

 開拓が進み農地が増えたこと。

 菓子店Arnoldアルノルトがエクラバ以外にも支店を増やし収入が増えたこと。

 近代養蜂の規模を大きくしたこと。

 広大な土地を活かして大規模な酪農を始めたことなどなど。


 何よりも大きな変化は、アルノルト領の収入の九割をたたき出す大産業が出来たことだ。

 今はその大産業を支える畑を身に行くところだ。


「ティナ、大丈夫か」

「大丈夫です」

「やっぱり、家でじっとしておいたほうが良かったか?」

「だめです。せっかく、クルト様と一緒にいられる日なんですから!」


 ティナに向かって手を伸ばす。

 その手をティナはぎゅっと握った。

 若干、顔が赤い。結ばれてから二年経ったというのにティナからは初々しさが抜けない。

 それがティナの可愛いところでもある。


「悪かったな。ずっと留守にしていて」

「寂しかったです。でも、ちゃんとわかってますから。今がすっごく大事な時期ってこと」


 ティナの頭を撫でてやる。

 ここ二年ほどは嵐のような忙しさだった。


 去年から立ち上げた新事業の絡みと、菓子店Arnoldアルノルトの支店がらみでアルノルト領を留守にすることが多かった。

 いつもならアルノルト領を留守にするときはティナも連れていくところだが、彼女を連れていけない理由があったのだ。

 二人で村のはずれへと移動していく。


「もうすぐ、この村ともお別れだな」

「寂しいですが、いつかそんな日が来ると思っていました」


 俺たちは来週から本村へと住居を移す。

 その関係で今年の夏から村長代理のソルトを村長に任命していた。


 これからは本村でアルノルト全体を見ることになる。

 一から作り上げたこの村から離れるのは名残惜しい。

 だけど、ティナの言う通りいつまでも甘えてはいられない。俺はもうアルノルトの領主なのだから。


「ティナ、もう少し傍に。何かあったら大変だ」

「もう、クルト様は心配しすぎです」

「心配するに決まってる。ティナ一人の体じゃないんだ」


 俺が外での仕事にティナを連れていかなかったのはティナが身ごもったことだ。

 ゆったりした服を着ていて目立っていないが、少しずつお腹が膨らんできている。

 ティナが肩が触れそうな距離まで近づく。


「少し、恥ずかしいです……でもうれしい。絶対元気な赤ちゃんを産みますね」

「頼む。俺もできる限り協力するから」


 俺はもうすぐ父親になる。

 まだ、実感はわかないが生まれてくる子供は大切にしたいと思う。

 できるなら、俺が育て上げたアルノルト領を継いで発展させてほしい。だけど、本人が別の道を進みたいなら応援してやるつもりだ。

 こんなことを考えるには早すぎるか。

 でも、どうしても考えてしまう。俺はいい父親になれるだろうか?

 できれば、性格はティナに似てほしい。俺に似てしまったらいろいろと苦労することは間違いない。


 ◇


 目的地に来た。

 そこは小高い丘だった。

 ティナがシートを広げて、俺は弁当を詰めたバスケットを取り出し、お茶を淹れる。


 ここなら、アルノルトをさらに発展させたものが一望できる。

 ティナと並んで、丘からの景色を楽しむ。


「うわああああああ、ここから見ると一段とすごいです。一面青々として。これ全部が砂糖になるんですよね」

「そうだ。テンサイ……砂糖ダイコンの畑だよ」

「ふふっ、これのおかげで去年はすっごくたくさんの収入がありましたよね。砂糖を作るのは大変でしたが、むしろ作ってからのほうがずっと大変でしたよね」


 アルノルトでは砂糖の大量生産に成功して巨万の富を得ている。

 二年前、秋のうちに他の領地で家畜の飼料として栽培されていたテンサイを買い込んで置き、冬のうちに試行錯誤を経て砂糖づくりに成功した。


 思ったよりずっと難しく、冬はすべてそれに費やした。

 テンサイでの砂糖づくりに成功したため、春には大量に苗を買い付け、他の領地でテンサイを栽培していた農民たちを多額の金を払って引き抜いた。

 それだけでは人員が足りなかったので、移民募集で来た人員すべてつぎ込んで全力で栽培した。


 初年度なので、いろいろと失敗があって見込みよりは収穫量が落ちたもののたっぷりとテンサイが収穫でき、それを砂糖にして売り払い巨万の富を得た。


「ティナの言う通り、作った後のほうが大変だったね。市場を混乱させないように流通量を絞ったり、いろんな都市に分散して売るように気をつけてはいたんだがな。金の匂いを嗅ぎつけた商人や貴族たちが押し寄せてきて、ひどいことになった」


 砂糖が寒い土地でも作れるようになる。

 そのインパクトは俺の想像よりもずっと大きかった。


 噂はどんどん広まっていき、連日連夜、手紙や来客の嵐。

 砂糖に目を付けたものは正面から来るとは限らない。砂糖の製造方法を盗もうとアルノルト領に忍び込むものや、領民に金を握らせて情報を得ようとするもの様々な手で砂糖を奪いに来た。

 あるときなど、ティナを攫って人質にしようとしたものまで現れた。


「でも、なんとかなった」


 久々に槍のアルノルトとしての力も振るう羽目になったこともある。

 そのことで、変な武勇伝や二つ名が出来た。

 その二つ名を初めて聞いたとき、俺は眼を丸くしてクロエなんかは爆笑した。【百人殺しの鮮血菓子職人ブラッディ・パティシエ】。

 社交界に出る度にこの名で呼ばれるのでたまに死にたくなる。


 貴族絡みのいざこざはレナリール公爵やフェルナンデ辺境伯の力を借りつつ、危機を乗り越えた。

 特にフェルナンデ辺境伯には頭が上がらない。

 不義理をした俺を助けてくれたのだから。


「今となってはいい思い出ですね」

「二度目はごめんだけどな」


 俺とティナは笑いあう。


「ティナ、最近忙しかったのは、エクラバに大きな工場を作るからなんだ」


 フェルナンデ辺境伯は、ただで助けてくれたわけじゃない。

 大規模な砂糖工場を共同で作ることを条件にした。


 その結果、砂糖で得る利益の三割ほどがフェルナンデ辺境伯に渡ることになるが、悪くない話だ。


 テンサイを砂糖に加工するのは重労働。

 去年は領民総出で、なんとか収穫したテンサイを砂糖に変えたがぎりぎりだった。

 テンサイの栽培は去年を教訓を生かして生産効率をあげ、新たな開拓地もテンサイ畑にしたおかげで収穫は倍増する。

 今年は砂糖の生産が破綻することは見えていた。


 だからこそ、大規模な工場を作る。

 効率的な手法で機械を利用し、多数の人員で流れ作業を行う。

 これなら、収穫が倍増したテンサイをすべて砂糖に変えられる。


 工場はアルノルト領に作るよりはエクラバなどに作ったほうがいい。

 人手が集まりやすいし、砂糖を流通させるうえでも有利だ。

 来年からはアルノルト領だけじゃなく、フェルナンデ領もてんさいを栽培し、その分も一緒に工場で砂糖にする。


 フェルナンデ辺境伯との取り決めではアルノルトで生産したてんさいで作った砂糖の利益配分はアルノルトが七分でフェルナンデが三分。

 フェルナンデで生産したてんさいの砂糖の利益配分はアルノルトが五分でフェルナンデが五分となる

 そして、十年後にはこの契約は期限切れだ。

 あとはお互い、勝手に砂糖を作ることになる。


「せっかく、クルト様が砂糖の作り方を見つけたのに。儲けを取られちゃうなんてもったいないです」

「いや、いいんだ。守ってもらった上に力を借りてるし、大量生産しつつ加工法をほかの領地に隠すなんてアルノルト単体では無理だ。安全に十年も莫大な報酬が入ってくる。かなり良心的な契約だと思うよ。フェルナンデ辺境伯には不義理をした分の補填もしたかったしな」


 今回の件はフェルナンデ辺境伯への罪滅ぼしにもなる。

 砂糖によって莫大な収入が彼の手元に入るのだ。


「……そもそもだ。ティナ、俺の目的を忘れたか」

「クルト様の目的は……あっ、みんなが甘いお菓子を好きに食べられるようになることでしたよね」


 ティナは俺の言いたいことに気付いてくれたようだ。

 砂糖が大量に出回るようになれば、甘いお菓子は今までよりずっと身近なものになるだろう。


 アルノルトだけでは限界があるが、フェルナンデ辺境伯領でもテンサイを育てれば一気に生産量はあがり、砂糖の値段はより下がるだろう。

 それこそが俺の望みだ。


「そんな日が来るのが楽しみですね」

「ああ、そうだな」


 ティナと二人、丘でてんさい畑を眺めながら昼食を楽しむ。

 ティナがもたれかかってくる。

 ティナと二人とゆっくりピクニック。

 俺はこういう優しい時間が何よりも好きだった。


「実はな、砂糖作りを急いだのはもう一つ理由があったんだ」

「教えてもらってもいいですか?」


 俺は笑って、ポケットの中から小包を取り出す。

 小包の中には長方形のソフトクッキーが入っていた。

 それをティナの口の中にいれる。


 ティナはいきなり口の中にお菓子を入れられて驚いたが、俺がこういういたずらをたまにしていることもあり、すぐに我を取り戻して咀嚼する。


「すっごく柔らかくて、優しい味のクッキーです。それに体がぽかぽかする」

「このクッキーは離乳食なんだ。柔らかいし栄養がたっぷり、風邪をひきにくくなる。俺たちの子供に食べさせるために作ったお菓子だ。知っているか? 蜂蜜は赤ん坊には与えられない。砂糖がないと俺のお菓子を子供に食べさせてやれない。だから、がんばっていたんだよ」

「おかしい。クルト様って、たまにすごく変なことを考えますよね」


 ティナがくすくすと笑う。


「変なことじゃない。世界で二番目にお菓子を食べさせたい人に食べてもらえないなんて、菓子職人にとっては一大事だ。砂糖ぐらい作って見せる」

「そんなのクルト様だけです。だけど、そんなに愛されているこの子は世界で一番幸せ者です。クルト様、来てください」


 ティナが膝を叩く。

 ありがたく膝枕をしてもらう。

 俺はティナのひざまくらが好きだ。ティナの柔らかさと温かさと匂いに包まれていると疲れも苛立ちも消えていく。


「クルト様、ちなみに一番食べてほしい人は誰ですか」


 ティナは答えなんてわかっているのに聞いてる。


「もちろんティナだ」


 俺がそう言うと、ティナが微笑んで、それから唇を俺の唇に押し当ててきた。

 ティナとのキスはいつもお菓子の味がする。


 ◇


 それからはとりとめのない話をした。

 日が暮れてきたので、片づけをして家路につく。


「クルト様、ティナ。こんなところにいましたの!? 探しましたわ!」

「うわぁ、相変わらず年中アツアツだね。いつまで新婚気分が続くんだろ」


 桃色の髪の美少女ファルノとエルフのクロエの二人だ。

 ファルノは十六になってよりいっそう魅力的になった。家名を捨ててアルノルト領に来てくれて、アルノルト領の経理と対外交渉を一手に引き受けてくれている。

 彼女の力なしに、エクラバの砂糖工場の設置や、さらなる菓子店Arnoldアルノルトの支店の成功はなかっただろう。


 クロエはエルフ特有の老化の遅さで二年前と見た目はほとんど変わっていない。

 だが、中身は随分と成長している。

 彼女は今も精霊の里とアルノルトの橋渡しをしてくれており、人間の世界に興味をもった亜人たちをアルノルトへ案内をすることもある。


「二人とも、そんなに息を切らせてどうしたんだ?」

「どうしたじゃないですわ。今日はクルト様とティナの結婚式じゃないですか。そろそろ着替えないとまずい時間です」


 そのことか。

 俺もティナもちゃんとわかっている。

 だから、ピクニックを切り上げて帰ろうとしていたのだ。


「大丈夫、今から戻ればちょうどいい時間だ」

「ですね。クルト様の言う通り、まだ慌てるには早いです」


 今日は俺とティナの結婚式。

 結婚したのはずいぶんと前だが式自体は後回しにしていた。

 大事な人に祝ってもらえるようになってから式を開こうと決めており、今日になった。

 今日の結婚式には今までお世話になった人たちがくる。

 フェルナンデ辺境伯もだ。


「うわぁ、昔のティナからは考えられないセリフだ。昔のティナなら、きっと私たちより慌ててたよ」

「クルト様に毒されておりますわ」


 ファルノとクロエの二人が苦笑している。

 そうだ、大事なことを言ってなかった。


「俺はティナとの結婚式を世界で一番幸せな結婚式にしたい。来てくれたみんなが来て良かったって思ってもらいたい。だから、今日のウェディングケーキは気合を入れた。お菓子を使ってみんなを幸せにするのはズルかもしれないが、菓子職人の特権だ。期待していてくれ」


 ファルノとクロエ、そしてティナまでも目を輝かせる。

 今回のウェディングケーキは自信作だ。

 飛び道具のチョコレートなどは封印し、ありきたりな材料を使いつつも、誰も食べたことがない最高のものを作り上げた。


「ファルノ、美味しそうだね。祝いに来てくれた精霊の里のみんなも、きっと喜ぶよ」

「クルト様の自信作ですもの。お父様の心を溶かしてくれるかもしれません」

「でも、私たちは味わえるかな。実はちょっと不安」

「ですわね。せっかくの美味しいケーキなのに残念ですわね」


 ファルノとクロエは最近妙に仲が良い。

 よく二人で飲んでいる。

 この前、どうして急に仲良くなったのかと聞いたら失恋同盟と言っていた。


「ティナ、ファルノ、クロエ、急ごう。こうして話をしてるうちに本格的にまずい時間になってきた」

「「「だれのせい(ですか)!」」」


 俺は小さく笑う。

 ティナとの結婚式を待ち望んでいた。

 みんなに祝福されてティナと結ばれる日がやっと来たのだ。


 渾身のウェディングケーキを食べるみんなの表情を見るのも菓子職人パティシエとしての楽しみだ。


 たぶん、俺は世界で一番の幸せ者だろう。

 甘いお菓子と優しい人々に囲まれて生きている。


 夢が絶たれて失意の底に落ち、ようやく幸せの絶頂にようやくたどり着いた。

 今日の結婚式は俺の人生の節目だ。

 今までのことが脳裏に現れては消えていく。

 今までの人生を一言で表すならなんと言えばいいのだろうか?

 しばらく、考えてみる。


 ふと頭に浮かんだ。

 あまりにも、そのままで、飾り気がない言葉で笑ってしまいそうになる。

 そう、俺の人生を一言で表すならこれしかない。


 ……お菓子職人の成り上がり。

お菓子職人、完結です! 約二年のお付き合いありがとうございます。最後ですので画面下部のポイント評価をしていただけると嬉しいです。後日談をいくつか予定しております!


また、私の小説をまだ楽しみたいと思っていただけるなら新作がありますので、そちらを読んでいただければ嬉しいです

【そのおっさん、異世界にて二周目プレイを満喫中】

↓のほうにリンクがありますので是非! こっちも面白いですよ

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新作を始めました。 ↓にリンクがあるので是非クリックして読んでください
【そのおっさん、異世界で二周目プレイを満喫中】
努力家だけど報われないおっさんが、一つの気づきと出会いで人生大逆転、知識と経験ですべてを掴む物語!
 自信作です!
― 新着の感想 ―
[一言] 微妙
[一言] この物語は、ここで終わらないと思います。続きがあります。一夫多妻にして、なんらかのきっかけを作り、残り3人のヒロインともむすばれ、次の世代に受け継ぎます。 ティナとの間の子供→武人→魔王o…
[良い点] お菓子の知識が勉強になったところ 完結したところ 安易なハーレムではなく一人のヒロインを愛し抜いたところ [気になる点] バカ王子があっさり引き下がりすぎてちょっとモヤモヤします 悪辣そう…
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