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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:王に捧げるトリュフ・トルテ
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第六話:黄金のジェラート

 レナリール公爵とともにヴォイルシュ侯爵に挨拶に来た俺は、話の流れでデザートを振る舞うことになった。


 今は、ヴォイルシュ侯爵の使用人に厨房へと案内してもらっている。

 こういう突発的な調理にはいくつかの制限がある。


 一つ目、調理場にある食材しか使えないという食材の制限。

 二つ目、時間の制限だ。もうすぐ夕食時だ。俺が席に着かないと夕食が始まらない、そうなると夕食が始まるまでの一時間程度しか時間がとれない。


「生地を発酵させるお菓子は全滅かな」


 生地をふっくらとさせるために、一時間ほど生地を寝かせるのだが、そんな時間はなさそうだ。

 なかなか制限がきつい。


 頭を全力で回転させながら、厨房の中を調べていく。

 材料に何があるかを調べつつ、料理の完成形をイメージする。

 よし、あれができる。


「ティナ、クロエ、さっそく取り掛かろうか」

「はい、クルト様」

「任せて、クルト!」


 ティナはキツネ耳をピンと立てて、エルフのクロエはぐっと握り拳を作って応えてくれた。


 二人の力を借りてお菓子作りに取り掛かろう。

 ただ、美味しいだけのお菓子ではだめだ。

 ヴォイルシュ侯爵を驚かすお菓子でないといけない。


 俺の得意とするお菓子の中で、この国で一度も見たことがないお菓子がある。

 それを作るのだ。


「まさか、マンゴーがあるとはな。ちょうど研究したいと思っていた食材だ。さっそく使わせてもらう」


 レストランで食べて感動したマンゴーが用意されていた。

 今日はこれを主役にしたお菓子を作るのだ。


「クロエ、水を注いで、それと塩をもってきて。それからティナは氷をたっぷり作ってくれ」

「クルト、水はこれくらいでいい」

「クルト様、氷ができました!」


 俺が作ろうとしているのはジェラート。

 イタリア生まれのアイスだ。アイスクリームと比べて水分量が少なく、密度が高い分コクがあるのが特徴だ。


 この国では氷を手に入れることが難しく、氷菓を見たことがない。

 ましてや、極上のジェラートなんて誰も想像すらしたことがないだろう。

 だからこそ、作る。


 マンゴーの皮をむいて、サイコロ上にカットしていく。

 一つ摘まんで口にする。


「これだけ良質なマンゴーなら手を加え過ぎないほうがいいな」


 貧弱なマンゴーなら手を尽くして味を補強する必要があるが、このマンゴーならそれは悪手だ。素材の味を活かすことに注力しよう。


 上等な酒を使わせてもらい煮詰めて水分を飛ばすと共に甘みを増す。そこに、ポシェットに入れていた白砂糖を少量をいれる。

 白砂糖も重要な武器だ。氷菓などの果物の繊細な風味を味わうためには黒砂糖は使わないほうがいい。


 酒に砂糖を加えて煮詰たシロップをティナに冷ましてもらい。

 ボウルに入れたマンゴーを潰す。

 果肉の食感を残すためにあえて、潰すのは荒めにしておく。

 そして、さきほどのシロップを加えてかき混ぜた。


「なじませている間に、生クリームを泡立てておかないと」


 ティナにもらった氷でミルクを冷やして攪拌して、生クリームを分離させる。フルーツ系の場合卵白を使い生クリームを使わないことが多いが、マンゴーと生クリームの相性は抜群なので、今回は生クリームを使う。


 出来立ての生クリームをさきほどのボウルに入れてかき混ぜた。

 ここからさきは、体力勝負。

 大き目のボウルを用意して、そこにたっぷりの塩と氷をぶち込んで、ジェラートの材料がはいったボウルを冷やしていく。

 塩によって、氷水が氷点下に冷やされ、ジェラートの材料が固まっていく。


 ある程度固まれば、かき混ぜて空気を含ませる。

 こうすることによって、ジェラートの独特の食感が生まれるのだ。

 ジェラートは材料も作り方も極めて単純。


 果実、酒、砂糖、生クリーム。それらを混ぜ合わせて凍らせるだけ。

 だが、かき混ぜるタイミングを誤ればそれだけで、食感が台無しになる。果実を潰しすぎるとせっかくの果実の魅力が消える。シンプルだが気を使うお菓子だ。

 何度か同じように固まりかけたところでかき混ぜ、ようやく完成した。


「出来上がったよ。マンゴーのジェラート……黄金のジェラートとでも名付けようか」

「うわああ、美味しそうです」

「ひんやりして、甘いくていい匂いがするよ」


 ティナはキツネ尻尾を振り、クロエがよだれを垂らしている。

 そんな二人のおかげで黄金色で、甘酸っぱい香りがするジェラートが完成した。

 これなら、ヴォイルシュ侯爵も満足してくれるだろう。


 ◇


 ティナに溶けないぎりぎりの温度で冷やしてもらうように頼みつつ、部屋に戻る。強く冷やし過ぎるとジェラートが固くなり台無しになるので、ティナには悪いがずっとそばにいてもらう。


 ティナとクロエは夕食には同席できないので厨房でジェラートを見張りつつ休息してもらっていた。

 そして、夕食はが始まる。


 さすがは侯爵家の晩餐というだけあって、素晴らしい料理の数々だ。

 席にはヴォイルシュ侯爵の妻と娘も同席している。

 美人とは言えないが、よく笑う性格が良さそうな子だ。


 雑談を交えながら、夕食は進んでいく。ちょうど、最後のメニューが出たところだ。

 レナリール公爵を娘のように思っているのは嘘ではないようだ。たしかな親愛の情が俺にも見て取れた。


「どうだったかね? 我が家の晩餐は」

「素晴らしい料理でした。料理人のこだわりを感じます」

「そうだろう。真の貴族たるもの常に最高のものに触れていないといけない。日々の食事こそもっとも力を入れる必要がある」

「さすがは、ヴォイルシュ侯爵です。私も見習わないと」


 最高の素材を揃えて、下ごしらえも完璧。お世辞なんて必要ないほど素晴らしい料理だった。

 駄目だな、最近贅沢をし過ぎている。舌が肥えてしまった。アルノルトに戻ってから苦労しそうだ。


「さて、次はいよいよ君のデザートの出番だ。妻も娘も、あのアルノルトのオーナーシェフの特別料理と聞いて、とても期待しているんだ」

「ああ、プリン! あなたのお店で一度買ってから、あのお菓子に夢中なの! 限定品と言わずに常に置いてくれないかしら!」

「私はやっぱり、ドライフルーツケーキが好きよ。あのシンプルだけど奥が深いケーキ! あの素朴さこそが、アルノルトの神髄よ」


 彼の妻と子がアルノルトのお菓子で何が一番美味しいのかを言い合っている。

 アルノルトのお菓子が好きというのは本当だったんだ。

 少しうれしくなった。


「では、私のデザートを披露させていただきます」


 すでに使用人たちにティナとクロエを呼ぶように指示を出していた。


「今宵のデザートは、黄金のジェラート。冷たく儚いお菓子ゆえ、作り置きができません。ゆえに店に置くことができない、今日この場だけの幻のお菓子です」


 俺がそう言うと、ヴォイルシュ侯爵の方々は身を乗り出した。

 とくに彼の妻と娘の反応が大きい。


 いつの時代も女性は限定という言葉に弱い。

 使用人たちに案内されて、ティナとクロエがやってきた。

 その両手には皿があり、蓋でおおわれている。

 二人が配膳を終わらせる。

 ごくりっ、誰かが生唾を飲む音が聞こえた。


「では、ごゆっくりとお楽しみください」


 その言葉で、蓋が開かれる。

 そこには盛り付けられた黄金色のジェラートがあった。

 マンゴーのソースで彩られ、付け合わせにはホイップクリームとハーブ。


 ヴォイルシュ侯爵が期待に目を輝かせながら、真っ先に手をつけ口に運んだ。


「これは、冷たい! 氷のように冷たい。それなのに、なんと滑らかで柔らかな食感、仄かにさっくりとして舌のうえでとけていく、ああ、それになんと豊かな果実の風味だ。こんなお菓子は初めてだ」

「柔らかい氷! まるで魔法みたいですわね!」

「本当に幻のお菓子。こんなの、どこに行っても食べられないよ」


 俺はひそかに胸を撫でおろす。

 ヴォイルシュ侯爵一家は夢中になって黄金のジェラートを食べてくれている。

 どうやら、マンゴーのジェラートは大成功だったらしい。

 今回は制限が多くて苦労したが、気に入ってもらえてよかった。


「アルノルト次期准男爵」


 ヴォイルシュ侯爵の眼光が俺を貫く。

 少し身構えてしまう。


「なんでしょうか?」


 また、面倒なことを言われたらどうしようか。


「ありがとう、最高のデザートだ。困ったことがあれば私を頼ってくれたまえ。君の菓子作りの腕はこの国の宝だ」


 彼は立ち上がり握手を求めたきた。


「ええ、もしものときはお願いします」


 俺はその手をとり、微笑み返す。

 何はともあれこれで一件落着だ。

 ようやく、これで今日のあいさつ回りは終わりだ。

 少なくとも王国派とはうまくやっていける基盤が整った。

 王都ではまだまだやることがある。これからも気を引き締めていこう。

 それから……


『あとで、ティナとクロエにもご馳走してあげないとな。ジェラートは多めに作ってあるし、がんばってくれたからおまけをしよう。アイスクレープにしてやると喜びそうだ』


 そんなことを俺は考えていた。


 ◇


 このあと、厨房に行ったのだが、どうせ余った分は捨てるんだからいいじゃんとクロエにそそのかされ、ティナとクロエが余った分を全部食べてしまっていた。ふたりともすごく幸せそうな顔で膨らんだお腹を撫でていた。


 そんな二人に向かって、アイスクレープにするつもりで、そうしたほうがもっと美味しいお菓子が食べられたのにと言った瞬間、二人がこの世の終わりのような顔をしたのが面白くて、俺は思わず笑ってしまった。

 まあ、ただの意地悪だ。また別の機会にちゃんとアイスクレープは作ってあげよう。

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