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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:誓いと黄金のマドレーヌ・アルノルト
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プロローグ:クルトの日常

書籍化決定しました。Mノベルスさんから2016/10/28発売です

 世界一のお菓子職人になりたい。

 それが俺の夢。その想いはたとえ死んでも変わらない。

 そうは思っていたが……、まさか転生してまで変わらないとは思っていなかった。

 俺は死に、異世界の貧乏貴族の息子に生まれ変わった。だが、今でもお菓子職人を目指している。


 ◇


 俺は朝陽が降り注ぐなか、開けた場所で槍を振るっていた。

 一突き、一突きに明確な意思を込める。

 力の流れ、呼吸、そのすべての無駄をそぎ落とし、磨き上げる。

 俺は常々、鍛錬とは、刀研ぎに似ていると思っている。より鋭く、よりしなやかに、ただひたすら己を磨き続ける。

 槍の鍛錬はアルノルト家に産まれたものの宿命だ。


「クルト様! 朝食をもってまいりました」


 朝の鍛錬が一段落ついたころ、一人の少女がやってきた。

 彼女は俺に仕えてくれている使用人だ。

 銀色の髪、それと同じ色のキツネ耳とキツネの尻尾が特徴的な少女だ。ついこの前まで子供だと思っていたのに、最近、どんどん女性っぽくなってきてどきりとする。


「ありがとう。助かるよティナ」


 俺はティナから、バスケットに入ったサンドイッチを受け取る。

 サンドイッチは、ライ麦パンにチーズを挟んだシンプルなものだが、細かな気配りが散りばめられていて美味しい。

 何気ない料理をちゃんと美味しく仕上げることが一番難しいのだ。

 少し喉が渇いたと思ったタイミングで、ティナが水筒を取り出し、木製のコップにお茶を入れて差し出してきた。

 ほてった体に冷たいお茶が心地よい。


「うん、今日の料理も素敵だった。ティナのご飯のおかげでいつも頑張れるよ」


 彼女の頭を撫でる。さらさらとした髪とキツネ耳の感触が心地よい。


「もう、クルト様! またそうやって子供扱いして!」

「まだ、子供だろう?」

「獣人は大人になるのが早いんです!」


 俺は一五歳、そしてティナは一三歳だ。

 彼女の言うとおり獣人は成長がはやい。だから一三でも、それなりに色気がある。


「ちっちゃいころのティナを知っているからね。どうしても子供のように扱っちゃうよ」


 初めてあったときはまだ一〇歳で、その頃は本当に子供だった。色々とあって、彼女を拾ってうちの屋敷で面倒を見るようになって三年。拾ったときにまさか、こんな美少女に成長するとは思っていなかった。


「さて、行こうか。みんなが待ってる」

「ああ、クルト様、待ってください」


 俺が早足で歩き出すと、慌てた様子でティナがついてきた。

 今日も一日がんばって仕事をしよう。


 ◇


 俺は、クルト・アルノルト。アルノルト准男爵家の長男だ。

 アルノルト家はフェデラル帝国に仕える貴族である。


 アルノルト准男爵家の領地は、フェデラル帝国の最北端であり広大だが未開の土地の山が広がっている。

 アルノルト家は、北方の敵と魔物からフェデラル帝国を守りながら、未開の土地を開拓し、収穫量を増やすことを生業としていた。


 人口はおおよそ五〇〇程度で、村が五つある。俺はそのうち、もっとも新しい村を任され、五〇人ほどの領民を率いて開拓を進めている。

 去年やっと開拓が一段落し、作物が育てられるようになった畑を横切る。麦の世話をしていた女子供が手を振ってきたので振り返す。


 そして、目的地についた。そこはまだ荒れ放題の土地だ。雑草が生い茂り、石が転がりほうだい。木は切り倒されているが切り株だらけ。これを畑にしていくのだ。

 もう、屈強な男たちが集まって作業を始めている。俺の愛すべき領民たちだ。


「おう、坊っちゃん、よく来てくれた!」

「坊っちゃん助かったぜ! やっかいな切り株があって、どう引いてもうまくいかねんだ!」

「そんなことより怪我人が先だ! 申し訳ございませんクルト様。アーベルの奴が腕をバッサリやっちゃいまして、見ていただけませんか」


 彼らは、俺の姿を見るなり一気に駆け寄って息を荒げる。

 ここが開拓の最前線。既に切り開いた土地では女性や子供が日々の糧を育て、男たちは新たな土地を切り開いていく。

 一人ひとりの話をしっかりと聴いて、優先順位をつけた。


「あの切り株は俺じゃないと無理だから、縄をくくり付けておいてくれるか、その間に怪我人の手当をする。」

「坊っちゃん、任せますぜ!」

「さすが、坊っちゃん頼りになる」


 力自慢の男たちが次々に俺を称え、やっかいな切り株を任せた。細身な、一五の俺に。

 それには秘密があった。


「それで、けが人はどこに居るのかな」

「あっちの木陰で休ませてます」

「すぐに行こう」


 俺は領民に案内されて、大きな木にもたれかかっている青年のところに行く。

 手を布でおさえていた。その布は血で染まっている。


「大丈夫か、アーベル」

「クルト様、申し訳ございません。少しヘマを」

「それはいい。こういった仕事をしてもらっているんだ。怪我はつきものだよ。傷を見せてくれ」


 アーベルが腕をおさえている布を引き剥がし、傷を確認する。

 想像以上に深い。


「これは縫わないといけないな。この場で縫うよ」

「本当に申し訳ございません……」


 用意してあった救急箱のを開く。

 まず、清潔な布を噛ませて、舌を噛まないようにし、度数の高い酒で傷口を洗浄。

 針で傷を縫い付け、包帯を巻いて完了。


「アーベル、今日は帰っていい。傷が塞がるまで3日は休め。その間は仕事はするな。傷が開く。一週間ぐらい立てば糸を解くからまた診るよ」

「かたじけない。クルト様」


 アーベルが頭を下げる。

 気がつけば、傷を縫うのが珍しいのか、周りの領民たちが興味深そうに俺の手元を見ていた。

 作業が終わると同時に、みんなが一斉に口を開く。


「鮮やかなもんっすね。あんな深い傷だったのにあっという間に血が止まりやがった」

「坊っちゃんはすげえっすよね。開拓の作業の指示も適切だし、こうやって医療の心得もある」

「みんなの納めてくれている税で、飯を食べているんだ。それぐらいはするよ」


 俺は照れくさくなって頬をかきながら謙遜をする。

 なかなか、危険で不便な辺境まで医者は来てくれない。

 それなのに、立地や仕事柄けが人が多い。

 少しでもみんなの力になるために、独学だが勉強をしているのだ。それが役に立っているのが誇らしい。


「そんなこと言ってくれるの坊っちゃんぐらいだよ。他の連中は絞りとるだけ、絞りとってなにもしてくれねえ」

「坊っちゃんが、領主様の後を継いでくれるということないんだけどな」

「おい、こら!」


 領民たちが何気なく呟いた言葉を別の領民が叱責する。

 そして、俺に継いで欲しいと言った領民はやってしまったとばかりに口を押さえた。

 俺は苦笑した。

 ……おそらくアルノルト准男爵領を継ぐのは俺ではなく弟なのだ。

 俺には決定的に欠けている素質があり、手が届かない。だからこそ、最後の領民は諌めたのだろう。

 だが、諦めたわけじゃない。


「気にするな。俺が一番わかってるから」

「だが、坊っちゃん」

「それ以上言うな。それよりさっさと仕事を進めよう」


 領民たちがばつの悪そうな態度をとっていた。そちらのほうが逆に凹む。

 嫌な空気だ。

 空気を帰るために、問題になっている木の根のところに向かう。

 しっかりと縄がかけられていた。

 俺は、そっと目をとじる。

 魔力を循環させる。……魔力、それは一部の選ばれたものしかもてない力。循環させるだけでも身体能力な強化や、自己治癒力が上がる。


 選ばれたものの中でも、ごく一部のものは魔法というものを発現させるみたいだが、残念ながら俺はまだその境地に至っていない。

 魔力が行き渡ったのを確認し、縄を手にとり、力任せに引っ張る。

 強い抵抗を感じるがさらに力を込める。

 遂に木が抜けた。

 周りから、割れんばかりの拍手の音が響く。

 俺は誇らしげに笑って、領民たちがそれに応えた。

 今日も開拓は順調だった。



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