第八話:菓子職人は王城に招かれる
ティナのおかげで、行き詰っていたケーキ作りのアイディアが浮かんだ。
早速、材料を市場に探しに行き、必要なものを手に入れることができ、厨房に戻ったところだ。
今から試作が楽しみだ。
本当にいつもティナには助けられている。
気になっていた妨害は今のところは起きていない。
「いや、念には念を入れておこうか」
今から作るのは本番のケーキの試作品になる。
王族たちのご注文は、今まで誰も食べたことがないケーキ。隠し見られて、さきに振る舞われるわけにはいかない。
徹底的に情報を隠しながら施策を行う必要がある。
ティナとクロエ以外には厨房から出て行ってもらった。
さらには、レナリール公爵じきじきに厨房に誰も近づかないように通達してもらった。
そして、ティナには自慢のキツネ耳で扉付近に近づくものがいないかを経過してもらう。
そんな状況で、試作品は完成する。
その結果は、俺が想定していた以上のものだ。
ようやく、胸を張ってクルト・アルノルトになる前の俺を超えられたと言い切れるだろう。
「クルト様、すごいケーキです!」
「もっと食べたい! お代わりしていいでしょう!」
舌が肥えた二人も大絶賛。これなら安心できる。
実物を見たのも食べたのも彼女たちだけだ。
情報の洩れようがないはず。
俺が市場で何を買ったかは、ばれていると考えるべきだが、それは大して痛くはない。
王国で買ったものはどれもケーキの主役ではないのだから。
◇
そして、いよいよ王城に向かう日が来た。
今は馬車に乗り王城に向かっている。
いろいろと、紆余曲折があったが最終的に、今日の晩餐のデザートとしてケーキを振る舞い、王城で一泊して、明日、俺は男爵に任命される日程になった。
王城で一晩を過ごせるというのはとんでもなく名誉なことらしい。
興奮した様子で、レナリール公爵に紹介してもらった貴族の一人が言っていた。
逆に言えば……余計に他の貴族たちからの嫉妬を受ける立場となるわけだ。
今日の晩餐会にはレナリール公爵も同席する。
レナリール公爵は東の貴族の代表であり、俺の寄親だ。同席する権利がある。そう、強くレナリール公爵が主張したことで同席が可能になったらしい。
ありがたいことだ。少しでも味方がいると安心できる。
「ねえ、クルト。助手はほしくないかしら?」
王城が見えてきたタイミングでレナリール公爵が問いかけてきた。
「このタイミングで助手ですか? 必要ありませんね。邪魔にしかならない。むしろ敵側の息がかかったものではないかと疑ってしまいます」
「ふふ、そういうと思ったわ。でも、相手によるでしょう。クルト、あなたの可愛い婚約者から贈り物よ」
可愛い婚約者? ……ファルノが何かを手を回してくれたのか?
ファルノが助手として、人を派遣するとすれば一人しかいない。
一人の人物を頭に思い浮かべると、その返事とばかりに馬をいく御者が口を開いた。その声はよく知るものだ。
「はい、私が助手です。お菓子作りは手伝えませんが、それ以外はお任せください。クルト様の邪魔は絶対にさせませんよ」
「ヴォルグか!?」
今日の御者は帽子を深くかぶっており顔を隠していて不審に思っていたが、そういうことか。
声の主はヴォルグ。ファルノの執事にして、武術における俺の師匠。
俺が知る限り世界最強の男だ。
「クルト、あらかじめ三人の助手がいると申請しているわ。一人はティナ、一人はクロエ、そして、最後の一人はヴォルグよ」
「ヴォルグがいればこころ強い」
なにせ、最大限警戒しないといけないのは実力行使での調理の妨害だ。
俺の腕を折りにくる。材料を盗む、その他もろもろと妨害が予想できる。
だが、ヴォルグがいれば好き勝手はさせない。頼もしい存在だ。
ただ、気になることがある。
「ヴォルグ、おまえがファルノの傍を離れるとは思わなかった」
ヴォルグはよほどのことがない限り、主であるファルノの傍を離れない。
彼には執事であることのプライドがある。
「……私は何度も断ったのですが、ついにはファルノ様に泣かれてしまったのです。主に泣いてお願いされれば、どうしようもありません。昔の伝手を使って竜を借りて飛んできたしだいです」
「自分の伝手で竜を借りるっておまえは何者なんだ……」
竜は言うまでもなく貴重な存在だ。おいそれと借りることなんてできない。
昔、レナリール公爵の屋敷で、彼女はヴォルグを英雄と呼び、なぜ、ヴォルグほどの男が執事などをやっているのかと聞いたことを思い出した
ヘルトリング公爵ですら、彼のことを特別視していた。
彼は、俺が思っているよりずっと雲の上の人物かもしれない。
「ただの執事ですよ。未来の旦那様。いずれ、酒の席でゆっくりと話しましょう。……それよりも、私を助手にする話はどうなさいますか?」
「もちろん、お願いしたい」
「かしこまりました。ただ、一つだけ条件がございます。褒美がほしいのです」
褒美?
こういうことを、この男が言うとは思わなかった。
「内容次第だ。アルノルト家に払えるものであれば、たいがいのものは払うぞ」
「ええ、あなた様には問題なく払えますとも。私が望むのは、ファルノ様が喜んでくれる、クルト様の愛情がたっぷり詰まったお菓子です。是非、最高のお土産をもって帰りたいと思っておりまして」
一瞬、呆気にとられて、それから笑ってしまった。
実にヴォルグらしい。こいつは執事の鏡だ。
「おやすい御用だ。ファルノを笑顔にするお菓子を作るよ。約束する」
「では、契約成立です。すべての脅威からあなたを守りましょう。未来の旦那様」
頼もしい味方が増えた。
心強い。
ヴォルグは馬に鞭を入れた。
「それから、テレジアお嬢様……しつれい、これは昔の呼び名でしたね。レナリール公爵。あなたに言いたいことがあるのです」
「なにかしら、ヴォルグ」
「あまり、ファルノ様の婚約者を誘惑しないでいただきたい。あの方の涙を見たくないのです」
「なら、はやく婚約者ではなく、きっちりと結ばれることね。私は不倫は不誠実で、忌むべきことだと思っているのだけど、貴族の婚約を真に受けるほど愚かでないわ」
無茶苦茶を言っているようで、ある意味正論だ。
貴族の婚約は政略の道具で、一人の女性が五人の男性と婚約していたなんてことすら話に聞く。
「……ふう、変なところがあの方に似てきましたね。お強くなられた。いいでしょう。あなたに釘を刺すのではなく、ファルノ様の尻を叩くとしましょう。というわけで、クルト様。いつまでも逃げてないで答えを決めてくださいね」
「考えておくよ」
昔、ファルノ、そしてフェルナンデ辺境伯とした約束を思い出す。
ファルノと婚約してから一年、その間に俺がファルノに惚れたら結婚する。
もし、ファルノが俺を惚れさせることができなければ、あるいはファルノが俺を見限れば婚約はなかったことになる。
そろそろ本格的に向き合わないといけないだろう。
いつまでも、このぬるま湯に浸かってはいられないのだから。
◇
王城についた。
王城に入れるのは、俺とあらかじめ話を通しておいた三人の助手、それにレナリール公爵。
荷物を運び込むための使用人の立ち入りすら許されずに、王家側が手配したものたちが荷物を運んでいく。
お菓子の材料に手を加えられることが怖いので、俺とヴォルグは運搬に立ち会う。
エクラバで買い込んだ食材、アルノルト領から持ち込んだ食材は一度失うとリカバリーが不可能だ。
……一応、最後の最後の保険はある。
ティナの鞄の中には今日の早朝に完成させた本番と同じレシピのものを冷凍して保存してある。
万が一、材料が駄目にされた場合、それを解凍して出す。味は劣化するが、なにも出せないよりはいい。こんなものを使いたくないが、万が一はありえる。
考え事をしているうちに次々に材料が城の厨房に運ばれて行く。
上級の料理人になると専用の調理室が与えられるようで、そのうちの一つを借りる形だ。
荷物の運び込みが終わるとカギを与えられ、城の使用人たちが一人を残して去っていく。
あらかじめ持ち込んでいた工具を使い、新たに鍵を一つ追加して、そちらの鍵も閉める。
「さすがクルト様。ずいぶんな用心ぶりだ」
「アルノルト家の命運がかかっているんだ。これぐらいはね」
他人の家で鍵を借りても安心なんてできるわけがない。
王族側に悪意があれば、鍵なんてあってないようなものだ。
最低限の用心が終わったので、一人残った使用人に、今日と明日過ごす部屋への向かう。
……そして会いたくない顔と出会ってしまった。
ヘルトリング公爵。
西を司る公爵にして、貴族派の筆頭。どこか狂気を孕んだ、冷たい笑顔を持つ美青年。
彼の隣には、俺より頭一つ低い肥満体の少年がいた。おそらく、あれがヘルトリング公爵が取り入っているバカ王子……第三王子グランタだ。
俺とヴォルグは壁際に移動し、頭を下げてすれ違うのを待つ。
この国では王族に対してはこうするのがルールだ。
「おや、クルトくん。こんなところで会うなんて奇遇だね」
心底楽しそうにヘルトリング公爵が声をかけてくる。
それを聞いて、となりにいるグランタ王子が口を開く。
「こいつが、クルト・アルノルトか、なんだ。まだまだガキではないか。こんなのが、四大公爵全員を納得させる料理とケーキを作ったのか?」
「はい、若いですがその腕は私が知る限り、この国一です」
「まあ、そうか。おい! わざわざ余が呼んでやったんだ! 今日のケーキは最高のものを作れよ! もし、最高のケーキじゃなかったら、男爵にするどころか、爵位を剥奪して、召使にしてやる」
……殴りかかりそうになるのを堪える。
ここに来てようやく、グランタ王子の考えていることがわかった。
こいつは、俺をここの料理人にしたい。だから、爵位を剥奪して召使にするなんて言い出したのだ。
となると、たとえ最高のケーキを作ったとしても、なんくせをつけられる可能性がある。
「グランタ、相変わらずおまえは品がない。軽々しく爵位を剥奪するなんて口にするな。王族がそれを口にしたら最後、すべての貴族たちからの信用を無くすことになる」
「そうですわよ。もう少し人の上に立つものの自覚を持ちなさい」
背後から、取り巻きを連れた男女が現れる。
一人は、背が高い二十半ばの理知的な青年、もう一人は二十にとどくかどうかの美しい金髪の女性だ。
「兄さま、姉さま、これは、その、違う。余はただ、発破をかけただけで」
「だとしても、そういうことをいうべきじゃない。アルノルト次期准男爵。弟が失礼なことを言って申し訳ない。兄として謝罪をさせてくれ」
そう言って、男は頭を下げる。
兄と言ったからには、第一王子か、第二王子。理知的な風貌であることを考えると、武でなお馳せる第二王子ではなく第一王子だろう。
「いえ、そんな謝罪していただく必要はございません」
「いや、これはケジメの問題だ。きちんと謝らせてくれ……それから、今日の晩餐会のデザートを期待しているよ。最高のケーキを食べさせてくれ」
「もちろんです」
良かった、まともそうな人がいて。
いくら、グランタ王子がまずいと言い張っても、ちゃんと美味しいケーキを作れば、この人は止めてくれるだろう。
「脅すわけではないが、君が男爵になるのは、レナリール公爵を救った功績と、レナリール公爵及び、オルトレップ公爵の推薦。ヘルトリング公爵とアイヒホルン公爵がそれを承認したからこその特例だ。彼らが君を推薦したのは、君がこの国の食文化を発展しうるだけの料理を作ったという実績だ。つまりは、その料理の腕が大きい。……下手なものを出すのは、君を推薦してくれた彼らの顔に泥を塗ることになる。そのことを理解した上で料理を作ってくれ」
そう言うと、王子は立ち去っていく。王女も一礼をして後に続く。
「兄様はいつもおせっかいだ」
とり残されたグランタ王子は、肩をいからせて不機嫌そうに早足ですれ違っていく。
なるほど、第三王子以外はまともというのは本当のようだ。
不安は一つ消えた。あの王子と王女がいるなら、最高のケーキを作れば、ひどいことにはならない。
それに、力が湧いてくる。
王子の口から男爵への昇格の理由が聞かされた。
推薦してくれた、レナリール公爵たちに報いなければならない。俺を推薦したことが間違いだったなんて言わせてたまるか。
全身全霊の力をこめて、誰も食べたことがない、それでいて最高のケーキを作り上げよう。
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