語り部人形の夜3
あら? いらっしゃい。
なんだかあなたが来るのが当たり前に思えてきましたよ。
この世界を訪れる人間はみなさん同じ運命を辿るのですが。
いえいえ、もう来るなだなんて思っていませんよ。
ただ不思議なだけです。
ふう、余計なお世話でしたね。お茶をいれましょう。
今日はわたしがお話しをします。
怪談……とはいえないかもしれませんが。
《もう一つ》
あるところに少女がいました
可憐で幼い少女です
少女は大きな屋敷に住んでいて、学校から帰ってくるといつも中庭で遊んでいます
屋敷はとてもおおきな敷地をもっているので、中庭も広大です
小さな森のようになっているので初めて訪れた客人は迷ってしまうほどです
使用人もあまり寄り付かない庭は、少女にとってサンクチュアリでした
ここにはおべっかを使う人々はいないので気をはる必要もなく
のびのびと過ごせます
中庭には大きな噴水がありました。もとは白かったのでしょうが長い年月放置されていたのでだいぶ汚れています。公園によくある円形の噴水で、真ん中にたった時計台から水が吹き出す仕組みになっていたようです。
時計は既に壊れ、水を吹き出す仕組みも動かないようです。水道は止めてあるのですが、少女が知るかぎり水が干上がったことはありません。雨水がたまっているのでしょう。
水は茶色く濁っていて底は見えません。
そもそも底などないかのようです。
ある夏の日のことでした。
少女はいつものように中庭で過ごしていたのですがボールを噴水に蹴りいれてしまいました。
ボールはポシャっと音をたて水の中へ沈んでしまいます。
よくよく考えてみればボールが沈むなんておかしなことなのに、この時はおかしいとは思えませんでした。
少女は慌てて水面をのぞき込みましたが暗く淀んだ水です、とてもボールなんて見えそうにありません。
夏とはいえ、汚れた水の中に入る気にもなれず、少女は呆然と水面をながめています。
すると、微かに写った少女の影がゆらぎました。
右へ、左へと影が動きます。
少女は無意識に自分が動いているのではないかと思い、わざと影とは違う方へ動いてみました。
影は少女とは違うほうへ動きます。
不思議に思った少女は袖をまくりあげて手を水の中にいれてみました。
影もこちらへ手を伸ばすようにしています。
水の中には何もないはずなのですが、手のさきに何かが触れています。
それは指先をかするようにして動いています。
少女は水の奥にこことは違う世界があるに違いないと確信します。
ボールはきっと向こうに行ってしまったに違いありません。
どうすればボールを返してもらえるでしょう。
少女は影に向かって叫んでみましたがどうも聞こえていないようです。
指で丸を描いてみると、これは通じたようで。
影が見えなくなり、しばらくして影は丸い影をもって再びあらわれました。
身振り手振りで返して欲しいと訴えてみます。
伝わったようです。
影は丸いモノを大きく振りかぶり、こちらへと投げつけました。
水面が揺れて何かがとびだしてきます。
少女はそれを掴みとりました。黒ずんでいましたが、汚い水を通ってきたのですから仕方ない。
けれど何か変です。ボールにしては形が歪ですし、黒い糸に包まれています。
ボールにしてはずっしりと重さがありました。一体これはなんなのでしょう。
黒い糸は上から生えてきて下に覆いかぶさっていましたから引っくりかえせばこれがなんのかわかりそうです。
少女は興味に惹かれるままそれをひっくりかえしました。
黒い糸が垂れ下がり、隠れていた部分があらわになります。
現れたそれの正体は。
口と目を限界まで引き伸ばした。
女の顔でした。
ふう
申し訳ない
どうも最近は調子が悪くて
心配してくれるんですか? ふふ、それはどうも
さて、話しの続きですが
少女はショックで気絶してしまいまして
目覚めた時には病院のベッドだったそうです
生首が噴水から飛び出してきたと必死に訴えても
誰も信じてくれませんでした
当然ですね
わたしでも信じませんよ
たかが生首ていどで気絶するわけないじゃないですか
え?
そこじゃない?
ああ、そうでしたね
こちらでは生首くらいで気絶するようなかたはいないので
ところで
この屋敷の中庭にも噴水があるんですよ
のぞいてみると面白い物が見えるかもしれませんね