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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:誓いと黄金のマドレーヌ・アルノルト
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第十一話:クルトの魔法と特訓の準備

 無事、フェルナンデ辺境伯と、その娘のファルノを見送って帰路につく。

 彼らは従者に馬車を引かせて父と弟のいる本村に戻る。

 フェルナンデ伯爵には、俺も本村に戻って一緒に食事をするように誘われたが丁重に断った。

 俺なりのけじめだ。選定の儀までは父にも弟にも会わない。


 それに時間がない。残りの僅かな時間で技能を得る必要がある。

 俺は家に戻って、ひたすら明日からの鍛錬の方法を思案し、準備をした。


 ◇


 朝からティナと共に開拓地に向かう。

 村の領民たちに告げないといけないことがあるからだ。


 俺とティナが開拓地につくと、開拓村の領民たちが次々に挨拶してくる。挨拶を返しつつ、彼らに集まってもらう。


「みんな、すまない。大事な話があるんだ」


 俺の言葉に、あたりがざわめく。


「知っている者もいると思うが、俺は五日後、選定の儀で弟のヨルグと決闘する。勝てばアルノルト家の領主となり、負けても名主として、この村に残れるという約束だ」


 領民たちは、みんな安堵していた。

 俺が負けてもこの村を出ないと知って安心しているのだろう。


「だが……。その約束が覆された。俺は負ければ、本村に戻ることになり、この村は弟のヨルグが治めるようになる」


 いっきに領民たちの顔が曇る。


「そんな、あの穀潰しが」

「いい噂、聞かねえよな。親戚連中もバカ息子って嘆いてたぜ」

「兄貴の才能の搾りかすって聞いたことあるな」


 ざわざわと声が聞こえ始めた。

 この村にいる領民たちはもともとは別の村に居たのでヨルグの噂を聞いている。

 親の権力で好き勝手やっているので奴の評判は悪い。


「俺はあいつにこの村を任せたくない。おまえたちが不幸になるのを避けたいし、俺自身、この村に愛着がある。そのために、選定の儀までの時間、その準備に専念させて欲しい。残りの時間を決闘に向けた特訓に費やしたいんだ」


 頭を下げる。


「俺が居ないとどうにもならない問題や、けが人が出た場合は当然対応するが、しばらくの間、開拓作業ができない。おまえたちには負担をかけてすまない。俺はどうしても勝ちたい」


 辺りが静まり返る。

 そして、一人の領民が口を開いた。


「頭をあげてくだせえ、坊っちゃん。んなもんいいに決まってる」

「んだんだ。俺ら坊っちゃんに甘え過ぎてたんだ」

「一週間もねえだろ。それぐらいなんとかするさ」

「だいたい、クルト様に勝っていただかないと、一週間どころか、一生ひどい目にあうぜ」

「違いない」


 領民たちが、いっせいに笑い合う。


「クルト様、こっちのことは気にしないでくだせえ。俺たちはずっとクルト様とやってきたんだ。クルト様にいろんなことを教わってきた。俺たちだけでもやれる。だから、全力で特訓でもなんでもしてくだせえ。その代わり勝ってくださいよ」


 胸に熱い何かがこみ上げる。


「すまない。ありがとう」


 俺は絞りだすように、短く声を出した。


「言っておきますが、クルト様。領主になったからってこの村を出るのはなしですぜ」


 冗談めかした口調で領民の一人が言う。すると、周りから笑い声が響いた。


「当然だ。俺はこの村をもっといい村にするんだから」


 そして、俺はその場を立ち去る。これ以上ここにいれば、恥ずかしい姿を見せてしまいそうだ。

 俺のためにも、彼らのためにも絶対に勝たないといけない。


 ◇


 家に戻って、俺は台所に立っていた。


「クルト様、特訓は何をされるのですか?」

「料理」

「へっ?」


 ティナが、呆然とした顔で聞き返してくる。

 まあ、それもそうだろう。


「俺は料理をすれば強くなる。俺だけしかできない方法だ。圧倒的な才能と高度な調理技術がないとできない特訓があるんだよ」

「才能と調理技術ですか?」

「俺は魔法を手に入れてね。その力で世界の仕組みを知った。そのおかげで最適な特訓の方法に気付いたんだ」


 全てを見通す目は、熟練度の仕組みまで教えてくれた。その仕組みの穴を徹底的についた効率のいい熟練度あげ。それは料理だった。

 ティナは魔法と聞いた瞬間にキツネ耳をピンと立てて目を輝かせる。


「すごい! 魔法なんて。いったいどんな魔法なんですか?」


 ティナが驚くのは無理も無い。

 そもそも、魔力を使えるものが千人に一人程度。そして、その本人の本質とも言える力である魔法を使えるのは、魔力を持つものの百人に一人。

 つまり、十万人に一人。魔法を得られたのは運がいい……だが、怖くもあった。


「あらかじめ言っておくが、絶対に口外しないでくれ。ティナだから教えるんだ」

「私にだけ……、私にだけなんて……」


 ぼうっとしているティナの手をとる。水仕事が多く、綺麗な白い手が荒れて、あかぎれになっていた。頑張り屋さんの手だ。


「ティナ、その手、痛くないか」

「実は、ちょっと痛いです。でも、ぜんぜん我慢できるので、気になさらないでください」

「癒やそう。俺にはそれができる。それこそが俺の力、回復ヒールだ」


 魔力を高め、回復ヒールを使用する。

 その瞬間、ティナの体の全てが脳裏に浮かぶ。

 これは、まさか。


「すごい、手が綺麗に! 嬉しい! 本当は辛かったんです」


 ティナが嬉しそうな声をあげて、すべすべになった自分の手を見る。

 傷みがなくなったことよりも綺麗な手に戻ったことが女の子として嬉しいようだ。


「ティナ、それ以外の変化はないか?」

「変化ですか? そう言えば、なにか、温かいものが体の中に溢れているような。なに、これ、こんな感覚はじめて」


 ティナが困惑しながら、自分の体を抱きしめる。

 俺には全てがわかっていた。ティナは魔力に目覚めた。


 俺は、ティナを回復ヒールしたときに知ってしまった。

 今までの常識だった、魔力を使えるのは千人に一人ということが誤っていることに。

 本当は誰もが魔力を扱える。ただ、魔力を生み出す器官が健全に機能した状態で生まれるのが千人に一人というだけだ。


 つまり、回復ヒールが使える俺なら、誰であろうと魔力の発生器官を癒やし、あっという間に魔力を使える状態にできる。

 生唾を飲む。


 魔力を使える人間は貴重だ。一人で兵士数人分以上の働きをする。そんな兵士を一人でいくらでも作れる能力? 危険過ぎる。


 それだけではない。俺の回復ヒールは、生きてさえいれば、どんな傷も病も癒やす。その気になれば老化すら”癒せる”。

 最強の軍団を作れ、人を不老にできる。それが俺の回復ヒール。こんなものが人に知られてしまえば大変なことになる。


「だめ、何か、溢れてきそう」


 ティナが目覚めたばかりの魔力に翻弄されている。

 そっと、彼女の背中に手をあて彼女の魔力を鎮めた。

 次は、彼女に力の使い方を教えないと。


「ティナ、落ち着いて聞いてくれ。その力は魔力だよ。ティナは魔力に目覚めた」

「私が、魔力に……」

「そう、俺が背中に当てた手に集中して」

「不思議、クルト様のぬくもりが身体に流れ込んでるような」

「うん、いい感じだ。自分の中にいる俺のぬくもりに意識を向けて」

「はい、クルト様が、私の中にいます」

「じゃあ、俺の力を自分で辿って、ティナの不思議な何かを、俺と同じように」

「クルト様のあついのを追いかけて、これ、きもちいい」


 ティナの中で魔力の循環が始まる。

 ティナは魔力の制御法を身に着けていく。俺は手を離す。もう大丈夫だろう。


「ティナ、おめでとう。ちゃんと魔力を制御できてる」

「こんな、簡単に、魔力が手に入って使えるようになるなんて……クルト様の魔法のおかげですか?」


 ティナが不思議そうに自分の手を見つめた後、問いかけてきた。


「そうだよ。偶然だったけどね。みんなもともと、魔力を生み出す力はもっているんだ。でも、ほとんどの人が魔力を生み出す機能が壊れている。ティナを回復ヒールしたときに手と一緒に治しちゃったんだよ」

「そうなんですか……。でも、嬉しいです。これで、今まで以上にクルト様の役に立てます! 重いものも持てるし、クルト様を守れます!」


 ギュッとティナは拳を握りしめ、キツネ耳をピンと立てる。


「それ自体は喜ばしいことなんだけどね。ただ、誰でも魔力を使えるようにできるとバレたら、俺はよくて幽閉、悪くて殺される。だから、二人だけの秘密だ。」

「はい、絶対に秘密にします」


 キリッとした顔でティナは頷く。

 初めて回復ヒールを使った相手がティナで良かった。

 相手によってはいくらでもひどい状況がありえた。


 おそらく、秘密にすることはできるだろう。

 ある程度の年齢になってから初めて魔力に目覚めることも多い。ティナが魔力に目覚めたのが俺の仕業だって疑われることはまずない。


「さて、ちょっと遠回りしたけど、はじめようか。俺の特訓を」


 まな板にキャベツ、そして包丁を手にして俺は気合を入れた。

 


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