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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:王に捧げるトリュフ・トルテ
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第三話:ドリアン・ドーナツと茶会

 ドリアンのお菓子を作った。 

 その名はドリアン・ドーナツ。


 ドリアン特有のきめ細かいクリームを活かすことを第一に考え、さらに火を通すことで甘みを活性化させることで砂糖などを加えずにドリアンの特有の気品のある甘味のみで勝負するお菓子だ。


 極薄の生地の中にはたっぷりとドリアンクリームが詰まっている。

 そして、この生地にも秘密がある。


 ドーナツは油で上がるという性質上、どうしても油をたっぷり吸いこんで重くなるし、冷めると油の嫌な風味と味が出てきてしまう。

 そして、極薄生地でクリームたっぷりのこのお菓子は冷めたほうが美味しいお菓子だ。


 この矛盾を解消するために油を必要以上に吸わせないための生地を作った。


 東京にあるドーナツの名店、レポロでも使われている手法。

 ドーナッツ生地を二回発酵させ、さらにヨーグルトを一定の割合で混ぜ込み微量のハチミツを加えて保水性を保つ。

 そうすると、必要以上に油を吸わないから上品なドーナツが出来上がるのだ。


 こうして、このドリアン・ドーナツは冷やしてこそ真価を発揮するドーナツ。


「うん、南国の香りだ。これなら屋敷に持ち帰っても文句を言われないかな」


 食べるのはしっかり冷ましたあとだ。

 俺は、表面の油をしっかりふき取ったドリアン・ドーナッツを紙袋にしまい込み、即席の調理器具たちを魔術で土に帰す。


 それらが終わったころ、ティナを助けるために気絶したクロエが目を覚ます。


「ううう、臭いよぅ、生ごみの匂いがするよ、玉ねぎが腐った匂いと、魚臭さも、一緒だよう」


 さすが、クロエだ。ドリアンのにおい成分を見事にいい当ててる。


「おはよう。クロエ」

「はっ、クルト、……あれ、いやな匂いがしない。むしろ甘くて、いい匂いがしてる」

「もう、お菓子作りが終わったんだ。菓子職人パティシエの魔法を見せてあげられなくてごめんね」

「ということは、もうお菓子が、いい匂いがするのは……そこだ!」


 クロエが俺の手にある紙袋にとびかかって来るので軽くかわす。


「ううう、クルト。せっかく臭いの我慢して手伝ったのに、食べさせてくれないなんてひどいよぅ」


 恨めしい目で俺を見てくる。

 少し可哀そうだが、心を鬼にしよう。冷やして美味しいお菓子を、あったかいうちに食べるのは未完成なものを出すのと一緒だ。

 菓子職人パティシエのプライドが許さない。


「帰ってからのお楽しみ。帰れば紅茶と一緒に楽しめるしね」

「……本当に帰ったら食べていいんだね」

「ああ、約束する。それにしても、ティナもクロエも現金だな。あれだけ調理する前は嫌がってたのに」


 二人は、ちょっとだけバツの悪そうな顔をする。


「だって、あんな地獄のような匂いが、こんないい香りになるなんて思わないじゃないですか」

「だね、本当に驚いた。もとがどんな匂いでも、これだけ美味しそうな匂いをさせられたら我慢なんてできないよ」


 その一言が欲しかった。

 菓子職人パティシエ冥利に尽きる。

 苦労して、臭いドリアンと格闘した甲斐があった。

 実は俺もめちゃくちゃ辛かった。


「さて、レナリール公爵の別宅に戻ろう」

「はい! はやく、そのお菓子を食べたいです」

「うんうん、クルト急ごう」


 二人に手を引かれる。

 俺は小さく微笑んで、家路についた。


 ◇


 レナリール公爵の本宅と可能な限り同じ環境を整えている別宅には、自慢の庭園もある。

 使用人に話を聞けば、使っていいらしいのでそこで食べることにした。


 お手製の魔法瓶には、俺が淹れた紅茶が。バスケットにはティナの力で冷やしたドリアン・ドーナツが入っている。


 庭園には、いろとりどりの花が咲き乱れていた。

 いくら、本宅と似せると言っても、気候が違えば育つ花も違う。そこだけは、本宅とはまったく違う顔を見せていた。


 だが、それが嬉しかった。新しい感動がある。

 この庭園は茶会に使うことを想定しているので、屋根付きのテーブルと椅子が用意されていて食べる場所には困らない。

 なるべく、匂いが弱い花に囲まれたところを選んだ。

 頑張って演出した南国の香りを楽しむのには、香しい花の香りも邪魔になる。


「いよいよ、試食タイムですね!」

「そうだな。ちょうど、おやつの時間だし。この時間なら夜のレストランに影響は出ないだろう」


 あまり食べ過ぎると、レナリール公爵のおすすめのレストランを楽しめなくなってしまう。

 食通のレナリール公爵が、べた褒めするお店だ。全力で楽しまないと損だろう。


「ティナ、皿を並べてくれ。クロエは紅茶の準備を」

「はい!」

「任せて」


 二人が皿を並べて、紅茶を淹れている間にドリアンドーナツをカットする。

 そして、皿に盛りつけた。


「クルト様、キツネ色の生地と、金色のクリームの組み合わせって素敵です」

「本当に綺麗なお菓子だね。食べるのがもったいないよ」


 こうして、金色のクリームを眺めながら食べるほうが美味しく感じるのだ。お菓子というのは見せ方一つで印象が変わり、味も変わるように感じる。盛り付けもパティシエの重要な仕事だ。

 全員席につく。

 そして、食前の祈りをささげようとしていると、来客が現れた。


「あら、私に内緒で美味しそうなお菓子を食べようとしているなんてずるいわ」

「レナリール公爵、どうしてここに?」

「仕事がひと段落して、気分転換をしようと思っていたら、使用人からあなたたちが庭に出ていること聞いたの。せっかくだからあなたと話そうと思ったのだけど、いいタイミングだったわ」


 彼女は微笑する。

 ティナとクロエはさっと自分の皿を手で覆う。

 食い意地が張っている二人は、取り分を減らされたらたまらないと自分の分を隠したみたいだ。

 微笑ましてくて笑ってしまう。

 心配しなくてもいろんな人に配るためにたっぷり作ってるのに。


「いいタイミングかどうかはお菓子を食べてみるまでわかりませんよ」

「わかるわ。あなたが作るお菓子がまずいはずないもの」


 そこまで期待されたら仕方ない。

 俺は、ドリアン・ドーナツをカットして皿にもる。


「あら、半分だけなのね」

「食べ過ぎると、夜のレストランに差し支えますから」

「そう言われてみれば、あなたの皿も半分だけ。……でも、あの子たちは一つまるまるよ」


 彼女の言う通り、俺とレナリール公爵の皿にはハーフサイズのものが、そしてティナとクロエたちの皿にはまるまる一個が乗っていた。


「あの子たちは育ち盛りで、よく食べますからね。これぐらいどうということはないんです」


 そのことは俺が一番よく知っている。ティナもクロエも美味しいものはよく食べる。まだまだ彼女たちは成長期だ。


「ううう、その言い方はひどいです」

「そうだよ。私たちが大食いみたいに言って」

「なら、おまえたちもハーフカットにするか」

「「それはいや(です)」」


 二人は明確に、拒絶する。

 そんな様子を見て、レナリール公爵は楽しそうに笑う。


「あなたたち、すごく仲がいいのね」

「ええ、大事な家族ですから」

「少し、羨ましいわ。私にはそんなことを言える人がいないもの」


 強い彼女が滅多に見せない悲し気な笑みを浮かべる。

 父は戦死し、兄は謀殺された彼女は天涯孤独の身だ。


「そう言われると悲しいですね。友達になってほしいというあなたの言葉、私は真剣に受け入れたつもりでしたが」

「そうだったわね。……だからかしら? ここにいると妙に気が休まるわ。アルノルト次期準男爵。あなたぐらいよ。下心を持たずに私と話をしてくれるの。あなたには野心というものがないの? 私を煽てれば、出世の道が開けるかもしれないわね」


 野心か……そんなものあるに決まっている。

 だが、レナリール公爵の力を借りるつもりはない。


「野心や下心はもちろんあります。ですが、それは俺の領主としての手腕と、菓子作りの腕で掴むものです。レナリール公爵に施しを受けたいとは思いません。……こんなことを言えば貴族として失格かもしれませんがね。そうじゃないと意味がない」

「そうね。貴族失格よ。でも、あなたにはそのままでいてほしいわ」


 権力争いほどつまらないものはないと、俺は常々思っている。

 毎日お菓子が食べられるほどの豊かさと、争いのない平和な日々。それさえあれば他にはいらない。


「話が長くなってしまいましたね。さっそく、茶会を始めましょう。ティナとクロエが怒りだすまえに」


 ずっとお預けになっていた。ティナとクロエの落ち着きがどんどんなくなってきていた。

 爆発するまえに茶会を始めよう。

 全員が手を合わせる。


「「今日の糧を得られることを、森と精霊に感謝を」」


 そうして、祈りを終えみんなが手を付け始めた。

 俺もさっそく食べてみる。

 よし、狙いはすべて成功している。このお菓子は俺の作品と胸を張って言えるだろう。


「クルト様、美味しいです。口にいれた瞬間、さっきクルト様が言ってた南国の香りが溢れてきて、うっとりしちゃいます」

「アルノルト次期準男爵、すごいわね。こんな滑らかなクリーム初めて。まるでシルクのよう。それにこの信じられないほど上品な甘さ、夢のようなお菓子よ」

「生地も最高だよ。こんなに薄いのにしっとりして、クリームと相性抜群で、いくらでも食べられそう」


 ドリアン・ドーナツは好評なようだ。

 どんなパティシエも作れないほど、滑らかで、果物の王様と呼ばれるほどの上品な甘さのクリーム。


 油を吸わない極薄の生地は、滑らかなドリアンクリームの食感を損なわず、舌に張り付き独特の官能感を演出し、ドリアンクリームを味合わせる余地を作る。


 ひんやりとしたお菓子だからこそ、これほど美味しく感じるのだ。

 ドリアンの魅力を極限まで引き出したお菓子だ。

 このお菓子はドリアンでないと絶対に成立しない、特別なメニューだ。


「あはっ、感動したわ。こんなお菓子、初めてよ」

「このお菓子は日持ちがします。挨拶に伺う貴族の方々への手土産にしようと考えてたくさん作りました」


 美味しいだけでなく、こんなお菓子は誰も食べたことがない。喜ばれる公算が高い。


「たくさんあるなら、お代わりしたいわね」


 レナリール公爵の一言を聞いて、ティナとクロエもこくこくと頷いた。


「それは駄目です。これは、上品な甘さでそうは感じませんが、かなり脂肪分が多い。しばらくするとお腹が膨らみます。今日は、これで店じまいです。明日以降食べる分は残しているので、よろしければまた明日」

「そうさせてもらうわ。残念だわ」


 何事もほどほどが重要だ。

 ティナとクロエが恨めしそうに見えているが、さすがに甘い顔ができない。

 ドリアン・ドーナツが大成功でよかった。これで挨拶用のお菓子には困らない。


「この材料になっている果物、はじめて食べたけど、すごく素敵ね。是非、生でも食べてみたいわ」

「……それは止めておいたほうがいいと思いますよ」

「どうしてかしら?」


 不思議そうにレナリール公爵が首をかしげる。


「手間暇かけて調理しないと、死ぬほど臭い果実なんで」

「こんないい香りの果物がそんなわけないじゃない」

「忠告はしました。使用人のかたに、購入した店舗を伝えておきます。私はドリアンと呼んでいますが、どういった名前で流通しているかはわかりません。匂いが強いとげとげの大きな果実と店主に伝えればわかるはずです」

「ありがとう。さっそく手配をするわね」


 死ぬほど臭いというのを冗談に受け取っているようだ。

 まあ、言っても信じてくれないなら体験してもらうしかないだろう。

 ティナとクロエが、可哀そうな人を見る目でレナリール公爵を見ている。


 どうなるかは目に見えてる。ドリアン捨てられそうになったらがんばって回収しよう。定価で買うととんでもない高級デザートだし、入手経路もほとんどない。貴重な材料に触れる機会は少しでも多く持っておきたい。


「さて、休憩できたし、夜のレストランまでもうひと仕事頑張るわ。いい息抜きができた。ありがとう、アルノルト次期準男爵」

「こちらこそ、楽しい時間を過ごせました。お仕事がんばってください」


 俺がそう言うと、レナリール公爵は微笑んで席を立つ。

 彼女が頑張ってるんだ。俺は俺でできることをしよう。

 受勲式も、王家にお菓子を振る舞う日も、すぐそこまで迫っているのだ。

 さて、時間があるうちにレシピを煮詰めるとしようか。

 

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