プロローグ:王都への到着
半日ほどの空の旅を終えて王都の離れにある村に着陸した。
そこからいつものように馬車に乗り換えるので、荷物を移す。
荷物の中にはこれから王都で戦うための武器……とっておきの食材が入っているのだ。慎重に荷物を運ぶように指示し見守る。
ここから半時ほど馬車で走れば王都にたどり着く。
貧乏貴族とはいえ、一応貴族である俺は王都にあこがれていた
。
この国は、四方を統括する四大貴族が存在し彼らが貴族たちを管理している。
よっぽどのことがない限り王都にまで来ることはない。
王都に呼ばれるというのは貴族としての誉れだ。
「クルト様、王都にはお城があるんですよね。お城って憧れます」
キツネ耳美少女のティナは王城を見るのが楽しみで仕方ないらしい。
白銀のもふもふ尻尾を揺らしていた。
女の子がお城にあこがれるのはよくわかる。
「ああ、世界で一番美しいと言われている城だ。今から見るのが楽しみだよ」
俺たちの国、フェデラルの城は国力を見せつけるために金に糸目をつけず、当代最高の技師たちをかたっぱしから呼び集め城を作った。
その美しさと威容は、辺境であるアルノルトまで響いてきている。
菓子職人は、芸術的な感性が必要だ。美しいものに触れる機会は非常にありがたい。
「お城か。それより、美味しいものがいっぱいあるといいな」
クロエのほうは俗物的だった。城なんかよりも食べ物のほうに夢中だ。
俺もそっちの興味がある。
「レナリール公爵の領地も、エクラバも、この国から見たら東と一括りにされるからね。でも、王都は中央だ。東西南北、すべてから物を集めているから、いろいろと面白い食材も料理もあるはず。俺も楽しみにしている」
噂で聞く限り、王都には素晴らしいものが溢れているらしい。
王都に家を構えるのは、商人たちの憧れだ。地方で大成功した商人たちはこぞって金を積み王都に本店を構えて、地方の店を支店する。それが一流の証だと信じているからだ。逆に言えば、いくら稼ごうが王都に本店がなければ二流という風潮が存在するので、意地でも本店を王都に置こうとするのだ。
そうやって、金がある人間が集まると、金があるところにものが集まるのが道理なので、世界中からいろいろなものが集まり王都には多種多様なものが溢れていた。
だが、いいことばかりではない。王都の周辺の土地は農業に適した土地ではないし、四方から大量の客を招くために恵みをもたらす森を切り払って広い道を作ってしまっていた。もとより海も近くにない。つまりは鮮度はさしてよくないのだ。いくらさまざまなものが集まろうが、産地で食べるより味が落ちる。
王都で作るのがケーキだけで良かったと思う。もし、ここでコース料理を作れと言われたら鮮度が落ちた食材を使うか、鮮度を必要としない食材を使うかの二択を迫られていただろう。
まあ、本気になればレナリール公爵に土下座して竜車を借り、産地から空輸するなんて手段もとれるが、そんな面倒なことはしたく無い。
「じゅるり。クルト、たっくさん食べ歩きしようね。研究だよ、研究!」
「まあな。研究は大事だ。王都に来る機会なんて下手したら二度とないからな。なんとか時間を見つけて王都の美味しいものを食べ歩きたいね」
クロエは調子に乗っている。
食べ歩きは是非ともしたい。ただ、二点ばかり問題がある。
一つ目は金銭の問題だ。王都の物価は冗談のように高い。食料の生産をよそに頼りっきりなので輸送の分高くなっている。そして、アルノルトは貧乏。前回のレナリール公爵の食事会と違って、予算は自腹なのでかつかつだ。王族のかたが予算を与えてくれると嬉しいのだが、期待しないほうがいいだろう。王族の考え方は、貴族は王族に奉仕して当然というもの。……とはいえ、エクラバの店とアルノルトの領地を放り出してまで来ているので、なにかしら褒美は引き出したいと考えている。
二つ目は時間だ。ここに来たのは男爵の叙勲を受けるためだ。叙勲式のための準備や、王都に住む貴族たちから俺に会いたいという申し出が、フェルナンデ辺境伯とレナリール公爵のもとに来ている。その中から、彼らが俺の将来のためになると選りすぐった貴族たちと会うのだが、搾り込んでもぞっとする数だ。そんな鬼のようなスケジュールの中で、王族に振る舞う菓子の試作。それも、アルノルトに害をなそうとうかがっている刺客の目を盗んでやらないといけない。
ちなみに、ここに来るまでの貴族訪問と体力を使うチョコレートづくりのせいで、すでに疲労はピークだ。
「ティナ、クロエ、俺が過労死したら遺体はアルノルトのラズベリー畑に埋めてくれないか」
「ちょっ、クルト様、何を物騒なこと言っているんですか!?」
「うわあ、クルトの顔。真っ青」
「冗談だよ」
そう言っても、ティナもクロエも心配そうな顔を止めない。
きっと、冗談に聞こえないぐらいに疲労が見てとれるのだろう。
今日もティナに尻尾枕をしてもらおう。ティナのもふもふ尻尾に顔を埋めると、いつもの十倍ぐらい疲れが取れる。
「アルノルト次期準男爵、おしゃべりはそれぐらいにしておきなさい。そろそろ出発するわ」
「申し訳ございませんでした、はしゃいでしまって」
「むしろ安心したわね。王都の目と鼻の先で、はしゃぐだけの余裕があるなんて。あなた大物になるわよ」
レナリール公爵は薄く微笑む。
まずいな、俺より頑張っている彼女の前で弱音を吐くなんてどうかしている。
気を引き締めていこう。
◇
レナリール公爵の馬車は軽快に走り、思っていたより早く王都についた。
王都の城壁は、軽く二十メートルを越え厚さも相当なものだ。見ているだけで圧倒される。
出入りするものも多い。絶え間なく人と物が行き来している。
関税の徴収を待つ行列を後目に、貴族専用の門からすっと王都に入った。さすがは公爵家。
なかに入るとティナが目を輝かせて窓から顔を出す。
「うわあああああ、話に聞いていたよりずっとずっと綺麗です」
ティナがうっとりとした顔で白亜の城を見つめていた。
王城は王都の中心に位置していた。
俺の感想は、ディズニーランドのシンデレラ城よりずっとすごいというものだ。
系統としてはあれに近いメルヘンチックなものだが、二回りほど豪華かつ巨大だ。
いったい、どれだけの労働力と金をかければあんなものができるのか想像もできない。
「クルト、驚いたよ。あれには素直に感心する。人間ってすごいね」
いつもは、人間の作った芸術より、花や木々といった自然の美しさを愛するエルフのクロエもあれには感動している様子だ。
「いい目の保養になる。それにしてもすごいな」
道はすべて、石畳。それもびっしりと敷き詰められ隙間も欠けも見当たらない。
高価な街灯が等間隔に並んでいる。一日でどれだけの油を消費しているんだろう。一日に消費する油の代金だけでアルノルトの全領民が養えそうだ。
そして、建物も例外なく美しい。使っている石からして質が違う。たしか王都の場合、王都にふさわしくない建築物は一切認めないという法が定められている。
……そんなものがなくても、金を積んで王都に住むことがステータスと考えている連中なら見栄を張るために、勝手に競い合って無理をしてでも美しい家を建てるのだろう。
見るものすべてに圧倒される。
「ねえ、アルノルト次期準男爵。この街を見てどう思う?」
レナリール公爵が問いかけてくる。
その答えは決まっていた。
「美しいものはたくさんあります。ですが、調和はない。最高級のものをむりやりぎちぎちに詰め込んでいるだけに見受けられます」
「ふふっ、そうね。私も同意見よ。それが今の王都そのものね。欲しいものをなんでも買い集めて、押し込める。そこに美意識はないわ」
どこか陰のある表情でレナリール公爵は笑う。
その姿を見て、寂しそうだと思ってしまった。
きまずい沈黙があたりを包む。
話題を変えよう。
「これから、どこへ向かうのでしょうか?」
「私の別宅よ。レナリール家は王都にも屋敷をもっているの。そこなら十分な厨房もあるし……あなたの邪魔をさせないわ」
それは安心した。
本気で妨害をしてくる相手がいるなら、寝込みを襲われるぐらいは覚悟していた。
レナリール公爵の屋敷なら安全が担保できる。
「助かります」
「それと、今日はゆっくり休みなさい。今日だけは予定を詰めていないわ」
本当にこの人はいろいろと気をまわしてくれる。感謝しても感謝しきれない。
「そうさせていただきます」
とは言ったものの、ただ休むだけだとあれだし、ケーキの試作と市場調査ぐらいはしっかりやっておこう。これは半分俺の趣味だから疲れはたまらないだろう。
「……予定はないと言ったばかりであれだけど、アルノルト次期準男爵。よければ、二人きりで夕食を取りたいと思うの。王都でしか食べられない料理を出す、お気に入りのレストランに招待するわ」
それは是非行ってみたい。
王都でしか食べられないと聞いた瞬間、とあるものが脳裏に浮かんだ。
食料のほとんどを他の都市に頼っている王都で数少ない自力で生産しているもの。門外不出であり他の都市へ一切流通していないアレがある。
だけど、問題があった。
「お気持ちはありがたいんですが、王都の最高のレストランを楽しむだけの手持ちがありません」
くどいようだが、アルノルトは貧乏だ。
エクラバの店で儲けているとはいえ、あの金はアルノルト領の財布にいれている。
一応、エクラバの店で働いている人たちに渡している給金と同じ金額は俺の財布にも入れているが、お菓子の研究のために、材料や本を入手しているので、いつもすっからかんだ。
「私が招待するのだから、お金は気にしないでいいわ。他に断る理由がないなら、来なさい」
正直、相手が超格上とはいえレストランで女性に奢られるのは男としていかがなものかとは思う。
しかし、新しい味への興味を抑えきれないし、レナリール公爵と二人きりで食事というのに魅力を感じていた。
「ではお言葉に甘えます」
「そうして。今から夕食が楽しみね」
レナリール公爵がにっこりと笑う。
すごく、可愛らしく魅力的な笑みだった。
ふと視線を感じる。
クロエがすごく恨めしそうな顔で俺を見ていた。俺だけ最高のレストランで食べるというのが気に食わないみたいだ。ティナが慌ててなだめている。
「心配しないでもいいわ。あなたたちも連れて行ってあげるから。でも、部屋は別で礼儀作法の先生をつけるわ。男爵の使用人になるのだから、今のうちに礼儀を身につけなさい」
彼女がそう言うと、クロエは万歳して喜び、ティナのほうは少し寂しそうな顔をした。きっと、俺と彼女が二人きりになるのが嫌なのだろう。
ティナは嫉妬しているのだ。
……そんな必要はないのに。
おそらく、これは二人きりでしか話せないことを話すための口実だ。
レナリール公爵がデートに偽装して二人きりになって話すこと、ある程度の覚悟は必要だろう。
今日から五章! 王都編です。新たな出会いと新たなお菓子、五章も楽しんでね!