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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:王に捧げるトリュフ・トルテ
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第四話:レナリール公爵との魔法の時間

 挨拶回りをする貴族相手のお菓子として作ったドリアン・ドーナツは大成功だった。

 ティナが作った氷を敷き詰めた、特製の冷蔵庫に入れておけばしばらく持つ。


 渡す際には翌日までに食べてくれと頼めば問題ないだろう。

 空いた時間はひたすら王族のために作るケーキのレシピを考えていた。


 王家に出すケーキのベースはすでに決まっている、キノコの王様であるトリュフを、トリュフバターにしてチョコレートムースと混ぜ合わせたケーキを考えている。


 ただ、今のレシピをそのまま出すのはどうかという葛藤がある。

 これは、俺が元の世界で作っていたお菓子だけに完成度が高い。改良の余地が見当たらないのもまた事実だ。

 それでも、クルト・アルノルドとして過ごした時間で俺は成長した。

 その成長を形にできないのは、プライドが許さない。

 結局、何も思いつかないまま時間がすぎていった。


「悪い癖だな」


 お菓子のレシピを考えていると時間を忘れてしまう。

 これが功を奏することもあるが、今回は時間を無駄にしただけで終わった。

 何か、きっかけが必要だ。

 王都で出会うすべて、それを全部力にしよう。そう決意して俺は厨房を後にした。


 ◇


 約束の時間がきた。

 ティナとクロエは、だいぶ前にレナリール公爵の使用人たちに連れていかれている。


 高級店なだけにしかるべき恰好をしないといけない。

 レナリール公爵の屋敷に招かれたときなどは、上等な使用人服をフェルナンデ辺境伯が手配してくれたが、今回はそれを使えない。


 なので、レナリール公爵がドレスを貸してくれる手はずになっている。

 厚かましい気もしたが、お言葉に甘えてしまった。

 サイズ調整などがあるので時間がかかっているようだ。

 ちなみに、俺も服を手配してもらっていた。不思議とサイズがぴったりで二人と違い時間をとられることがなかった。


「クルト様、戻りました。この服動きにくいです。いろんなところが、ぎゅうぎゅうで」

「腰を締め付けられすぎて苦しいよぅ。こんなのじゃたくさん食べられない」


 背後から声をかけられる。二人が帰って来たようだ、妙に憔悴している。

 初めてのドレスに悪戦苦闘しているようだ。

 振り向くと、思わず目を見開く。


「二人とも、とてもきれいだ。お姫様みたいに見えるよ」


 その一言で憔悴した二人の顔から疲れがふきとんだみたいだ。

 嫌がっていたはずのドレスを今は喜んでいる。


「そんな、お姫様なんて……恥ずかしいです」

「クルト、私の魅力に気付くのが遅いよ。でも、まあ、ありがと」


 二人とも照れている。

 今のはお世辞じゃない。


 ティナは純白のドレスが、銀の髪とキツネ尻尾によく似あっていた。可愛らしいドレスで、ティナの可憐さがよく出ている。

 クロエのほうは、薄緑のドレス。全体的にすらっとしたドレスでクロエの爽やかさや艶やかさが引き出されていた。


 ちゃんと着飾った二人は初めて見た。今までは正装が必要な場所でも身にまとっていたのは使用人服でドレスを見るのは初めて。

 もともと、二人ともとびっきりの美少女なので、着飾ればまるで物語の中のお姫様のように美しい。


「こんなかわいい二人と外を歩けるんだから俺は幸せ者だな」

「クルト様も、今日は一段とかっこいいです。その……王子様みたいです!」


 顔を真っ赤にしながらティナは俺を褒めてくれる。

 そのがんばりが微笑ましい。


「だね、私たちをちゃんとエスコートして、王子様」


 そう強がるクロエのほうも照れていた。照れるクロエはなかなか見れないので得した気分になる。


 二人が手を差し出してくるので、その手をとった。

 今日は二人をちゃんとエスコートしよう。

 ティナとクロエをエスコートできる幸運な男は世界で俺だけだ。


「もちろんだとも、俺のお姫様。今日は、せいいっぱいエスコートさせていただきます」


 ちょっとキザすぎた。それがおかしくて三人で笑う。

 そんなふうにしていると、扉がノックされたので、扉を開ける。


「クルト様、そしてそのお連れ様。馬車の準備ができました。こちらに来てください」


 レナリール公爵の使用人が呼びにきた。

 レナリール公爵本人は、外で別の仕事があるということで直接レストランに向かうと聞いている。


 俺は二人のお姫様の手を引いて、馬車に乗った。

 二人はレストランにつくまでずっとそわそわして可愛らしかった。


 アルノルトに戻ってお金に余裕ができたら、たまにはこうして、お洒落をさせて美味しいお店に連れて行ってあげよう。

 だって、こんなに可愛らしい姿が今回で終わりなんてもったいない。

 それに、ちゃんとお洒落する時間は、この子たちにとってもいい息抜きになるだろう。

 そんなことを俺は考えていた。


 ◇


 レストランにつくと、二人と別れた。

 俺はレナリール公爵の待つ個室に向かい、二人はマナーの教師役のいる部屋に行く。


 一緒に食事ができないのは残念だが、そもそもあの二人も一緒にご馳走してもらえるだけでもありがたい。


 案内されたのは個室で、そこは一目見て特別な部屋だとわかる。

 個室なのに広々とした空間が広がっているのに用意された机は一つだけ。調度品もセンスよく配置されていて、最高の食事を最高の部屋で提供する。その熱意が見て取れた。


「本日はお招きいただき感謝します。レナリール公爵」

「私こそ、忙しい中時間を作っていただいて感謝するわ。一緒に食事をして楽しめる相手はなかなかいないもの」


 彼女が微笑みかけてくれ、席に着く。

 彼女はドレス姿。黒くて品があるスタイリッシュなドレスを纏っている。

 相変わらずレナリール公爵は綺麗で、かっこいい女性だ。


 レナリール公爵が小さなベルを振る。

 すると、ウエイターが部屋に入って来た。


 ウエイターは常に扉の前に控えて、ベルを鳴らすとすぐに来るようになっている。


 自分の店を持とうと思っていた俺からすると、こんな広々とした部屋を貸し切りにし、人を常に一人貼り付ける。こんなことを成立させるために、どれだけの金を取ればいいか無意識に計算してしまい青くなる。

 さすがは公爵家といったところだ。


「君、そろそろコースを始めて。すべてそちらに任せるので最上のものを」

「かしこまりました。誠心誠意努めさせていただきます」


 ウエイターが一礼する。

 彼が去っていくのと入れ違いにソムリエがやって来た。

 レナリール公爵は軽めの赤と言うと、ソムリエは頷き、ワインが詰まった箱から、一本のワインを取り出すとコルクを抜く。

 得も言われぬ香りが周囲に漂う。

 こなれた香りだ。これは若いワインではけっして出すことはできない。


「グラン・エシュロウトの三十年ものです」


 やはり、ヴィンテージワインか。

 ワインは歳を重ねることで深みを増す。そして、歳を重ねて深みを増すのは最上のワインだけ。生半可なワインでは年月の重みに勝てずに味がぼやけてしまう。


「アルノルト次期準男爵、乾杯をしましょう。これからのレナリールとアルノルト両家の繁栄と私たちの友情に」

「ええ、両家の繁栄と友情に」


 俺たちは笑い合い。グラスを掲げ……。


「「乾杯」」


 二人でグラスをぶつけあい。

 ワインに口をつける。

 最高の空間で、最高のワイン、目の前には最高の女性。

 アルコールだけでなく、さまざまなものに酔っていた。


 ◇


 コース料理が次々に運ばれてきて、最後のデザートが出される。

 デザートはフルーツの盛り合わせだった。

 それも国中から集めた最上級のものばかり。

 下手に手の込んだお菓子よりもこっちのほうが嬉しい。


「どう、王都の料理は堪能した?」

「ええ、素晴らしい料理でした」


 調理法に未知の技法はなかったが、ひたすら材料がいい。

 金に糸目をつけないというのはこういうことを言うのだろう。

 とくにメインディッシュの牛肉を使った料理はすばらしい。


 ローストビーフに特製ソースをかけただけだが、それゆえに素材の味をよく引き出していた。

 手が込んで交配を管理し育てた高級品だ。


「ここの料理人はわきまえていて好感が持てます。素材の味を大事にするために手を加え過ぎない。それでいて旨味を引き出すために細心の注意を払っている」

「わかってくれて嬉しいわ。この前連れてきた人は、派手さがかける。もっと濃い味がいいって、怒ってしまったの」

「この美味しさがわからないなんて悲しい人だ」

「ふふ、私もそう思うわ」


 それはきっと舌が貧しい人だ。

 見た目だけの豪華さと、すべてを塗りつぶす濃い味付けばかり食べてきたせいで、舌が麻痺している。


「やはり、メインディッシュの牛はすごかったです。あれと格闘してみたい。それにデザートに出てきた黄色の果実、これを使えば面白いお菓子が作れる」


 柔らかく、適度にサシの入った肉は非常に美味だった。こっちの世界で初めてうまいと思える牛に出会った。


 何度か食べたことがあるが、農作業に使っていて駄目になった牛ばかりなので、歳をとっているし肉が硬い。

 今日食べた牛の味は、なつかしくて泣きそうになった。


 そして、デザートに出されたフルーツの盛り合わせ。その中にマンゴーに似た果実があった。

 それも、日本でも滅多に食べられない最上級の完熟マンゴーに匹敵する品質。

 生で食べるだけでも、すさまじい感動を与える食材。これをもっと素敵なお菓子に生まれ変わらせてやりたい。

 思わず、そんな考えを熱く語ってしまった。

 レナリール公爵は退屈がらずに、俺の話を面白そうに耳を傾け、ところどころで相槌を打ってくれた。


「こんなに喜んでくれるなんて、あなたを連れてきて良かったわ。ちゃんと菓子職人パティシエとしても刺激があったみたいね」

「ええ、いい勉強になりました」


 食後の紅茶が運ばれてくる。

 それを口にして、場が一度落ち着く。

 レナリール公爵が何かを言いかけている。

 俺はそれを促すために口を開いた。

 レナリール公爵は、友達と思っている俺と二人で食事をしたいと言ったのは本当だろう。

 だが、それだけで個室があるこのレストランを選んだわけではない。

 ここでないと話せないことがある。


「レナリール公爵、今日、ここで食事をしているのには意味があるのでしょう?」

「……ええ、誰にも聞かれたくない話をするわ。ここはね、父の代から密会に使っていた部屋。誰にも聞かれたくない話をするときに便利なの」


 レナリール公爵の目がするどくなる。


「今回の王家にお菓子を振る舞う件、調べてみたのだけど、バカ王子の暴走だけど、それを手引きしたのは、四大公爵の一人、ヘルトリング公爵よ。バカ王子にあなたのことを吹き込んで、煽ったみたい」


 うすうす感づいてはいたが、やはりあの男か。

 月明りの下。甘いマスクに残酷な笑みを作った奴の顔が脳裏に浮かぶ。


「なんとなく、そんな気がしていました。だけど理由がわからない」

「もし、バカ王子を満足させられなければ、あなたは終わりよ。その状況であなたを救えるのはヘルトリング公爵だけね。私でも助けられない……あの男は欲しいと思ったものは意地でも手に入れようとするの。絶対に、あなたを失敗させるための罠を仕込んでいるわ」


 確信を込めた表情でレナリール公爵は断言した。

 調理の妨害、毒の混入。材料の奪取。

 いろいろとやりようはある。


「ふう、美味しいお菓子を作ることは好きですが、そういう陰謀めいたものに巻き込まれるのは……辛いですね。ですが、負けません。幸い、そういったことにも耐性はありますから」


 逃げられないなら立ち向かうしかない。

 それに妨害を受けた経験も多数ある。

 才能があった俺は、嫉妬されコンクールなどで何度も妨害を受けた。

 とくに海外に渡ってからは、田舎からやってきた猿のくせに生意気だと、より苛烈な嫌がらせをされている。

 それでも勝って認めさせてきたのだ。だいたい、この手の奴らのやり方は想像できてしまう。悲しい特技だ。


「頼りになるわね。私も陰ながらサポートをするわ」

「ご迷惑をおかけします」

「いいのよ。あなたのことは気に入ってるわ。それにあなたにはすでに助けられているもの」


 二人で見つめ合う。

 優しい空気が流れた。


「ふふっ、へんなことを考えちゃった。この部屋から出たくないと思ってしまったの。ずっと二人でお話をしていたいわ」

「……それは」

「冗談よ。ただ、今更だけど名乗らせてほしいの。テレジア・レナリール。それが私の名前よ。公爵家を継ぐ前、親しい人はテレサと呼んでくれたわ。いつか、あなたにもそう呼んでほしい。レナリール公爵になってから、こんなことを言うのは初めてよ。不思議ね。どうしてもあなたにそう言いたくなったの」


 テレサ。

 その名を心に刻む。


「今はまだ、恐れ多くてその名は呼べません。ですが、そのときが来たら信愛を込めてその名を呼ばせていただきます。私も名乗らせていただきましょう。私はクルト・アルノルト。趣味と特技は菓子作り。領地経営などを学んでいます」

「ふふっ、呼んでくれないなんて意地悪ね。なら、せめて私だけはあなたを名前で呼ぼうかしら? ……クルト。ふしぎ、名前を呼んだだけでどきっとしたわ」


 ほのかに顔を赤くして、レナリール公爵は指で唇をなぞる。

 その仕草が妙に艶めかしく感じる。

 俺は見惚れて言葉を失った。

 そんな俺にレナリール公爵は微笑みかける。


「さて、帰りましょう。そろそろ、あの子たちも待ちくたびれているころかしら?」


 おそらく、ティナもクロエもとっくに食べ終わっているだろう。

 あの子たちもきっと今日の夕食を楽しんだはずだ。


 立ち上がり先を歩く、レナリール公爵は馬車に着くまで一度も、振り返らなかった。あの部屋の中での出来事がまるで幻だったかのように。


 だが、俺は今日のことを忘れない。

 いつか、テレサと呼ぶ日、その日が来ることをなんとなく確信していた。

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