第十話:優しい人の余計なお世話
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フェルナンデ辺境伯はいきなり、父のついた嘘を見破った。
「いきなり、何をおっしゃられるのですか?」
「私の目は節穴ではないよ」
辺境伯は確信をもった声音だ。
「あの村は、ヨルグの村で私はその手伝いをしただけです」
「そんな嘘は聞き飽きたよ。見ればわかってしまうよ。この村に居る民たちは、君の姿を追っていた。誰一人、ヨルグくんのことは見ていない。そして、私の質問に対する君の回答は的確かつ、自ら汗を流したもの特有の熱があった。もう一度言う、私の目は節穴ではない。誰の村かぐらいは見てわかる」
俺は両手をあげて、降参する。
「負けです。あの村は私が作り上げた村です。三年かけて、血と汗を流してようやく形にしました」
父にばれれば大目玉だ。だが、仕方ない。まともに受け答えできなかったヨルグの責任だ。
「認めてくれてよかった。もしかして、君はアルノルト准男爵が、しきたりでヨルグを選ばざるを得ず、だからこそ君の功績を奪ったと考えているのではないだろうか?」
心臓が嫌な音をたてる。
その感情は怒りだ。俺の夢を利用された怒り。
「さすがはフェルナンデ辺境伯。そこまで見ぬかれているのですね」
俺がそう言うと辺境伯はくすりと笑う。
「なるほど、さすがの君も、その裏にある本心までは読めないのか」
「裏にある本心?」
俺の気持ちを踏みにじった父にいったいどんな本心があると言うのか。
「アルノルト准男爵には悪いが彼の秘密を話させてもらう。アルノルト准男爵はそこまで器の小さな男ではないよ。彼の考えは他にある。だからこそ、私はあの場で、彼の嘘の報告を咎めなかった」
「そんな、ばかな」
ただ、理不尽に俺の村を取り上げヨルグに渡すと聞いただけで、それ以上のことなんて、教えてもらっていないし想像もつかない。
「君は、この村が好きかい? 例え領主になれなくても、この村の名主として、ずっとこの村で生きて行きたい、そう思ってないかい?」
「その通りです」
この村で過ごしながら俺は夢を叶えたかった。
それは、ティナと一緒に作った村への愛着、村にいる領民たちとの絆、そして前世では実家の山梨の果樹園のフルーツと蜂蜜を使った和のテイストを取り入れた洋菓子で一世を風靡した俺には、自らの手で作った最高の材料で、究極のお菓子を作る。そのことに強い憧れがあったし、お菓子の完成形を想像しながら色んな物を育てることが好きなのだ。
「だからだよ。君がこの村にしがみつくだろうから、君の父上はこの村を取り上げることにした、もっともらしい理由をつけてね」
「なんで、そんなひどいことを!」
実利のためなら、まだわかる。ただ、俺への嫌がらせのために村を取り上げただと。そんなこと許せるわけじゃない。
「私はね。アルノルト准男爵から、選定の儀が終わった後に、君を雇ってくれないかと頼まれている」
「なっ!?」
そんなことは初めて聞いた。
「アルノルト准男爵は言っていたよ。アルノルト家を継がせてやりたいが、そのために必要な槍の才能がない。だが、一生、准男爵領の小さな村の名主で収まるには、あまりにも惜しい才能だと。彼は君の才があれば、私のもとで大成できると熱く語っていた」
「だから、俺が執着する、この村を取り上げようと……」
父は善意で考えていた。
父が考えるとおり、この村を取り上げられ、辺境伯に誘いをかけられれば俺は断らなかった。
逆に言えば、この村に居続ける限り首を縦に振らなかっただろう。
「私はね、君のことを高く評価している。君の知識量や頭の良さは写本の仕事を通じてわかっていた。実務能力もこの村を見てわかる。そして、この村の民たちが君を見る目で人望も把握した。君を雇って重用したいと思う。重要なポジションを任せよう」
全てのことがつながった。
おそらく父の行動は全て俺のため、今日の視察だってフェルナンデ辺境伯が、嘘を見抜くことも考えた上のことだった。
この村の視察自体が、フェルナンデ辺境伯の俺に対する面接の役割を果たしていた。
でなければ、俺とフェルナンデ辺境伯を二人きりになんてしない。俺が全てを暴露する危険性が高い。
俺の能力を辺境伯に見せつけつつ、ヨルダの顔を立てている。
おそらく、辺境伯のところにいけば、俺の未来はバラ色に広がるだろう……それでも。
「フェルナンデ辺境伯、その話をお断りさせてください」
「ほう、理由を聞いていいかな?」
「私は領主になることを諦めたわけではありません」
「ふむ、はっきり言ってたとえ領主になったとしても、こんな辺境より、私のもとに来たほうが未来はあると思うよ」
「それも理解しております。ですが、私には夢があります。ここでないと叶わない夢が」
「それは私の誘いを断るほどの価値のあるものかね」
「はい、私の一生をかけるに値する夢です。よろしければ、私の夢を見ていただきましょう」
俺は、辺境伯とファルノを連れて、ティナと二人で作り上げたラズベリーの花畑に連れて行くことにした。
◇
「これは見事な花畑だ」
「この花畑、クルト様が作ったんですか」
真っ白い花が咲き誇るラズベリー畑。自然の中で咲き誇る、その可憐さは、さまざまな豪華な花を見慣れた二人を感動させる命の煌きがあった。
「はい、私とティナという少女と二人で作った花畑です。そして、向こうにハチが出入りする木箱があるでしょう。あれは人工の巣箱で、ハチの巣を潰さずに蜜を吸い上げる仕掛けがあります」
「ほう、つまりハチが蜜を貯めるたびに何度でも、蜜が収穫できるわけか」
「はい、今は一〇箱が面倒を見れる限界ですが、今年の収穫が成功したので来年からは人を増やして、五〇箱ほどにします。一つの箱から、一年で四〇リットルほど取れるので、一大産業となりましょう」
この時代、ハチミツはひどく貴重だ。
養蜂をやっている村は多いが、毎回巣を壊して蜜を絞り出すため効率が悪く、さらに手間がかかる手法で行っている。つまり非常に高価だということだ。だが、俺達は安価で大量に作れる。
「君の夢は大規模な養蜂で成り上がるということかね?」
「違います。養蜂は手段でしかありません」
俺は、ティナが持たせてくれた弁当箱を開き、ハチミツで作ったクッキーを取り出し、辺境伯とファルノにクッキーを手渡す。
クッキーをもたせてくれたティナには感謝しないといけない。あの子は俺の幸運の女神だ。
「私の夢は、世界一のお菓子職人です。材料がないと始まらないので、ハチミツを作りました。そのまま売るよりも加工したほうが高く売れるので、いま渡したクッキーをこの村の特産品として売り出します。そのお金で今度は、果物の苗を買い、果樹園を作り上げます。さらにお菓子の種類と量を増やし、それを元手に交易で珍しい材料を集め、いずれは村の素材と組み合わせ理想のお菓子を創りあげたい……それが私の夢」
遥かに遠い夢。
だが、不可能だとは思わない。ちゃんと、道筋は見えている。
「なんという、夢物語、そんなもののために、確実に見えている薔薇色の未来を棒に振るのかね。君の語る夢は、お菓子よりよほど、甘い夢だぞ」
「それが出来るかどうかはその一枚のクッキーを食べてから決めてください。ここで採れたハチミツをたっぷり使ったクッキーです。そのクッキーが私の覚悟であり、夢の第一歩です」
「こんな、ちっぽけなお菓子……なんの飾り付けもない貧相なものにに己の全てをかけるか。面白い、試してみよう」
フェルナンデ辺境伯と、ファルノがクッキーを口に含む。
さくっ、さくっ、と小気味よい音が響く。
贅沢で華美なお菓子を食べ慣れている二人、その二人を納得させることができてはじめて、俺の夢は実現性が見えてくる。
「なんと……。これほどの美味が、こんな小さな村に。これに比べれば今まで私の食べてきたお菓子など、砂糖の塊となんら変わらぬ」
「なんて、心地良い甘さ、夢のような歯ごたえ、少しもくどくなくて、すっと消える。ああ、どうして一枚しかないの!?」
シンプル故に、素材となったハチミツの素晴らしさ、そして一切の妥協なく細心の注意を払って焼き上げたクッキー故の、さっくり感と後味の良さ。
「ふう、私の負けだ。このクッキーに、君の夢の確かな道筋を見た。私のところに来なくても君はやれそうだ。だが、君はこのままではこの村を取り上げられてしまうぞ」
「大丈夫です。私は勝ちます。領主を勝ち取って見せます」
「ほう、その自信。何かあるのか?」
「そうでなければ、さきほどの褒美に鶏なんて要求しません。この村を追い出されるのなら、意味がないものです」
「それはそうだ」
俺の答えを聞いてフェルナンデ辺境伯が苦笑する。
選定の儀の勝利は確信している。実は、今日の視察の中、ついに短期間で技能を得る方法を考えついたのだ。
適性がSでも二ヶ月かかる技能の修得を一週間、いや一日で終わらせる秘策がを。
「だが、残念だ。有能な部下を得られると思っていたのだがな……それに、こんな素敵なお菓子を作れるとわかればますます、手放しがたいじゃないか」
その言葉を聞いて、フェルナンデ辺境伯、ファルノ、そして俺が笑い声をあげた。
「そんなに気に言っていただけたのなら、資料を書き起こしたものと一緒に、クッキーを包みますよ。父の気持ちを知れてよかった。まあ、父の気遣いは余計なお世話でしたが。私は私で自分の人生を切り開く」
フェルナンデ辺境伯のおかげで父を恨まずに済んだことはありがたい。
「うわぁ、クルト様のお菓子、おみやげにもらえるんですか!? 素敵です」
「はい、丹精込めて作らせて頂きます」
「私も嬉しいよ。一枚じゃ全然足りない。これだけ、素晴らしいクッキーなら……。そうだ、近々公爵に贈り物をしないと行けない。大変な美食家でね。君のクッキーを送るのもいいかもしれない。贅沢になれているからこそ、この素朴さが心に響くだろう。彼女の好きなバラに添えて贈ろう」
俺は少し悩む。
たしかに、このクッキーは美味しい。だが公爵家になると……
「私は構いません。ですが、公爵に送るなら最上のものがいいかと、この村のハチミツと小麦に加えて、牛の無塩バター。アーモンド。それに薔薇が好きなのであれば薔薇の花びらと、ラム酒。それだけあれば、最上のクッキーを作って見せましょう」
「これの上があるのか、では選定の儀が終わったあと、屋敷にまねこう。そこで材料を揃えておくので作っていただけないか」
「はい、喜んで」
辺境伯に恩を売っておくのは、今後のことを考えると絶対にプラスになる。
そのためにはまず領主にならないといけない。より気を引き締める。
「あと、そうだ鶏の件だがね。選定の儀に立ち会うためにここに来るときにもってこよう。それまでに、鶏を収容できる小屋を用意したまえ」
「そんなに早く? 助かります」
「それとだね。君のお菓子をもう少し食べたくなった。屋敷に来てもらうまで待てそうにない。こちらに来るときに、鶏と一緒に鶏たちの卵を持ってくるから、そのときに卵を使ったお菓子を作ってはもらえないか?」
俺はレシピを考える。卵の旨味を活かしたお菓子。
……あれしかないな。
「お願いがあります。卵は五〇個ほど用意できないでしょうか?」
「可能だが、それをどうするんだい?」
「新たな領主を祝う、アルノルト准男爵家の祭り、そこに来る二百人全員に、お菓子を振る舞いたく思います。そのために必要なのが五〇個」
「……君は。まったく、面白い。なら、なるべく早くに届けるよ」
「その必要はありません。選定の儀が終わってから、祭りが始まるまで二時間あります。それだけあれば、二百人分ぐらい捌きますから」
俺が微笑むと、今度はフェルナンデ辺境伯が声をあげて笑った。