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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:王に捧げるトリュフ・トルテ
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第十一話:クルトの願い

 俺のケーキが王家に認められた。

 世界中で俺しか作れない自慢のケーキ……クルト・ペルレ。

 その名には、クルトの作った黒真珠という意味を込めた。

 トリュフとチョコレートをたっぷりと使った贅沢なケーキだ。


 デザートを振るまった後は、特別に王族と歓談する機会が与えられた。

 加えて、第一王子カルトマンと第二王女エミリアから、最高のケーキを食べさせてくれたお礼と、弟が迷惑をかけたお詫びに、望むものを与えると言われている。


「俺の願い事か」


 明日、望みを伝えないといけない。

 これがなかなかに悩ましい。


 どこまでの願いが許容されるか?

 あまりに無茶なことを言っても恥をかくだけだし、控えめすぎるとそれはそれで王家を侮ることになってしまう。

 褒美ではるが、同時に俺のこと試しているのだ。


 そもそも、俺は何がほしいのだろうか。

 実際のところ、俺は満ち足りてしまっているのだ。


 男爵以上に出世すると、身動きが取れないほどの職務に押しつぶされるので、出世には興味がない。

 金銭も、あればあるほどうれしいが、エクラバでオープンした菓子店アルノルトのおかげで困っていない。


 しいて言うなら足りていないのは人材だろうか?

 アルノルト領は慢性的な人材不足だ。

 だが、それを王家に頼むのも筋違いだし、そもそも、フェルナンデ辺境伯に許可をとってエクラバで移民募集中だ。

 そんなこんなで、ずっと褒美に何を求めるか頭を悩ませていた。


 ◇


 王家の人々から解放されたあとは、レナリール公爵、ヴォルグ、ティナ、クロエと身内だけで、手料理と改めてクルト・ペルレを振舞っての祝勝会を開いた。

 みんなに祝ってもらいながら、祝勝会の間もずっと悩んでいたが答えは出なかった。


 そして、次の日になっても考え続けていた。

 もう、時間はない。

 二時間後には男爵に任命される。


 聞いている段取りだと、病に伏せている国王ではなく、昨日ケーキを振舞ったカルトマン王子が俺を男爵に任命する。

 おそらく、そこで望みを聞かれるだろう。


「弱ったな。自分では欲深い男だと思っていたのに。こうも頼みたいことがないとは」


 世界一の菓子職人パティシエになりたいという夢はある。

 だけど、そのために王子の力を借りるのは違う。


 椅子に深く腰掛けた。

 今いるのは、誓いの間と呼ばれる特別な一室に併設された待合室だ。誓いの間で男爵へと任命される。

 そこで、すでに専用の衣装に着替えていた。


「クルト様、ずっと悩まれているようですね」

「クルトって変わってるよね。男爵になる期待よりも、ご褒美が何がいいかの悩みが大きいなんて」


 ティナとクロエが、悩んでいる俺に声をかけてくれた。

 彼女たちには、待合室で付き添ってもらっていた。

 式には参加できないが、ここに居てくれるだけで心の支えになってくれる。


「自分でも驚いてるよ。……ティナなら、望みが叶うなら何を願う?」


 そういうとティナは顔を赤くしてそらした。

 答えが思い浮かばなかったわけではない、恥ずかしくてい言えない。そんな反応だった。


「あっ、クルトひどいな。ティナにそんなこと聞いたら、こたえられるわけないのに」


 クロエが、いじわるな笑みを浮かべる。

 クロエにはティナの望みがわかるらしい。


「どういう意味だ?」

「だって、ティナの願いなんてクルトとけっこ……むぐ」


 途中まで言いかけたところでクロエがティナに口をふさがれた。

 ティナは真っ赤な顔でキツネ尻尾の毛を逆立てている。


「クロエ、なんてことを言うんですか!」

「むぐ、むがっ」


 口を塞がれたクロエが暴れている。

 途中で遮られたものの、ティナの願いはわかった。

 俺との結婚を許してほしいというものだ。

 ティナの願いはある意味正しい。貴族と平民を結ばれる。それは一般的には不可能だ。ましてやティナは亜人だ。


 だが、その願いは誰かに望む必要はない。俺が叶えてやりたいと思う。

 平民で亜人のティナとアルノルトの当主となる俺が結ばれることにはさまざまな問題があるだろう。周囲の反対もある。……しかし、俺にはそのすべてを乗り越える覚悟はある。


「ティナ、クロエを離してやってくれ。クロエもあまりティナが恥ずかしがることはやめてやれ」


 諭すようにティナに言うと、彼女はおずおずと手を離した。


「ぷはっ、死ぬかと思ったよ。もう、ティナは冗談が通じないんだから」

「全然冗談じゃなかったです!」


 もっともだ。

 俺がティナと同じ立場なら怒るだろう。


「クロエなら、何を願う」

「ううん、そうだね。亜人と人間が普通に暮せる街がほしいかな。いろいろとファルノとかに話を聞いて勉強したんだけどね。今、この国って亜人を守る法っていうのがないじゃん。それだと、エルフの身としては怖いよ。クルトのいるアルノルトだから安心して暮らせているけどね。他の街に一人で行くのはやだな」

「いい願いだな。参考になるよ」


 亜人はこの国では人間扱いされていない。

 法的には犬や猫と一緒なのだ。殺したり、強姦したり、奴隷にしても罪に問われない。

 クロエのようなエルフの美少女は、一人で街を歩くだけでも命がけだ。

 だから、亜人たちは人の街に近づかない。

 これでは、いつまでたっても亜人と人間の交流なんてできるはずもない。


「クロエがそんなことを願っているとは思わなかったな」

「クルトのおかげだよ。クルトを見てて人間に興味が湧いたの。精霊の里より、面白いことがたくさんあるのも大きいね。里のみんなにも知ってほしいって思ってるんだ。でも、怖いこともたくさん知った。素晴らしいところも面白いことも、たくさんあるのに、精霊の里のみんなに、今のままじゃ紹介できない。だから、こんなお願いになるんだよ」


 そうか、それなら……。


「この国全部は無理でも、アルノルト領では、明文化するよ。亜人も法とルールで守るようにしてみせる。人間と一緒だ」


 それぐらいならできる。

 精霊の里には、素晴らしい果実とクロエを含めた素晴らしい人たちを預けてもらった。

 これからも、良好な関係を築いていきたい。そのためには、当然の配慮だ。


「ありがと。嬉しいよ。でも、クルト。私の願いを叶えている場合じゃないよ。クルトの願いを考えないと」


 たしかにクロエの言う通りだ。

 だけど、二人との会話は無駄じゃなかった。二人のおかげで頭の中の靄が晴れた。

 やっと答えが出たのだ。


「ティナとクロエの願いを聞いて、俺の願いがわかったよ。クルト・アルノルトの願いは一つしかなかった。胸を張って、お願いしてみるよ」


 大事なことを思い出した。

 気が付けば簡単なことだった。いつも俺はこうだ。ティナとクロエには感謝してもしきれない。

 ……もしかしたら呆れられるかもしれないし、断られるかもしれない。それでも言うべきだと決めた。


「クルト様のお願い事、教えてください。私、気になります」

「それは秘密だ。だめになったら、がっかりさせるからね」


 ティナとクロエが残念そうな顔をする。

 あとでちゃんと話そう。

 そう考えていると、扉をたたく音が聞こえた。


「入ってくれ」

「様子を見に来たわ。クルト」


 入ってきたのはレナリール公爵だ。

 初めて見る黒のドレス。

 相変わらず、彼女に黒はよく似合う。見ほれるほど綺麗だった。

 そして、俺のことをクルトと呼んだ。東の貴族を束ねるものとしてではなく、友達として来たという意思表示だ。


「ありがとうございます。レナリール公爵。あなたが来てくれて心強い」


 俺がそういうと、レナリール公爵は悲しそうな顔をする。

 そして、俺の目をまっすぐに見て口を開いた。


「結局、あなたは最後までテレサと呼んでくれなかったわね。今日でお別れなのに」


 テレサ。

 親しいものだけが呼ぶ彼女の名。

 彼女に、テレサと呼んでくれと言われたにもかかわらず、俺は一度もテレサと呼ぶことはなかった。


「今聞くのは、あなたに悪いと思っているわ。でも、今じゃないとダメなの。私をテレサと呼ばない理由を聞いてもいいかしら?」


 俺が頑なにレナリール公爵をテレサと呼ばなかった理由はある。

 彼女には恩も感じている。立場を超えた友情もある。

 それでも呼ばなかったのは……。


「思い上がりなら、殴ってください。俺があなたをテレサと呼ばないのは、あなたが友達の先を望んでいるように見えるからです。そして、俺はあなたの想いに応えられない。だから、テレサとは呼べない」


 レナリール公爵の想いに応える覚悟なしに、テレサとは呼ばないと決めていた。


「ずいぶんと自分に自信があるのね。女性に向かって自分に惚れているかを聞くなんて」

「自分でもどうかしていると思います。ですが、ここで嘘をつくような人間にはなりたくない」


 レナリール公爵と見つめ合う。

 しばらくして、レナリール公爵が小さく笑った。


「そうね、いつからかしら? 気づいたらあなたのことが好きになっていたわ。不思議ね。レナリールを継いでから、ずっとそんな感情を忘れていたのに」


 レナリール公爵は自嘲する。


「きっとまぶしかったのね。レナリールの名を汚さない。それ以外を捨てた私と違って、自分の夢をまっすぐに目指しながら、アルノルトとしても正しくあろうとしたあなたが綺麗に見えた」


 レナリール公爵は、俺から目を逸らして、ゆっくりと歩きながら言葉を続ける。


「他にもあるはね。初めて頼れる同世代の男の子が現れて救われた気がした。私を利用しようとしないあなたに好意を持った。あなたのお菓子で胃袋を掴まれた。さりげない優しさが嬉しかった。……きっと全部ね。ねえ、クルト。私を振った理由を教えてもらっていいかしら? やっぱり私に魅力がないせい?」


 悲しそうに、それでいて凛とした強さを失わないままレナリール公爵は問いかけてくる。


「魅力はあります。たぶん、今まで会ったどんな女性より」


 レナリール公爵は魅力的だ。

 同世代で心から尊敬できる人は初めてだった。

 気が合って話していて楽しい。

 気高さと美しさを兼ね備えた人。俺が彼女に好意を持っているのは間違いない。


「うれしいわね。なら、どうして断るの? 公爵である私は重いのかしら?」

「違います。本気で好きになったのなら、公爵の重さごとあなたを背負うことを迷わず選びました」


 レナリール公爵の眼が語っている。

 ではなぜと?

 その答えは……。


「俺には好きな女性ひとがいます。何よりも大事にしたい。その人と一緒に世界一の菓子職人パティシエになりたい。だから、あなたの傍にはいれない。それが理由です」


 レナリール公爵は長く、長く息を吐いた。

 そして、にっこり笑って。急接近し、口づけをしてきた。


「正直に話してくれてありがとう。ふっきれたわ」

「……いきなり、何をするんですか」

「私のことを魅力的に感じているならうれしいでしょう? だから文句は言わないで。私なりのけじめで、初恋を忘れるための儀式。……初めて知ったわ。失恋って痛いのね」


 レナリール公爵が目に涙をためる。

 弱さをさらけ出すレナリール公爵を初めて見た。


「あなたのことをあきらめるわ。だから、その人のことを大事にしなさいね」


 彼女はティナのほうを見て、そういった。

 お見通しのようだ。


「ええ、必ず」

「それから、他の貴族がいないときはテレサと呼びなさい。もう、友達から先は望まないわ。恋人になれないなら、せめて友人ぐらいにはなりなさい」


 めちゃくちゃを言ってくる。

 だけど、理には適っている。

 友達としてなら、末永く付き合える。

 だから…・・。


「これからもよろしく、テレサ」

「こちらこそ、クルト」


 ぎゅっと握手をした。

 レナリール公爵と恋人にはなれなかった。

 だけど、これからは友人としていい付き合いをできるだろう。


 ◇


 誓いの間で、叙爵式が始まる。

 ここで俺は男爵に任命される。参列者の顔ぶれは名だたる貴族ばかり。

 その中には、フェルナンデ辺境伯やレナリール公爵も含まれる。フェルナンデ辺境伯は、俺を応援するためにわざわざ来てくれたようだ。


 やっとここまで来れた。

 今まで支えてくれた人のためにも失敗はできない。

 予定通り、次々にプログラムが消化されていく。


 そして、いよいよ国王の代役である王子から、男爵の位が与えられる時が来た。

 呼ばれて壇上にあがり、カルトマン王子と向かい合う。


「クルト・アルノルト。これより、貴殿を男爵として任命する。貴殿にはこの国の剣となり戦う勇気、そして民の模範となり導いていく貴族としての務めを果たす才覚と覚悟があるか?」

「はっ、私には戦う勇気。民を導く才覚と覚悟がございます」

「では、貴殿に男爵位を与えよう」


 その場にひざまずき、王子が首飾りを俺の頭に通す。

 そして立ち上がり、両手を前で合わせて頭を下げる。この国独特の敬礼をする。

 王子が頷き、俺は男爵として認められた


「クルト・アルノルト男爵。男爵になった貴殿に問おう。先の働きに対する褒美を与える。貴殿に働きにふさわしい望むを言うがいい」


 やはり、来たか。

 悩みに悩みぬいて、結論は出た。俺の望みは……。


 言葉を口にした瞬間、カルトマン王子が目を丸くし、小さく笑い。それから許すと言った。

 叙爵式に参加していた貴族の面々もざわついている。よほど俺の願いが意外だったみたいだ。


 それで叙爵式は終わりだ。

 ティナとクロエに伝えよう。俺の望みが叶ったことを。

 きっと彼女たちも喜ぶから。

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