そんな○○○はいやだ
香乃子は、ちょっぴり変わった家系に生まれた。超能力が使えちゃったりする家系に生まれたのだ。
でも、漫画やドラマ等で描かれるような、ばーんと壁を破る空気砲を放ったり、びょーんとアスファルトの道路から屋上までひとっ飛びしたり、ひょいっと迫り来る車を片手で持ち上げたり、ぴゅーっとお空を飛べたり、ばばんと植物の成長を早められたり、ぴんと未来を言い当てたりはしない――できない。
香乃子の生まれた家系は、中途半端に“ちょっぴり”レベルの力しか使えないのだ。痒いところさえに手が届かないレベルなのだ。
それも、何に使えるんだこの力という内容ばかり。つまり、役に立たなくて地味。
……例えば。
香乃子の母は、一分先の天気がわかる――しかも自分の半径百メートルのみ。つまり、ゲリラ的な雨にあうとき“だけ”は役に立つ……けれども出不精なのであまり外出しないので、洗濯物にしか効果的な効力を発揮しない。
香乃子の姉は、自分が感じる味覚だけ、好きな味に変化させられる――ただし、かき氷に限る。姉のための、姉だけの力、けれども姉はかき氷を食べればおトイレに長時間閉じ籠ってしまい、ラッパのマークの個性的なスメルのお薬のお友達になる。……超能力を使って体調不良になるとはこれ如何に。
香乃子の妹は、毛髪の色を生まれ持った以外の色に変色できる――しかし生え際だけ。妹は頑固な黒髪派である。つまり白髪染めがいる年齢まで使えない、使いようがない。しかも煉瓦色。……おそらく、香乃子の妹はこんな「意味ねぇえー!」な力は一生使わないだろう。
香乃子の家系は代々、そんな激しく「意味ねぇえー!」な力が、何故か還暦まで使えるのだ――ただし、“満月の夜の日に生まれた”女性に限る。全くもって意味がない。香乃子たち三姉妹は三つ子なので、皆条件を満たしている。
ちなみに、そんな女性が生まれる確率は六割だ。半分でも七割でもないところがまた、中途半端すぎる。何でだ。
三姉妹の真ん中の香乃子の力も、負けず劣らず「何でだ」レベルの実にへんてこりんな力である。そんな負けず劣らずはいらない。
突風が顔に叩きつけるように、ちょっと“すぎる”先の未来が見えるのだ。
……どれくらい、ちょっとすぎるのかといえば。
(あ゛ー……課長だ。いや、今は次長?)
世間では夏休み、しかも土曜日の午前中の現在、香乃子は内科の病院の待合室にいる。自分の番号が呼ばれるまで待機なのである。ちなみに夏風邪気味なのである、厄介なことに。
そんな病人な香乃子の視界に、見慣れ親しんだ頭部が映っている。この春に人事異動で課長からお隣の部署の次長に昇進した元課長である。
バーコードに近い頭頂部に、三本の髪の毛がアンテナのようにまっすぐ立つ、とっても特徴的髪型をしている三十代半ばの、すごく仕事ができちゃう男性である。
噂によれば、仕事運が毛髪運を吸収してしまったのだとか――入社何年目か、つまりめきめき頭角をあらわすまでは、頭部がふっさふさだった、らしい。
そんな元・課長の頭部を見た途端、香乃子の脳裏を突然によぎるものがあった。あまりにも唐突に。
それは、まるで突風で顔に新聞紙が張り付いたような、もしくはスカートが突風に捲れ上がったような唐突さレベルの突然であった。
――【元・課長はあと二分もしたら、十四番で呼ばれる】
突風は、そんな一文を香乃子の脳裏に一瞬で届け、あっという間に香乃子の脳裏を駆け巡っていった。
そして、その一文の通りに、元・課長は看護婦に呼ばれていった。ちなみに前の番号の患者が急きょ救急車で運ばれたため、番号が繰り上がって、元・課長は十五番から十四番になった。
現実が、香乃子の脳裏を突風とともに過った一文の通りになったのである。
これが、香乃子の力である。一分先や最高でも二分先の未来しか知ることができない――ちょっぴりすぎる先の未来しかわからない。しかも、内容がどうでもよすぎるし、唐突すぎるのである。
そして自身の姉妹母同様、使用に際する条件というか対象範囲というかが、姉妹母以上に「これ如何に」な代物であった。
「刀根さーん。刀根山太郎さーん」
香乃子の耳に、一風変わった名前が聞こえた。確か中学校の同級生に、同性同名のイケメン野球部員がいた。だとしたら、本人か。ちなみに、名字が利根で名前が山太郎である。
ひそかに一部の先輩方にファンクラブができるくらいの、爽やかな甘いマスクのショタ野郎だった。香乃子はショタ趣味ではないので、ファンではなかった。
けれども、今現在どんなふうに育ったのかは気になる程度には、香乃子にも野次馬精神があった。
そんな軽い気持ちで、香乃子はそちらを見た。
(あ……)
軽く顔を動かした香乃子の目の前を、妙にふさふさな頭髪の青年が通りすぎ、受付の支払い口へと進んでいった。ちょうど香乃子の真ん前に、青年の不自然なふさふさが見える位置である。
彼の頭部を見て、再び香乃子の脳裏を突風が過った。もちろん一文つきで。
――【彼の支払い金額は千七百円ぴったり。彼は今や見る機会も減った二千円札を出す】
三十秒もたたないうちに、刀根山太郎は二千円札を出し、そして三枚の硬貨を受け取った。
(て、ことはあああ!)
香乃子は思わず目をみはった。
香乃子は、久しぶりに二千円札を見た小さな感動に目をみはったわけではない。久しぶりに見た同級生に目をみはったわけではない。
久しぶりに見た、コアなファンクラブを発生させた、一部とはいえ確かにアイドルであった同級生の現在の頭部の寂しい現状を見て、思わず目をみはったのだ。
なぜなら、香乃子は「若ハゲの後頭部を見たら、ちょっぴりすぎる先の未来が一文となって唐突によぎる」予知能力の持ち主なのだ。
そして、その微妙すぎるかつ効果範囲の狭すぎる予知能力は、若ハゲの対象がカツラを装着していても効果があると、たった今判明した。なんともいえない、実に突っ込み甲斐のある予知能力である。
「あ」
もたもたと三枚の硬貨を財布に入れる同級生の後頭部を見つつ、新たな若ハゲが香乃子の視界に入ってきた。
ツルツルの職業といえば、お坊さんだよね☆である。香乃子の近くのお寺の年若いお坊さんが、私服で受付に名前を書いている。
ツルツルに剃りあげた美しい剃髪ではなく、彼は若ハゲであった。彼の頭部は、将来が期待できるといわれ未来が明るいといわれた幸先のようにピカピカに明るいのではなく、暗かったのである。見た目はいかにピカピカであろうが、この先ずっと天然のピカピカなのである。
香乃子はまたもやショックに見舞われた。ツルツルに剃りあげ、いかに若ハゲを職業的髪型に偽装しようとも、結局香乃子の若ハゲ限定版予知能力の前には、若ハゲを隠しきれなかったのだ。
なぜなら、例のごとく未来の一文が過ったから。つまり、最初からツルツルでも香乃子の予知は若ハゲを看破する。これは香乃子が美坊主なかれに、初見で見抜いてしまった、是非とも秘してほしい悲しい事実である。
――【お坊さんは、香乃子を見つけて喜びいさんで横に座り……】
そして、予知能力通りに現実は反映される。
「香乃子さん、よろしければ今度、滋養のある薬膳が美味しい宿坊へいきませんか」
ツルツルのお坊さんが、目をキラキラさせて香乃子の手をとった。香乃子は顔がひきつるのを誤魔化し、曖昧な愛想笑いを浮かべるのが精一杯である。いくら顔が良くとも、香乃子は天然のツルツルではなくて、天然のふさふさが好みなのだ――自身の家系の男性が、みんな若ハゲなのである。若ハゲ以外の血筋を入れたいと思っても無理はないのだ。
そんな香乃子の些細な願いは、脳裏をよぎる一文の前に呆気なく散る。
【――お坊さんは香乃子を口説き、同級生と元・課長がそれに気付いて、香乃子に積極的に急接近。にわか“若ハゲ”ハーレムが完成する】
――そんなハーレムいやだ。
「そんな逆ハーいやだ」「そんな超能力いやだ」をテーマにお送りいたしました。