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搭乗手続きを開始します(ゆるゆるサイエンスファンタジー 人外 宇宙 フェアリー)

搭乗手続きを開始します




 宇宙港だからといって特に変わったところがあるわけじゃなかった。

 移動手段を求めるたくさんの人々が搭乗時間までの暇をつぶすため荷物を持ってぶらぶらする場所と考えれば、この喧噪や飲食店の賑わいは予想の範囲。

 多分、港という言葉が水に浮かぶ船のための場所という意味しかもたなかった頃から基本的には何も変わっていないのだと思う。


 雑貨店の棚には地球土産にと、かさばらないこまごまとした飾り物が並んでいる。様々な地方の名物が隣り合う様子は万国博覧会さながらだ。

 宇宙酔いに効くと書かれたブレスレッドはワゴンに積まれて外に置いてある。本当に駄目な人はちゃんとした薬を飲むだろうから、これは自分が宇宙酔いになるかどうかまだ分からない、初めて船に乗る旅客向けのアイテムなのだろう。あるいはこんなものでも偽薬プラセボ効果で効く人がいて、ある程度の需要が見込めるものなのか。

 それぞれの行先に向けた旅行ガイドと暇つぶしのための軽い本や雑誌は、人目を引く鮮やかな表紙とセンセーショナルな見出しをこちらに向けてスタンドに並んでいる。売られているものが紙から情報媒体に変わっていても、アイキャッチとしてスタンド型のディスプレイは有効らしい。人間の目や脳の働きは機械と同じスピードで進化できないのだから仕方がないのか。

 飲食店の壁には「地球最後の食事は当店で」という文字が躍り、その下には目新しさのない、だからこそ妙に郷愁をそそる料理の立体映像が代わる代わる現れてはほかほかと湯気を立てている。こちらはさっきのスタンド型ディスプレイより更に古いスタイル、売り物を描いた看板の発展形だ。確かローマ時代の遺跡からも絵つきの看板が出土しているはずだ。

 時がどんなに流れようと、行先がどんなに遠くなろうと、人の営みは変わらない。

 ――行き交う人を眺めていると懐かしいような切ないような不思議な気持ちになった。いつかずっと昔にも、これと同じ景色を見たことがあるような気がした。


 地球の様々な場所にあるライブカメラの映像を流すカフェに座り、ぼんやりと波の映像を眺めながらコーヒーを飲んだ。これから行く先にコーヒーがあるかどうかは分からない。まさかこれが人生最後のコーヒーになることはないだろうが、しっかり味わっていこう。

「こちら、よろしいですか」

 声をかけられ、あわてて隣席にはみ出した自分のバッグを膝へ移した。七年に一度しかない長期航路便の出港日だからか、カフェは混んでいた。

「すみません、どうぞ」

 詫びを口にして顔を上げると、整った容貌に笑顔を浮かべた相手と目が合った。柄にもなくどきりとした。

 視線を読みかけの本に戻してカップを口に運んだが、考え事をしながら飲みこんだコーヒーが気管に入ってひどくむせた。私の手の中で跳ねるカップを隣から伸びた手がさっと受け取った。その手はまた、小さくなって咳き込む私の背中をさすって周囲の視線からかばってもくれた。

 こんな風にされるのはいつ以来だろうか。とにかく遠い遠い過去であることは確かだ。

「すみません、飲み物が気管に入ってしまって。うつる病気ではありませんから」

 謝罪と共にそう伝える。目的地によっては上陸前のメディカルチェックが厳しいと聞いていた。

「大丈夫ですよ。もともと人の病気は私にうつりませんし」

 婉曲に人類ではないと告げられ、私がコーヒーにむせた原因である疑問が解消した。

「やはりフェアリーでいらっしゃるのですね」

「ええ、でも飲んでいるのはミルクじゃありませんよ」

 フェアリーとミルクのジョークには飽き飽きしていると笑いながら告げる彼には、人と違ってみえるところは全くなかった。でも彼は人類とまったく違う生物だ。同じような姿をしてはいてもサンゴやボルボックスと同じ、小さな生物が集まってできた群体だ。

 実際に会うのはこれが初めてだが、ここでフェアリーと出会ったことは不思議でも何でもない。

 今日は七年に一度の、フェアリーたちの母星「フェアリーランド」への直行便の出航日だから。


 銀河系同盟は加入を促すためにやってきたここ地球でフェアリーを発見した。彼らの調査によれば人類は地球に土着の生物で、フェアリーは帰化生物、つまり元々は他の星からやってきた宇宙人なのだそうだ。銀河系同盟の代表団は

『同盟星地球の知的生物として人類とフェアリーの二種をともに地球人と認めるが、フェアリーに関しては母星への帰還も支援する』

と私たち地球人に告げた。

 フェアリーは外見からでは人類との違いが分からないが、伝説に謳われたとおり不死で、生物学的には無性生殖も有性生殖も可能な真核生物の群体であり、私たち人類の先史時代にやってきたのだそうだ。そして彼らの母星には行方知れずの仲間たちを記憶し、帰還を待つ同胞がいまなお生存しているのだという。


 フェアリーの実在に人類はもちろん驚愕した。そのニュースは一部で熱狂的に(伝承の裏付けを得ようとする歴史考古学者は狂喜したといっていい)迎えられたものの、困惑や恐怖を感じた人の方がずっと多かった。人類以外の存在が人類に混じって暮らしているというのは、古くから物語に登場する恐怖の定型だ。この恐怖自体、人類の歴史によりそってきた彼らフェアリーの存在に由来するものである可能性は大きかったが、それはともかくとして人類は宇宙という異界に出る前にまず、なじみ深い恐怖を克服しなくてはならなかった。

 これには銀河系同盟が希望者にカウンセリングを行って対応した。洗脳だと反発する向きもあったが、私にとってそのカウンセリングは外国語を学んだ時のような、自分に課された限定条件を解除するエキサイティングでアトラクティブな体験だった。


 カウンセリングを受けたくない、人類以外の存在を認めたくないという人々ももちろんいた。彼らはレイシスト(種族差別主義者)として権利を認められ、思想的自由を守りつつコミュニティを作り彼らなりに幸せに暮らしている。彼らのコミュニティには人類以外立ち入れないかわりに、彼らには宇宙港のある南極地帯への立ち入りが認められていない。それ以外の場所ではなわばりを共有する都会の猫同士のように、顔を突き合わせないよう目をそらしながら生きていくことで平和が保たれている。

 そんな事情で他星からの訪問者にはトラブルを避けるため地球上では人類型アバターの使用が推奨されているそうだ。私が以前に見かけたのは首に毛皮の襟巻を巻いたゴージャスな美女型のアバターで、美女を操作していたのは襟巻に擬態した訪問者だった。男性が一生懸命にアバターを口説いている背中で襟巻が私に片目をつぶって見せるから、私は笑いをこらえるのに苦労した。趣味のいい笑いではないが、宇宙人も地球人に通じる笑いの感覚をもっていることがこれで証明された。……ああ、そういえばフェアリーも時として人類には理解しがたい笑いを楽しむという伝承があるのではなかったかしら。

 

 今度はむせないよう注意してコーヒーを飲みながら、フェアリーの彼と私は初対面同士の他愛のない雑談を交わした。私が小さい頃フェアリーに会いたくて妖精の輪(きのこが作る菌輪)に入った思い出を語ると、彼は七年に一度の直行便はフェアリーランドまでの距離が一番短くなるのに合わせて運行されていて、人のいない森や丘で催されていたという妖精の祭りもこの周期に合わせて開かれていたのだと教えてくれた。

 地球に暮らすフェアリーたちは今夜もどこかで星を見上げて踊っているんだろうか。


「フェアリーランドに戻られるのですか?」

「里帰りみたいなものですね。昔馴染みに会って、懐かしい景色でも見てこようかと」

「ということは、また地球に戻られるんですね」

「そのつもりです。私はもう地球での暮らしの方が長いですからね」

 フェアリーたちは、遭難事故などではなく移住を目的として地球にやってきたのだという。フェアリーランドでは自分たちの身体(人類的にいえば)である群体を自ら作り核の情報を移動して代替わりする無性生殖が主で、二つ以上の群体で核の遺伝子情報を交換する有性生殖で群体数を増やすことは滅多に行われないのだそうだ。それが住環境や食料事情の問題であることは容易に想像できるが、その抑制に反発し自星を飛び出したコミュニティが地球にやってきた一団だという。


 めまぐるしく生殖と死滅を繰り返す生物に溢れたこの地球は、彼らにとっての楽園になったのだろうか。地球とフェアリーランドが一番近づく夜に彼らは何を思って集ったのか、戻ろうとは思わなかったのか……そんな疑問が浮かんだが、初対面の相手にぶつけるにはあまりに不躾で口には出せなかった。


「地球の」

 そう言いかけた時、耳の中で情報端末が振動しメッセージの受信を知らせてきた。心地よい女性の声が「搭乗手続きを開始します」とささやいている。

 同じタイミングで同じささやきを聞いたらしい彼が、いぶかしげな顔で私に訊いた。

「あなたも直行便に?」

「ええ」

「でも、失礼ですが……あなたは人類では?」

 フェアリーランドへの旅は、人類の平均寿命よりも長く続く。その理由からこの直行便を利用するのはフェアリーに限られている――私という例外を除いて。

「ええ、間違いなく人類ですが、私も不死なのです。せっかくだから私も、不死の身でしかできない旅をしてみたいと思いまして」

 不死を自分から告白するのはもう何百年ぶりだろう。身の危険を感じることなく告白できたのは生まれて初めてかもしれない。


 フェアリーたちは代替わりのたびに姿を変えられるそうだが、私は大人になってからずっと同じ姿を保ったままで生き続けている。そのため数年おきに居場所を替え、名前を替え、闇に隠れるようにして生きてきた。吸血鬼と呼ばれ狩られたこともある。

 まったく馬鹿馬鹿しい、不死を得るため私の血をすすろうとしたのは彼らの方なのに。いつの間にか不死を保つため私が他人の血をすするという真逆の伝承がつくられてしまった。いくら憤っても事実を歪めた犯人たちはもうとっくに墓の下だ。腹立たしいことだが、私から逃れるという目的には最適な場所を選んだものだ。


「不死を嘆くかわりに楽しもうと思えたのは、あなた方フェアリーについて知ったからです。皆さんが隠れていた事情はよく分かりますが、できることならもっと早くお会いたかったですわ」

 そう言って微笑みかけると、彼はいたずらっぽい笑顔を浮かべた。

「お互いについてよく知り合うのに、遅すぎるということはないですよね?」

 私は嬉しくなった。もちろんそうだ。

「そのための時間はたっぷりあるのではないかしら」

「永遠に、と言ってもいいでしょうね」

 わざと真面目ぶった彼が腕を差し出す。私はそっとその腕に自分の手を乗せる。

「では参りましょう、ええと」

 彼がとたんに口ごもる。そういえば私たちはまだお互いの名前すら知らなかったのだ。


 胸の奥で生まれた笑いがシャンパンの泡のように喉をくすぐる。

 ああ、こんな楽しい気分は本当に久しぶり。


「まずは自己紹介からはじめましょうか」

「それから靴と船と封蝋について」

「キャベツと王様についても」


 ――――――こうしてくすくす笑いと共に私たちの長い長い旅は始まった。


end.(2013/09/01サイト初出)

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