第十九話:美しくて儚くて、でも温かい雪
ティナにプロポーズをすると宣言した。
ティナのために、世界でたった一つのお菓子を作る。
そして、ティナが今まで食べたどんなお菓子よりも美味しいと認めてくれれば、晴れてティナと結ばれる。
ハードルは高い。
なにせ、ティナには今まで俺の作ったお菓子を食べさせてきた。
……今回の相手は過去の俺となる。
最高傑作を作らない限り、ティナは頷いてくれない。
そして、ティナにプロポーズしたことはエルフのクロエ、婚約者のファルノにも伝えてある。
ファルノは、気持ちの整理が出来たら、きっちりと話したいと言っており、まだ連絡はしてこない。
ファルノには悪いことをした。
献身的に尽くしてくれたファルノを裏切ってしまったのだ。
だけど、後悔はない。
悩み抜いたうえで、俺はティナを選んだ。理屈ではなく、感情で。……彼女が望むならどんな償いでもするつもりだ。
◇
厨房でお菓子作りをしていた。
数日かけて、栗のお菓子を作っているところだ。
俺が作っているのはマロングラッセ。
日本語で言うと栗の砂糖漬けとなる。
そう聞くと簡単そうに聞こえるが、マロングラッセはかなり手間がかかる。
殻をむいたクリを糖度の高いシロップで煮て、二日ごとに濃度をあげるという作業を数日間繰り返す。
今回はハチミツを使い、洋酒の香りを利かせていた。
最終的に糖度を三十度まで上げたあとに、好みの糖度に落として仕上げとなり、普通に作れば二週間ほどかかる。
だが、マロングラッセには手間に見合うだけの価値がある。
砂糖の衣に包まれて表面はパリッとし、栗の甘味と旨味は深まり、口の中で崩れる食感はマロングラッセにしないと味わえない。
【回復】による、代謝の促進により作業工程を縮めることで、なんとか三日で作ることができた。
「うん、いい色合いが出ている」
綺麗な黄金色だ。
本来、マロングラッセは茶色に仕上がる。
しかし、黄金色にするために皮をしっかりと剥いて、クルナワという黄色の色素を持つ花と一緒に煮ることでこの黄金色を演出した。
この色合いが欲しかった。
マロングラッセそのものをティナへのお菓子として出すわけじゃない。これはお菓子の飾りつけに使う。味はもちろん見た目の美しさが必要だ。
一粒食べてみる。
栗の生命力を感じる。手を加えたことでより栗の輪郭がくっきりする。クルナワの花の香もいいアクセントになっている。
上出来だ。
瓶詰して、しっかりと保管しよう。
さて、これでようやくティナのためのお菓子の材料がそろった。
試作を始めていこう。
ただ、美味しいだけじゃなくて、ティナをイメージしたお菓子。
ティナを例えるなら、温かい雪だ。銀色の彼女には雪が良く似合う。
ティナのためのお菓子と言われたときに、まっさきにそんなイメージが浮んだ。
綺麗で儚くて、俺の心に降り積もり包んでくれる。
でも、見た目の儚さとは裏腹に芯は強くて温かい。
だから、そんなお菓子を作る。
……名前はもう決めてある。
ティナ・シュネークライト。
ティナに捧げる雪のドレス。
「さて、やろうか」
ずっと温め続けたアイディアを形にしていく。
まずは卵を割り、泡立てシロップを加えつつメレンゲをつくる。
そのシロップはマロングラッセを作ったときの糖液を使用する。
こうすることで一体感が生まれる。
さらに、隠し味程度にレモンの果汁を加える。
入れ過ぎると、栗の風味と喧嘩するが少量を加えることで味を引き締める効果がある。
そのメレンゲに葛を溶かしたものを加えてく。
俺が作っているのはギモーヴと言われるお菓子だ。
別名をフランス風マシュマロ。
正統派の工程ではメレンゲを使わないが、雪を表現するためにあえて使っている。
マシュマロと比べると、より柔らかく、さらっと溶けて口当たりがいい。果実の風味を利かせることが多いなどの違いがある。
今回は、その特徴をさらに強調するように葛を使い、より柔らかくふわふわ感を強調し、口の中で溶けやすいように工夫する。
特製ギモーヴ使うことでふんわりとして優しい純白の雪を表現する。
メレンゲに葛が馴染んだのを確認してバットに入れて冷やす。
十分に冷えれば、雪のギモーヴが完成だ。
冷やしている間に次の工程に入る。
マロングラッセとは別の糖液で数日かけて味をつけた栗の実を取り出す。
これで、モンブランなどに使われるマロンクリームを作る。
栗を潰して調味料で味を調えるよりも、こうして味つけをしてから潰したほうが仕上がりが良くなる。
だからこそ、マロングラッセとは別にマロンクリームを作ることを前提にした調味液で数日間かけて仕上げた。
店で出すのなら、ここまで手間はかけられないが、ティナのために最高のお菓子を作るならここまでする。
栗をすりつぶしてペーストにして、生クリームと隠し味を加えてマロンクリームを作り上げる。
食感を演出するため、マロングラッセを細かく刻んだものを混ぜ込む。
こちらも、マロングラッセと同じように黄金色に仕上げるように工夫してあった。
こうして黄金のクリームが完成。
白くて儚い雪に隠されたティナの強さと温かさを黄金色のマロンクリームで表現した。
「さて、ギモーヴは無事にできているかな?」
冷やしておいたギモーヴを取り出す。
純白のギモーブをつつくと儚く震えた。
理想的な柔らかさで仕上がっている。
端を切り取って、口に入れる。
まずは洋酒の香り、そして微かな檸檬の香りが鼻孔に届いた。。
ふんわりとしていて、それでいて舌触りは滑らか。
噛むと柔らかく歯を押し返し、すぐに溶けて儚く消えていく。
……狙い通りの出来だ。
この食感と儚さを出すのが、今回のお菓子を作る際の最難関だった。
これなら次の工程に進める。
パットから取り出して、ギモーヴを丸くくり抜く。
そして、丸くくり抜いたギモーヴの上にマロンクリームを塗って、さらにギモーブを重ねる。
真っ白なギモーヴと黄金のマロンクリームの対比が美しい。
だけど、まだ完成じゃない。
昨日のうちに作っておいた特別な材料を取り出す。
それは、粒の大きな白い粉だ。
ただの粉砂糖のようにも見える粉によって、このお菓子は俺の最高傑作へと生まれ変わる。
雪を降らしていく。
白いギモーブの上にパウダースノーが振りかけられ、より、ティナのイメージである温かな雪に近づく。
最後に、黄金色に仕上げたマロングラッセを乗せて完成。
美しいく儚い純白の雪。でも、その中には芯の強さと温かさが詰まっている。
これこそが、ティナをイメージしたお菓子……ティナ・シュネークライト。
このお菓子をもって、明日はティナにプロポーズする。
外を見ると、夜は明けていなかった。
……ティナにお菓子を振る舞うまで、まだ時間はある。
実食し、そして少しでもよりよいものが作れないか、最後の一秒まで考え抜こう。
絶対に後悔することがないように。
心の底から、美味しいとティナに言ってもらい結ばれるためなら、俺はどこまでだって頑張れる。




