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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:王に捧げるトリュフ・トルテ
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第二十一話:砂糖の夢と婚約と父と

 ティナと気持ちが通じて結ばれた。

 ずっと、ずっと望んでいた夢がかなった。

 目を覚ます。


 隣ではティナが眠っている。生まれたままの姿で。

 こうして、結ばれるまで絶対に手を出さないと決めていた。

 ティナが俺のことを好きなのは気付いていた。だけど、いろいろなしがらみで彼女と添い遂げられない恐れがあった。


 それなのに、ティナに手を出し、俺に縛り付けてしまうのが怖かった。だけど、いろいろな機会が与えられ、ようやくティナと結ばれることができる状況を勝ち取った。


 ティナの頭を撫でる。

 さらさらの銀色の髪と、キツネ耳の感触が愛おしい。

 ティナが目を覚ました。


「クルト様がちゃんといる。良かった。夢じゃなかったんですね。クルト様と結ばれるなんて幸せすぎて、起きたら、全部夢だったらって。そんなことばっかり考えちゃってました」


 ティナが涙を流す。

 そんなティナが愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめる。


「夢じゃないよ。夢だったら悲しいな。せっかくティナと結ばれたのに」

「私も夢だったなんて絶対嫌です。だから、信じさせてください」


 ティナがキスをせがんでくる。

 その願いに応えて、ティナと口づけを交わした。

 ティナのぬくもりを確かに感じる。

 これが夢であってたまるものか。


 ◇


 その後、いろいろと燃え上がった。

 お互い、恥ずかしくなり昼食を兼ねた朝食はまともにお互いの顔を見れなかった。


「ティナ、今日は仕事を早めに切り上げて本村に行きたいと思う。父さんに俺たちのことを伝えたい。一緒に行ってくれるか?」

「はい! 私のお父さんになる人ですから。ちゃんとあいさつしないと!」


 ティナがぎゅっと握りこぶしを作る。

 気合を入れすぎだ。

 だけど、そんなところも可愛らしい。


 心なしか震えている。

 きっと、俺たちの結婚を反対されるのが怖いのだろう。だけど、その心配はない。


「父さんはきっと反対しない。それに、反対されたとしてもそれぐらいで俺は諦めない」

「クルト様」


 ティナに微笑みかけて震えるティナの手を俺の手で包む。

 しばらくするとティナの震えが止まる。

 少しでも安心してくれてよかった。

 ティナにはこれから、俺の妻としていろいろな苦労をかける。貴族の妻として学ばないといけないこともいくらでもある。できるだけサポートしていこう。


 ◇


 今日は外に出て、開拓状況の監督をしていた。

 今年の開拓は今週いっぱいで終了だ。

 そろそろ雪が積もり始める。


 そうなれば開拓どころじゃない。しっかりと手入れをし、今年の成果をまとめておく。


 冬は開拓も農作業もできない。雪が強いと竜車の運行もできないし、そもそも材料の仕入れが難しくなり菓子店も開店する日が少なくなる。

 だけど、やることがないわけでもない。


 来年度のアルノルト領の経済活動や開拓の方針をきっちりと固めて予算を組み立てる。

 冬の間にどれだけきっちりと先を見据えた計画ができるかどうかで、来年の成果が決まる。


 一緒にやってきた領民、一人ひとりの話を聞く。

 この時期の俺はみんなの要望を一通り聞いておく、そしてその要望を活かした計画をする。

 そうすることで、少しでも民の暮らしをよくする。


「みんな、今日はここで切り上げよう」


 冬の備えをする時間を与えるため、この時期は仕事を早く終わらせる。

 男たちは山に登り、狩りをしたり山菜や木の実を集めたりする。


「長、今年はだいぶ開拓が進みましたね。ただ、開拓が進みすぎて、俺たちだけじゃこれだけの広さの農地はもてあましちまいそうだ」


 俺の不在時に長の代理を務めるソルトが相談してくる。

 彼はすでに一労働者じゃなく、経営者側の視線で見ている。


「そのことについては考えているさ。人が余った土地から移民を募集してる。なんとかなりそうだ」

「人はいいとして、何を育てるかも悩みますな。小麦は村で食う分は十分あります。どうせ売るなら、高く売れるもんって欲が出ちまいます」


 俺も同意見だ。なかなか鋭い意見で驚く。


「それなんだがな、うちの村で砂糖を作れないかを試したい」

「砂糖って、あの砂糖ですかい!? あれはあったけえ国じゃねえと作れねえって話ですぜ」

「サトウキビから作る砂糖はそうだ。いろいろと手を尽くして探している作物がある。それならこの村でだって作れる。うまくいけば、うちの村で砂糖を大量生産だ。そうなれば、凄まじい金が動く」


 中世ヨーロッパでは砂糖は非常に高価だった。

 航海技術が拙く、南の国から砂糖を運ぶのは命がけ、そもそも砂糖づくり自体が非常に労力がかかり、南の国だってそこまで労力を割けずに大量生産はしていない。

 だが、いつの時代も人は甘味を追い求める。

 砂糖を仕入れるために、わざわざ一つの国を植民地にして国営農園を造ってまで砂糖を手に入れようとした時代があった。


 そんな貴重な砂糖が大量に出回ることになったのは、一つの発見があったからだ。

 砂糖大根。もともと甜菜と呼ばれて馬の飼料に使われるほどありふれた作物。

 その根を使い砂糖を作る方法が見つかった。


 甜菜は寒い土地、痩せた土地でも育ち、ヨーロッパでも砂糖の生産が可能になった。

 サトウキビよりもずっと楽に育てられ、出来上がる砂糖の質がいい。近年ではむしろ砂糖ダイコンを使った砂糖が主流になっている。


「そいつはすげえや。砂糖を作るなんてきんが地面からざくざく噴き出すようなもんじゃねえですか」

「今はその準備をしている段階だ。失敗するかもしれない。だけど、エクラバの菓子店のおかげで失敗してもいい余裕ができた。仕掛けるなら今だと思っている」


 今までは、不作と村民の餓死はほとんどイコールで、大胆な実験ができなかった。

 だけど、今は失敗してもいいだけの余裕がある。

 砂糖大根が全滅しても、民を食わせられる金がある。


 チャレンジしてみたい。

 貴族たちの出るパーティでそれとなく情報を集め、西のほうで馬の飼料に使っているのが甜菜らしき作物であることはわかっている。


 それを仕入れるための手回しは終わっていた。

 明後日、竜車を使って受け取りにいく。

 実際に手に取り、それで砂糖が作れるなら、春には開拓地がまるまる甜菜畑になるだろう。


 砂糖の大量生産というのは、村を一気に豊かにするための希望であり、同時に砂糖を自由自在に使うというのは菓子職人としての長年の宿願だ。


 まずは、アルノルトで大量生産を成功させ、そしていずれはこの方法を広めてしまいたいと思う。

 どれだけ隠そうとしてもいずれは絶対どこからか漏れる。

 そもそも、領地で砂糖の大量生産していることがばれようものなら、俺より上位の貴族が権力にものを言わせてその方法を知ろうとする。砂糖は富の象徴だ。

 だから、ある程度アルノルトが儲けて、砂糖の大量生産が見つかった段階でいっそのこと積極的に情報を開示し、誰もが砂糖を安く手に入れられるようになる。そんな世界を作ろうと決めていた。


 ◇


 一通り仕事が終わり、本村にたどり着いた。

 ティナと二人で実家に向かう。

 ティナは手持ちの服で一番いい服を選んでいた。


 俺がエクラバで買い与えたものだ。ティナは大事に大事にその服を使ってくれている。


「ティナ、このタイミングになっちゃったけど、渡したいものがあるんだ。右手を出してもらっていいかな」

「はっ、はい」


 ティナがおずおずと手を出す。

 彼女の右手をとる。

 ティナの手は働き者の手だ。この手が大好きだった。ティナの小指に指輪を嵌める。


 ティナにポロポーズをすることは王都で決意した日のうちに、指輪を買い求めた。

 王都の物は質がいいがとても高い。それでもティナのためなら散財も惜しくなかった。


「クルト様、これ」

「婚約指輪だよ。父さんに挨拶するまえに付けたほうがいいかと思ってね」

「嬉しいです。すごく。すっごく。この指輪をずっと、ずっと大事にします」

「喜んでくれるのは嬉しいけど、泣いちゃだめだよ。化粧が落ちちゃう」


 珍しくティナは化粧をしていた。

 化粧なんてしらないティナの面倒を見たのはクロエだ。


 クロエは祭りで巫女を務めることもあり、そういうことがちゃんとできるし、精霊の里で使う特殊な化粧をもっていた。

 複雑な表情をしていたが、おめでとう。がんばれとティナを励ましてくれた。


「そんなことを言われても無理です。嬉しすぎて泣いちゃいます」

「昨日からティナは泣いてばかりだな」

「クルト様のせいです」


 結局、ティナは大事そうに婚約指輪を付けた手を左手で包み、泣きじゃくってしまった。


 せっかくの化粧は全部流れてしまい、顔を洗って素顔のティナのまま父と会うことになった。

 それはそれでいいと思う。ティナは化粧なんてしないでもとびっきり魅力的なのだから。


 ◇


 ティナが泣き止むのを待ってから屋敷に戻ってきた。

 父に夕方、ティナと共に挨拶しにくることは伝えてある。

 父の執務室に案内された。


「クルト、よく来たな。我が息子ながらフェルナンデ辺境伯の娘との婚約を断り、平民。それも亜人を選ぶとは驚きだ」


 父はどこか苦い顔をしていた。

 アルノルトの先代当主として、父として当然の反応だ。


「父さんは反対ですか」

「反対だ。貴族として、領民を守る者としての自覚がまるでない。フェルナンデ辺境伯の好意を足蹴にして無事に済むと思っているのか? これまでさんざん力になってくれたあの人が敵に回る意味が本当にわかっているのか?」

「わかっています。すべて覚悟をした上で選んだ道です」


 俺をとりまく、ありとあらゆる状況がファルノと婚約するべきだと示している。

 それでも、俺が好きなのはティナだ。


 ファルノと結ばれて、ティナを愛人にするという道もあっただろう。

 ファルノはそれでも許してくれたと思う。

 だけど、そんな不義理なことはしたくなかった。


「クルト、おまえのせいでアルノルト領に住むすべての人々の生活が脅かされるのだぞ」

「そうはなりません。俺の力でフェルナンデ辺境伯から得られるはずだった恩恵以上のものを領民に与えてみせます。そのための力を身に付けた。だからこそ、この決断をしました。俺にはアルノルトの民を幸せにする力と覚悟がある」


 そうなのだ。

 民を不幸にしてまでティナを選んだわけじゃない。

 民を今まで以上に豊かにする自信があるからティナを選んだ。

 父は薄く笑う。


「……ならばいい。クルト、おまえはすでにアルノルト領を私が何十年もやってきた以上に豊かにした。初代から悲願だった男爵になるという夢を果たした。ここからはお前の時間だ。民を蔑ろにしないのであれば、私が言うことはない」

「父さん、ありがとう」

「おまえが私にわがままを言うのは二度目だったな。たった二度のわがままぐらい通させてやりたい。それぐらいの親心は私にもある。微力ながら、おまえたちとアルノルトを守るために力を尽くそう……それから、ティナと言ったかね」


 突然、話を振られてティナがぴくりとした。


「はい、私がティナです」

「君を選ぶことがクルトにとって、アルノルト領にとって、どれだけのマイナスを産むかわかっているかね? わかった上でクルトのプロポーズを受け入れたのか、何も考えずに浮かれているのか、君はどっちだ」


 父がまっすぐにティナを見つめる。

 父の眼光はするどい、大の大人でもすくみ上る。

 助け船を出そうとして、止めた。

 その視線をティナは受け止めていた。


「考えました。私と結婚することでクルト様が不幸になると思って、怖くなりました。だけど、クルト様が私と結婚することが一番の幸せだって、そうなるようにして見せるって言ってくれて、だから、私もクルト様を信じることにしました。クルト様が選んだ道を、クルト様を支えながら歩いていくって決めたんです」


 力強い言葉だ。

 ティナも悩みに悩んで決断してくれた。

 ティナは昔から、俺の幸せを第一に考えてくれた。そんな彼女だからこそ、生涯を共にしたいと思った。


 ティナとなら夢を追いかけ続けられる。

 父が立ち上がり、ティナの前に立つ。

 そして、頭を下げた。


「息子を頼む」


 あの父が頭を下げる。それがどれだけ重いことか俺にもティナにもわかる。


「私こそお願いします」


 ティナも頭を下げた。

 空気が少し柔らかくなる。


「クルト、ティナ。食事を用意している。今日は食べていきなさい。クルトの嫁になる女性だ。ゆっくりと話をしたい」

「はい、お願いします!」

「息子はいい子を妻に選んだ」


 父がティナを認めてくれた。

 これで正式にティナはアルノルトの婚約者になる。

 ファルノとの約束の一年という期間が終わればティナと結婚する。

 その日が来るのが今から待ち遠しかった。

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